第27話





『俺はまだ、キスしかしてないもんーっ!!」

 頭の中で殷々とリフレインするその台詞に、勝利はまた重量感たっぷりの溜息をついた。 すぐ横では勝馬も同じような様子をしている。

 一人で元気なのは美子くらいなものだ。

「ほぉ〜ら見なさい、ゆーちゃぁあ〜ん。ママの言ったとおりでしょ?」
「はい…仰るとおりでございマシた……」

 有利は有利で美子に頭が上がらないようで、淡く頬を上気させたまま俯いている。
 所狭しとテーブルの上に置いたカレーをみんなで頬張りながら、何とも微妙な空気を共有していた。

 村田とヨザックは《外で何か食べてくる》といって出かけたが、コンラッドはそのまま残り、涼しい顔をしてカレーを食べている。眞魔国ではそれほど強い香辛料を使うことはないそうだが、美子のカレーはやや甘めだし、旅の途上では痛みを感じるほど辛い食べ物も摂取していたので平気な顔をしていた。

 チィだけは少しだけ盛られたカレーを口にして《ピーッ!》と叫んで尻尾を膨らませていたので、今は心なしか恨みがましそうな目線をカレーに向けつつ、よく熟れた林檎を囓っている。

 そして一通り全員がカレー(と、林檎)をかき込むと(父と兄はどこに入ったのか分からないという顔をしていたが)、コンラッドは美子の洗い物を甲斐甲斐しく手伝った。
 美子のピンクのエプロンが似合うような似合わないような…微妙な印象であるが、手つきは意外と慣れている。

「ミコさん、これでよろしいですか?」
「ん〜っ!完璧、グーよコンラートさん。お皿洗うのも上手なんて、王子様なのに凄いわぁ〜」
「いえ、王子とは言っても城にいて侍従に仕えられたことなど数えるほどですよ。幼少期は殆どの期間を父と旅して過ごしましたし、軍隊でも、平時には一般兵と共に飯炊きをしていましたしね。あ…それから、さん付けなんて結構ですよ?どうか呼び捨てにしてください」
「あらやだぁ〜そうお?でも、何だか照れてしまうから、当分はさんづけのままで良いかしら?」
「はい。ではお好きなようにお呼びください」
「うふふ〜。末永くよろしくね?」

 嫁姑問題はどうやら起こりそうにもない。
 舅、小姑問題については如何ともしがたそうだが…それも、姑の意向さえ良好であれば抑えが効くだろう。

『いや…嫁って、ナニ言ってんの俺…』

 勢いで告白したら予想外に上手くいって有頂天になっていたのだが、家族や野球仲間にばれてしまったことで何だかやっと現実味を感じ始めた。

 ちらりと横目でコンラッドの様子を伺えば、気品のある容貌の彼が姿勢良くお皿を拭いている。ちいさな日本家屋の台所と見事にミスマッチではあるのだが…(ピンクのひらひらエプロンがそもそも超ミスマッチだが)その表情はどこか楽しげで、今の状況に不満があるようには思われなかった。

『コンラッドは…俺とずっと一緒にいてくれるんだよね?』

 異世界の王子様だった彼が…実に24時間戦えそうな彼が、今度は兵士ではなく株や顧客を相手取り、企業マンか銀行マンとして戦うのだ。
 地球生活1ヶ月にして既に優秀な頭脳を披露しているコンラッドのことだから、きっと企業マンとしても優秀であるに違いない。有利は16年も地球人をやっているのだが、既に今の段階で生活能力でも追い抜かされているような気がする。

『うーん…そうなると、コンラッドって…嫁というより、夫?』

 いや、亭主の稼ぎを上回る奥さんは現代社会には大勢居るから、収入面の問題は深く考えすぎないことにしよう。

『つーか…コンラッドが企業マンかぁ…』

 隻腕とはいえ、洗練された容貌と優れた頭脳を誇る彼のことだから、スーツ姿もさぞかし似合うと思うのだが、どうしてだか…そんな姿を思い浮かべると、有利の中には奇妙な違和感があった。

 コンラッドが一般社会の中に溶け込んで生活してくれれば、有利は絶対に幸せだと思う。
 だけど…コンラッドは本当にそれで良いのだろうか?

『君を幸せにする自信はないけれど、君と居ると俺が幸せであるって自信だけはあるんだ』

 …みたいなノリで本当に良いのだろうか?

 たとえコンラッド自身が望んだとしても、彼を現代社会の枠組みに填め込むことは、まるで大自然の王者である獅子を狭い檻の中に閉じこめるかのようではないだろうか。餌を与えられ、敵に襲われる心配はないのだとしても…愛する番(つがい)が常に傍にいるのだとしても…。

 それは、本当にコンラッドにとっての幸せだろうか?

『……し、幸せだよっ!だって…みんなそうやって生きてるもんっ!』

 有利は浮かび上がってきた疑念を、勢いよく首を振ることで吹き飛ばそうとした。
 
「ゆーちゃん、どうかしたの?」

 食後の珈琲を配りながら美子が不思議そうに声を掛けてくる。有利の分はちゃんと珈琲牛乳に近いもので、コンラッドの分は完全なブラックだ。

『珈琲…最初は飲めなかったんだよね?』

 スイスのホテルで初めて口にした時には、珍妙な顔をして口元を覆っていたのだけれど…次第にそのほろ苦さを気に入ったコンラッドは、今もソファーに腰掛けて悠然とカップを傾けている。
 珈琲のCMに使いたくなるほど、堂に入った姿だ。
 
『そうだよ…だんだん、馴染んでくるよ…』

 有利は懸命に、《それが良いことなのだ》と自分に言い聞かせた。

 コンラッドと美子も座り、各自の甘みに整えた珈琲を啜っていると…勝馬が居住まいを整えてから声を掛けた。

「有利、コンラート…ちょっと良いか?」   

 普段の飄々とした風情を払拭し、真面目な顔をした勝馬に有利も少し緊張してしまう。

「ど…どうしたの?親父…」
「ひとつ、確認しときたいことがあるんだ。ゆーちゃん…コンラッドと付き合うことにしたのか?」
「ふへっ…ほっ…は…っ!」

 思わず珍妙な声を上げてしまう。
 いきなり核心を突いてくるとは思わなかったのである。

 言葉を失っている有利に対して、コンラッドは積極的だった。

「お父さん、息子さんを俺に下さい」

 こっちも直球だ。
 しかも、《結婚を前提としたお付き合い》のお願いに近い。

 大体、この男…たったの一ヶ月でえらく日本語が上達している。

「いきなりお父さんかいっ!つか、くれってお前っ!!」
「駄目ですか?」
「いやいやいや…駄目とか何とかじゃなくてね?いっや〜…あのな?コンラッド…あんた、正直なところを話してくれよ?本当の本当に、日本に骨を埋めるつもりでいるのかい?」
「こちらにも骨飛族はいるのですか?いや…土に埋めるのであれば骨地族か…」

 それでは、あちらにはそういう種族がいるのか。
 それ以前に、よく日本語変換できたものだ。
 
「いやいやいや、埋めるのはあんたの骨だからっ!ここで一生を過ごすかどうかの決意が、本当に定まっているのかって聞いてんだよ!」

 変な方向にずれかけた話を必死に軌道修正すると、勝馬は強く念押しした。

「俺はね、息子の恋人がサンタクロースでも屈強な軍人さんでも、息子がどうしてもって言うのならしつこく反対したりはしない。正直、驚いたりがっかりはしても…だ。でもな、これだけは譲れないって事もあるんだ。あんたがもしも、有利を残して元の世界に戻るつもりでいるんなら…息子を摘み食い程度に愉しむつもりで、都合の良い現地妻みたいに考えているのなら、俺は絶対に許さないからな?」
「親父っ!」
「止めるな有利。これだけは曖昧にしてちゃ駄目だぞ?弄(もてあそ)ばれて息子が泣くとこなんて、俺は絶対に見たくない」

 強い語調で詰め寄る勝馬を有利が止めようとするが、父親の意見としてそれは尤もなことでもあった。

 これに対して、コンラートは素直な心情をつまびらかにした。

「正直に言わせて貰えば、俺はずっと迷っていました。おそらく自分で思う以上に、あちらの世界にとって俺が不必要な存在なのだとしても…俺自身は繋がっていたかったのでしょう。ですが、今回のことで腹が決まりました。俺は…この世界で生涯を終えます。ユーリと共に、生きさせてください」
「…コンラッド……」

 澄んだ琥珀色の瞳が、明確な意志を湛えて誓いの言葉を口にすると、有利は胸を揺さぶられるような思いでそれを受け止めた。
 
「…本当か、誓うんだな?」
「愛する人の父に、謀(たばか)る言葉は持ちません」
「そうか…」

 ふぅ…っと深く息をつくと、勝馬はソファーに深く腰を落とした。
 その表情は一気に老け込んだようにも見えた。

 息子の突然の失踪…そして再会。異世界からの客人と息子が恋に落ちてしまった事など、特に後半部分の、普通の父親にはまず降りかかってこないだろう異常事態と直面し、それが一応は《収まりがついた》と実感した途端、今までの疲労がどっとのし掛かってきたのかも知れない。

『心配…掛けてるよなぁ……』

 父がどれだけ真剣に有利のことを心配してくれていたのかを感じて、有利は目元が熱くなるのを感じた。

「親父…ありがとうね?俺…コンラッドのこと、本当に好きなんだ。これからも、いっぱい心配は掛けると思うけど…生暖かく見守ってくれよな?」
「ん…まぁ……良いさ。とにかく、仲良く…」


「ちょっと待ったーっっっ!!」


 すっかりしんみりムードに浸っていた居間に、全く納得していない怒号が鳴り響く。
 勿論、呆気にとられて状況を見守っていた勝利だ。

「親父っ!正気かよっ!?む…息子が男の嫁貰うってのに、《里帰りはしない》って確認取っただけで、なんで納得してんだよ!?」
「いやぁ…だって、ゆーちゃんがお嫁さんに欲しいって言うんだもーん…」

 勝馬は緊張の糸が古くなったパンツのゴム紐並みに緩くなったらしく、ふにゃふにゃとした口調と、生来の緊張感のない垂れ目で長男に語尾を伸ばした。

「《もーん》じゃねーよっ!俺は許さないからな!ゆーちゃん、このお綺麗な顔をした軍人さんに騙されるなよ?」
「コンラッドは武人に二言はないって誓ってくれたもんっ!」
「馬鹿野郎!俺が言ってるのはそう言うことじゃねぇっ!」

 びしぃ…っと勢いよく指をコンラートに突きつけると、勝馬は重大(と、彼は思っている)点を指摘した。

「ゆーちゃん、こいつとお前のカップルなら…どう考えても《受け》はお前だっ!」
「《受け》?問題ないんじゃねぇの?」
「くぱーっ!?」

 有利がけろっとした顔をして《ナニ言ってんの》と言いたげに肯定すると、勝利の声が高調音方向に裏返った。

「もももも…問題ないだと!?ゆ…ゆゆゆ…ゆーちゃんっ!お前、そんな可愛い顔してても、雄の本能は持ってると思ったのに…自分がネコ役でも構わないくらいこの男に惚れているのか…っ!」
「へ?」

 がくり…。

 まるで良いパンチを受けたボクサーのように膝が立たなくなった勝利が大地に平伏すが、有利の方はきょとんと小首を傾げている。
 
 《受け》…それはまぁ、当然じゃないかと有利は思っている。

 だって、有利はキャッチャーなのだから《受け》る方だし、それならば相方のコンラッドはピッチャーで、《投げ》だろう。
 それがどう《ネコ役》と結びつくのかは不明だが、どうせ勝利の本拠地である狭い業界の専門用語だろう。取りあえず勝利が納得し掛けているので、このまま畳みかけてみることにした。

「うん、全然問題ないよ。俺はコンラッドに惚れ込んでるもんっ!生涯恋女房として添い遂げる覚悟があるよ?」

 コンラッドは少しノーコンだが伸びのある速球を投げられるし、幸い、利き腕は失っていない。
 こうなったら草野球界最強のバッテリーとして名を馳せてやろうではないか。

 《草野球界のジム・ア○ット投手》…そんな渾名が今から脳裏を掠めた。
 
 テレビ番組に取り上げられたりするだろうか?
 NHKの一時間枠は硬いと思う。

「そ…添っちゃうのか……そうか……っ!」

 勝利は新品のカーペットにぐりぐりと前頭部を押しつけると、啜り泣きながらふらりと立ち上がった。

「お前が…そこまで決意してるのなら、俺には止める手段は無いぜ…。うう…ゆーちゃん、幸せになんなっ!」

 《あばよ…っ!》そう叫ぶと、勝利は涙の筋を棚引かせながら駆け出した。
 自分の部屋に向かって。

 《こうなったら、俺の希望は美少女ゲームだけだ…!》なんか、そんなことも叫んでいた。

「なんか良く分かんないけど…勝利の奴も納得してくれたみたいだなー」
「あらあら、ゆーちゃん…ママはまだお話してないわよ?」
「え?お袋は最初からめっちゃ賛成じゃん」
「あらやだ。ママは花嫁の母なんだから、勿論条件は厳しいわよ?」

 予想外の伏兵登場。
 条件も予想外な気がして、結構怖い。
 それに、いつの間にか有利が《花嫁》にされている。

「条件って…」

 おずおずと尋ねてみれば、やはり明後日の方向から攻撃が仕掛けられた。

「まず、夜の生活は成人してからよ?」
「成人…?ユーリは確か、先月16歳になったのでは?では…もう大丈夫ですよね?」

 コンラッドが不思議そうに尋ねる。
 …ということは、眞魔国では16歳で成人なのだろうか?

「眞魔国ではそうなの?でも、郷に入っては郷に従えって言うでしょ?ゆーちゃんは日本人だし、コンラートさんも日本で暮らすんだから、20歳までは待たなくちゃ」
「に…20歳……ですか?」

 勝馬・勝利の攻撃に眉一つ動かさなかったくせに、突如としてコンラッドは捨てられた仔犬のような目になってしまった。

 そんなに残念なのか…。

 《郷に入っては郷に従え》という説を持ってこられると、《では、眞魔国に連れて行きます》と言い出しかねない感じだ。

「そうねぇ…どうしてもって言うのなら、両親が許可したら18歳で結婚できるから…後2年ね。それなら我慢できるでしょ?」
「は…はい……」

 嫁の場合は16歳の筈だが、なんとなく…有利の側からそれを主張するのは憚(はばか)られて、そっと黙っておくしかなかった。

「もう一つは、必ずウェディングドレスと白無垢だけは着るのよ、ゆーちゃん」
「えーっっっ!?マジでぇっ!?」

 恐るべき攻撃に有利は激しく動揺した。
 正直、夜の生活にいまいち実感がなかったので先ほどの提案は軽く他人事だったのだが、こちらは深刻に応えてしまう。

「嫌だよっ!俺、良い笑いもんになっちまうじゃんっ!やだやだやだっ!俺は絶対に羽織袴か、モーニング着るっ!」
「まあ!ゆーちゃんたら…コンラッドさんにウェディングドレス着させる気なの?そりゃあ…頑張れば着られないこともないかも知れないけど、ママはゆーちゃんの艶姿が見たいのよ?」
「晴れ姿だろ!?」
「似たようなものよっ!ゆーちゃん、我が儘ばっかり言ってたら、もうご飯作ってあげませんからねっ!!」

 兵糧責めで来るなんて卑怯だ。助けを求めようとして勝馬を見たが、こちらは先ほどの遣り取りで《もう仕事は終わりました》と思っているのか、すっかりふにゃふにゃしきっている。

「論より証拠よ…っ!コンラートさん、これが日本で結婚式に着る衣装よ?ゆーちゃんに似合うと思わない?」

 美子は見事な戦術家であった。素早く立ち上がるとレース仕立てのアルバムをがっしと掴み、ばしんと開いて自分の結婚式に撮った写真をコンラッドに見せつけた。

「ほぅ…とても愛らしいですね」
「でしょでしょ?ゆーちゃんにとっても似合うと思わない?何しろ、私にそっくりなんだもの」
「そうですね…ユーリ、ミコさんの言われることが尤もだと思うよ?」

 瞳をキラキラと輝かせながら微笑みかけてくるコンラッドに、有利は自分の敗北を直感した。
 ここを取り込まれてしまった場合、有利に抵抗の手札は無い。

「う…うぅぅぅ〜……」

 今更、《キスしただけで結婚まで話が飛ぶのってどうよ》と突っ込みを入れるような者は、渋谷家には存在しなかった。



*  *  * 

 
 

「あの連中…どうしてるのかな?」
「気になりますか?」

 大振りな口でスペアリブに噛みついていたヨザックが、独白とも質問ともつかない村田の言葉を拾い上げた。

 カーキ色のシャツにジーパンという出で立ちのヨザックは、村田と共にイタリア料理店で夕食を取っており、先ほどからちらちらとウェイトレス達が興味深げな目線を送っている。

 野性的な美形である外国人男性のヨザックと、線の細い美少年である村田の組み合わせに興味をそそられているのかも知れない。 

『面倒見のいい男だよな…』

 もう少し押しつけがましければ《鬱陶しい》と切り捨ててやるのに、心の隙間に滑り込むのが異様に上手いこの男は、そっと村田の負担にならないように痛みを和らげてくれるのだ。

 渋谷家の面々は何だかんだ言いながらも、コンラートを受け入れるだろう。美子はもとから好意的だし、勝馬もコンラートの心さえ揺れていなければ受け入れざるを得ないはずだ。

 勝利は…可哀想だが、彼の発言権はあの家庭内では極めて弱い。

「良いことなんだろうな…。これで、ウェラー卿も諦めがつくはずだ」
「そうですね。このまま何も知らなければ…ね」

 アルコール度数のきつい赤ワインを水のように飲み下しながら、ヨザックが苦笑する。この男は…大抵の場合は村田に優しいのだが、全てを許容しようとは思わないらしい。

「…言う気かい?」
「いいえ。あなたがお嫌な間は」
「まるで、いつか僕が自発的に明かすことを知っているみたいな口ぶりだね」
「さーて…どうでしょうねぇ…?」

 テーブルの灯火に赤ワインを揺らしながら、ヨザックは犬歯の目立つ口元を歪めた。

「猊下がどう出るのかを予見するほど、俺は世の中の全てを見通しているわけじゃありませんや。ただね…」

 ふぅ…っと吐かれた息は、濃い葡萄の香りを漂わせていた。

「うちの隊長の運命ってやつが、ここで平穏無事な道に在り続けるってのが、信じられないだけですよ」
「君は運命論者なのかい?」
「いいえ…単なる、乙女の勘ですよ」

 …不貞不貞しいな乙女がいたものである。

 ヨザックはすぐに表情を変えると、新たに運ばれてきた魚料理に両手を組んで《きゃ〜っ!美味しそう〜!》と叫び、ウェイターをびくつかせていた。

 村田はそれ以上その話題に触れることはなく、ヨザックのように公然と酒を嗜むことの出来ない自分の年齢を恨んだ。

 酒でも呑めば…この嫌な予感を散らせるかとも思ったのだ。

「それにしても、ユーリは綺麗になりましたねぇ…。二人で寝室ブースから出てきた途端に、ちょいと腰を抜かしそうになりましたよ」
「君も、気付いていたのか?」

 それもまた村田にとって一つの懸念事項になっていた。

 最初は気のせいかと思っていたのだが、有利は…コンラートとの思いが通じ合った瞬間から、蕾が開くように芳しく…艶やかな存在感を発揮するようになっていた。それが一体どういうことなのかは分からないが、単純に《恋をすると綺麗になる》などという言葉では説明の付かない、急激すぎる変化であることが気に掛かった。

 実際、空港で顔を合わせた家族や友人達の間でも困惑が見られた。

『一体、どういう事なんだ?』

 《大賢者》などと賞賛されても、大切な友人の変化一つ説明づけられないのだから…大したものではないと自嘲してしまう村田だった。

 
 




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