第23話





 有利が完全な健康体に戻るには一週間を必要とした。
 健康体…という太鼓判を押すのを渋っていたのは、医師よりも心配性な村田の方で、《もう大丈夫》と退院したがるのを押さえられていた形だ。

 村田は更に、

『どうせだから、入院してて動けない間に課題を済ましちゃいなよ』

 等と勧めてくれたものだから、きっちり美子が持ってきていた夏期課題の山を、有利は入院している間に切り崩すことになった。おそらく、これが入院中最大の苦難であったろう。

 一方、入院中最大の楽しみはコンラッドと共にリハビリ室に行くことであった。
 コンラッドは切断端の経過はすこぶる良く、更には寝てばかりいる生活が余程身体に合わないのか、いきなり平気な顔をして最強度の筋力トレーニングを始めたので、医師から《ここは病院であって、ジムではないのです》と叱られていたくらいだ。

 ヨザックはと言うと、こちらは外傷もほとんど無かったので一足先にボーデン湖畔のホテルに入っている。毎日お見舞いに来ては《ホテルは綺麗だしステキよ〜ん》とコンラッドに自慢しているようだ。
 横で聞いている有利にも、何となくそういう雰囲気は伝わってきた。

『ヨザックがいてくれて、良かったなぁ…』

 軽口をたたき合っている二人を見ていると、有利は深い感謝の気持ちを覚えずにはいられなかった。
 ヨザックは、本来なら眞魔国に帰還しても何の問題もないのだが、彼は《隊長に合わせます》と言って、コンラッドと行動を共にするつもりらしい。その意図を彼は明かしはしなかったが、多分にそれはコンラッドの孤独を懸念してのことだと思う。

 有利も彼の孤独を癒そうとは思うし、村田だって眞魔国の記憶を持っている。だが、やはりその国を故郷としていた人物の存在は得難いものであろう。同じ内容の《寂しさ》を共有できるヨザックがいてくれることは、この上なく心強い筈だ。

『ちょっとは…嫉妬みたいなのも感じるんだけどね』

 そこは乙女…いや、男心の素直な反応として許して頂きたい。

『でも、いつかコンラッドにとって地球が…日本が、第二の故郷だって思えるようにしたいな…!そんで…出来れば、いつまでも一緒にいたい…』

 それは以前のような夢想に留まらず、高い確率で達成されそうなのだから、ついつい更なる欲望…《特別な存在として傍にいたい》なんて望みも湧いてくる。

 ただ、それを明確に伝えるには幾つかの足枷があった。一つには有利の羞恥心の問題であり、もう一つにはコンラッドにとって《迷惑なのでないか》ということだった。

 《迷惑》…という言葉は彼のことを思う時、どうしても浮かんでくるものではあるのだが、同時に、母の言葉も思い出したりする。

『迷惑とか、あまり考えすぎない方が良い時もあるのよ?』

 この場合はどうなのだろう?

 あちらの世界では、有利はコンラッド無しには一日たりと生きていられないような状況であり、非常に依存性が高かった。だが、この世界でのコンラッドを社会的・金銭的に支えるのはボブであり、地球の魔族組織全体であるのだから、有利が恋心を告白してもそれを奪い取られる心配はないだろう。

『だったら…負い目とか感じさせずに済むんだったら、告白…しても大丈夫なのかな?』

 ちろ…っと上目遣いにコンラッドを見やると、《どうかしたの?》と言いたげに小首を傾げている。如何にも王子様らしい、品の良い仕草だ。

『う…わ……。綺麗……』

 だが、《迷惑》という足枷など実はないのだと気付いたら、今度は別のことが気に掛かってくる。

『告白して…振られたら、気まずくなるかな?』
『…つか、そういえば俺…コンラッドに告白してどうなりたいんだろう?』

 次々に浮かび上がる《気掛かり》がつくつくと有利の足を引っ張り、思い切った行動に出るのを止めようとしている。

『うぅ〜…恋って、こんなにもどかしいもんだったっけ?』

 中学生の頃に《良いな》と思った女の子に告白した時だってそれなりに悩んだりドキドキしたりはしたけれど…ここまで深刻に想い煩ったのは初めてだ。

『俺…この人とだけは気まずくなったりしたくないんだもん…っ!』

 それだけ、真剣に大好きなのだ。

『好き…大好きだよぉ…』

 ああ、勇気を出したい。
 どんなことにしたいのかなんて分からなくても、こんなにもやもやしてしまうくらい…この人が好きなのだと言うことだけは伝えたい。

「ユーリ?」

 コンラッドの右手が伸びて頬を撫でてくるから、それに擦りつきながら…有利は少し冷たくてすべやかな感触を愉しみつつも、そこから一歩踏み出せない自分をもどかしく感じていた。



*   *   *




 コンラートにとって、地球は驚きに満ちた世界であった。

 まずはユーリにも困惑していることがばれてしまったトイレだが、それ以外にも…顔には出さずとも激しく驚いてしまったものが沢山あった。

 一つは、フォンカーベルニコフ卿アニシナの発明もかくやというような不思議道具が、ごく当たり前のように使われていることだ。あの道具群を使うために魔力を抽出されている生贄的な人物はいなかったから、何か別の動力が用いられているのだろう。

 病室内にある電灯にも驚いた。火も使わないのに光るものといえば、あちらの世界では蛍苔くらいなものだが、あれの効果は闇を薄闇に変えるくらいで、とても手元の書物が読めるような代物ではなかった。洋燈と比べてすらも、揺らめくこともなく安定した光量を提供し続ける電灯には驚嘆するしかない。

 そして、病室を出たところには入院患者や見舞客がくつろぐためのラウンジがあり、薄い板状の装置には鮮やかな映像が浮かび、臨場感のある音まで流れていたのである。

 窓の外を見やれば馬よりも遙かに速い金属の塊が、信じられないくらい平坦に舗装された道を走っているし、空には雲を棚引かせながら飛んでいく飛行機というものがあった。村田に聞いたところよれば飛行機はとてつもなく巨大な乗り物であり、何百人も人を乗せて高速で移動し、僅か一日で眞魔国とシマロンくらいの距離を移動可能なのだという。

『日本に行くときには君も乗るんだよ?』

 そう言われたときには、期待されていると分かった上で仏頂面を浮かべてしまった。 

 ともかく見るもの全てが珍しく、興奮に満ちたものであったのだが…しばらくすると、コンラートはあることに気づき初めてもいた。

「猊下、この世界の文明には…何か大きな問題点でもあるのでしょうか?」

 病室で言語指導を受けている折、コンラートはふと村田に質問してみた。  
 村田はどこか楽しそうな顔をして、まるで教師のように発問を寄越す。

「おや…随分と高い視点からの質問だね。さて、それでは君はそれが何であるか、仮説を立てているのかな?」
「当たっているのかどうかは分かりません。ただ…眞王陛下はこの世界のことを知っておられたのでしょう?それなのに何故、この発達した文化を眞魔国に流入させようとはしなかったのだろうと、不思議だったのです」
「ふーん。眞王が認めなきゃ、どこかおかしいってわけ?」

 盲信を責めるような口調だが、コンラートにも言い分はある。

「いえ…俺が個人的にも感じたことなのですが…この、夜でも強い大量の光や、あまりにも速く進む車、飛行機といったものが、本当に人間や魔族にとって不可欠なものとは思われないのです。確かに便利だとは思うのですが…これだけのものを生み出すために、この世界の人々は一体何を代価として支払っているのでしょう?」
「ふぅん…流石に着眼点が鋭いね」

 村田はこの世界が払っている代価について丁寧に説明してくれた。やはりそれは…あまりにも大きな代償であるようだった。

 地中に眠るあらゆる資源を僅か百年程度で枯渇させた人々は、数十年前から原子力と呼ばれる、神の領域に近い力を利用し…その中で多くの悲劇を生み出してきたのだという。
 その代償の大きさを何度も同種族の身に実体験させながら、なお新たな力を欲して止まない欲望というのは、一体どこから生み出されるのだろう?

「そこが不思議に感じられるという点で、君は人間よりも魔族としての要素が大きいんだろうね」
「人間の…特徴なのでしょうか?」
「寂しいけど、傾向としてはあると思うよ。《もっと良い生活をしたい》《もっと便利に過ごしたい》…それ自体は大きな成長に結びつくこともあるから、必ずしも否定すべきものではないだろう。問題は、常にそれが《他の誰かより》という、嫉妬や優越感、劣等感による焦燥からきていることなんだ。《念々に、常に彼れに優れんことを欲し、人に下(くだ)るに耐えず、他を軽んじて己を珍(とうと)む》…ってね。勝他(しょうた)の欲望がとても強いのさ」
「優越感と、劣等感…」
「それが対照的に見えて、実は離し難い表裏不二の存在であることは君にも分かっているだろう?」
「…はい」

 自分が優れていたいと思うのは、おそらく誰の心にもある働きだと思う。だが、それが劣等感に裏打ちされている時、えてして人は強い嫉妬心を起こしてしまい、自分を高みにあげるのではなく、人を下げることで充足しようとする。

 その心根の上の《より良い暮らし》を追求すると、その為に生じる他者の犠牲は限りなく矮小化され、躊躇や心の痛みを感じなくなっていくのだろう…。

「けれど、その感情の動きは魔族の中にもないわけじゃない。それは君も、体験として知っているだろう?君は嫉妬と差別の害毒によって悲劇を味わったと聞いている」

 おそらく、ヨザックに聞いたのだろう。捨て石同然に駆り出されたアルノルドでの闘いのことなのか…あるいは、混血が出世しようとする時、必ず降りかかってくる責め苦を示しているのかも知れない。

「だからこそ、眞王はあまりにも革新的な発明や制度を眞魔国に持ち込もうとはしなかった」
「これまでの眞魔国とは、眞王陛下の統制下で全てが支配されてきた理想郷であった…というわけですか?」
「それで四千年はそこそこ上手く行ったんだから、それなりに認めてあげても良いんだろうけどね…」

 だが、村田の話によれば眞王陛下は力を失いかけており、その統制は失われるかも知れないのだという。
 そうなった時、眞魔国は…あの世界の国々はどうなっていくのだろうか?

 コンラートはあの世界全体に責任を持つ者ではない。
 だからこのように心配するのは、残してきた大切な連中を思うからだと思うのだが、どうしてだか…祈りを込めて思い浮かべるのは、その一部の面々だけではなかった。

『猊下は、人間は特に度し難い思念を持ちやすい種族なのだと言われる。だが…それも全てではないのだろう』

 信義を尽くしてくれたカルナス村のドント翁や、なりふり構わずカロリアを護ろうとして《ウィンコットの毒》を大シマロンに売ったものの、あの追いつめられた状況下でエリオルを救おうとしてくれたフリン・ギルビットのことが思い起こされる。

『あの時…少なくとも幾人かの連中は、俺たちを魔族だと知った上で親愛を感じてくれた。確かに…分かり合えたのだ』

 あの連中は、これからまた人間国家が《禁忌の箱》に手出しをしようとした時、高い確率で巻き添えを食うのではないだろうか?
 眞魔国が無事ならそれで良いとは、何故かコンラートには思えなかった。

「猊下…眞王陛下がお隠れになった今、世界はどうなっていくとお考えですか?」
「さてねぇ、あまり考えたくはないな。僕には直接に関係ない世界だしね」

 必ずしも村田がそう考えているとは思えないのだが…もしかすると、強制的に眞魔国の記憶を持たされ、眞魔国のために尽くすことを強制されたからこそ反発を感じているのかも知れない。

 そのせいか、村田の言葉は少し刺々しくなっていた。

「君もさぁ、いい加減腹を据えなよ。君はこの世界で生きていくって決めたんだろ?だったらあっちの事は心配しすぎない方が良いよ。別にあの世界の王様だったって訳じゃないんだしさ。心配してやる義理も責任も無いだろ?」
「…そう、ですね…」

 痛烈な言葉は、コンラートが追われる身であったことへの嫌みも含むのだろうか? 

『そうだ…俺は、全ての栄光を剥ぎ取られ…寄る辺ない罪人として追われる身であって、王などではないのだ…』

 何となく悶々としたまま、コンラートは学習時間を終えた。



*   *   * 




 ユーリは疲労困憊しきった顔でノートの上に突っ伏していたが、しばらくするとじわじわと元気を取り戻してきたらしい。特に、大賢者から《明日の昼に退院しても良いよ》と言われたのが効いたのだろう。
 課題はまだ全部終わってはいないようだが…後はホテルで終わらせるのか。

 ともかく今日の分は終わったという安心感のせいか、おやつを食べ終わった頃には生き生きとした表情になっていた。それを《可愛らしいな》と思いながらも、コンラートはまだ村田と交わした会話のことをつらつら考えていた。すると、どうしても表情が暗くなっていたようで、ユーリが気遣わしげに声を掛けてきた。

「コンラッド、つかれた?」
「ううん…違うよ。ちょっと悩み事」
「なやみ…?」

 まだ有利の学習状況では難しいかなと思って、誤魔化すように《何でもない》と言ったのだが、一度《悩み》というひとことを受理した有利はなかなか引き下がらなかった。

「おれ、かいけつできない。かもだも。でも、ききたい…コンラッドがなやむこと、おれもいっしょ、なやみたい」

 辿々しい眞魔国語で懸命に話しかけてくる様子が愛おしくて、結局コンラートは眞魔国語と日本語を織り交ぜながら悩み事を聞かせた。話すことで自分自身の考えがまとまるかな…とも思ったのだ。

 案の定難しい話だったのか、有利はうんうんと頷きながらも内容を咀嚼するのに手間取り、更に考えを眞魔国語に変換するのに手こずっていたようだったが、それでもゆっくりと自分の考えを聞かせてくれた。

「おれも、しんぱい。コンラッドの国のひと、人間の村のおじいちゃん…他の人のみんな、しんぱい。ちから、なりたい。ほかの知らない人とも話して、分かりたい、分からせてあげたい。あの箱、あぶない。教えてあげる。そしたら、使わないかもだも」
「話す…か」

 眞魔国と人間諸国の外交など、あってないようなものだ。
 貿易関係がある国家間ではそれなりの取り決めがあるが、基本的に《物対物》の関係であり、そこに感情や相互理解といった要素が入ることはまずない。戦争が終結するときには条約も締結するが、人間の国家がそれを遵守した試しはない。
 
「ユーリ、眞魔国と人間の国はとても長い間、戦争をし続けているんだ。今更、魔族が《禁忌の箱》は危険だから、絶対に使ってはならないんだ…なんて言っても、分かって貰うのは難しいよ?」
「むつかしい、できない、ちがう」

 ユーリはふるふると首を振って主張した。
 それは…極めて優秀な頭脳を持つ者が理路整然と語るような明哲さはない代わりに、何としても分かって欲しいというような、強い渇望があった。

「むつかしい、やる。しない、ぜんぜん変わるナイ。する、すこし変わる。すこしは…たまる。たまるは、すごくなる」
「ユーリ…」

 単語や文法など無茶苦茶なのに、どうしてだろう…何故、こんなにも《出来るんじゃないのか?》という気持ちにさせられるのだろう?

「コンラッド、しんぱいするのやさしいから!やさしい気持ちもつは、とても良いこと。自分だけ良い、ナイ。《情けは人のためならず》、よ!」

 その諺はコンラートが今日覚えたばかりの日本語であった。
 親切は誰かのためにしてあげたというだけでなく、巡り巡って自分や、周囲の大切な人にも返ってくるものだという意味なのだそうだ。
 それは親しい者同士だけでなく、敵とすら感じていた者に対しても適応されるのだろうか?

「そうだろうか?俺なんかが心配するのは…おかしなことじゃないって思うかい?」
「おかしい、ナイ。とてもイイ…!」

 ユーリがその時浮かべた笑顔といったら…!
 この先ずっと忘れることはないのではないかと思うような、お日様みたいに煌めく笑顔だった。

「コンラッドのこころ、獅子。おおきい、つよい。悪いことから、みんなまもる!」  

 拳を天に突き上げて、ユーリはそう讃えてくれる。

 白いライオンが好きなのだというユーリは、かなり早くから村田に聞いて、眞魔国語で獅子という単語を覚えていたのだ。
 その大好きな獅子に喩えてコンラートを讃えてくれる。

 獅子は強くて大きな心を持っているから、巨大な悪に無辜の民が害せられるのを黙って見ていられないのだ。それはとても立派で良いことなのだと、言葉と身振りを尽くして語ってくれた。

 初めから思いこんで《出来るもんか》と諦めている人の中で、最初に一人立ち、事を始める人こそが偉大なのだと。
 それを誹り嘲る者がどんなに多くとも、本当に良いことはやり遂げるべきなのだと…。

 少ない語彙の中からひり出すようにして語る言葉は、一つ一つが珠玉の輝きを持ち、鮮やかに発光しているかのようだった。 

『君は…なんて子なんだろう?』

 《机上の知識を多く記憶している者が優れているのではありません。慈愛に裏打ちされた智慧を持つことこそが、世を救う力を持つのですよ》…それは師匠であるフォンクライスト卿ギュンターの教えであったが、それをこれほど強く感じたのは初めてだった。

 無明の闇を払う力とは、このように一見、素朴な者の中に眠っているのかも知れない。

「だから…コンラッド、かえりたい気持ちあったら…それ、止める…ナイ」

 声が急に掠れたかと思うと、もにょもにょと小さくなって行く声の中で、痛みを感じさせる言葉も紡がれた。
 
『そうだ、帰らないのであれば…それこそ俺は、大層なことを言う資格などない』

 村田に言われたとおり、それが最も大きな問題なのだ。
 コンラート個人の幸福を追求するのか、恋を捨ててもあの世界に尽くすのか…。しかも、後者は苦しいだけでなく、誰にもそんなこと求められていないのである。

『ああ…それでも俺は、迷っているのか…』

 この気持ちは一体どこから来るのだろうか。
 故郷とはそれほどに、誰にとっても無条件に慕わしい存在なのだろうか。

 葛藤の中で思い出すのは、やはり故郷を追われた父のことだった。
 ウェラー王家の末裔であった父…シマロンの王となるはずであった彼は、どんな思いで故郷を想っていたのだろうか?今更のように父の心が知りたくなった。

「コンラッド?しんまこく…かえる?」
「迷っているんだ…」
「どうして?」
「それは…」

 上手く答えることは出来なかった。
 ユーリと離れたくないという個人的な欲。そして、左腕を失ったことで、自分の能力にも不安を持っていること。この辺が最も大きなことであったが、それらはいずれも情けなくて、《獅子》と讃えてくれるユーリに言えるような事ではなかった。

 父も結局、自分を追った者と直接対決することなくその生涯を異境の地で終えた。それが《逃げた》結果であるのか、それとも能動的に《選択した》結果であるのかを知る術はコンラートにはない。

 今のコンラートが、本当はどうしていくことが望ましいのか教えてくれる人はいなかった。
  
「ゴメンね…上手く、説明できないや」
「あやまる、ナイ。おれも覚える、しんまこくご。いっぱい、コンラッドと…話、したい。しんまこくの人達たすける。良い方法、いっしょ…かんがえる。かんがえたら、お兄さん…聞いてくれる?かもだも」

 漆黒のつぶらな瞳は宵闇の中でもきらきらと美しく光り、吸い込まれそうなほど澄み渡っていた。

 ユーリを見ていると、心に暖かい力が湧いてくるのが不思議だった。
 ああ…教えてくれる人はいないのだとしても、ユーリはきっと共に考えてくれるだろう。
 誠実に、力強い楽観というものをコンラートに与えてくれる。

「うん…うん。俺もたくさん話をしたいよ」

 それは、本心からの言葉だった。

 知るほどに、ただ可愛いだけではない…それ以上に魅力的な側面を見せてくれるこの少年に、コンラートは昨日よりも今日、今日よりも明日…深く強い愛を感じるだろう。

 そんな予感がした。 



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