第22話





「コンラッド…どうしたの?なぁ、村田…今の話ってどういう内容だったの?」
「ちょっとウェラー卿にお勧めしたんだよ。日本で生活してはどうか…ってね」
「ま…マジっ!?」
 
 途端に、有利の胸がぽわわんと弾んだ。
 コンラッドがあちらの世界に戻るのではなく、有利と共に日本で生活してくれるのであればどんなに嬉しいことだろう。

 けれど、素直に喜びかけたものの…コンラートの沈んだ表情を目にするとそれもふしゅんと萎んでしまう。

『そうだよな…だって、コンラッドは追われる身だったとは言っても、元々はあっちの国の王子様だったんだもんな?お兄さんのことだって、軍隊の人たちのことだって心配だろうし…俺っていう邪魔者が二度と眞魔国に現れたりしなきゃ、眞魔国で幸せに暮らしていけるんだよな?』

 片腕では一線級の軍人としてはやっていけないかも知れないけど、それでも生まれ故郷に戻りたいと願うのは当然のことだろう。

「村田…コンラッド達を眞魔国に戻す方法はないの?」
「君は、彼らを戻したいのかい?」

 村田の口調は皮肉げなものだった。
 それはそうだろう…何せ、《コンラッドと離れたくない》と切望したのは、他ならぬ有利だったのだから…。

「離れたくはないよ…」

 思わず拗ねてるみたいに唇が尖ってしまう。

「じゃあ、君が一緒に行くって言うのかい?こんなに心配して…窶れちゃった僕や家族を置いてさ」
「……っ!」

 冗談めかした口調ながら、それは紛れもなく村田の本心を表したものであろう。
 彼らがとてもとても心配してくれたことは、鈍い有利にだって流石に分かる。

「……コンラッドと離れたくない。だけど…みんなを心配にもさせたくない…」
「だったら、ウェラー卿が君と共に日本で生活するのが理想的だろ?」
「そう…なのかな?」
「ねぇ渋谷、世の中には全ての条件が揃った幸せなんて存在しないんだよ?幾つかの選択肢の内から、どれかを選ばなくてはならないんだ。だったら、最上級ではなくても比較級の幸せで手を打たなきゃ」

 有利達地球組が幸せなら、それで良いのだろうか?
 《大好きな人と一緒にいられる幸せ》を追求しようと思ったら、それが本当に最善の策なんだろうか?
 
 迷う有利に、村田は更に畳み掛けた。

「それにね、これは強制じゃないんだ。ウェラー卿にもそう言ったよ?どうしてもあちらの世界に戻りたければ、物理的には可能だ。勿論…タイミングと魔力の充実を図る必要があるからすぐには出来ないし、ヨザックとウェラー卿を同時に送るのは無理だけど、多分出来ることは出来る。その上で僕はウェラー卿に聞いたんだよ。あちらに戻るか、地球に残るか決めろとね。あちらの世界でなら400年は生きられるだろうけど、こっちでは100年くらいしか生きられないことも教えた。そういったことを知った上で、今のところウェラー卿は《考えさせて欲しい》って返事を保留している状態なんだ。つまり、即答で《帰りたい》って言ってる訳じゃないんだよ」
「そうなの!?でも、物理的に帰る方法があるなら…どうして《絶対帰る》って言わないんだろ?」

 有利の立場なら悩むのも分かるが、コンラッドの場合は何が引っかかって《こちらに残る》という選択になるのかよく分からない。
 
「………分からない?」
「うん」

 こっくら頷くと、村田は口の中で何かをモグモグやっていたようだが、しばらくすると説明してくれた。

「そりゃあ…ウェラー卿が眞魔国に存在する限り、やっぱり《禁忌の箱》との絡みで疑われたり、他国から狙われる可能性を懸念しているんじゃないかな?ほら、ウェラー卿が人間の国に捕まって拷問受けてる様子とかを知らされたら、君…絶対何が何でも助けに行こうとするだろ?」
「当たり前だよっ!…つか、そ…そーか…そんな危険性があるんだったら、コンラッドは幾ら故郷が恋しくても戻りにくいよな…」

 コンラッドが有利を釣る餌として捕獲され、酷い目に遭うなんて耐えられない。
 それくらいならば、故郷を想って辛い別離に耐えなくてはならないのだとしても、地球で生活した方が良いに決まっている。

「コンラッド…俺、頑張るから…っ!眞魔国の言葉を覚えて、あんたやヨザックと眞魔国語で話が出来るようにして、眞魔国での色んな思い出話を聞いたり、あっちの国の料理とかも覚えるから…だから、寂しくても…俺と一緒に暮らして?」
「…渋谷、別に僕は君とウェラー卿に同居しろとまで言った覚えはないんだけど…。それは何?告白?どさくさ紛れのプロポーズ?」

 がっしとコンラートの右手を掴んで意思表明をすると、素早く村田に突っ込まれた。

「ななななななにぃぃい!?ゆーちゃん、この王子様を嫁に貰うつもりか!?お兄ちゃんは新妻エプロンとメイド服と猫耳が似合う嫁以外は認めんぞぉおおっ!!」

 勝利は激し激昂するが、新妻として必要な要件はせいぜい最初の一つだけかと思われる。
 まあ、それ以前に色々と問題があるが。



*   *   *




「ウェラー卿、渋谷が君と一緒に暮らしたいんだってさ」
「…っ!?」

 村田の通訳に、コンラートは目を開大させてまじまじと有利を見つめた。
 その瞳には《俺が全部面倒見てやるぜ》という、大変雄々しい万国共通の意思表示が刻まれており、思わず口元に笑みが浮かびそうになる。

 眞魔国に残してきた様々な課題を思えば、簡単に笑ってはいけないと思うのに…ついつい、自分との生活を有利が切望していると知れば喜びが湧き上がってしまう。

「どうするんだい?」

 ここですぐに《じゃあ、地球でお世話になります》と発言するのはかなり恥ずかしかった。村田やヨザックがニヤニヤとした居心地の悪い笑みを浮かべるのが、あまりにも容易に想像できたからだ。

 けれど…瞳をキラキラさせて右手を握ってくれる有利を見ていると、自分の矜持など結局は吹っ飛んでしまうのだった。

「猊下…よろしく、お願いします」
「それは僕の提案を呑んだと考えて良いんだね?グリエ・ヨザック…君はそれでいいのかい?」
「ん…俺ですか?」

 静かに状況を見守っていたヨザックは、話を振られて顎を撫でた。ざらつく顎髭の感触と…他にも色々と引っかかるものがあるのだろうが、彼もやはり頷いて見せた。

「俺は隊長に従います」
「了解した」

 全てが、村田の思うように進んでいる。
 …筈だ。

『でも…どうしてかな。やっぱり不安なんだよ、渋谷…』

 彼を思うからこそ、村田は有利にとって不都合な事実を伏せた。
 その事が本当にいつまでも伏せられたまま、ぬるま湯のような幸福を維持できるのかどうか。

 そんな未来の確証までは、村田も得ることが出来ずにいた。



*   *   *




「それにしても、俺ってスイスにいたんだ〜…。つか、これって生まれて初めての海外旅行?…て、あっ!日本に帰る時大丈夫なのかな?俺パスポートとか取ってないよ!?」
「今更ナニ心配してんのさ。ウェラー卿とグリエ・ヨザックなんて見事に国籍もないんだよ?」
「そうだよ〜っ!これじゃ日本に帰れないよな?どうしよう、ムラえもん〜」
「ゆー太君、人をムラムラしたキャラみたいな名称設定にするのは止めて貰えないかな?」

 眼鏡をギラつかせながら村田は言うが、中学時代に一部の女子から《むらむら》と呼ばれていた事を有利は知っている。

「ま…ともかく、そんなに心配しなくて良いよ。スイスってのは魔族が最も影響力を持つ国なんだ。その総本山的な施設も《企業》という体面を取りながら設置されているし、常に政治家の中にも一定量の魔族が当選しているし、勿論官僚の中にもいる。ウェラー卿達が日本国籍をいきなり取るのは難しいけど、この国でなら融通が利くからね。まずはこちらで国籍を偽造…いや、作成して日本に渡ることになると思う。君の場合は事件に巻き込まれて浚われたのが、スイスで身柄を確保した…くらいの扱いでパスポートを申請するよ」
「そうなんだ…」

 有利は感心しきりだ。
 自分が魔族なんてものに分類される生物だと聞いた時には、《随分とファンタジックな…》と思って実感が湧かなかったが、こんな風に、実際の生活に結びついたところで力を持つ勢力なのだ。

「とにかく、パスポートなんかの手配がつくまではゆっくりしたら良い。そうだ君、眞魔国語覚えたいって言ってたよね?ウェラー卿やグリエ・ヨザックに日本語や英語を覚える時に、一緒に僕の授業を受けたら良いよ」
「嬉しい!流石村田だよな〜。すっごい頼りになるっ!」
「君にそう言って貰えると、嬉しいな…」

 はにかむような微笑みだけは、彼を年相応の少年に見せていた。
 こんな顔を見ると、彼が四千年も昔からの膨大な転生歴を記憶しているなんて、とても信じられない。

「ここを退院できたら、みんなでホテル暮らしだよ?」
「そうそう、ゆーちゃん!このホテルが素敵なのよぉ〜。ボーデン湖畔にある瀟洒なホテルなのっ!しかも家族でゆったり使えるスィートルームを貸し切りなのよ?ここはねぇ〜室内風呂だけじゃなくて、湖を眺めながらジャグジーに入ったり、プールに入ったりも出来るのよ?」
「費用は全部ボブの負担なのも素敵だよ〜」
「ネット対応が万全なのも素敵だ」

 美子や勝馬、勝利もご満悦の様子だ。余程良い部屋らしい。

「元気になったら、たくさん観光もしておくと良いよ」
「うん。楽しみ〜スイスの名産物って言ったらチーズだっけ?」

 有利が他に思いつくとすれば、鳩時計とハイ○くらいだ。
 まあ、ハイ○は名産物ではないが。

「もう少し早いと白アスパラが美味しかったんだけどね…。ちょっと時期を外しちゃってて残念」
「えー?白アスパラってあのぐにゅっとしたやつだろ?ムーミン谷に生息してそうな…」
「確かに同じものだけど、あれは缶詰だからだよ。取れたての白アスパラを茹でて、作りたての自家製マヨネーズを掛けると美味しいんだね〜。歯ごたえもしゃきっとしてて、アレを食べると春だなーって実感するんだ」

 唾液の湧きそうな顔をしてにこにこしているが、それは村田としての記憶なのか、昔、《他の誰か》として生きていた頃の記憶なのか…。
 見ていたらちょっと表情が翳ったから、きっと後者なのだろう。

 初めて親友の深い事情を知ったせいか、つい有利の表情も翳ってしまう。
 それに対して、村田は《気にするなよ》と言いたげに頬を指先で突いた。

「ともかく、素朴で美味しい食事が出るから楽しみにしていて?それに、風景もとても綺麗だよ」
「野球できそうな広場もある?」
「まぁ…あるけどさ」
「野球野球ってお前、何処に行っても一緒かよ!」

 勝利が呆れたように言うが、すぐにつんつんと美子から肘打ちをされる。
 心なしか、目元が悪戯っぽく笑っている。

「ふふふ〜…そんなこと言って、しょーちゃんってばスイスに行く時にゆーちゃんの野球道具を荷物の中に入れてたでしょ?」
「う…。そ、それは…」
「勝利…」
「ふ…ふんっ!」

 兄は大好きなアニメキャラ同様、ツンデレ設定らしい。頬を染めてそっぽを向く姿は可愛いのか不気味なのか、弟としては微妙なところである。

「そうだわ、ゆーちゃん…ちょっと元気出てきたんだったら、ケーキ食べられるかしら?」
「あんまり甘くないのだったら良いな。でも、何で?」
「ふふ…だって、ゆーちゃんは今日お誕生日じゃないの!」
「あ…っ、そーなの?」

 有利があちらの世界に引き込まれたのは7月の第一月曜日だったから、一ヶ月近く不在だったのなら丁度誕生日である29日だろう。
 では、本日有利はめでたく16歳になるのだ。

「プレゼントも買ったのよ?絶対ゆーちゃんは帰ってくるって、信じて買ってたの!」
「お袋…」

 きっと、兄も両親も同じ気持ちで野球道具やプレゼントを用意したに違いない。
 また会える。絶対に会える…。
 だから、決して諦めるものかと信じて。

 それでも不安に揺れる日もあったろう。
 最悪の事態を想定することもあったろう…。
 普段は脳天気にさえ見える両親や、心配性な兄がどれだけ苦しんだろうかと思うと胸が切なさと感謝で一杯になる。

 美子が用意してくれたケーキはお腹にもたれないよう、ソフトな口当たりの小さなものだった。
 細い蝋燭に灯った明かりに、家族の祈りが込められているように感じて…有利は珍しくしみじみとケーキを味わうことになった。



*   *   *




 夜分になるとブロンドの可愛い看護婦さんが明かりを消したが、トイレに行く時に躓いたりしないよう足下灯をつけてくれた。卵形の陶磁器がエーデルワイスの花形に抜かれており、そこから淡紅色の光が差すのがとても綺麗だ。

 なんとなし有利が目線を横にやると、黄緑色のカーテンで仕切られた向こうに、薄くコンラッドのシルエットが浮かんでいた。

『疲れてるかな?話しかけたら悪いよね…』

 でも、何だか興奮してしまってなかなか眠れない。
 本当に…コンラッドと一緒に日本で生活していけるのだろうか?

『コンラッド、頷いてたもん…大丈夫だよね?』

 きっととても寂しいだろうけれど、その分を埋めるくらい楽しいことを教えてあげよう。

『元気になったら、コンラッドと色んなことして遊ぼう。そうそう、言葉も覚えてさ…沢山話をするんだ』

 わくわくした気持ちのせいか、また目が冴えてきてどうにも眠れない。その気持ちが伝染したのか、チィもふくふくとした毛皮を擦りつかせてくる。

 とうとう我慢しきれずにベッドから降りると、示し合わせたようにコンラッドの影も動いた。

「コンラッド?」
「ユーリ?」

 同時に、同じような角度で首を傾げてカーテンの影から顔を覗かせたから、思わず吹き出してしまった。

「眠れない」
「ねむれない」
「そうそう、眠れない。コンラッド、一緒?」

 有利の言葉をコンラッドが復唱するから、うんうんと頷いてコンラッドを指さすと、やはり《いっしょ》と繰り返してくれた。
 端正な顔立ちのコンラッドが…それも、あちらの世界では絶対的な庇護者として頼り切っていた彼が、有利の言葉をオウム返しにして懸命に日本語を覚えようとしてくれる。
 
 それが嬉しくて、くすぐったくて…有利はそっとコンラッドに抱きついてみた。

 今までの接触から、最近の彼はこういう触れ合いが嫌いではないことを知っていたのだけど、それでも触れる瞬間には少し緊張してしまう。
 けれど、やはりコンラッドは嬉しそうに微笑んで、右腕だけでなく左腕の断端も使って精一杯有利の身体を抱きしめてくれる。

「コンラッド、生きてて良かった…」
「いきてて、よかた?」
「生きてる。良かった」
「いきてる、いきてる……」

 これは概念的に上手く伝わっているのか自信がなくて、コンラッドの胸の鼓動に頬を押しつけて擦りつき、今度はコンラッドの頭も自分の胸に押し当てて鼓動を聞いて貰った。

 二人とも少し早い鼓動の音が響いて、互いに《生きてる》ってことを強く感じさせる。

『生きて…あんたが傍にいてくれることに、こんなにドキドキしてる』

 コンラッドの鼓動も少し早いから、やっぱりドキドキしているのだろうか?

『本当は、俺を殺す筈だったんだよね?なのに…殺すどころか、どんなに危ないときだって身を挺して庇ってくれた』

 その果てに、腕を失うほどに…。

『ああ…好き。大好きだよ…コンラッド…っ!今度は俺があんたを護りたいよ…っ!あんたに…抱え切れないくらいの幸せを、たっぷりあげたいんだ』

 まずは何からすれば良いのかまだ分からないけれど、今はただ…この鼓動を抱いていたい。

 ぽんぽんっと肩を突かれ、促されて夜空を見上げると…美しい月が掛かっていた。

「わ…綺麗な月…」
「つき?」
「そう、月…。そういえば、あっちの世界にもあったよね?」

 星座などは違っていたし、そういえば月の模様も違っていたような気がするけれど、やはりよく似た卵色の星が浮かんでいた。
 あちらの世界で月に似たその星を見上げると、懐かしさで涙が浮かびそうになって…そして、コンラッドに頭を撫でつけられたり、ちょっとした甘味を渡されたりしていたのを思い出す。

 だから、やはり今も有利にはコンラッドの気持ちがよく分かった。

『コンラッドも、あん時の俺みたいに…寂しいんだよね?』

 ぎゅうっと抱きしめたら、やはりあの時と同じように頭を撫でてくれた。こちらも撫でてあげたいが、それはちょっと身長差があるので残念ながら叶わない。

 それでも、とても良い雰囲気に包まれていた訳なのだが、夕方に飲んだジュースのせいか、ぶるっと震えて尿意を催してしまった。

「コンラッド、ちょっとゴメンね…トイレ行ってくる」
「トイレ…」

 微かにコンラッドの表情が引きつったのには理由がある。
 実はコンラッドが初めてトイレに行った時…ちょっとした事件が起きたのである。



*  *  *

 

   
 それは意識を取り戻してから初めて尿意を催したらしいコンラッドが、村田に意図を伝えてトイレの場所を教わった時のことだった。
 だが…しばらく経ってもなかなか帰ってこない。

 村田は何故かニヤニヤしながら待っているから、有利がえっちらおっちら様子を伺いに行ってみると、コンラッドは自動的に蓋が開いた開いた洋式便所を前にしてもじもじしていた。
 目が合うと、物凄くばつが悪そうな顔をしているし、心なしか内股だ。

『あ…っ!そうだよな。こんなトイレ、見たことないよな!?』

 有利だって、あちらの世界での排泄には当初かなり抵抗があった。
 なにせ、トイレらしいものに出くわしたのはカロリアの港に入ってからのことで、それも複数人が排泄しながら顔を似合わせるような集合ぽっちゃん便所だったのである。それまでは茂みや砂があれば良い方で、見渡す限りごつごつとした岩場が広がっていたところでは、自分も排泄物も隠せなくて…かなりの思い切りを必要とした。

 コンラッドは王子様だったと言うから、もう少し綺麗なトイレも体験しているのだろうけれど、軍隊行動や旅の生活が多かったと聞くから、殆どが野外での排泄だったのだと思う。

『あれが基準なんだとしたら、いきなりこのトイレは《何事!?》って思うよな。まさかこんな小さな穴に、排泄物が効率よく吸い込まれていくなんて思わないだろうな〜。しかもこれって日本製のウォシュレットだから、やけにスイッチが多いもん…。自動的に蓋まで開いちゃうみたいだし』

 村田がニヤニヤしているのは、多分先に意識を取り戻したヨザックと似たようなやり取りをしたのだと思う。

 コンラッドもヨザックもあちらでは相当世慣れていたのだろうし、また、その自覚も強かったろう。
 その為、こちらの世界で分からないこと…それが、特に排泄などの生活の基盤に関わることとなれば、余計に聞き辛かったのだろう。

『なんか恥ずかしくて、声も掛けにくいもんね』

 有利は得心行くと、押しつけがましくならないように気をつけながら実演して見せた(当たり前だが、ズボンは脱いでいない)。

 コンラッドは用足しをしてからトイレを出ると、苦笑しながら一礼した。

「ありがとう、ユーリ」
「どういたしまして」

 ぎこちない日本語もはにかむような仕草も何もかも、とてつもなく愛おしかった。



*  *  * 




「ユーリ…」
「あ、ゴメンゴメン」

 ぷくく…っと思い出し笑いしているのに気づいたのだろう。コンラッドはどこか居心地の悪そうな顔をして目を半眼にしていた。
 
「笑ったりしてゴメンね?俺なんて、もっと恥ずかしい失敗たくさんしてるのにね」
「きにしない」
「本当?」
「ほんと」

 そうは言いつつも、コンラッドはちょっとした意趣返しを思いついたらしい。
 有利が様子を伺うように仰向いていたら…ちゅっと鼻面に音を立ててキスをしたのである。

「こここここコンラッド!?」
「あはは…っ!」

 悪戯っ子みたいに屈託なく笑う様子があんまり可愛くて…有利は顔が赤らんでしまったのを誤魔化すようにぽかぽかとコンラッドの胸板を叩いた。

 何とも罪な男である。


  



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