第15話 『どこに行くんだろう?』 港までやってきたというのに、何故だかコンラッド達は再び馬に乗って移動を始めた。 てっきり船に乗って大海原に旅立つものだと思っていた有利は、やや拍子抜けしてしまう。 しかも、コンラッド達は何かを追跡しているようだった。 何日か観察していく中で、その対象は囚人服を着た御一行様であることが分かった。すぐ傍まで近寄ることはなく、見失うほど離れることもなく、一定の距離を保ちながら追跡は続いた。 時折、夜になるとヨザックだけは馬を降りて何かしていたようだが、有利はコンラッドと共に残っていたのでその辺は良く分からない。 やがて囚人達は船に乗せられて河を遡り、大船が登れない上流まで来ると降ろされて、武装した軍人達に囲まれながら徒歩で移動を始めた。 それにしても…本当に彼らは何か犯罪を起こした者達なのだろうか? よく日に灼けて逞しい体つきをした男達ばかりなのだが、間近で見ることはないので目つきなどは分からないものの、そんなに凶悪そうな雰囲気には見えない。ただ、不安そうではあった。 彼らは一様にがっしりとした木の枠で両手を拘束されて、いずこかへと連れて行かれる。 よく見ると、その中には一人の女性が混じっていた。その人だけは囚人服(何故か淡ピンク)は着せられていなかったが、やはり同じように木の枠で拘束されて連行されていく。 遠目に見てもまだ若い…多分、綺麗な人だと思う。 光を弾く銀色の髪と、凛と伸ばした背筋が印象的だ。 『あの人も囚人なのかな?でも…そんな風には見えないけどな』 あの大勢の男性囚人達に対して、女性囚人がたった一人というのも奇妙な感じだ。 『ひょっとして、コンラッド達はあの人を助けようとしているのかな?』 囚われの姫君を救う若き騎士…何ともコンラッドに似合いの響きではあるのだが、どうしたものか情景を想像すると胸がちくちくする。 『……何でだろ?』 モテない男の僻みかとも思ったのだが、何故だか銀髪のお姫様を救っているのを自分に置き換えても心は充足しない。 なんとも珍妙なことだが、有利は…どうもこのお姫様の方に嫉妬しているらしい。 『な…何でだろっ!?』 情動で感じたことに理屈をつけるのはえてして難しいものだが、有利は特にそういう行程が苦手だ。 この時も結論は出なかったのだが、事態の方は容赦なく展開していく。 囚人達が大きな広場…火山近辺のクレーターのような陥没地に集められると、有利は少し離れた森の中で降ろされたのである。 コンラッドは以前と同じように、《ここで待っていろ》というゼスチャーをして見せると、再びノーカンティーに跨ってヨザックと共にその場を離れてしまう。 「コンラッド…っ!」 有利は走って追いかけたけれど、コンラッドは一度振り返って先ほどと同じ言葉を繰り返し、ノーカンティーを更に飛ばしていく。 追いかけても追いかけても馬の速度に追いつけるはずはなく、息が上がって喉がひりつき、鼻の奥が痛みを感じるほどに熱くなる。 「あ…っ!」 有利が躓いて転んでも、コンラートはもう振り返ってはくれなかった。 「コンラッド…グリ江ちゃん……」 目元に涙が滲んだのは、擦り剥いた膝の痛みのためだけではなかった。 * * * 『ユーリ…っ』 背後でユーリが叫んでいるのが分かった。 懸命に追いかける声がどんどん遠くなっていき、小さな悲鳴のような声も聞こえた。一緒に聞こえた音から察して、きっと躓いて転んだのだ。 反射的に戻って、傷の具合を確認したくなってしまうが…ぐっと奥歯を噛みしめて想いを振り払う。 連れて行くわけにもいかないのだ。コンラート達もまた、小シマロン軍に全く隙がなければ混乱を引き起こすようし向けるだけで、急いで撤退しなくてはならないのだから。 先程、厳重に警護されていた馬車からエリオルが降ろされたのは確認したが、シマロンの軍勢が警戒を緩める筈はない。現在大陸にはウィンコット軍を主体とする眞魔国軍が展開しているし、ヴォルテール軍もエリオルを求めて捜索活動をしていることだろうから、余程上手く立ち回らなければ不意打ちは出来ない。 『限界まで様子を見るしかないか…』 小シマロンの哨戒運動の半径から僅かに距離を置くと、コンラートは高台の上から陥没地の様子を伺った。 乾ききった土と岩が剥き出しになった大地に、淡紅色の衣服がぞわぞわと蠢いている。実に趣味の悪い色だ。あんなものを身につけて日々を過ごしていれば、次第に心が折れて来るに違いない。 『戦士として散ることも叶わず、こんな辱めを受けるとはな…』 あそこに集められている連中は正確には囚人ではなく捕虜だ。小シマロンとの戦に負け、強制収容所で労役につかされていたのだろうが、使役の効率が悪くなった者が集められたのだろう。全体に高齢者が多い。 散々酷使された挙げ句…最後に、《禁忌の箱》が人体に与える影響を観察するための道具として使われるのだ。 『国際倫理も何もあったものではないな…』 小シマロンの王サラレギーについてはコンラートも聞き知っている。 若干16歳ながら国を良く纏め、人望も厚いと聞くが…その一方で、年齢に反した苛烈な粛正や策略の巧みさ…あるいは、残虐性にも定評がある。 嗜虐癖によって耽溺していると言うよりは、冷静に人心への効果を読んでいるのだろうが、それにしたって好ましいとは思えない。 様子を見守っていると、簡易的に作られた演台の上に小シマロン王の名代であるナイジェル・ワイズ・マキシーンが立って、仰々しい身振り手振りで何かを語り始めた。 何を言っているのかは分からないが、ざわめき始めた捕虜達の様子から内容には察しが付く。 彼らはここまで大人しく小シマロン兵に連れてこられた。おそらく、収容所が変わるくらいにしか思っていなかったのだろう。 だが…今ここに来て初めて、彼らは自分たちが実験台にされることを知ったのだ。 『誰か、騒ぎを起こしてくれないか?やけくその無謀な反抗で良いんだ』 地元民の扮装をしたヨザックが、ここまでの道中に何度か捕虜達に接触して拘束木を外す細い工具を渡しているのだが…期待していた反乱は起こらなかった。誰もが長年に渡る苦役と餓えで力を失っており、今更小シマロンの軍人に反抗しようなどという気概など持てなくなっていたらしい。 『くそ…っ!このままおめおめと生贄になる気なのか?』 腹立たしさと悔しさで舌打ちしそうになるが、いつまでもそうしているわけにはいかない。 重々しい動作で正方形の古びた箱が演台に載せられると、そこへ突き飛ばされるようにして幼い少年が連れてこられたのだ。 『エリオル…っ!』 エリオルは転び掛けたが、ぐ…っと踏みとどまると昂然と頭を上げてマキシーンを睨み付けている。幼い容貌はしていても、彼は16歳の年に軍人たることを決めた少年だ。武人の矜持を護るべく、如何なる状況にあっても毅然とした態度を崩さないつもりなのだろう。 「大した坊やだ…」 「ああ」 ヨザックもエリオルの気質は知っているのだろう。感心したように小さく口笛を吹いた。 『グウェンダル兄上に…似ているな、やはり』 ヴォルテール特有の剛直な顔立ちと雰囲気を色濃く受け継いだエリオルは、幼い頃の兄に良く似ていた。 《兄弟なのに似ていない》と人に言われ、自覚もあったコンラートからしてみると羨ましいほどだ。 無茶を承知で救いたいと願ってしまうのは、ひょっとするとグウェンダルの影を彼の中に見ているせいかもしれない。 身体を張って、コンラートを窮地から救ってくれたグウェンダルとよく似た面差しの少年を、どうしても見捨てることが出来ないのだ。 エリオルはマキシーンに何か言われて、堂々と言い返したようだ。頬を酷く叩かれたようだが、すぐに真正面に向き直って睨み返している。 その誇り高さが余計に怒りを買ったのだろうか?マキシーンは荒々しくエリオルの頭髪を掴むと、引きずるようにして《禁忌の箱》…《地の果て》へと連れて行く。 コンラートが覚悟を決めて弓に手を掛けた時、思わぬ所から騒ぎが起こった。 捕虜達と共に連行されていた女性…フリン・ギルビットが勢いよくマキシーンに掴みかかり、何事か叫んでいるのだ。 他の捕虜達の意志も煽り立てるように腕を振り上げるが、呼応しようとした捕虜の何人かが小シマロン兵に打ち伏せられると意気消沈してしまう。 それでもフリンだけは両腕を掴まれ、地面に押しつけられても暴れ続けていた。 彼女は大シマロンに《ウィンコットの毒》を渡し、更にウィンコットの血族も手に入れて取引をしようとした。 だが…それは己の欲得を満たすためではなく、亡き夫と共に護ろうとしたカロリアの民を、戦場から連れ戻すためだった。 あるいは、彼女は甘かったのかも知れない。 《ウィンコットの毒》を売ることが《禁忌の箱》の開放に繋がると知っていても、まさか世界を滅ぼすような力を持つ箱を、本気で開けるような馬鹿がいるとは思わなかったのだ。 おそらく《いつでも箱を開けられる》という状況を提示することが、魔族への抑止力になるとでも計算していたのだろう。 足下をすくわれた形の彼女を《愚か者》と責めることは簡単だ。 だが…コンラートには出来なかった。 大切な存在を護るために、コンラートもまた利己的な判断をしているからだ。 * * * 『こんなつもりじゃなかった…っ!』 苦々しい想いと共に、口腔内に砂利が絡みつく。 フリン・ギルビットは屈強な軍人二人に押さえつけられながら、悲痛な叫びを上げた。 ここ数年日差しを浴びていなかった白い肌は連行生活によって痛々しく灼け、薄汚れた服は所々が裂けてしまっている。 だが、そんなことよりも苦しいのはこの胸の中の心だ。 『まさか…本当に《箱》を使おうとする者がいるなんて…っ!』 威嚇のために使うのだと信じていた。 恐るべき魔族に対抗するためには、人間の国家がそれだけの武力を携えていることに意義があるとさえ思っていたのだ。 よもや…魔族に追いつめられたわけでもないのに、ただその効果を知るためだけに実験しようなどと言う者がいるとは思わなかった。 フリンが《ウィンコットの毒》を売り渡した国は大シマロンではあるが…彼らが小シマロンと同じ決断をしないと誰が言えるだろう?本来はそのつもりでなかったのだとしても、小シマロンがこのような実験を行ったことはすぐに大シマロンの知るところとなり、対抗するためにも競うように実験を強行しようとするに違いない。 「何故…何故、人間を使って実験などしようと言うの!?」 「…相手が魔族なら、使っても構わないと言うことか?」 血を吐くような叫びに対して、静かな問いかけが為された。 それは…平静さを失わない少年、ウルヴァルト卿エリオルであった。 誘拐され、この地まで連行されていく間に窶れてしまった少年の頬はこけ、折檻を受けたと思しき痕もそこかしこに残っている。しかし毅然と背筋を伸ばした少年は前を見据えており、実験場に引き出された今もその態度は変わらない。 「それほどに憎むべきことを、魔族がいつ人間にしたというのだ?」 「それは…」 涼やかな声音が理性的に語り掛ける言葉に、フリンは状況も忘れて言葉に詰まってしまった。 改めて提示されると、実のところフリンが知っている《残忍極まりない魔族》の話というのは常に伝聞であり、恐ろしいお伽噺のようなものであるのだ。実際にそのような事件が起きたのかと問われれば返事に窮してしまう。 フリンは魔族という存在に出会った事自体、この少年が初めてなのだが…これが平均的な魔族だというのなら、小シマロンの気狂いじみた演説に比べて遙かに理性的な態度と言葉に感嘆せずにはいられなかった。 「理屈ではなく、感情が魔族を滅ぼすことを欲しているのか?だとしても…かつて世界を滅ぼそうとした創主を、何故人間は解放しようと言うのだ?」 年の割に大人びた声には重みがあり、叫んだり喚いたりしない分、余計にその怒りの強さを伺わせた。 * * * 「我が眞魔国最強の力を誇った眞王陛下と、忠実な臣下4名が共闘して封じたものを開放したとして、どうやって操るつもりなのだ?」 言っても詮無いこととは知っている。 人間とはそういう生き物なのだと、エリオルは家庭教師や先輩諸氏から多くの事例を引き合いに出されて説明されてきたのだ。 だが…こうして人間に囲まれた現状の中で、魔族とよく似た容貌の知的生命体が誰一人として《理性》というものを示さないことに、いい知れない怒りと哀しみを感じてしまう。 『これ程までに愚かしい生き物なのか…』 これまで、エリオルは人間という存在を一律に否定してはいなかった。 尊崇しているウェラー卿コンラートに代表されるように、人間と魔族の間に生まれた混血にも優れた資質を持つ英雄がいるし、高貴とされる純血貴族の中にも呆れ果てるほど愚かな者も居たからだ。 『もしかしたら、何かのきっかけで魔族と人間が分かり合えることもあるんじゃないのかな?』 そんな風な事さえ思い浮かべていた。 だが、少年らしい純朴な夢は最悪の形で砕かれることとなった。 「はっはははっ!馬鹿め、我が主がそのような事を考えに入れていないと思うか?見よ…我が小シマロンの誇る法術士軍団が、厳重に《禁忌の箱》の周囲に結界を張っておるわ!魔族の小倅如きの浅知恵など、一蹴してくれる…。小シマロンは《禁忌の箱》の力を掌握し、世界に大きく羽ばたくのだ!」 小シマロン軍人の特徴である刈り上げと結い髪を振り乱し、ナイジェル・ワイズ・マキシーンが高笑いしてみせるが、もうこの男に言い返す気はなかった。 小シマロン王サラレギーを盲信しているらしいこの男には、何を言っても通じまい。 エリオルがせめて、この言葉の一端でも捉えて欲しいと思うのは、この地に集められた捕虜達だ。 「このまま、《禁忌の箱》を開かせる気なのかお前達は…っ!」 怯えきり、惑乱している捕虜達の目はきょろきょろと律動して収まることはなく、エリオルの呼びかけに応える者は居ないように思われた。昔は豪毅な騎士だった者もいるのだろうが、長い囚人生活が心を折ってしまったに違いない。 あるいは、《魔族を倒す為の人柱》になることにある種の意義を感じてもいるのだろうか? 「お前達の仲間も、国土も…引き裂かれるのだぞ!?その後に何が残るというのだ…っ!大国の覇権争いに巻き込まれた民衆が、どれ程の苦痛を味わうか知らないわけではあるまいっ!郷里に残してきた人々に、害が及んでも良いというのか…っ!」 「ええい…やかましいっ!」 マキシーンの拳が飛んでくると思った。 何か言い返すたびに喰らっていたそれが、今更頬を抉ったところでどうと言うこともないと思っていたのだが…何故かこの時は痛みが襲うことはなかった。 華奢な体躯からは信じられないほどの膂力を見せて…また、手首は相変わらず木枠で拘束されていたというのに、フリン・ギルビットがマキシーンに飛びかかったのである。 「フリン・ギルビット…貴様っ!人間の身でありながら魔族を庇うつもりか!?」 「魔族だろうが仔狸だろうが、あんたみたいな屑野郎よりはマシよっ!」 貴婦人にあるまじき言動ながら、鮮やかに啖呵を切ったフリンにはエリオルも感じるものがあった。 「少なくとも、この子は正しいわ…!ナイジェル・ワイズ・マキシーン…狂っているのはあなた、そして小シマロンの連中よっ!今すぐこんな馬鹿な実験はお止めなさいっ!」 「喧しいわっ!」 フリンを振り払ったマキシーンは荒々しくエリオルを掴むと、他の兵の力も借りて《地の果て》に向けて引きずっていく。暴れていたフリンは再び兵達の手で大地に押さえつけられ、流石にもう束縛を抜けることは困難に思えた。 それでも…この状況下で示してくれた彼女の態度に、エリオルは身を捩って想いを伝えた。 「フリン殿…ありがとう」 「……っ!」 フリンは驚愕に目を見開くと…次いで、目元に涙を滲ませて歯を食いしばっていた。 こんな時でなければ、彼女とはもっと深く分かり合えたのだろうか? いや…こんなことでもなければ、人間と魔族が分かり合うことはないのだろうか? それを、今更ながらに寂しいと感じた。 『…ここまでか…っ!』 《地の果て》の上蓋が開き、エリオルの上体が強引に箱の中へと引き込まれていくと、先程から感じていた痛みが更に激甚なものに変わっていく。左目の奥にずきん…ずきんと響いていた痛みが、抉り取られそうな圧迫感と共に迫ってくる。 邪悪な力が…エリオルの左目に感応しているのだ。 『せめて、私の力で箱を制御することが出来れば…っ!』 そもそも、エリオルが正しい鍵である証拠など何処にもないのだ。箱は近い鍵でも開くことは出来ると言うが、制御できるのは正しい鍵のみ…それも、鍵を持つ者が甚大な魔力を自在に使えるという前提に基づいている。 エリオルは血族の中では魔力が強い方だが、当主であるグウェンダルに比べれば微々たるものであるし、何よりここは人間の土地だ。 『駄目だ…意識自体が、朧に霞んでいく…っ!』 意識を失ってはならない。 そうなれば…箱は制御不能に陥って暴走し、この大陸を…世界を砕いてしまう。 恐怖が全身に汗を噴き上げさせ、細かな震えが襲いかかる。 ここまで精神力で保ち続けていた平静な仮面が剥げ、真っ青になった顔は泣き顔に変じかけて歪んでしまうから…少しでも油断したら、泣き喚いてしまいそうだった。 『嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ…っ!』 『滅びの要因になるなんて…嫌だっ!』 『…………怖い…っ!』 悲鳴を声として発し掛けたその時…エリオルを拘束していた兵が次々に絶叫を上げて横転した。虚ろになりかけた意識をどうにか引き戻して確認すれば、兵達は太く長い矢で射ぬかれているようだった。 そして…何処からか勢いよく疾駆してくる蹄の音がした。 この窪地は足下が悪いから、小シマロンの兵は全員馬から降りていたはずなのに…。 「エリオルーっっ!!」 朗々と響く獅子吼には、覚えがあった。 あの声は…耳にした途端、《カ…》っと胸の奥に勇気の火を灯してくれるあの声は…っ! 「コンラート閣下…っ!」 振り返ったその先には、確かにウェラー卿コンラートその人が居た。 愛馬ノーカンティーを駆り、垂直に近い斜面を見事な騎馬術で駆け下りるとそのままの勢いで馬体と長剣で兵を薙ぎ倒して、一直線にエリオルの元に突き進む。 コンラートが、エリオルを救いに来てくれたのだ…っ! 『閣下…ああ、コンラート閣下!』 しかし、歓喜に噎び泣こうとしたエリオルの背後でぞわりと影が動いたかと思うと…ずるんと伸び出してきた黒い塊が触手のように絡みつく。 「う…わ……っ!?」 ずわわ… ぞろぉ…っ! どろりどろどろとした不気味な塊に触れた途端、全身に慄然とするような寒気が走り向けた。何という悪意…憎悪だろうか?こんなにもおぞましい存在に触れたことなど無いエリオルは発狂せんばかりにして藻掻いたが、拘束が解かれることはなかった。 ずろぉおお…っ! 小シマロンの兵や集められた捕虜達、法術師達までが顔色を変えて絶叫していた。 おぞましい触手は《地の果て》から伸びだし、瞬く間にエリオルの身体を箱の中へと引きずり込んだのである。 そして…破壊が始まった。 |