第12話 「フェスタリア、新たな託宣は寄せられぬのかな?」 「…ありませんわ」 若い女がそっけなく応えると、皺深い老人は残念そうに溜息をついた。 綾布を幾重にも掛けた神秘的な室内には大きく透明度の高いクリスタルが一つ置かれており、魔力の強い者であればそのなかに瞬く星々を見て取ることが出来ただろう。 ただ、それらがどんな意味を持っているのか汲み取れる者はごく僅かである。 それが可能な人物の一人が、占術師アルザス・フェスタリア…かつては眞王廟で一、二を争う魔力の持ち主であった女性である。 いや、女性と言うよりは少女のような顔をしているが、それでも言賜巫女ウルリーケに比べれば年嵩に見える。人間年齢で言えば16歳程度というところか。 薄青い長髪は背中に垂らして細かな銀細工を絡めており、透き通る布地を重ね着している様子は、部屋の印象通りに神秘的だ。 ただ…彼女の瞳を覗き込むと、ウルリーケに比べて遙かに現世的な光を見て取ることが出来る。 それを美しいと見るかどうかは好み次第だろうが、ぎらぎらと燃え立つような蒼瞳は強い野望と不満を湛えていた。 老人の方は名の知れた出版社の長を勤める男で、ウパリアッド・ザイルという。 これまでアルザス・フェスタリアが下してきた託宣を、広報誌の形で世に流布させることで大きな財を得てもいたのだが、ここ数週間どうしたものかあらたな託宣が下されない。 出版社の他の連中は《いっそ、尤もらしい仕込みのネタを…》とせっついたりするのだが、頑固な気質のフェスタリアは決して節を枉げようとはしなかった。 『虚偽の託宣は、巫女にとって命取りになります』 一度でもそんな事をすると、二度と正しい託宣が出来なくなるのだという。 『ふむ…だとすれば、ウェラー卿コンラートと双黒に関する託宣はやはり真実な訳か』 今更ながらに、ザイルはその事実を噛みしめたりする。 その劇的な託宣について細かく書き記した広報誌によって大きな財を得はしたが、真実《禁忌の箱》が開くようなことがあればこの世界は滅びの危機に瀕してしまうだろう。 金儲けの種という以上に、ザイル自身がこの件に関して新たな情報を得たいと切に願っている。 ザイルは金が好きだが、それ以上に子や孫を愛している。 今度は曾孫も生まれてくるのだ。彼らを地獄の釜の中に突き込むようなことは絶対に避けたい。 「最後に反応があった件を、もっと広めて情報を得てはどうかな?」 「あれでは不正確すぎます。寧ろ誤報の可能性を高めますわ」 「はぁ…そうかね?」 意固地な態度は年頃の少女としては可愛らしくも映るが、些か鼻につく時もある。 確かにフェスタリアの託宣は精緻を極めたから、最初の内こそ裏付け捜査をしていたザイルも、即時性を追求して託宣をそのまま紙面に載せてきた。 だが、数週間前…あまりにも強烈な魔力の爆発を感知したフェスタリアは、本来の精緻な託宣が出来なくなったのだという。 《これまで体験したことがない》とフェスタリアが語る魔力は、間違いなく双黒の放ったものであるそうだが…肝心の場所が特定出来なかった。 あまりにも大きく、強すぎて、局在がぼやけてしまったらしい。 おそらく《大陸のホーラト山脈近辺であろう》というところまでは分かったが、その後の託宣が得られないため確信がないらしい。 当初、双黒が現れるとされていたサマナ大樹海ともそれほど離れていないことも迷いの種になった。 諸国の軍隊が大規模な包囲網を敷いているサマナ大樹海に現れたのか、別の場所に現れたのかでは大きな違いだからだ。 『やれやれ…ウルリーケ様はどうお考えなのかねぇ…?』 意地を張らずに意見を聞きに行けばいいようなものだが、眞王廟を飛び出した経緯が経緯だけに、そう素直になることは出来まい。 だが、事が世界の存亡に関わることとなれば、そうも言っていられないのではないだろうか? だが、眞王廟は男子禁制であり、フェスタリアとの確執でその株を大きく下げたことから考えても、フェスタリア側と目されるザイルの口利きを受け入れてくれるとは考えにくい。 『やれやれ…もどかしいのぅ……』 一人の眞魔国民として、ザイルは深い溜息をついた。 * * * 石造りの巨大な部屋は、床面積だけではなく極めて天井も高い。 あまりにも大きな部屋というものは人を落ち着かなくさせるものだが、ここで800年という時を過ごしたウルリーケは、もう大きさ自体には慣れてしまっている。 ただ…かつては輝かしく感じていた眞王の存在が、大きく《歪んで》しまっていることにはなかなか慣れなかった。 あるいは、慣れる事を故意に避けているのかも知れない。 幼い少女にしか見えないウルリーケは華奢な顎を上げ、精一杯上空を見詰めてみる。 そこには、揺らめく瘴気にも似た存在感があった。 「今日はご機嫌斜めのようですね」 数週間前にホーラト山脈近辺で大きな魔力の爆発を感じてから、特にその《歪み》の度が大きくなった気がする。 眞王廟の誰も知らないその《歪み》の主こそ、この国の主ともいえる眞王陛下であった。 数十年前までは、彼は肖像画に残されているような青年の姿でウルリーケの前に姿を現し、まるで生きている人と同じように言葉を発した。 だが、それが次第に薄まり…歪んでいく経過を、ウルリーケはつぶさに観察していくこととなった。 『ウルリーケ、俺はそろそろ俺ではなくなるかもしれん』 僅かに正気に立ち返る時間、眞王は皮肉げな表情を浮かべてそう言った。 《禁忌の箱》から漏れだしてくる創主の力を封じる内、浸食されてきたのだという。 完全に飲み込まれてしまう前に、眞王は《賭に出るつもりだ》と告げたが、その賭の内容について語る前に…正気を保てなくなった。 ウルリーケは兼ねてから言い含められていたとおり、持てる力の限りを尽くして眞王をこの廟の中に封じ込め、力が暴発することを押さえた。 『眞王陛下の為された賭は、双黒に関わることなのかしら?』 数週間前…丁度フェスタリアや占術師達が双黒が現れると予見した日時に、ウルリーケはどこか極めて遠い場所に眞王の魔力が発動しているのを感じた。ただ…それは一瞬の爆発のようであったから、眞王の発したものなのか、双黒の発したものなのかは定かではない。 ウルリーケの本来の能力であればもっと精緻な識別が出来たはずだが、眞王を封じることに力を使っている為、現在は正確な託宣を下す余力はない。 『ああ…フェスタリアが手元にいてくれたなら…』 あの良くも悪くも真っ直ぐな気質を持った少女には、あるいは全てを告げてしまった方が良かったのかも知れない。 眞王陛下が正気を保てなくなっているという恐るべき事実を知らせずにいたからこそ、不信感に駆られたあの子は攻撃的な手段で眞王廟を告発したのだ。 『巫女とは人を導くべき存在であって、未来像を突きつける者であってはならないのですよ』 そう諭したことも、如何にも迂遠に感じられたのかも知れない。 だが、そうとしか言いようがないのだ。 ウルリーケ達巫女は、未来に起こるであろう出来事の一部を垣間見る力がある。だが、それはちいさなきっかけで変化していくものであり、的中したとしても立体構造をした事実の、ある側面を平面的に見ただけである場合もある。 例えば、ある少女が男をナイフで刺す場面が見えたとする。 《この子は殺人犯になる》と予見して捕まえたとしても、実はその男が幼女趣味の変態であり、少女を強姦しようとして返り討ちにあった場面である可能性もあるのだ。野放しになった男は、他の少女を次々に犯して被害を拡大させていくことだろう。 端的に未来を断定して告げることは、的中した時の爽快感は素晴らしいことだろうが、その予見によって罪なき者が貶められるようなことだけは、決してあってはならないのだ。 ウェラー卿コンラートに対する告発は、その最たるものなのではないかと思う。 ウルリーケが眞王の力を制御しているのでなければ…あるいは、フェスタリアがウルリーケの手足となって動いてくれていたならば、もっと状況は良いものになったろうに…。 『もどかしいわ…』 溜息をつくしか脳のない自分を恥じて、ウルリーケは唇を噛んだ。 * * * 眞魔国の中では比較的温暖な地域にあるビーレフェルト領では、秋の収穫は数日後辺りが本格的な最盛期となりそうだ。 豊かな風土を持つこの地方では、棚引く麦穂が日差しを受けてゆっさりと揺れ、農夫も貴族もその実りに素朴な感謝と喜びを感じる。 勿論《税収》といった世知辛い要素もあるにはあるが、豊かな実りというものは人を無条件に嬉しい心地にさせるようだ。 ただ…王都から戻ってきたばかりのフォンビーレフェルト卿ヴァルトラーナだけは、どこか苦々しげな表情を隠そうともしなかった。 「伯父上、どうかなさったのですか?」 「どうもこうもない…!ヴォルフラム、お前の兄の頑固ぶりにはほとほと呆れ果てる。ウィンコットの老人やクライストの頑なさにもな」 人物名を上げられたことで大体予想はついた。 この伯父は王都に《交渉》に行くのだと言って出かけだが、結果としては単にいつもの喧嘩をして帰っただけなのだろう。 ヴォルフラムは、成長の暁には十貴族の中でも有力な家系であるビーレフェルト家を継ぐべき人物であるのだが、昨今、伯父はそれ以上の肩書きを与えようとしているらしい。 『眞王陛下の御心が分からぬ今、新たな魔王指名は望めない。そうであれば、十貴族の中から優秀な男児を選んで早期に帝王学の指導を計るべきである』 《眞王陛下の勅令が眞王廟からは得られない》…その指摘がフェスタリアから為された時には、人々は半信半疑という面持ちだった。四千年にわたって生活習慣の全てに染みこんでいた眞王という存在が、原因も分からずに《失われた》等と言われても困惑するばかりだったのである。 ここで眞王廟が効果的な発信をしていれば、あるいはこの噂は立ち消えていたかも知れない。だが、穏やか過ぎるウルリーケの発言は、舌鋒鮮やかなフェスタリアの存在感の前に押し殺される形となった。 よって、誰かが先陣を切って《もう眞王陛下はおられない》と言い出すことは憚られたものの、互いに近隣の空気を読み合う内に、暗黙の了解として《それはもう事実と認定されたのだ》という流れになってきた。 さあ、そうなれば次の時流を作り出すのは誰なのか、また、どういった流れが主体になるのかが問題になってくる。 より積極的に主流たろうとしたのがこのヴァルトラーナである。 彼が推奨しているのは十貴族の合議による魔王選出であり、一見合理的な選出方法を精緻に煮詰めてきた。だが、先走るヴァルトラーナは更に自分の甥が《次代の魔王に相応しい》と主張したため、十貴族間では大きな揉め事の種になってしまった。 十貴族の合議による魔王選出については文句ないものの、どうしたって各自の思惑があり、より自分の家系に有利なように取りはからいたくなるのは当然のことである。特に、現在は並列な立場に立つ十貴族であるのに、次代の魔王が選定された後、突然《世襲制にしよう》等と言い出されては堪ったものではないという思惑がある。 実は、今でもフォンシュピッツヴェーグ卿シュトッフェルなどはその筋を主張しようと画策を始めている。こちらは当代で世襲制に踏み切ろうという構えだ。 現在の魔王はシュピッツヴェーグ家のツェツィーリエだが、その息子三人は全てシュピッツヴェーグ家を継いでいない。よって、ツェツィーリエにもう一人子を産ませてシュピッツヴェーグ家の家督をシュトッフェルから譲るというのだ。 これには大きな反発と共に修正案が持ち上がった。 グウェンダルを擁するヴォルテール家は、多くの国家で原則とされており、眞魔国に於いても貴族の家では一般的とされる《長子家督の原則》を採用することが最も問題の起こりにくい策だと訴えている。 ヴォルフラムを擁するビーレフェルト家にとっては、前述の策が他の十貴族の共感を得られないのであれば、《長子家督の原則》を採りつつも、グウェンダルは現在軟禁中であるので資格無し、逃走中のコンラートは言わずもがなであるので、三男のヴォルフラムが最も相応しいと主張することも吝(やぶさ)かではないと考えている。 どちらにしろヴォルテール、ビーレフェルト、シュピッツヴェーグ家以外の家系が魔王に就くためには条件が厳しいため、他の面々は静観してどこに恩義を売るべきか考えているか、あくまで頑なに古来からのやり方を踏襲しようとするかであった。 特にグウェンダル、オーディル、ギュンターは強く眞王廟との折衝を望んでいる。 何しろ、今や国政は複数の《噂》と《思いこみ》で動いている。眞王陛下との意思疎通が図れなくなったのだとしても、まずは眞王陛下が本当に存在を消してしまわれたのか確認すべきだろうというのだ。 「それが出来れば苦労はしておらんと言うのに!」 ヴァルトラーナがそういうのも尤もなことで、ウルリーケはあくまで《眞王陛下健在》と主張するものの、実はそれを証明する方法は何一つないのである。 昔は眞王の存在を疑問視する者が出るたびに激甚な呪いが掛けられ、数日も経たないうちにその者は目を覆いたくなるような破滅を迎えたから、《なるほど眞王陛下はご健在なのだ》と誰もが確信した。だからこそ、ヴァルトラーナのような自意識の強い面々も、《眞王陛下の勅令である》と言われれば、疑問を感じつつも頭を垂れないわけにはいかなかったのである。 ところが、今回は事情が違った。 フェスタリアは眞王を直接批判したわけではないにしろ、少なくとも眞王廟の代表するウルリーケの体面は完全に潰したのだが、全く呪いが掛けられた気配はなくぴんぴんしている。 そこで多くの人々が《眞王陛下はもう力を失っておられる》と言い出したのだが、ではそれが証明出来るかと言われればこれも出来ないのだ。 これまで高い魔力を持つ高位の巫女が眞王の声を受けることで存在を証明し続けていたのだが、その声が一定期間聞かれないからと言って《いない》とは言い切れないのである。 「くそ…なんともどかしいのだ…っ!眞王陛下がおられればそれでよしとしようが、おられないのであれば、一刻も早くそれが証明出来ねば何事も進まないではないか!」 癇癪を起こすヴァルトラーナに、ヴォルフラムは頷くことしかできなかった。 『確かに、もどかしい…』 色んな事がもどかしすぎて、伯父同様短気なヴォルフラムは苛々の捌け口を求めて爆発しそうな勢いであった。 ただ、その懸案事項の中で次代の魔王選定というのは伯父には悪いが格付けが低い。 ヴォルフラムの表だっての関心事は、グウェンダルが何時まであのような軟禁に甘んじねばならないかと言うことだった。 彼さえ堂々と世に出てくることが出来れば、次代の魔王選定など何の問題もなく一つの流れを作ることになるだろう。世襲制とするかはともかくとして、あらゆる面からグウェンダルは魔王たるに相応しい家柄と能力の持ち主なのだから。 『正直、魔王職など僕には荷が重すぎる』 ヴァルトラーナは随分と自分を高く買ってくれているようだが、こう見えてヴォルフラムは、一過性の怒りに捕らわれていない限り冷静な目で物事を見据えることが出来る。 もう一つの懸案事項はウェラー卿コンラートの行方に関することなのだが、この件を思考する時、ヴォルフラム自身もどういう感情のもとにコンラートの事を考えているのか不明瞭であった。 最も自分で《信じたい》と思っている理由は、《グウェンダルを自由の身にするためには、彼の帰還が絶対に必要だから》…ということであった。 そして、密やかに…打ち消してもふつふつと込み上げてくるのは、絶縁に近い状態になりながらも、やはりどこかであの兄への慕わしい想いが込み上げてくることだった。 年が離れており父親も違う弟に、コンラートは溺愛とも言える感情を惜しみなく注いでくれた。放任に近い母親が年に数回しか顔を出さないのに反して、コンラートは殆どべったりヴォルフラムの傍におり、遊びに勉強にと細やかな気配りをしてくれたものだった。 ところが…長じるに従ってビーレフェルト本家で過ごす時間の長くなったヴォルフラムは、そちらで教わる《人間・混血蔑視》の思考に染め上げられ、その根拠を問うことなくコンラートに絶縁を叩きつけたのだ。 『混血のくせに、よくも抵抗出来ない僕に触れ続けたな…!穢らわしい…っ!』 その言葉を叩きつけた時、ヴォルフラムは自分が何をしているのかよく分かっていなかった。 ビーレフェルト家で、人間が行ってきた悪行の数々を懇切丁寧に教え込まれていった結果、人間の血を引くだけで穢らわしいという図式が出来上がっていたのだ。 今でもその考えに変わりはないが、それでも…どこか冷静な脳の一部が訴えかけてくるのだ。 『人間は確かに悪行を働いたろう。だが、コンラートが一度でもお前の身を害したことがあったか?』 それは浮かんだ瞬間に深く心を傷つける気付きであったから、懸命に打ち消して記憶の箱に詰め、錠を掛けて思考の深い水底の底に鎮めてしまおうとするのだが、やはりふとした瞬間に浮上してヴォルフラムを苦しめた。 『種族として悪行を働いたというだけで穢れているとするならば、魔族の中にも恐るべき悪行を働いた者はいるではないか…』 優れた知能が指し示す、極めて冷静な指摘に胸が疼く。 同時に、そういった理屈とは違う場所から訴えかけてくるものもある。 《ちっちゃなあにうえ》と呼んで慕った、やさくして美しい兄の思い出が脳裏を過ぎる。 誰よりも大切で、愛おしかった小さな兄上。 『十一貴族に任ぜられていたなら…僕だって対応の仕方を考えていたのに…』 あの祝典の日、ヴォルフラムはなんと言ってコンラートに声を掛けようかと何ヶ月も前から考え続けていたのだ。 《これで僕と同格になるのだから、もう混血であることは忘れてやろう》…いやいや、そんな高飛車な言い方では流石にコンラートが引くだろう。では、《昔の暴言は忘れてくれ。僕も若かったのだ》と、言うべきか?いやいやいや…蒸し返すのは恥ずかしい…。 ぐるぐると考えた結果、とにかく何を置いてもひとこと《おめでとう》と言えばいいという結論に達した。その一言さえ勇気を出して口にしたら、きっと優しくてヴォルフラムに甘いあの男のことだ…自ら歩み寄って心情を汲み、《大好きだよ、ヴォルフ。これからは昔のように親しく付き合おう》とでも言ってくれるに違いない。 そう考えて、そろりそろりと背後から忍び寄っていったあの時…アルザス・フェスタリアの託宣が下されたのだ。 ヴォルフラムは一瞬ぽかんとして…次いで、真っ青になって顔を強張らせたコンラートの姿を目にして、激甚な怒りに駆られた。 ひょっとしてヴァルトラーナやシュトッフェルが手配したのではないかと疑い、視線を巡らせたが、こちらも度肝を抜かれたようにぽかんとしていた。それは、演技をしているという感じではなかった。 結局、怒りの矛先を見つけられなかったヴォルフラムは、コンラートを慰めるなどといった機転も利かずにすごすごと帰ってしまった。 『くそ…っ!』 呪われた託宣…あんなものさえなければ、眞王陛下がおられなくなってもヴォルフラム達は三兄弟、手と手を取り合って眞魔国のために尽くすことが出来たはずである。 コンラートもグウェンダルの王位継承に尽力したに違いないし、ヴォルフラムだってそれは同じだ。 『早く帰ってこい、コンラート…!』 今のヴォルフラムには、そう祈ることしかできなかった。 |