第11話 ここでコンラート達から離れ、諸国情勢について語ろう。 まず眞魔国の状況はというと、これは極めて高い緊張状態を維持していた。 何しろ独断専行によってウェラー卿の逃走に手を貸したとはいえ、十貴族の要とされるヴォルテール家の当主が長期に渡って軟禁されているのである。その扱いも本人が望んだこととはいえ、ヴォルテールの領土内ではシュピッツヴェーグ家に対する反感を強めていた。 ヴォルテール家の版図に住まう民は質実剛健な気質の者が多く、占いなどに扇動されることが少ない。そのせいもあってか、彼らはもともとウェラー卿コンラートと双黒、そして《禁忌の箱》を巡る噂について懐疑的だったのである。 噂であって、まだ実現してもいない事柄によって罪を問われるとあれば、国家としての鼎を疑われるのではないか。ましてや、ウェラー卿は混血とはいえども堂々たる国家的英雄であり、その功は栄光燦たるものである。 それを足蹴にする如く蔑ろにした挙げ句、根拠も期限も定めぬまま拘束しようとしたことこそが不法なことであり、フォンヴォルテール卿グウェンダルは褒め称えられこそすれ、責められるような筋合いはない…それが彼らの主張であった。 ヴォルテール本家筋は他の十貴族の手前、それを公然と表すことは憚(はばか)られたが、それでも基本的な思考展開は領民と同一である。 * * * 「グウェンダル閣下の解放交渉はまだ進まぬのですか?」 ヴォルテール領主館に滑らかな低音が響く。 腰を震わせるような美声はヴォルテール家特有のものであり、当主に似た面差しの青年は声までよく似た響きを伝えてきた。 体格もよく似ている。 髪の色こそ鳶色をしているが、がっしりとした広い肩幅や優れた長身、思慮深そうな面差しはグウェンダルと共通の要素を多く持っている。 冬の訪れが早いヴォルテール領では、早くも人々は薄手の上着を羽織り始めており、自分の領地から単騎遠乗りしてきたウルヴァルト卿エオルザークもまた濃緑色の外套に身を包んでいた。ヴォルテール正規軍の指揮官服がその影から覗いて、彼の肩書きを語る。 襟にはヴォルテール軍の総指揮官たることを示す銀の龍を模した徽章が光る。 これは本来グウェンダルが身につけるべきものなのだが、引き継ぎの際に渡されていたのだ。 グウェンダルとは血縁的には近しいものの、ヴォルテール本家には所属しないにもかかわらずその地位にあることは、エオルザークの高い能力が当主の信頼を得ていることを伺わせた。 「グウェンダル閣下ご自身が軟禁の継続を希望しているのだ。どうにもならん…」 ふぅ…と重いため息を吐いたのはフォンヴォルテール卿アイオス。300歳前後と思しき壮年の男性である。随分と痩身だが骨組みはがっしりとしており、痩せてしまったのはここ最近の心労のせいと推察される。 アイオスはグウェンダルの伯父にあたり、経理に長けた男として知られている。そこを見込まれて本家経営に於ける当主代行を頼まれているわけだが、正直荷が重かった。こうなってみて改めて、グウェンダルという男の力量を感じ入ったりもするのだ。 これまでは《高い能力がある》とされてきた両名であったが、グウェンダルの《智慧》《武力》をそれぞれに代行する立場に置かれると、幾度も己の無能を嘆くことになった。 「グウェンダル閣下は、そこまでウェラー卿を信頼しておられるのでしょうか?」 「そうなのだろうな…。グウェンダルは複雑な生い立ちを持つウェラー卿が十一貴族に配せられ、能力と忠誠心に見合った地位につくことを誰よりも望んでいたのだ。それが急転直下、名誉を奪われ監禁の憂き目に遇おうという時、初めて兄として明確な好意を示したのだから、今更引っ込みがつかぬというのもあるだろう」 「そうでしょうな…」 エオルザークも、グウェンダルが言動や態度で示す以上に、父親違いの弟に対して高い評価を与え、それ以上の兄弟愛を抱いているのだと知ってはいた。だが、グウェンダルに対して極めて強い忠誠心抱いているエオルザークから見れば、つい《そこまでせずとも…》という苛立ちを覚えてしまう。 グウェンダルはシュトッフェルの怒りを買ったとはいえ、それほど不条理な行為に出たわけでも、国家に対して背信を伺わせるような行動は取っていない。一時的な軟禁はその忠節を示す上でも必要だったかも知れないが、こうも長期にわたると領土内が落ち着かなくなってくる。 「伯父としては、《思ったようにしろ》と言ってやりたいところだが…正直、この席は私には硬く、重すぎるようだ。早く帰ってきて欲しいのだがな…」 正直すぎるその言葉に、エオルザークとしては肩を竦めたい心地になってしまう。 エオルザークはアイオスの能力を高く買っているが、この人には良くも悪くも欲がなさ過ぎる。この機会に当主の座を奪取…等と企てる心配がない代わりに、とっととこんな重責うっぱらって隠居生活に入ろうとするのだ。 また、本人も自覚しているようだが、何かと慎重すぎてなかなか石橋を渡れないというのも困りものである。グウェンダルの決断を逸脱して大胆な進路変更が出来ないのだ。 『だが、能力の無さに喘ぐという意味では私も一緒だ…』 エオルザークは彼なりに、能力の限りを尽くしてヴォルテール領…そして眞魔国の防衛に努めているつもりだった。ところが…先日、よりにもよって彼の実の弟が何者かに誘拐されてしまったのである。残された僅かな痕跡を洗い出した結果、誘拐に関わったのは人間国家の手の者である可能性が濃厚とされた。大シマロンか小シマロン…そこまでは分かったものの、肝心の弟…ウルヴァルト卿エリオルが今どこにいるのか、無事でいるのかに関しては全く情報が得られていない。 長期間に渡って大陸で《魔笛》の探索をしている親戚筋のグリーセラ卿ゲーゲンヒューバーにも連絡を取ろうとしたが、何故か全く返信がないのも気がかりであった。 グウェンダルが特に信頼していたグリエ・ヨザックにも連絡は送ったが、こちらはウェラー卿探索に力を尽くしているので、二方面での捜索は困難であろう。 「………」 二人が痛々しい静寂の中で俯いていたところ、窓の外で何か物音がした。 バサ… バササ…っ! 羽ばたく音を聞きつけて、エオルザークは素早く動いた。 キイ…っと窓枠を開けてみれば、思った通り部屋に飛び込んできたのは俊敏そうな白い鳩であった。足には封印を施された管が繋がれている。この管には特殊な仕掛けが施されており、手順に従って開かないと薬剤が染みだして中の文書を読めないようにしてある。 それだけ、重要な情報を運ぶことを想定された文書なのだ。 「アイオス殿…!」 「うむ」 管の色調は、大陸からの文書であることを物語っている。忍び込ませていた諜報員の内の誰かから、有力な情報が得られたのだろうか? アイオスが急いで開けてみると、なるほど文書は重要な機密について伝えていた。 エリオルの居場所が分かったのだ。 「カロリア自治区…小シマロン領のギルビット商業港か…!」 150歳のエオルザークに対して40歳と年の離れた弟は極めて愛おしい存在であり、甘やかさぬようにと気を引き締めても、どうしても溺愛してしまう存在だった。それが誘拐されたと分かった時、態度に出さぬよう努めて平静を装ってはいたのだが、居場所が分かるともう居ても立てもいられなくなった。 「アイオス殿、軍の一部を率いてカロリア自治区に赴いてもよろしいか!?後方配備の軍は副官のノヴォルトに委ねますが、緊急事態には迅速に帰還しますゆえ!」 「時期が時期だ…双黒絡みで諸外国の気が立っている。出来れば、通商目的の来航に見せかけてくれ」 「了解しました!」 エオルザークは美麗に敬礼を決めると、足早に退室していった。 * * * ウェラー領は名馬の産地であり、秋は民の食す穀類以外にも飼葉の収穫が盛んである。工夫を凝らした集積庫に積み上げられた収穫物は湿気とカビの繁殖を防ぎ、長期間に渡る保管を可能にしている。 「こういう時に、若い連中が大勢いるってのは良いことなんですよねぇ…」 「楽観的だな、ケイル・ポー」 「せめて良いように考えたいんですよ。そうでもしないと、気が滅入って心が萎えてしまいそうです」 「確かになぁ…」 慣れた手つきでザックザックと飼葉を刈っていくのは、まだ表情にあどけなさを残す青年である。既にかなりの体格を持ってはいるのだが、どこか《更に大きくなる予定の仔犬》といった印象がある。 青年は名をケイル・ポーと言い、ルッテンベルク師団のアリアズナ旅団で副官を務めているが、行軍や兵站管理に堅実な才を持つ彼は、何年もしないうちに独立した旅団を任されるだろうと期待されている。 いや、正確には期待されていた…と言うべきだろうか。 ルッテンベルク師団は拘束や解体こそ受けていないものの、ウェラー領に逼塞して都の動向を伺う身であり、シュピッツヴェーグ家をはじめとする複数の十貴族軍が警戒の兵を送り、周辺に伏せている。万が一ウェラー卿コンラートが眞魔国に対して反旗を翻した時、これに呼応させないためである。 そうなるとウェラー軍自体が存続されるのかどうか怪しくなってくる。当然、ケイル・ポーの出世話も宙に浮いてしまうのである。 ただ、ケイル・ポー自身はそんなことを気にしたことはない。 ウェラー卿コンラートの熱烈な信奉者である彼にとって(ルッテンベルク師団に所属する者は大抵そうなのだが…)、コンラートの消息以上に気になるものなどないのである。 「あーあ、でもなぁ…こうも動きがないといい加減腐ってくるぜ」 鎌を扱う手つきはこなれたものだが、性格的にちまちまとした持続作業が苦手なのか、度々気持ちが逸れてしまっているのは旅団長のアリアズナ・カナートである。 鮮やかな鉄錆色の髪は光の加減によっては血を浴びたように赤く見え、陽気と皮肉が同居した瞳も動脈血を固めたような色合いをしている。その配色が顔の造作自体は貴族的であるにも関わらず、この男を油断のならない存在に見せていた。 「ウェラー軍は戦場では勇猛だが、諜報員の質には問題があるな…。大陸に派遣した連中からろくな情報が来やしねぇ」 「すみません…」 「いや、お前が謝ることでもないけどさ。本来は俺が手配すべき連中だ」 軍の中でコンラートに継ぐ肩書きを持つのは四人の旅団長であり、その中でも特に古参であるアリアズナが取り纏めをしている。だが、これは本人も自覚しているとおり気質的に向いていない。唯、彼の美点は気に入った相手であれば古参新参を問わないことだろう。特に若手ながら堅実で正確な行動計画を立てられるケイル・ポーの意見は積極的に取り入れており、諜報員の選抜も彼が行っている。 「コンラート閣下から、直接連絡がくれば一番良いんですけどね…」 「ま、難しいだろうなぁ…。訓練した鳩の手配は一人じゃ難しいしな」 眞魔国や大陸諸国で懐の暖かい人々は、急ぎの文書をやり取りする際に白鳩便、ないし値段が更に張る赤鳩便を利用している。だが、商用の鳩は各国の営業所間を飛行はするが個人への配達は難しく、人を介する分守秘性に乏しい。 よって、有力な貴族は独自に飼育した鳩を利用しており、コンラートもウェラー軍に所属している間はこれを利用していたのだが、 追われる身で複数の鳩を連れて行くことは困難であった。 「あーあ、畜生…。コンラートの奴に会いてぇなぁ…。せめて、無事かどうかだけでも分かればなぁ…。あーあーあー…畜生…寂しいぜ」 「俺だってそうですよ…」 二人とも鎌を操る手を止めて空を見上げる。 斑模様の雲が高い位置に広がっており、強い風に吹かれて高速で移動していく。 細かな草いきれが風で吹き飛ばされて頬に絡むのを払いながら、二人はふるりと頭を振るった。 彼らの指導者ウェラー卿コンラートが一体何処にいるのか…常に気がかりなのは確かだが、さりとて留守を勤める彼らがコンラートの指示も無しに単独行動を取って大陸に忍び込んだりすれば示しがつかない。間違いなく全てのルッテンベルク師団兵が…いや、ウェラー領に住まう者全てが同じ思いでいるのだろうから…。 それに、彼らにはコンラートの他にも信義を重んじねばならない相手がいる。 言うまでもなく、それはフォンヴォルテール卿グウェンダルだ。 自ら虜囚の身になることを選択してまで、ルッテンベルク師団解体の危機を救い(今のところ先延ばしにしたというくらいではあるが)、コンラートを信じ続けている彼のためにも、迂闊な行動を取るわけにはいかなかった。 《追って沙汰があるまで自主的に謹慎》という態度を貫かねば、十貴族軍の兵をウェラー領に進駐させる口実を与えてしまう。 混血を蔑視すること甚だしいシュピッツヴェーグ軍だのビーレフェルト軍などが進駐してきた日には、どんな火種が投下されるか分かったものではない。 進駐軍による少年少女の陵辱というのは、どれほど規制しても発生するものなのだから…。 「地道な練兵と飼葉刈りだけが仕事なんてよぉ…俺の気質に合わないっつーの」 「俺だってそうですよ…」 「あ〜…畜生っ!もどかしいなぁ…」 ぶつくさとぼやき交わす会話は、まだ当分続きそうである。 * * * フォンヴォルテール卿グウェンダルは夢を見ていた。 何度も同じ場面を見ているので、今夜もそれが夢であることは認識していた。 浮かび上がる場面は血盟城前の大広場で、晴れがましい顔をしたルッテンベルク兵に囲まれ、笑顔を浮かべているウェラー卿コンラートがその中心にいた。 一年前…コンラートが十一貴族に配せられ、軍組織的にも中将位を賜って独自の軍行動が可能になるという劇的な日だった。 混血として蔑まれてきたコンラートが、本来の能力と忠誠心を正しく評価されて、あるべき位置に立つ日であったのだ。 無表情を装いながらも、その日グウェンダルの心は強く高揚していた。 『なんと言って声を掛けてやろうか?』 『これからは対等なのだぞ…と言ったら、あいつはどんな顔をするだろう?』 うきうきわくわくと心が浮き立って、柄にもなく鼻歌なぞ奏でそうになったものだ。 しかし…夢であることを自覚して客観的に見詰める過去の自分は、実に滑稽だった。 あの晴れがましい瞬間が、あのような形で汚されるなど考えても見なかったのだ。 反対派の意見はありとあらゆる方法を用いて封じてきたし、少なくとも式典当日はうるさ型の貴族連中とコンラートが鉢合わせしないよう、列席の順序にも細かに気を配った。 なのに…ああ、それなのに…っ! 『ウェラー卿コンラートは異世界からやってくる《双黒》を導き、創主を蘇らせるだろう』 あの呪われた託宣さえなければ、コンラートは笑顔でいることが出来たのに…! あの女は一体何故、よりにもよってあんな劇的な日に託宣を下したのだろう? グウェンダルは反対派の十貴族の息が掛かったものと推察して、徹底的に洗い出し調査をした。だが、何一つ証拠を見いだすことも繋がりを示す情報を引き出すことも出来なかった。 あんな託宣をしても、占術師アルザス・フェスタリアには何一つ利益など無かったのである。また、彼女が特別混血に対して侮蔑意識を持っていたわけでも、コンラートに対して個人的な恨みを持っていたわけでもなかった。 調査結果は、彼女の託宣が個人的な感情に左右されたものではないことを証明しただけだった。 今夜もアルザス・フェスタリアの託宣を耳にした瞬間、コンラートの表情が氷のように凍てつく瞬間で終わった。 せめて、別れの際に《兄さん…!》と慕わしげに呼んでくれた場面を想起しようとするのだが…夢とは思い通りに行かないものである。 卵色の光に刺激されてうっすらと瞼を開いていけば、カーテンの隙間から朝日が注ぎ込んでいた。いつもの部屋と調度品に、うっそりと気が滅入る。 もともと高貴な身分の虜囚を軟禁するための場所だから決して安普請ではないのだが、不自由な立場を強いられてきた者達の怨念でも染みついているのか…この部屋は常に暗さを孕んでいた。 グウェンダルの気配を察して扉の向こうから控えめな声を掛けてくる侍女も、躾の行き届いた老女ばかりだ。グウェンダルが幾ら美麗な青年貴族であっても、彼女たちが特別な便宜を図ることはない。 『コンラート…どうしている?』 弟のために虜囚の立場を選んだことに後悔はない。 だが、弟の姿を求めて大陸に赴けないことは、堪らなく焦れったかった。 北の塔で過ごす日々は、自分という男が見てくれの割に短気なのだと改めて自覚させてくれた。 そういえば、もう一人の弟もどうしているだろうか? 多感な80代のフォンビーレフェルト卿ヴォルフラムは母親譲りの美貌と共に、父方からは極めて熱しやすい短気な気質を受け継いでしまった。 ツボに填れば激甚な力を発揮するが、方向性を誤ると周囲も自分も破滅に陥れかねない気質を憂い、グウェンダルは自らこの弟を教育するつもりでいたのだが…今回の件もあり、ヴォルフラムを溺愛する伯父ヴァルトラーナの方がより密接に弟に関わり、その指導を勤めることになってしまった。 『ヴァルトラーナはある面では極めて優秀な男だが、ヴォルフラム同様、物事の全体像を冷静に見極める能力に欠けている』 もしもその能力があるのだとしても、個人的な確執の方を優先させてしまうのだ。 『私がいない間、盛んに国政を誘導しているともいうしな…』 双黒が現れるとされたサマナ大樹海にはウィンコット軍が派遣されたが、これもコンラートを高く評価しているフォンウィンコット卿オーディルが相当な尽力の上に送り込んだと聞く。双黒を始末するために現れるであろうコンラートを、ビーレフェルト軍やシュピッツヴェーグ軍の好きにさせないためだ。 だが…サマナ大樹海到着予定日から数週間が過ぎたが、一向に連絡が来ないのはどういう訳だろう? オーディル自身は高齢であり、膝を痛めているせいもあって息子のデル・キアスンに総指揮を任せているのだが、この人物…人の良さには定評があるものの、指揮官としての能力はせいぜい平均値というところである。 そのせいもあってが、無理を通して派兵しただけにウィンコット家に対する風当たりは強かった。 デル・キアスンの無能…あるいは、コンラートと懇意であるゆえの遅延行動を疑われているのだ。 『コンラート、お前からデル・キアスンに連絡を取ることは出来ないのか?』 そこも見込んで、オーディルはデル・キアスンを送ったはずなのだ。 コンラートともあろう者がそれを見抜けないはずも無かろうに…。 「くそ…もどかしい…っ!」 籠の鳥と呼ぶには強健すぎるグウェンダルは、今朝も荒々しい声を上げて目覚めることとなった。 身体は重く、頭の奥に鉛を詰め込んだような怠い痛みがある。 しかし…部屋の窓をつんつんと突く音には俊敏に反応した。 長く待ち侘びていた音だったから、耳にした瞬間には身体の重怠さなど吹き飛んでしまったのである。 「…白鳩便…っ!」 それも、嘴の付け根が薄桃色をしているグリエ・ヨザック所有の一羽だ。 急いで室内に入れて書簡を確認すると、一気に喜びが爆発しそうになる。 《大陸でウェラー卿コンラート発見、双黒も確保。近日中に眞魔国に帰還予定》…その知らせに暫く気分が高揚していたのだが…読み進めていく内、ふと小首を傾げた。 そこには、双黒について曖昧な表現しか為されていないのである。 コンラートには双黒の首を落とした後、缶に詰めて眞魔国に持ち帰れと厳命しているし、その事はヨザックも知っている。 首を落としても双黒とコンラートという組み合わせであれば《禁忌の箱》が開くという可能性もあるから、それで堂々とデル・キアスン率いる眞魔国軍に合流出来ないとも考えられるが、そうであれば何故その旨が書かれていないのだろう。 『グリエめ…何を隠している?』 大きな歓喜の後のせいか、今度はぶり返しのように妙な不安が突き上げてくる。 まさか…あの連中に限って、双黒を殺せなかった等ということがあるだろうか? 『生きて双黒を連れて帰るようなことがあれば、また争乱の種になるぞ?』 そもそも、生きたまま眞魔国に連れ帰ること自体が極めて危険性の高い行為だ。 『コンラート、グリエ…。大陸で一体何をしている…っ!』 グウェンダルは激しい怒りと焦燥に、待ち侘びていたはずの書簡をぐしゃりと握りつぶした。 |