平行世界のユーリ×3 (2)





「ねぇ、二人ともお腹空いてない?嫌いなものとかある?」

 グレタがお姉さんぶって話しかけると、あちらの世界には彼女は居ないのだろうか?きょとんとして二人は目を見張った。

「お姉ちゃん、だぁれ?」
「グレタだよ。こっちの世界でユーリのムスメをやってるの!」

 血盟城の中では珍しい、下から見上げてくる愛くるしい存在にグレタは大はしゃぎだ。

「グレタ、良い名前だね!」
「とっても似合ってるね!」

 二人に名前を褒められて、グレタはほにほにと照れてしまう。

『流石は陛下…無自覚に誑しなのはちいさくても変わらないな…』

 コンラートはくすくすと苦笑しながら微笑ましい情景を見守るのだった。

「えへへ…。このお城のご飯はとっても美味しいんだよ!お菓子なんて特に凄いの!一緒に食べようね。好きなものがあったら分けてあげるし、どうしても食べられないものは食べてあげる!」
「うん!」
「グレタお姉ちゃん、よろしくね!」

 グレタに手を引かれて食堂に向かう二人を、ヒトの有利は苦笑しながら見送った。

「なんか、グレタに弟が出来たみたいだな」
「ええ、どちらもあなたに似てとても可愛らしい…」

 心底嬉しそうに目元を和らげるコンラートに、ヒトの有利は少し複雑そうな表情を見せた。

「……コンラッドは、あのくらいちいさい俺の方が好き?」
「比較はできませんね。どちらもユーリなのだと思うと、俺にとってはとても可愛く見えますから」
「ふぅん…」

 少しばかりあどけない二人に嫉妬していたヒトの有利だったが、一緒にひっくるめて《可愛い》と表現されると、それはそれで引っかかるものがある。



 恋する少年は複雑なのだ。



『俺はさ…結構、王様になってからしっかりしてきたと思わない?まだあの子達と同じくらいに、あんたには見えちゃう?』

 そう言いたくてしょうがないのだが…こんな拗ねたような言い回しをする段階でかなりイタイ子になってしまいそうで、恥ずかしくて言えない。

『俺も、あの子達みたいにちいさければ、もっと単純に好きって言えたのかも知れないけどな…』

 はぅ…ため息を漏らすヒトの有利をどう思ったのか、コンラートはやさしく背中を撫でつけてくれた。



*  *  *




「そうだ、うさぎのユーリに子鬼のユーリ、いつまでもパジャマ姿じゃまずいよね?お洋服持ってないの?」
「着の身着のまま来ちゃったからなぁ…」

 食堂に向かいかけたグレタと二人の有利は、廊下で立ち止まってしまった。

「そうだ!あたしの服を貸してあげるよ」
「………でも、グレタお姉ちゃんは女の子でしょ?」
「スカートは恥ずかしいよぅ…」
「でも、パジャマでみんなとご飯なんて、その方がマナー違反だよ?ね、お姉ちゃんの言うことちゃんと聞くの!」
「はぁい…」

 《ごはん》と聞いてはしゃいでいた二人は、急にしょげたように肩を落とすと、少しだけ身長の高いグレタに連れられて、彼女の部屋に向かったのだった。



*  *  *




「あれ…?おかしいな。あいつらの方が先に走っていったのに…」

 食堂に入ったヒトの有利は、給仕以外人気(ひとけ)のない空間に小首を傾げた。

 しかし、三兄弟やヒトの有利が席に着くと、漸くグレタが帰ってくる(この場にギュンターがいないことを、敢えて追求する者はいなかった)。

「グレタ、うさぎのユーリと子鬼のユーリはどうしたの?」
「うん、すぐそこまで来てるけど勇気が出ないんだって!」
「………勇気?」

 食事をとるのに何故勇気が必要なのかと問い質そうとしたとき…おずおずと赤面した二人の有利が扉の影から顔を覗かせた。

「二人ともおいで?怖がることなんてないよ。一緒にご飯食べよう?」

 ヒトの有利が優しく呼びかけると、二人はいっそう真っ赤になったが…それでもぽてぽてと食堂の中に入ってきた。

「……っ!」
「こ…これは……っ!」
「か、可愛いではないか…っ」

 うさぎはノースリーブの青いワンピース、子鬼はふわふわした水色のパフリーズ姿で、良く見れば髪もグレタとお揃いに右側頭部で結んで、服と同系色のリボンで飾られている。

「ぐ…グレタ?これは一体…」
「あのね?二人ともお洋服がパジャマしかなかったの。だから、あたしの服を貸してあげたんだけど…いけなかった?」

 きゅう…っと上目遣いに瞳を潤ませるグレタに、ヒトの有利が抵抗できるはずもない。

「い…いけなくはない…よぉ…?」
「じゃあ、問題ないね!」

 女の子は強し。

 言質(げんち)を取るやいなや、グレタはけろっとして席に着いた。  

「二人とも、とても可愛らしいですよ」
「コンラッドー…」

 ふぇ…と泣きそうな顔でとたとたと駆け寄ると、二人のちいさい有利はコンラートに左右から抱きついた。

 剥き出しのぷにぷにとした腕が、精一杯軍服に抱きつく姿は何ともいえず愛らしい。

「ああ…泣かないでユーリ。衣料部に頼んで服を用意させていますからね。昼過ぎにはちゃんとサイズの合った男の子の服が用意できますよ」
「ありがとーっ!」
「良かったぁ…ずっとこのままだったらどうしようって思ってたの」

 安堵するとお腹がすいてきたのか、二人は促されるままグレタの両脇に座った。そして、うさぎの横にはヒトの有利、子鬼の横にはコンラートが腰を下ろした。

 コンラートから離れることになったうさぎは、心なしかしょんぼりしているようだ。

「うさぎのユーリのとこのコンラッドはどんななの?やっぱりうさぎ?」

 ヒトの有利が話しかけると、引き離されたコンラートを思うのか、遠い目でうさぎが答えた。

「うん、とっても綺麗な毛並みの茶色いうさぎなんだよ。悪い人間に浚われた俺を助けてくれたんだけど、そん時には俺、記憶をなくしてたから、一緒に暮らしてくれることになったの。それから何年かした後、故郷から俺の兄ーちゃんと村田が来て、俺は記憶を取り戻して…」

 そして、仄かに頬を染めて言ったのだった。

「それでね…コンラッドは俺が十六才になったら、俺をお嫁に貰ってくれることになったんだ!」



 ぶふぅっ!



 スープを口に含んでいたヴォルフラムとグウェンダルが同時に吹いた。

 眞魔国の誇る美形二人が鼻からスープを零しながら噎せていると、更に子鬼も声を上げた。

「いいなぁ…俺はまだそういう約束できてないんだ。えと…き、キスは…したんだけど……」

 

 ごふ…っ!



 咳を止める目的で水を含んでいたヴォルフラムとグウェンダルが、またも同時に吹いてしまった。

「グウェンとヴォルフ汚ーい」
「お、おおおおおお…っ!」
「おま…お前達っ!」

 グレタよりもちいさな二人の有利の恋愛事情に肝を抜かしたのは、ヴォルフラムとグウェンダルだけではなかった。

「嘘…マジで?」

 フォークを取り落としたヒトの有利は、二人の有利の発言にそのまま絶句してしまう。

 絵本の前半を読んだ限りでは、ほのぼのとした疑似親子の話だとばかり思っていたのに…予想外のBL展開である。

「何ということだ!お前達の世界のコンラートは変態なのか?こ…こんな幼い子どもに結婚の約束だのキスだの…っ!」

 《恥を知れ恥を…!》…と、何故か眞魔国のコンラートに向かって言うヴォルフラムに、二人の有利が憤った。

「変態じゃないもんっ!」

 激高した二人の有利は、ガタンと椅子を蹴倒して立ち上がった。

「ヴォルフの意地悪っ!」
「ベーっだっ!!」

 口角に左右の指を引っかけてあっかんべーをされると、ヴォルフラムは頭から湯気を出さんばかりに怒りあげた。

「なんだとぉ?こんのへなちょこユーリめっ!僕を愚弄するとは良い度胸だっ!」
「ヴォルフ!落ち着けってっ!」

 制止の言葉なんて聞きやしない。

 とうとうとっくみあいの喧嘩を始めてしまったヴォルフラムと二人の有利は、組んずほぐれつ、ぎゃーぎゃー叫びながら掴みあった。

「いい加減にしてっ!」

 その時、腰に手を当ててグレタが叫んだ。

「今はご飯を食べるときでしょ!うさぎのユーリと子鬼のユーリはちゃんと倒しちゃった席を戻して、座りなさい!ヴォルフはちゃんと二人にゴメンなさいって言いなさいっ!」
「し…しかしグレタ…」
「シカもウマもないの!結婚のことだってキスのことだって、ちょっと聞きかじっただけのコトじゃ、本当のコトなんて分かりっこないでしょ?」
「う…む……そ、それは……」

 まだまだ腑には落ちないようであったが、それでもヴォルフラムも幾らか成長したのである。一方的な罵倒であったことを詫びると、大人しく食事に戻った。

 二人の有利もグレタの横で食事を再開する。

 だが…肩を落とした二人の様子は哀しげで、まだまだ彼らが傷ついているのだと言うことを知らせていた。

 

*  *  *





 味気のない食事の後、魔王陛下の居室に戻った二人の有利はまだしょんぼりとしてソファに沈み込んでいた。

 地面につかない両足をぶらぶらさせながら、スカートの裾をはためかす。

 桜色の踵やお膝がちらちらと見え隠れする様子は、拗ねた子どもそのものであった。 

「ヴォルフがごめんな…。変態だなんて言われたら、そりゃあ腹が立つよな」

 ヒトの有利が謝ると、二人はまた涙目になって鼻を啜った。

「ぅん…」
「コンラッドはね、変態じゃないんだよ?」
「うん、きっとそうだよね」

 《俺が大きかったらあんな事言われないのに…》そうぶつぶつ言っていたうさぎがふと思いついたように尋ねてきた。

「ねぇ、ヒトのユーリって幾つ?」
「今年で18才になるよ?」
「うわぁ…良いなぁ!」
「あれ…でも、こっちじゃ16才で成兎じゃないの?」
「成人ってコト?こっちでも一緒だよ。16才で一人前ってコトになってる」
「じゃあ、どうしてコンラッドと結婚してないの?」
「…っ!」

 ヒトの有利の顔が強ばり、地雷を踏んだことを悟ったうさぎがさぁ…っと顔色を変えた。

「ご…ごめん……っ!」
「いいんだよ…。でも、コンラッドの前でそんなこと言っちゃダメだぜ?あいつは…俺のこと自分の子どもみたいに思ってるんだから。変に気にしちゃうとマズイ…」
「ヒトのユーリはどうなの?」
「俺は…」

 小さいながらも、相手が自分と酷似していることあってか、ヒトの有利は普段は決して吐露しない胸の内を打ち明けた。

「好き…だよ。でも、ダメなんだ」
「どうして?」
「言ったろ?コンラッドは俺を子どもとして見てる。俺が幾つになったってきっと変わらない…。それに、コンラッドは俺に対して後ろめたさがあるから、俺の気持ちなんて伝えたら、他に好きな人が出来ても俺を傷つけないために結婚しないなんてコトになっちゃうかも知れない」

『そうかなぁ…。本当に、こっちのコンラッドはそうなのかなぁ?』

 うさぎと子鬼は小首を傾げた。

 彼らも、自分とそれぞれのコンラートに関して言えば、同じようなことを考えて引っ込み思案になったりしていたのだが、こういうことは第三者的視点に立つと妙にクリアに見えてくるものである。

 どう考えても、この世界のコンラートがヒトの有利を唯の子どもとしてみているとは思えないのだ。

『だって、ヴォルフが《婚約者》がどうこう言ってたときも、凄いオーラを放ってたもん』
『ギュンターがヒトのユーリに抱きつこうとしたときに、凄い速度で足を出してたもん』

 絶対絶対、本当の父親みたいに綺麗なだけの気持ちで見ているはずがないと思う…のは、彼らの願望が混じっているせいだろうか?

 

*  *  *





 ヒトの有利が執務を始めてしまうと、二人の有利はすぐに退屈してしまった。

 この若さで王様業を営むヒトの有利は、結構苦労人らしい。

 執務室のソファに座って、ふぁあ…っと特大の欠伸を子鬼の有利が漏らす頃、突然グウェンダルが溜息をついた。

「おい…コンラート、その二人を散歩にでも連れて行ってやれ」
「しかし…」
「警護はヨザックと替われ」

 耳をぴんっと立ててうさぎはソファから飛び降り、子鬼は《ふきゃー!》っと歓声を上げてジャンプした。

 その様子に微笑んでしまいそうなグウェンダルは、必死で奥歯を噛みしめると、今更ながらに注意を促した。

「ああ…そのように跳ね回るものではない。今はスカートを穿いているのだからな。その…下着が見えてしまうだろう?」

 心なしか頬が赤い…。

「平気だよ!実は、パジャマのズボンをたくし上げてるんだ!」

 二人の有利が同時にスカートをまくり上げて下肢を晒すと…確かにブルーのパジャマがあるのはあるのだが、スカートの下から覗く未成熟な白い下肢は妙に《いけないもの》を見ているような心地にさせる。

 少なくとも、やっと復帰してきたギュンターに再び血の池地獄を作らせてしまうには十分すぎるほどの刺激であった。



「ぶぎゅあへばぁぁぁぁっっっ!!」



 生命体が発するとは思えないほど異様な音声が轟き、勢いよく赤い液体が放出される。



「ぎゃああっ!!ギュンターっ!」
「この馬鹿!書類を汚すなーっっ!!」

 一瞬にして地獄絵図を作り出してしまった二人の有利は、真っ青になって立ち竦んでしまった。

「ご…ごめんなさい……」
「いいよいいよ!散歩いこう?こーなったらもう執務どころじゃないもん。部屋の掃除をやってもらうまで、俺達居ない方が良いよ」

 これ幸いという印象がないではないが…悪戯っぽく囁くと、ヒトの有利は二人の有利の手を引いて執務室を後にした。



*  *  *




「さーて、どこ行こうか?そういえば、朝ご飯の時は食欲無かったよな?いま、お腹空いてない?」
「うん、ぺこぺこ」
「んじゃ、まずは腹ごしらえと行こうか?」

 ヒトの有利と両脇から手を繋いだ幼い二人。

 この奇妙な三人連れの姿はなんとも愛らしく、噂を聞いていた血盟城の侍女や衛兵達は競ってその様子を目に収めようと、我先に茂みの影から覗き見している。

「やーん、なんて愛らしいの!」
「陛下にお子様が誕生されたら、あんな感じなのかしら?」
「双黒のお子様?なんて素敵なのかしら!」
「まあ…でも奥様が双黒ではないぶん、可能性は半々よ?完璧に陛下に生き写しにお生まれになるなんてことは凄い確率だわ」
「そもそも、ヴォルフラム閣下と結ばれたりしたらお子様は出来ないじゃない」
「あの話はお流れになったって聞いたけど…」
「ううん…あのお二人、ずっとこの城にいて下さればいいのに…」

 勝手な宮廷雀たちの噂話をBGMに、三人が歩いていくと、丁度厨房からコンラートが出てくるところだった。小脇には大きなバスケットを抱えている。

「あれ?コンラッド…どうしたの?」
「みんなのお腹がすいた頃じゃないかと思いましてね」

 コンラートがバスケットに被せていた布を捲ると、そこにはたっぷりと盛られたサンドイッチや果物があり、用意の良いことに、飲み物を詰めた瓶とコップ、小皿にフォークといった小物まで綺麗に揃えられていた。

「流石はコンラッド、用意が良〜い!」
「見晴らしの良い塔の上で、おやつにしましょう」

 この素晴らしい提案に、三人の有利は一も二もなく賛同した。




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