虹越え3−9−1






「坊ちゃん…陛下……っ!」
「は…ぁ……っ」

 強引に水を飲まされ、またそれを吐く行為を繰り返したのたが、胃壁からの吸収が早いタイプの薬剤だったのか、もともと感応性の高い体質が災いしたのか…テレビ局の近隣にあるラブホテルに転がり込んだ頃、有利の身体は明確に媚薬への反応を示し始めた。

 吐息は切ないような甘さを帯びて朱唇から漏れだし、とろりと潤み始めた黒瞳は情欲の焔をちろちろと閃かせる。乱れる黒髪が畳の上でしゃらりと音を立てて広がり、汗ばみ上気した頬に絡みつき…煽情的な衣装に包まれたしなやかな肢体が悩ましくうねる。

 その様を見守るヨザックにはまさに目の毒としか言いようのない有様であった。

『畜生…早く来いよ、隊長!』

 先程、有利の鞄の中にあった携帯電話の短縮1番でコンラートに連絡は入れた。用件と場所を告げるか告げないかのうちに疾走を始めた様子だったが、なにしろ学校からこのテレビ局までは遠い…タクシーで飛ばしても30分は掛かるだろう。

「くぅ……っ!」

 有利は細かく震える細い肩に食い込むほど指を立て、込み上げてくる衝動を逸らそうと必死になるが、限界は近いように感じられた。

「グ…リ……」

 吐息の狭間から漏れ出る声に名を呼ばれ、ヨザックの鼓動が瞬間…速度を増した。

「何です?」
「グリ江、ちゃん…お願い……俺、気絶させて……も…我慢できない……凄い、変なトコがじんじんして……ぐちゃぐちゃに掻き回したくなる……っ」
「…」

 果たして意識を失うことで凌ぐことが出来るのだろうか?不安を覚えつつも主の依頼に応えて手刀を首筋に落とすと、ひゅ…っと短く息を吐いて有利は瞼を閉じた。

 しかしそれも長くは続かず、甘い罠の中で藻掻く腕はシーツの上をまさぐると、見つけたヨザックの腕に絡みつき…引き寄せてきたかと思うと、食いつくような唇付けを寄せてきた。

「陛…っ」
「ん…っ……んぅ……」

 理性による制御を受け付けなくなった身体は本能の赴くままに情欲を貪り、淫らな刺激を求めて熱い舌を絡みつけてくる。

「陛下…」

 この時、ヨザックの胸に湧き上がってきたものは、朴訥とした少年を狂わす毒への怒りと…
 純粋な、そして正直すぎる…欲望だった。 

「…………っ…ユーリっ!」



 今だけ…許して欲しい、

 この身体に触れることを。
 他には何も望まないから
 愛して欲しいなどと強請るつもりはない
 ただ、今この瞬間だけ…



『俺のものに…なってくれますか?』



 逞しい腕で細い肢体をかき抱くと、迫り上がるような衝動のままに唇を…そして口内を蹂躙する。有利もまた、突然積極的になった相手の動きを驚喜して受け容れ、ふわりと微笑むと…そっと…堪らないくらい愛おしそうに呟いたのだった。



「コンラッド…」



 ふわりと、

 有利が微笑う。
 幸せそうに
 はにかむように

  

 その言葉と微笑み一つで、
 一人の男が無惨に胸を抉られていることなど知る由もなく。
 有利は甘えるように鼻を鳴らして、ヨザックの胸元に擦りついてくるのだった。

「…残酷……ですね、あんたって人は……」

 こんなに情けない声を出したのはいつ以来だろうか…

 親に見捨てられたときも
 故郷を捨てたときも
 望みのない戦に駆り出されたときも
 何時だって自分は世の中を嘗めきった表情で嘲笑を浮かべていたというのに。

 この様は一体なんだというのだろう?

『どうせ一夜に夢…醒めれば忘れてしまう幻になるのなら…このまま抱いてやるのが人情ってもんだろ?』

 脳の何処かで誰かが囁きかけてくる。

 すっかり見当識を失っている今の有利なら、このまま気付かずにヨザックの愛撫を受けて嬌声を上げるのではないか…。こんな苦しみの中で耐えさせていたら、コンラートが来るまでに精神が壊れてしまうのではないか…。

 尤もらしく、そして都合の良い言葉が幾つも幾つも…泡沫のように浮き上がっては弾けていく。

「キス…して?ね、コンラッド……」

 この上なく可愛い笑顔でにこにこしながらキスを強請る小悪魔は、その精神と釣り合わない熟れた身体を持て余して、ヨザックの筋骨隆々とした大腿に内腿を擦り寄せてくる。下着越しにもしとどに濡れていると思しき部位が押し当てられれば、そこだけジーンズの色が変わっていった。

「こんないやらしい身体に…誰がしたんです?」

 他の男の名を呼んで、他の男に愛液をまとわりつかせるなんて…。意地悪そうな声で低く囁けば、くしゃりと目元が潤んでしまう。

「やらしいの…や?」

 小首を傾げて泣きそうな顔をされれば、嫌みを言うことさえ差し止められてしまう。

「ううん…大好きだよ……」
「そう?好き?じゃあ…いっぱいして……エッチなこと、たくさんしてよ……ね、ここ…凄く熱い……くちゃくちゃに濡れて、凄い…感じる……っ」

 ドレスの裾野から覗く内腿の白さに目を灼かれ、引かれる手がそこへと導かれていくのをすんでの所でくい止めた。

「たくさんしてあげたいけど…でも、よく見て…俺を見て、ユーリ…せめて、あいつの影じゃなく…本当の俺を見て……」

 優しく囁きながら頬を包み込み、目を合わせれば…少しずつ、少しずつ…有利の瞳が対象物を認識し始める。

「グリ…江、ちゃん?」
「そうですよ。陛下の、グリ江です」
「…俺っ!」

 コンラッドと間違えた。

 どうして?…いや、そんなことよりも……

 コンラッドに対しても、
 ヨザックに対しても、
 申し訳立たないような行動をとった。

 それも、自分の無警戒で迂闊な判断のせいで!

「ゴメン…グリ江ちゃん……っ、俺…最低だ、こんなの……っ」

 眦が紅色に染まり、新たな涙が瞳を潤ませる。しかし、しゃくり上げる間にも情欲の波が去ることはなく、それが一層情けなさを募らせる。

「良いんですよ、陛下。薬のせいです…」
「でも…コンラッドは言ってたよ?あいつは性欲もコントロールできるんだって…」
「そりゃあ、あいつは一流の軍人ですからね。ですが、あなたはそんな訓練を受けてるわけじゃない…かなり吐いたから急性の中毒症状を起こす心配は少ないと思いますが、薬効が切れるまでの間はどうしたって辛いですよ。過ぎた快感は痛みに近いですからね。だから…」

 ヨザックは、何処かでその問いかけへの返事を想定しながら…それでも有利に問わずにはいられなかった。

「だから…俺と、やっちゃいません?」
「やるって…エッチなこと、するの?グリ江ちゃんと俺で?」
「ええ…そうですよ。グリ江は閨房術を極めたプロだから、陛下を満足させられると思いますよ?」

 冗談めかせて頬に軽いキスを寄せれば、有利は苦しそうな息の中、それでも精一杯の笑顔でヨザックに笑い掛けた。

「ありがとう…グリ江ちゃんは、何時だってそうやって俺のこと、楽にしようとしてくれるよね…でも、勿体ないけど…断るよ。俺、不器用だから…上手にその時その時の状況ってやつに乗ってけないから…グリ江ちゃんとそういうコトしちゃったら、今までみたいに付き合えなくなっちゃう…そんなの、嫌なんだ。俺…グリ江ちゃんのこと、大好きだから…」
「俺も大好きですよ…陛下。そういうあなたが、堪らなく好きなんだ……」

 その時のヨザックの微笑みは、とてもとても優しかった。
 優しくて…慈しむようで…そして、

 とても哀しそうだと、有利は思った。

 それがどうしてなのか理解する余裕はなかったけれど、好きだと言って貰えたのはとても嬉しかったので、有利は身を捩るような快楽の波に耐えることが出来た。

 意識がまた霞んでいく…

 でも、もう二度とあんな事はしない。
 もう…決して恋人を取り違えたりはしない。

 そう心に誓って意識を飛ばし掛けた瞬間…馴染んだ香りと腕に、痛いくらい強く包み込まれた。

「ユーリ……っ!」

 切羽詰まった声が、耳朶に響く刺激にすら首筋が跳ね。熱い息が零れてしまう。

「コン…ラッド?本当に……コンラッド?」
「すみません………っ」

 コンラートの声は小さく、掠れていたけれど…そこに内包された苦しみと憤怒は、大気を焼灼せんばかりであった。

「すみません、ユーリ……俺は、あなたのお側を離れるべきではなかった…尤もらしい仕事に就くことなど考えず、お傍に在るべきだったのに…っ!」 
「俺が…不注意だったんだよ……でも、グリ江ちゃんが助けてくれたんだ。だから、俺…あの嫌な奴に変なことなんかされなかったよ?」

『だから、肺を抉ったり肋骨を折ったりしないでね?』

 冗談めかした釘差しにこくりと頷いたコンラートは、約束を守った。

 語弊がないように詳述するならば、《肺を抉ったり》《肋骨を折ったり》…は、しなかった。そのかわり、何を後日したかについてはスポーツ新聞の記者と被害者は良く知っている。

『斬られなかっただけマシと思え』

 というのは、コンラートの正直な感想である。

 尚、城島はやっと治療が一段落してやっと退院…というところで、再び《通り魔》の来襲を受け、今度は右上腕骨近位端と左大腿骨頸部・骨幹部に複雑骨折を負い、再入院することになる。

『俺は約束させられてないけど、陛下が《やるな》って言ってた事はやってないぜ?』

 とは、ヨザックの談である。

 勿論、両者とも警察機構に尻尾を捕まれるようなヘマはやっていない。双黒の大賢者だけは何か物言いだけにはしていたが、

『ま、証拠さえ掴まれなきゃ何しても良いけどね…』

 実際口にしたのは、甚だ青少年に相応しくない一言だけであった。

「もう、我慢しなくて良いですよ?あなたが好きなだけ…あなたが望むように何でもしてあげる…」






※ご注意※



 ここから先には女体エッチという既に色々問題があるのに、ヨザックの見ている前で有利の痴態ショーが始まってしまうという展開です。

 「女体オッケーカモーン!」と積極的に身を乗り出して来られる方と、「女体にこれと言った思い入れはないけども、視姦ものは好物です」という方、さらには「得意技はエロ描写を避けて行間の流れを読むことです」という方のうち、今更健全な精神の育成云々とか言われても手遅れだと思われる方はエロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】にお越し下さい。

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 ちなみに、Aの内容を《そりゃ!》っと要約すると、「ギリギリまでかぶりつきの席でコンユエロをタダ見していたヨザックだったが、流石に接合の直前に叩き出された。その後は遠慮なく組んずほぐれつデスヨ旦那」という話です。