虹越え3−2−1 他の生徒よりも一足早く(一応担任教師に一言伝えておいて)ホテルに戻った有利と篠原は、暖かい衣服に着替えると、ロビーに向かった。そこには自販機が幾つかと、細長いテーブルと丸椅子、そしてなんといっても足下には循環する湯を湛えた足湯槽があるのだ。膝までズボンをたくし上げて悴んだ足をつけ込むと、思わずぶるるっと震えるくらい熱さが沁みてきたが、足の感覚が戻ってくると全身がぽかぽかと暖かくなり厚く着込んだセーターもいらなくなるほどであった。 自販機で買ったココアとコーヒーを啜りながら小声で話された会話は、傍で聞いている者が居たとしたら、何かの小説かアニメの話をしているとでも思ったことだろう。 「で…その話を信じろと?」 有利が一通り眞魔国と自分の関係について…その国で《魔王》などという役職に就いていたことまで含めて話してしまうと、それまで口を挟まなかった篠原がそう漏らした。 「…そう言われると思ってマシタ」 有利としては、肩を竦めつつもそう応えるしかなかった。 篠原は暫くじぃ…と、その茶色がかった大きな瞳を有利に向けていたが、不意に大きく溜息をもらした。 「……本当なんだ」 「………信じてくれるの?」 説明しておいてなんだが、信じてくれたことに驚いてしまう。 正直、自分でもこうして改めて第三者に話をしていると、全ては夢か幻想で、自分は誇大妄想癖を持つ精神を病んだ人間なのではないかと疑ってしまうほどなのだ。 けれど、篠原は困ったように眉根を寄せつつも、有利を疑うような素振りは見せなかった。話の大きさと突飛さに驚いてはいたようだが。 「小学生ならともかく、高校生が嘘をつくならもうちょっとマシなつき方をするでしょうよ…。異世界で魔王やってて、あのコンラートさんは実は百歳越えてるなんてさぁ…普通馬鹿馬鹿しすぎて言わないわよ」 「俺の人生は小学生の嘘並デスカ…」 「嘘ならね。本当なんだったら…あんたって、凄いと思うよ。真面目な話」 「え…?」 篠原の瞳には揶揄かうような色はなく、少々照れながらも…どこか真摯な眼差しを有利に向けていた。 「あんたさ…本当に頑張って人生やってんだね。偉いよ…凄く、偉いと思う。そんな訳分かんない運命押しつけられて、普通ならキレるか、誰かに責任押しつけて逃げちゃうと思う。だけど、あんたは違ったんだね…ちゃんと向き合って、力一杯戦ったんだね…」 「篠原…なんかそんな風に言われると、俺泣いちゃうよ?」 本当に…ほろりときそうになって慌てて苦笑するが、篠原の方は至って真面目に続けてくれる。 「揶揄かってるわけじゃないよ?…さっきだって、あの得体の知れない…あたしでも、何か妙な力を持ってるって分かる様な人相手にしても、あんた落ち着いてたじゃん?十月の文化祭の時だってそうだったけど、ああいうときの渋谷って、何か場数踏んでるみたいに見えたのよね…。今、説明してくれて、ああ、成る程なって思うところ、色々あるのよ」 「今日はどうしたんだよ篠原…何か照れちゃうよ俺……」 「たまには良いじゃない。なんか本気であんたのこと、褒めてぐりぐりしてあげたくなっちゃったのよ」 笑いながら篠原の手がぐしゃぐしゃと照れ隠し混じりに有利の頭髪を掻き回すが、その手がふと額の辺りで止まる。 「ねぇ…渋谷、熱があるんじゃないの?なんか…熱いよ?」 「そうかな?…そういえば、ちょっと足湯しすぎたかも…汗かいてきちゃったよ」 有利は湯の槽から足を引き抜くと、備え付けの籠からタオルを貰って拭いていたのだが、熱感は収まるどころか次第にその程度を高め、息遣いも浅く速いものになっていく。 「なんか……熱い……」 「部屋に帰る?もうちょっとしたらみんな帰ってくるからさ、そしたら保健の幸野先生呼んできてあげるから」「ん…そうする……」 歩いて部屋に向かう道中にも熱は高まり続け、畳敷き十二畳の部屋に帰って座布団の上に身を投げたときには…もうそこから立ち上がる力も沸かなかった。 「渋谷、服脱ぎなよ。凄い汗だよ?着替えこの中だよね。勝手に出しちゃって良い?」 「ん……ん…」 返事も朧になっている有利に顔を顰め、再び額に手をやると…掌に伝わってきた熱に篠原の顔色が変わる。 「渋谷…この熱、おかしいよ。この上がり方、普通じゃないって!さっきより無茶苦茶高い…。もしかして、あの蝶のせいじゃないのかな?」 そうだ、あの女は言っていたではないか。 『まだ妾の目的を果たしておらぬでな…』 あの女が有利の唇付けによって許したのは、あくまで篠原の《無礼な物言い》に対してであって、もともと何か目的を持って有利に接近してきたのだ。 その目的がなんなのかは分からないが、この尋常でない発熱の仕方には何か関連があるとしか考えられない。しかし、当の有利はもうまともな思考も出来ない状態になっているらしい。 「ちょっと…やだ……このままどうにかなっちゃうなんて事ないよね?」 思わず青ざめた篠原は、震える指で有利の頬を撫でた。 「ねぇ渋谷…ちょっと、起きてよ!ねぇったら!」 人間の体温は42度を超えると生体内酵素の活性等が変化し、体内の恒常性が保てなくなる。また、身体を構成する蛋白質にも不可逆性の変性が生じる。まさか…あの女の目的とは、そういうことなのか? 「嫌…嫌よ渋谷!ねえったら…ねぇ!!」 泣きそうになりながら有利を揺さぶるが、霞むその瞳は薄く開かれたまま感情を失っている。意識を喪失する寸前なのだ。 「誰か…誰か呼んでくる!」 弾かれたように立ち上がり、駆け出そうとする篠原をそっと差し止めた者が居た。 「シノハラさん…ユーリは一体どうしたんだ!?」 「コ…コンラートさん!?」 我が目を疑って見上げるが、目の前にいるのは間違いなくコンラート・ウェラーであり、身に纏っているのも警備員の制服だった。何時もと違うのは、その瞳がただならぬ焦燥感に呵(さいな)まされ、体中が氷のように冷え切っている事だ。 「どうして…どうやって…ここに?…今日、普通に出勤されたって聞いてましたけど……」 《どうして》 それは、煌姫の結界が生じた途端に水蛇が異変を察知したから。 有利に何かあったときに出遅れてはならじと、コンラートは学校警備に水蛇を(説得して)連行させていたのだ。 《どうやって》 それは、空を越えて…ラララ星の彼方……。 もはや姿を隠す意味は無しと踏んだ水蛇が正体を顕わし、巨大な蛇の姿に変じたものにコンラートがしがみついて…2月の寒空を飛んできたのだ…埼玉から、岩手まで。 流石に死を予感したコンラートだった。 「そんなことはどうでも良いだろう?ユーリに何があったのかを教えてくれないか!?」 普段は人当たりのよい態度を崩すことなく、特に女性には優しいと定評のあるコンラートでも、こんな…堪え切れぬ怒気を溢れさせることがあるのかと、篠原は身を震わせた。 「篠原とやら…有利は、派手な女に何かされたのではないか?」 コンラートの傍らには、気付かない内に白装束を纏った黒髪の男が立っていた。端整な顔立ちだちを歪め、労しげな視線が有利を見守っている。 「あ…、はいっ!そ、そうですっ!!豪華だけど…酷く着崩した派手な女の人に、蝶を…黒と赤の鮮やかな色の蝶を胸に押しつけられたんです。暫くは普通にしてたんだけど…さっきから急に熱が上がってきて…」 「…そうか、それなら熱は朝には下がる」 「本当ですか!?」 縋るような叫びが篠原とコンラート両者の口から迸ったが、受ける白装束の男は眉根の皺を解くことはなかった。 「熱の為に死ぬようなことはない。殺すならもっと苦しめて嬲り尽くして殺す女だからな。蝶を使う時は、あの女がその相手に興味を抱いている時だけだ。蝶に込めた呪(まじな)いで、相手の何かを変化させてその反応を楽しむのだ。俺もやられたことがある…」 傲岸そうな男が恐ろしげに身を震わす様を見ると、一体何をされたのかと気になってしまう。 「そうじゃ…そなたの力を封じて蛙にかえ、百匹の蛇で囲んだのじゃ……あれはよい見物であった」 高笑いと共に、窓の向こうに現れたのはあの時の女…煌姫であった。 鍵を掛けていたはずの窓は轟々と唸る風に開け放たれ、熱流と寒流とが激しく入り混じる大気が部屋の壁と人々に叩きつけられる。 「煌姫…貴様、有利に何をしたのだ!?」 「さぁて…そなたも言っておったではないか…何かを変化させるとな。朝になれば分かる事じゃ…ほほ、面白い…期待通りに面白いわ!己だけを愛しておった傲岸無比なそなたが、そのように焦れて困惑する様をみれようとはの!余程その童が大事と見える……」 「有利にもしもの事あらば…貴様を許しはせぬぞ?」 「許さぬと?ほほ…十年の昔、妾に辱められ道ばたで干物と化しておった格下妖怪の分際で、妾に何が出来るつもりでおるのじゃ?」 「ぐぬ…」 言い淀む水蛇のその横で、氷雪の気を纏った男が凍てつく瞳で女…煌姫を睨め付けた。 「ユーリを…傷つけることをお望みか?」 「そうと言えばどうするつもりじゃ?見たところ、そなた腕は立ちそうじゃが妖力は…」 《そう》…と、肯定の言葉を放った瞬間… 煌姫は研ぎ澄まされた切っ先が眼前に迫る様に…半瞬ながら肝を冷やした。 コンラートの手にした剣は、その鋭尖を煌姫の鼻先すれすれの位置に突きつけていたのだ。 なんという間合いの速度…そして、なんと卓越した技量か! コンラートはアニシナ製の携帯剣を戦闘用の大きさに変化させるや、一気に部屋奥の窓まで歩を詰めると…怒濤の如く吹き付ける風に逆らい、狙った位置に剣先をぴたりと止めて見せたのだ。 「あの方を傷つけるおつもりなら、覚悟なされよ。貴女がいかな妖力をお持ちであろうと…俺は必ず息の根を止める」 眇められた眼差しの奥で、炸裂するのは凄まじいばかりの怒りの雷光であった。 「…どのような手を使ってでも」 煌姫は無礼な男の態度にも気を害した風はなく、何処かとろりとした瞳で婉然と微笑した。 「ほぅ…そなた良い色の瞳をしておるな…。おぉ…妾の好きな色じゃ…憤怒と…そして隠し切れぬ情欲……」 意味深に呟くその唇を、ぺろりと紅く薄い舌が嘗め伝っていく。 「ほほ…あの童、やはりなかなか興味深いことじゃ。水蛇といい、そなたといい、そうそう思い通りに動くような男ではないものを…このように手玉に取るとはの。やはり、狙ったのは正解であったか」 全てを分かっているぞと言いたげな煌姫の言葉に、コンラートは一瞬…嗤うような表情を閃かせた。 「あの方は…貴女の思い通りには動きませぬよ。それこそ、俺のような男をここまで従えさせる方なのですから」 誇らしげにそう言い切ると、コンラートは流れるように優雅な動作で剣に弧を描かせ…閃く光曲を残して鞘の中に納めた。 「今は引きましょう…ですが、俺の言葉をお忘れなきよう…」 「その大口がどのように変わるか、楽しみにして待っていようぞ…ほほ…水蛇とそなた…朝になってどのような顔をするやら…楽しみだこと……」 高笑いを上げる煌姫の周りにぱたぱたと乱舞する蝶…それらが風に渦巻いた途端、唐突に彼女は姿を消した。 コンラートは素早く窓を閉めると、すぐにベット脇に移動して有利の様子を伺った。 「ユーリ…ユーリ……」 呼びかけても返事がないと見るや、ニットの裾に手をやると慣れた仕草で脱がせてやる。そして下に着込んでいた…すっかり汗に濡れてしまったシャツも剥ぎとったところで、有利の肌に刻まれたものに瞠目した。 「これは…」 汗の伝うその白い胸元には…胸骨下半から鳩尾に掛けて、10p程度の羽を広げた蝶の姿が刻印されていたのだ。 鮮やかな紅色に…黒い縞。 紛れもなく、煌姫の周りを舞っていた蝶の姿である。 しかも、蝶に目を奪われて一瞬気付かなかったが…浅く速い呼吸に上下する胸が…微かに、膨らみを帯びていた。 「…っ!」 綺麗なピンク色の頂を持つ、白くあえやかな膨らみ…それは、育ち始めた水蜜桃を思わせた。 まだ熟れきっていない、それだけに綻ぶ蕾のように清楚な気を湛えたその場所は、配色は変わらぬものの、以前はこのように明確な膨らみではなかったはずだ。 「…………おっぱい?」 直裁すぎる篠原の感想に、コンラートは膝が崩れそうになる。 しかし…確かにいま目の前にあるものは、紛れもなくそうと表現するに相応しいもので…。コンラートはズボンを脱がせようとベルトに手を掛けた状態で固まってしまった。 「もしやこれは……女体化させるつもりか?」 「…………何のために?」 「確かあの女、俺を衆道の徒と信じ込んでおったからの。自分に靡かぬ男は全てそうだと信じておるらしい。さしずめ有利を女体に変えることで、俺に吠えずらをかかせるつもりだったのだろう」 おそるおそる股間に手を置いてみれば、幾ら小振りな息子さんだったとしても、交接に必要な最低限の大きさは保持されているはずの(そこまで普段の有利のものが小さいという意味ではない)ソレが、掌に感じられない…。 「今…どのくらいまで変わってると思います?あ、あたしが着替えさせるのとコンラートさんが着替えさせるの…どっちがあとあと渋谷がショック受けないと思います?」 「いいかい?みんな、壁の方を向いててくれ」 「ねぇねぇコンラートさん…答えて貰ってないんですけど……」 「…俺が着替えさせる」 目が据わっている…ような気がするコンラートに断言されれば、反論の余地はない。 「二人とも、部屋から出ていてくれないか?」 爽やかな口調で言っても、目が据わったままではいつもの効果はない。 「嫌です」 「嫌じゃ」 案の定、二人の返答は素っ気ないものであった。 いくら勢いに押されて《お着替え権》を委ねたにしても、そのまま二人きりにするのはなんだか気が進まない。 『コンラートさんが渋谷の身体にドキドキしてるのは間違いないけど、それが女の子になりそうだから…て、いうんじゃあ…あたしとしては収まんないわよね…』 それでは…そんな状態で恋愛関係などに陥られて…そしてあの女の気まぐれで再び男の身体に戻って、《男じゃなー》なんて言われたら、純情乙女系男子渋谷有利が可哀想すぎる。 『ウェラー卿め…何時も何時も美味しいところを持っていきおって…』 もう隠れても仕方ないと分かった以上、実体を持つ肉体で水蛇上様だって色々楽しいことをしたいのである。 「……仕方ないですね。可哀想だから、あまりじろじろ見ないであげて下さいよ?」 『じゃあまずあんたがその目をどうにかしろ』 そう言ってやりたい。 さり気なさを装ってはいるものの、コンラートの視線は動くことなく有利の細くしなやかな肢体に向けられており、余さず嘗め取ろうとでも言うようにその肌の上を伝っている。 結局、篠原と水蛇の目を避けるためか有利に気を使ったのかは定かでないものの、びっしょりと濡れたパンツは朝まではしょうがないと諦めてそのままにしておき(それでもぴったりと肌に張り付くそのラインはじっくり楽しんでいたように見えたが…)、有利の荷物の中からとりだしたパジャマを着せてやった。冬場の二泊ということでパジャマは一着しかなかったが、この汗の様子ではあと1.2着はどこかで用意しておいた方が良さそうだ。 布団に有利を横たえていると部屋の扉が控えめにノックされ、入室してきた人物が居た。 「うわっ!コンラートさん…に、えー…どなた?」 2年5組の担任松本は、意外な人物を目にして呆気にとられていた。 「ああ、先生…すみません。ご連絡も無しで突然お邪魔しまして。実は、修学旅行中の生徒さん達に何かあってはいけないと思いまして、急ではありますが同行させて貰ったんですよ」 こんな事なら最初からその線で同行してくれば良かったと思うほど、旅立ち際の校長への説得は容易かった。…少々顔色が蒼くなっていたのが気の毒ではあったが。 「えぇ…はぁ?そうなんですか?」 「ええ、そうなんですよ。それで来てみましたらシブヤ君が熱を出して倒れ掛けていましたので、此処まで運んだんです。あ、こちらの彼は神楽同好会の方で、こちらにご宿泊されている水蛇さんです。シブヤ君の容態は落ち着いてきましたが、何かありましたらすぐに連絡させて頂きますので、ご心配なく」 「はぁ…」 訳の分からない迫力に押されて気の抜けた返事しかできない松本は、首を捻りながらも部屋から出ていった。 「ここは何人かの男子で宿泊する部屋なのかな?」 「ええ、8人で布団並べて寝ることになってます。先生が帰ってきたとなると…他の連中もそろそろ帰ってくる頃ですよ」 「…よし、部屋を別に取ろう」 「え…でも、この時期のホテルで…それも修学旅行客がこれだけ団体で泊まっているんだから」 「大丈夫。何とかなるものだよ」 自信に満ちた眼差しは、確かに根拠あってのものだった。 こういった大型のホテルは手続きミスや緊急に大切な客を受け入れるときのために必ず数室の空き部屋を用意しているものらしく、コンラートは受付で2.3会話を交わしただけで…正確には、全開の笑顔を煌めかせただけで、広々としたスイートルームを確保したのだった。 * * * 「ん…」 「気がつかれましたか?」 「んー…3番目覚まし鳥……鳴いたぁ?」 何故か怠くて…布団の中からなかなか起き出せなくて、有利はもそもそとシーツのまとわりつく身体を捩らせた。 朝、目が覚めるとコンラートが居て…有利をランニングに誘ってくれる。 血盟城での日常的な光景…。 でも、今日はヴォルフラムの鼾が聞こえてこないのはどうしたわけだろう? それに、心なしかコンラートの声が聞こえてくる高さが違うような気がする。 「何か…怠い……」 「もう少しお休みになりますか?」 コンラートのひんやりとした掌が額に押し当てられ、その眼差しが少しほっとしたように緩む。 有利は心地よいその感触を瞼を閉じて楽しんでいたのだが、身じろぐ間に、シーツやパジャマが張り付いてくる原因が自分の汗にあることに気付くとどうにも我慢できなくなってきた。 「ぅうん……やっぱ、起きる……なんか俺、凄い寝汗かいたみたいだ」 自分に勢いを付けるために、ばさっと音を立てて布団を跳ね上げると、途端にひゅっ…と汗が冷えて気持ちが悪い。 「うわー汗で張り付いてるよ。シャワー浴びよっかな」 「お手伝いしましょう」 「いいよぉ…自分で…」 過保護な名付け親に苦笑しながら、人前で申し訳ないが布団の上でそのままパジャマを脱いだ…すると、汗で張り付き、身体のラインを明瞭に顕わしている肌着の下で…こんもりと盛り上がっている膨らみに気付いた。 「…?」 きょとんと小首を傾げ、肌着の襟元を引っ張ってみると… 「………何コレ」 そこへひょいっと白装束の男が覗き込んでくる。 「乳…じゃな」 呆然と自分の胸の谷間…人のものならちょっとどころかかなりドキドキしてしまうそうな釣り鐘型の隆起…その先端には控えめな大きさの乳輪と、小花の蕾のような突起物が清楚な桜色を呈している。 大きさ的にはツェリ様のような《ボイーン!》としたものではないが、その下に続くきゅっと括れた細腰との格差が著しいために、実際の胸囲よりもふっくらと豊かに見える。 そして、その谷間の間には…刻印のように明瞭に、色鮮やかな紅色の蝶が擦り込まれていた。 「ユーリ!隠して下さいっ!上様もそんなに覗き込まないで下さいよっ!」 コンラートは慌てて自分の上着を脱ぐと、有利にばさりと羽織らせてしまう。 「上様…あれ?ここ…血盟城じゃあ……」 今しがた見たものと記憶の混乱とで有利はぐるぐる目を回していた。 有利が今居るのは、血盟城の自室に比べても見劣りしないほどの調度を整えた部屋ではあるが、明らかに違う点は…純和風の室内であったことだ。 漆喰の壁に艶やかな墨黒の柱木…淡く透ける紅葉をあしらった品の良い障子戸、端麗な水墨画をあしらった連作の襖、良い香りのする…質の良い藺草を用いているであろう畳はざっと12畳はあろうか。その広さを持て余さない程度に配された調度品も見事で、行き届いた掃除によって全て艶々と光沢を湛えているものの、それが嫌みにならないのはその調和のとれた配置のためか…。 まぁ…端的に言えば、見るからに《豪奢な部屋》であった。 「ユーリ…混乱するのも無理はありません。順を追ってお話ししますから、落ち着いて聞いて下さいね?」 コンラートは大判の羽毛布団の傍らに跪くと有利の手を握り、出来る限り落ち着いた声音で昨夜までの流れを説明した。 「そっか…俺、熱を出して…」 「ええ、その間にもう一度煌姫がやってきて、ひとしきり我々を揶揄かって帰っていったのです」 「んー…」 布団に隠された下半身に手を突っ込んでみれば、予想通りそこにはお馴染みの息子さんはご不在で、代わりにふくっとした感触の…肉襞に包まれた高まりがあり、恥骨の上から下部に掛けて控えめな猫毛が生えている。 「うへぇ…下もちゃんと女の子っぽいなぁ…ま、本物の女の子のを触った訳じゃないからよく分かんないけどさ…」 「俺が見て確認しましょうか?」 「いや…あのねコンラッド、こんな時にまで親爺ギャグ繰り出さないで良いから…」 半ば本気の提案はすげなく却下されてしまった。 「ほほ…どうじゃ童や、女の身体に変じた気分は」 「…っ!」 今朝もまた唐突に現れたのは紅蓮の女、煌姫であった。 |