虹越え2−3−2






『化粧直してくる!』

 手鏡で確認した惨状に悲鳴を上げると、篠原は駆け足で化粧道具をひっつかみ、トイレに駆け込んでいった。あれを直すには、一度全て落とし切らなくてはならないだろう。罪滅ぼしとばかりに、有利は4箱の段ボールをふらふらしながら体育館に運んだ。

 ちょっと休憩したくて体育館脇でジュースを飲んでいると、背後から奇妙な声がした。

「あ…ねぇねぇ君、ちょっと良いかな?」

 肩を何やらねっちりと触ってくる手に驚いて振り返ると、目に入った映像に一瞬びくりと肩を震わせた。

『ピンクの凝固物!?』  

 そうとしか表現出来ない。

 よく見るとやや太めの男子生徒3名が、信じ難いほどの重量感を持つフリル!レース!リボン!のコンボセットに身を包んで佇んでいた。全員申し合わせたようにツインテールのウィッグを付けているのだが、これがまた淡いピンク・イエロー・ブルーの三重奏になっており、目に眩しいことこの上ない。

 そのうちの一人が何故だか息づかいも荒く自分の肩を掴んでいる。

「え…え?ナン…でしょう?」
「あのさあのさ、君ってさぁ?2年5組の渋谷有利君でしょ?僕らぁ、渋谷君の女装に惚れちゃったヒトたちな訳。今日もぉ、可愛いのは可愛いけどぉ…普通のサンタ服よりぃ、渋谷君はこっちの方が似合うっぽいので、着せちゃえ作戦な訳!」

『君達何処の星から来たの?』

 と言いたくなる不思議ヴォイス&トークの男子が取り出したのは、彼らが着込んでいるものの更に上を行くふりっふり系ドレスであった。赤を基調として花束やらリボンやらが飛び交う布地は幾重にも重なるフリルに彩られ、やはり沢山のギャザー寄せが成された胸元部分には大小さまざまなリボンと、どんっと大型の華やかコサージュが飾られていた。確かに華奢な女の子が着れば可愛かろうが…これを着ろと要求されているのは、どうやら渋谷有利君(十七歳男子)であるらしい。

「ええと…ご免……俺、そういうのは着たくない…デス……」

 顔色を真っ青にして断るが、鼻息の荒い男子の勢いは止まらない。

「ええーっ!?絶対、絶対似合うからぁ!着て着てお願いぃーっ!僕らと同じ星の住人と見込んでのお願いぃ〜!」
「いや、そんな不思議星に住んだ覚えないから!」

 ぐいぐいと押しの強そうな奇人3名を相手に回して正攻法で戦っても勝ち目はない。

 此処は逃げるに如かずである。有利は脱兎走りで逃走を開始した。

「んもぉ〜っ!待ってーっ渋谷くーんっっ!」

『待てるかーっっ!』

 校舎中を駆けめぐり、日頃鍛えた脚力を生かして逃走しているのだが、どう考えても運動不足な筈の奇人達はやたらとモチベーションが高いらしく、執念深く有利を追い詰めていく。

「見っけー!渋谷君捕獲なりーっ!」

『なりって何ーっ!?』

 距離を稼いだ隙に講堂の裏手にある用具入れに隠れていたのだが、何故か発見されてしまう。

 慌てて機材の間をすり抜けていくと、講堂の内部に繋がる通路に出た。現在、講堂では舞台劇をやっているせいか、黄色いロープが張られて《通行禁止》の札が出ている。しかし、もう有利には他に逃げ場が残されていなかった。

『ご…ご免なさーいっ!』

 小さく謝りながらロープを飛び越すと、目に入った扉の中に急いで飛び込んだ。

「…!」

 飛び込んだ先は小さいながらも楽屋仕様になっている部屋で、扉の手前から奥の壁に向けて巾1メートル、奥行き3.4メートル程度はフローリングになっており、右側の壁には大きな横長の鏡が設えてある。そして扉の左手側は一段高く、4畳半程度のお座敷になっている。  

 フローリングに置かれたパイプ椅子に腰掛け、ギターを爪弾いていたのは明らかに学生ではない…年の頃は20代後半位かと思われる、端正な青年であった。

 褐色の肌に彫りの深い顔立ちをしており、肩口まで伸ばした白銀の髪にはシャギーが入っていて、俯きがちなその面に落ちかかっている。髪は染めているのかと思ったのだが、生え際まで綺麗に同じ色で、顔立ちとのバランスもしっくりきている。ひょっとして地毛なのかもしれない。

 そして、その髪以上に目を引くのが彼の瞳だった。

 その瞳の持つ異彩は近頃頻繁に見る夢とも相まって、不思議な既視感を有利にもたらした。

 彼の瞳は左右の色が…夢で見たあの狼(犬?)と同様に異なっていて、右目は蒼、左目は黒を呈していた。

 その双眸は半眼となり、いまは不審な侵入者に向けられている。

「…あ、あの…突然スミマセン!すぐに出ていきますから…!」 

 胡乱な眼差しを送ってくる男に居心地の悪さを覚え、慌てて部屋を出ようとするが、扉を開けようとした矢先に、

「渋谷くぅ〜んっ!どこぉーっっ!」 

 自分を捜し求める不思議星の住人達の声が聞こえてきた。

「………………か、重ね重ね申し訳ないんですが……暫く此処にいさせて貰えませんか?今出ると色々やばいんですっ!大人しくしてますからっ!お願いっ!」

 半泣きになって両手を顎の前で握りしめ、上目遣いに頼み込むと、男の表情が妙な具合に歪んだ。

『あれ…なんか、何処かで見たような……?』

 ふと、夢とは異なる映像とリンクするその表情に記憶回路を探ってみると…その先に繋がっていたのは眞魔国のゴットファーザー、フォンヴォルテール卿グウェンダル閣下であった。

 彼が子猫だの子犬だのを目にした瞬間に見せる、

『きゃわゆいなどと決して口にするものかっ!』

 という表情に近いものを感じるのだが…気のせいだろうか?

「……大人しくしているのなら、構わない…」

 無愛想に呟くその声は腰に響く重低音で、そんなところまでグウェンダルによく似ているものだから、なんだかとても親近感が湧いてしまう。





 本物の…と、呼んでしまうと目の前の男を《偽物》扱いしているようで失礼極まりないのだが…眞魔国の、グウェンダルとは出会った当初こそ相容れるポイントが掴めず相互理解など不可能と思ったものだが、無理矢理手錠で繋がれた例の魔笛事件をきっかけに、何だかんだで気心が知れた部分がある。

 頑固で融通が利かないが…彼は、誰よりも一途な男なのだと思う。

 あの感動的なまでに真摯な眞魔国への忠誠心と、仕事に対する実直さは、深い愛情がなければ行い得ないものだと思っている。

 だから、怒られれば腹も立つし叱られて悄げたりすることもあったけれど、常に心に掲げていた命題がある。

『グウェンに馬鹿にされても良い、呆れられても良い…でも、絶対に軽蔑されるようなことはしない』

 彼は見込みがあると思う相手には罵倒してくるが、会って最初の頃のように視界にも入れて貰えないとか、軽蔑されているような場合には叱ってすら貰えない。嘲笑を浴びせられて、話の相手と見なされないのだ。

 それだけは避けたくて…どんなに厳しい言葉を吐かれても、仕事内容に納得できないときには自分の思いを伝えてぶつかっていった。勿論、理解力も議題の構成力も乏しい渋谷有利のこと、度々話を堂々巡りさせたり、同じポイントでつかえたりして、自分自身が情けなくなって泣きそうになったこともある。

 それでも必死に言葉にしようとして喉奥に力を込めていたら…グウェンダルの大きな手が、ぽん…と頭頂部に乗せられた。

『…焦らなくて良い。お前がない頭を捻って本当に必要な策を講じようとしているのは分かっている。…だから、ゆっくり考えろ。俺は、それまで待つ』



 無愛想な声音と、不器用な仕草…。

 それでも、確かに伝わってきた。

 渋谷有利に期待してくれているという、信頼が。

 

 眦が紅色に染まり、余計に泣きそうになったけれど…急にすんなりと息が出来るようになって、暫く考えたらちゃんとグウェンダルを納得させられる言葉が出てきた。





『元気でいるのかな…』

 コンラートに聞いた話では、弾き飛ばされてしまった魔王の代理として多忙な毎日を過ごしていると聞く。それに、有利のことを過大なまでに評価してくれていたことも聞いている。彼に王として認められるというのは、ある意味コンラートに認められること以上に嬉しいときがある。それだけ合格基準というか、閾値が高いような気がするからだ。何時もはなかなか褒めてくれない人の一言というのは不意打ちで効いてくるものだ。



 ポロン……ポ…ン……

 

 丁度扉の死角になる部分(お座敷の廊下側の壁際)に体育座りをして、ぼぅ…っとグウェンダルのことを考えていると、心地よいギターの響きと…何処の国の言葉ともしれない不思議なフレーズが響いてきた。

 有利をこの部屋に置いてくれた男が歌っているのだ。

 高く……低く……伸びの良い歌声が響く。歌詞は分からないながらも歌に込めた思いは胸に直接染み込んでくるようだった。

「もう会えない人と…もう行くことが出来ない、懐かしい場所……」

 囁き声は小さかったのだが、弦を弾く手はぴたりと止まってしまった。

「あ…ご免なさい。俺、静かにしてるって約束したのに……」
「いや、いい…。それより、この歌詞が分かるのか?」
「いいえ、何処の国の言葉かも分からないんですけど…でも、なんか映像が頭に浮かんで…凄く切なくなります。会いたいのに会えない人がいる…帰れない場所が、酷く懐かしい…そんな感じがします」

 有利の瞳は遙か遠く…眞魔国と、そこに残してきた人々に向かい、潤みを帯びた漆黒の色彩をより深くしていた。

「そうか…。辛気くさいかと思って商業ベースにも乗せてないんだが…寒い時期になると、つい歌ってしまう…」

 自嘲するような笑みを浮かべると、男の表情は急に老いを纏って見えた。なにか、辛い思い出でもあるのだろうか。

「でも…確かに寂しい感じはするけど、俺は好きです。辛い気持ちにそっと寄り添ってるみたいな…包み込まれるような感じがするし…」
「そうか…」 

今度は淡く…けれど、嬉しそうに微笑する男。

 柔らかい笑みを掃くとその口元は優しく綻んで…やはり何処か機嫌がいいときのグウェンダルに似ていた。

 男の背はコンラートよりは低そうだが、日本人としてはかなり高い部類にはいるだろう長身で、均整の取れた体躯を仕立ての良いカジュアルスーツに包んでいる。ただ、デザイン自体はそれほど奇抜ではないのだが、よく見ると光沢の鮮やかなそれはステージ衣装なのかもしれない。

 そういえば、黒瀬が以前《サプライズ企画》で芸能人が来ると言っていた。それに、左右の目の色が違う狼の話をしたときに、村田健が話していたことも思い出した。確か、そういう瞳の芸能人がいると言っていたのではなかろうか。確か…高柳鋼とかなんとか…。

『そっか、この人がそうなんだ』

 一人得心がいってうんうん頷いていると、男…多分高柳…は、また伸びやかな声で歌い出した。今度は明るいフレーズのクリスマスソングで、化粧品のCMで最近よく聴く曲だった。これも彼の作品なのだろうか?先程の歌と随分ギャップがあるが、歌声はまさにテレビで聞くのと同じだからそうなのだろう。

 軽妙なリズムと舌触りの良い歌詞の連なりにつり込まれて歌っていると、気付いた高柳は唇の端で小さく笑って音程を変えてきた。有利は驚いて歌いやめようとするが、視線で続きを促してくるのでそのままCM通りの音程で歌うと、彼はユニゾンするように低音のフレーズを合わせてくる。

 音が絡み合い…離れ…再び出会って……見事に調和したコーラスとなって響いていくのがとても気持ちいい。

 風が踊っているような、ふぃと吹き上がり…くるくると回転しながら下降するような…変幻自在な音の群が自分の喉から出ているのが信じられない。

 高柳の様子を伺うと、明らかにその瞳は楽しそうな彩を浮かべている。そして時折悪戯っぽく煌めくと、目線で促して加速したり、音の調子を変えてくる。その音に共鳴するように、有利の喉からは歌声が溢れてくる。

『なんだろう…なんだか、引っ張られてるみたいだ……』

 何とも言えない高揚感が身を包む。

 やがてかき鳴らされる弦の音が曲の終わりを告げると、有利は満足しきった笑みを浮かべてほうっと息を吐いた。

「うわーっ、何か凄く気持ちいい!プロの人と歌うと、自分まで巧くなったみたいな感じ!」
「お前さん、本格的に歌をやってるのか?」
「まさか!そんな高尚な趣味持ってないデスよ」
「しかし…それにしちゃ……」

 高柳は何か考えるように左手の親指で顎を擦っていたが、ふいっと面を上げると予想外の発言をしてきた。

「お前さん、この後の舞台で少し歌ってみないか?」
「えぇぇっ!?む、無理ですって!俺、結構緊張しぃだし、プロの人と歌えるほど巧くないし!」
「いや、今聞いた感じじゃかなり良い。なにか…共鳴するものを感じる」
「えー、でも…やっぱり無理ですって!折角のサプライズ企画なのに俺なんか出たら…」「嫌か?」
「………はい」

 申し訳ないが、嫌かと聞かれればそりゃ嫌である。

 しかし…高柳は怒った素振りこそ見せなかったものの、再び半眼になると立ち上がり、おもむろに扉の前までやってくるとドアノブに手を掛けた。

 有利は嫌な予感がして、はっしとその手をとめた。

「なんだ?」
「……あの、何なさるおつもりかな…って」
「ああ、表に誰かいないかと思ってな。例えば、小柄なサンタを追いかけている連中とか…」

 じわりと額に脂汗が浮かぶ。

「……………居たらどうするつもりなんですか?」
「決まっているだろう?俺は親切な男だから、《探しているのはこの子じゃないですか》と尋ねるんだよ」

 に…と笑った曲者笑顔は、何処かオレンジ髪の庭番を彷彿とさせるもので…。

「……………ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」

 そう頭を下げるほかなかった。  



 こんこん…



 控えめなノックの音が扉の向こうから響くと、有利は漫画のような垂直移動を見せて飛び上がった。慌てて扉から死角になる位置でぶるぶると身を震わせていると、高柳が薄く笑いながら扉を開けた。

「何か用かい?」
「こちらにサンタの服を着た男子が居ませんか?」

 聞き覚えのある声は不思議星の住人ではなく…

「コンラッド!?」
「ああ、此処にいたんですか?良かった…あなたが不審な男に追いかけ回されていると聞いて、気が気ではなかったんですよ」
「あー、助かった!これで安心して歩けるよ。なんかさ?ピンクのフリフリ服着た不気味な連中に、仲間になれって赤いフリフリ服着るのを強要されそうになってたんだぜ?」
「それは災難でしたね…折角の文化祭だというのに。すみません、ユーリ…俺があなたのお側を離れなければ…」
「いいよぅ、そんなの。仕事があるんだから、俺ばっかり守ってるわけにはいかないって!」
「俺はあなたを守ることが出来ればそれで良いんですが…」
「いや、一応生徒全員守るのが仕事でしょアンタ…」

 苦笑しながらするっと扉を出ようとすると、有利はわっしと背後から肩を掴まれ動きを止められた。

「おい、少年。約束を忘れたわけじゃあるまいな?」
「忘れたかったんですが……」

 駄目だったらしい。

 どうしようかと身じろぐ暇もなく、ぴしっと弾発音を響かせて鋭い手刀が高柳の手を払った。

「みだりに触れるな…」
「何だと?」 

 やや高い位置から見下す視線の強さは十分な闘気を孕んでいたが、向かい合う高柳はその不思議な配色の双眸を半眼に眇めて怯む色なく睨(ね)め付けた。

「お前さん達…どういう関係だ?」
「名付け親と名付け子だよ。んで、警備員と生徒」

 大変簡潔な説明に、高柳は胡乱な眼差しを送る。

「…名付け親?」

 微かに興味の色を浮かべて見開かれたヘテロクロミアは、何かを見抜こうとするようにコンラートに向けられた。

「若作りなのか…それとも……」

 それが癖なのか、高柳は左手の親指で顎を擦りながら…再びコンラートを睨め付けた。

「見てくれ通りの年じゃない……とか」

 意味深な声にコンラートの眼差しが冷淡を通り越し、厳凍の鋭さで高柳を薙(な)ぐ。

「ふん…その闘気……ただの警備員の訳がない。あんた、相当な数の人間を殺してるな?その目は…殺戮を知っている目だ」

 ぎょっとして有利が目を剥くが、コンラートの表情は変わらない。

「…元、軍人だ」
「ふぅん…そんなところだろうな。確かに、犯罪者の目じゃあない…。趣味と実益をかねて、楽しんで殺してたってわけでもないだろう。だが…闘い自体からは逃れられない宿業がある」
「あんたは占い師か?」
「いいや、歌手さ」
「ならば梢で囀(さえず)る小鳥として暮らすが良い。無用な詮索が過ぎると、舌を切られるぞ?」
「おお怖い…」

 不適に笑うと…高柳の口裂から覗く大ぶりな犬歯が、まるで噛み合わされた獣のそれのように見える。そんなところもやはり、グリエ・ヨザックに似ているようだ。グウェンダルでグリエ・ヨザック……たちの悪い組み合わせである。

「お言葉通り歌い手としての仕事をさせて貰おう…おい、お前さん…ユーリと言うのか?そろそろ時間なんだ。約束通り、一緒に舞台に上がって貰う」

「えぇー?アレ本気だったんだ……」
「ああ、こう見えても俺は歌には真剣なんだ。冗談や気まぐれで舞台を作ったりはしない」
「どういうことです?」

 後ろ手に有利を背後に庇いながら、怪訝そうにコンラートが聞いてくる。

 そこで有利は簡単に、匿ってもらった事情と歌のことを話した。

「約束は約束だし…一回だけ歌ってみるよ。ま、恥かしい出来でも文化祭の出し物って事で大目に見てくれるだろうし」

 約束破りという不名誉は被りたくないが、積極的にやりたいというわけでもない有利が不承不承そういうと、高柳の眉がぴくりと跳ね上がる。

「そうはいかん。やるからには真剣にやってくれ」
「ならばユーリが舞台に上がらなければいい話だろう?押しつけておいてどういう態度だ。ユーリを匿ったとは言っても、単に黙って此処にいさせてあげたと言うだけじゃないか?」
「お前さんには関係ないことだ」
「なんだと?」

 声の調子自体は上擦ったり激昂するということはないのだが、辺りの気温が急速に下降していくような冷感と緊張感が漂っている。

「ま、待ってよコンラッド!俺、ちゃんとやってみるから!とにかく、気持ちはちゃんと込めてみるから…それだったら納得してくれる?えと…高柳さん?」
「俺の呼び方は鋼でいい。それに、舞台の方もそれなら了解だ」
「何でユーリがあんたの名を呼ばなくてはならないんだ。親しい仲というわけでもあるまいに」

 大人げないのを自覚の上でコンラートがそう言うと、高柳の方も案の定そう感じたらしい。

「お前さん…ただ者じゃない風格の持ち主にしちゃあ……大人げないこたぁないかい?それとも、この子供とイイ仲なのか?」

 後半は少々猥雑な笑みを含ませて言ったのだが、コンラートが反応するよりも早く有利の返答が入ってしまった。

「仲は良いけどさ、子供っていうのやめてくんない?なんかサラリーマンが公園で小学生と対等に鬼ごっこ友達やってるみたいに聞こえる…。確かに俺とコンラッドはちょっと年離れてるけど、大事な親友なんだぜ?」

『この男が言ってる《イイ仲》はそんな微笑ましいモノではないと思いますが…』

 遠い目になっているコンラートに、高柳は左手で顎を撫でながら微妙に同情の含んだ眼差しを送った。

「なんやら…お前さんも大変みたいだな…」  
「…放っといてくれ……。楽しいことだって沢山あるんだ……」

 そう。有利と共に在る歓びに比べたら、有利にどこまでも《親(おや)・友(とも)》扱いされて恋人カテゴリーに分類されないことなんて…大したことではない。



 …筈である。





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