虹越え1−6−2






 有利の築いたものを何らかの形で維持・発展させようとする人々とは異なる道を、コンラートは歩んでいった。全ての官職から退き、ひたすらに旅を続けていたのだ。

 旅の目的も行く先も告げず、時折ふらりと眞魔国に現れては簡単な近況報告だけしていくコンラートは、同じように旅をしていた《アルノルドの闘い》後のように自暴自棄になっているわけでもなく、ごくごく穏やかに振る舞っていたものだから、親しい人々も殆どが、彼は王を…名付け子を失った痛手から脱したのだとばかり思っていた。

 しかしその旅が5年を迎える頃…再び眞魔国に戻った彼は眞王廟に向かい、石造りの床面に広げた布の上へ信じられない量の魔石を並べたのだった。

 これには鷹揚に寝そべっていた眞王も、傍に控えていたウルリーケも目を見張った。

『この魔石を使い、俺をユーリの元へ送っていただきたい』

 呆れたような表情の眞王とは対照的に、ウルリーケは感嘆に耐えかねたように息を吐いた。

『貴方は…まさかそれだけを心の頼みに、5年者間旅をされたのですか?』
『最初は人間の国で集めた法石で事を成そうとしました。しかし、法力使いでは有利の居場所を特定できないと分かり、魔石を集めることにしました』

 近年、地中から多く発掘されている法石と異なり、魔石を手に入れることは極めて難しい。しかも、漸く集めた魔石の数々は要素の種類を異にしており、その全てを用いて操ることの出来る人物は唯一人、全ての要素を従属させたことのある眞王だけである。

『なるほどな…魔力を失ったとはいえ、十分な魔石があればお前一人を地球に送り込むくらいなことは今の俺でも出来るだろう…だが、忘れたのか?その状態を維持することは、送り込む以上に難しいのだぞ?』

 実際、双黒の魔王と大賢者は眞魔国にいたにも関わらず、それを維持できずに要素の浸透圧とも呼べる力でもって、地球に引き戻されたのだ。 

『分かっています。だからこそ貴方にお願いに参ったのです』

 ぴくりと片眉を上げて、眞王は微苦笑を浮かべた。

『俺に、ついて来いというつもりか』
『ええ』
『…確かに、可能性はある。十分な魔石で俺がコントロールすれば、眞魔国の要素との仲立ちをしてお前をあちらの世界に居続けさせることもできるだろうよ。だが、俺が拒むとは考えないのか?俺は何しろ四千年もの間、糞忌々しい創主をまとわりつかせながら耐え忍んできたのだ。もう面倒事には巻き込まれたくない…と言ったら、どうする?』
『ですから5年間、待ちました。貴方がその状況にお飽きになるのを…お待ちしておりました』

 微笑んだその瞳の奥に、眞王だけに分かる焦燥の念が滲んでいた。

 この男は自分の真の望みを胸の奥に秘め、時が満ちるのを…その日の為の準備だけは淡々と整えながら…ひたすら待っていたのだ。

 望みが叶うという保証はなく。

 そもそも、眞王が受け入れるという確証もないのに…

 有利を想い…狂いそうになる己の精神を押さえつけて、行動を続けたのだ。

『お前は…大賢者に似ているな。実に腹黒い。俺を働かせる代償が、《退屈しのぎ》とはな…よく読んでいることだ』 

 くっくっと喉奥で眞王が笑うと、心外だと言いたげにコンラートが片眉を上げた。

『確かに俺は飽き始めている。何か面白そうな行動に出るには力を失いすぎているし、かといって気を放ち、魔石に変じてしまうにはまだこの世に未練があるからな。ウェラー卿コンラートよ。卿(けい)は俺に、此処でチェスを打っているよりも面白い人生を保証できるというのか?』

『それは貴方こそご存じでしょう?これまでもユーリの在るところ、貴方の面白がりそうな事件の種は尽きなかったではありませんか。それこそ彼の人生という名のチェスが、大きな基盤の上で動きましょう』

 眞王は破顔すると、莞爾とした笑みを浮かべた。

『はっ!やはり面白い男だな、ウェラー卿!』

 興が乗ったのか、眞王は保証してくれた。

 彼が十分と思える程度の魔石を集めれば、コンラートを地球に送り、可能な限りの時間その状態を維持してくれることを。

 そして、もう一つ興味ある提案をしたのだった。

『どうせあちらに行くのなら、この話をユーリにしてやれ』 

 そう言って語られた話は、コンラートにも意想外のものであった。

 彼曰く、創主を滅ぼした渋谷有利の魔力自体は、既に往年の眞王並の域にまで達しているらしい。しかし、彼が契約を交わしていたのは僅か1種類、《水》のみで、しかも十分にコントロールできているとは言い難かった。だからこそ、どれほど彼自身が望んでも眞魔国に存在し続けることは出来なかったのである。言ってみれば、出力の大きいエンジンだけがあってこれを走らせる機体がないか、あっても耐久性が乏しい様な状態なのだとコンラートは理解した。

 地球で渋谷有利が全ての要素とまでは言わないが、最低でも4大要素の《地水火風》と契約を交わし、コントロールすることが可能になれば空間を結び、自由に二つの世界を行き来することも可能になるだろう…。

 このことを血盟城に帰って関係者に報告すると、ギュンターが先陣を切って体制を組み、国を挙げて魔石集めを展開した。





 しかし、魔石を集めることは想像以上に困難であった。そのうち忠実を貫くあまり、魔力の強い民が我が身を魔石に変えようとするような事件まで発生し、そのような行為は控えるよう告知を出さなくてはならなくなった程である。

 事態は暗礁に乗り上げたかに見えたが、此処に登場したのがフォンカーベルニコフ卿アニシナである。

 いつもの調子で大股開きで仁王立ちした彼女が怪しい機体を血盟城に搬入してきたとき、幼なじみの国王代理は咄嗟に逃亡を企て…いつものように捕獲された。

『全く…魔石など、この執念深いウェラー卿が5年探したのですから、それ以上そうそう見つかる筈はないでしょう?此処は私の魔動装置、《ぎゅんぎゅん吸い取る君VR6今日という日よさようなら号》の出番ですね!?』

 コンラートは執念深いと見なされたことよりも、魔動装置の呼称が王佐っぽいことよりも…《さようなら》という単語と、大型洋服ダンスほどの奇妙な装置に接続された何十個というヘッドギアの存在が気になった…。

 予想通り、国王代理と王佐を筆頭に数十人の魔力持ちが集められ、おぞましい音を立てる機械に魔力を吸い取られ、既に集められていた魔石の内最大のものに魔力を凝縮することに成功した。

 思わず…目を逸らして合掌してしまうコンラートだった。

『さーらにさらにぃっ!お次は《時空の彼方に飛んでっちゃえっ!でも行き先は風だけが知っているドキドキワクワクロケット団RS》の登場ですね!』

 これも激しく洞房結節のリズムを狂わすネーミング…。ペースメーカーを入れている患者に電磁波を当てるような無体さ加減だ。案の定、国王代理が白目を剥いてしまった…。

 これまでは所詮他人事と思っていた節のあるコンラートも、直接自分の身に降りかかってきたこの災難には瞠目した。

『え…いや、その…………アニシナ、大変ありがたいんだが……その、魔石の力は十分なようだし、後は眞王陛下にお任せした方が……』
『ルッテンベルグの獅子と呼ばれた男が何を仔兎の様に怯えているのですか!?無様ですよ!』 

 無様でもなんでもいいから、風に聞かなくてはならないほど行き先不明な機械で飛ばすのだけは許して欲しい。

 此処までの5年間、コンラートが死にものぐるいで魔石を集めたのは有利に会いたいからであって、地球の大気になりたいわけではない。

『いや、使えるものは使った方が良いぞ、ウェラー卿』

 笑顔で追い打ちを掛けたのは、5年ぶりに引きこもり生活から脱却した眞王であった。

『凝縮したとはいえ、魔石のエネルギーは有限なのだ。卿とて、地球で1日でも長く存在を保っていたいだろう?』

 そう言われれば返す言葉もない。

 かくしてコンラートは腕に眞王を取り憑かせた(?)魔石を装備し、身体をピッチピチサイズのロケット型カプセルに詰め込まれ、その隙間に食料、水、軍資金代わりの金塊を填め込んで…文字通り飛ばされた。

 



 永遠とも思えるような時間を飛んで飛んで……行き着いた土地は幸いにして地球であった。

 ……が、そこは日本とは遙かに隔てられたアマゾン奥地…それも底なし沼であった。

 沼から脱し、人跡未踏の大地を僅かな食料を携えて渡りきり、電話のある土地まで出てくるまでに…1ヶ月掛かった。

 有利の魂を運んだ際に控えていたボブの連絡先は既に使われておらず、彼と連絡を取るまでに2週間掛かった。

 ただ、ボブと連絡が取れてからの展開は早かった。ロドリゲスは準備よく運転免許証からパスポートから一通り準備してきてくれた上、金塊を手際よく通貨に換金して銀行口座も作ってくれて、NASAの異文化コミュニケーション睡眠教育装置を改良して日本の言語・文化についても一晩で叩き込んでくれた。ただ、そのデータを作成したのがロドリゲス自身だというのが気になるところではある。多分に趣味の情報が多いような気がしてならない…。

 まぁ、そんなこんなで日本に入国したコンラートは、ボブに教えて貰った住所を頼りに渋谷家を探したのだが、途中の道ばたで有利の学校の文化祭ポスターに気付き、早く会いたい一心で学校まで押し掛けていったのであった。



*  *  *




「…とまぁ、こんな次第です」
「うわぁ…よく無事に此処までこれたねぇ……」

 有利は涙を浮かべんばかりに同情してくれるが、村田の方は未だ憮然としている。

「……それではウェラー卿を責めるわけには行かないね。君はひたすら渋谷に会いたい一心で此処まで来たわけだ。その熱意は素直に認めるよ。素晴らしい執念だ。君が犬なら映画の一本も撮れただろうよ」

『名犬コンラッド〜ご主人様に会いたい〜』

 そんなベタなタイトルが観衆の脳裏を過ぎる。

「お褒めに与り、光栄です」

 半眼同士の笑顔の交換は恐ろしいので止めて欲しい。

「それで?あの馬鹿は此処にいるのかい?」
「ええ、こちらに…」

 《あの馬鹿》と呼ぶ方も、それを受けてあっさり個体認識する方も如何なものかと思うが…コンラートが左腕のシャツを捲ると、蒼魔石の填った銀の腕輪が現れた。

 銀地には細かな蔓草の文様が浮き彫りされており、新たに作られたものらしくまだ鮮やかな光沢を持っている。そして大振りな魔石を一同が見守ると、すぅ…と透き通った眞王の姿が煙のように湧き出てきた。

「なんだか登場の仕方がハクション大魔王みたいだねぇ」
「大がつくのに唯の魔王よりも格好悪そうなのって不思議だよねぇ」

 大賢者と魔王の暢気な会話を気にもとめず、眞王は実体がないはずなのにどっかりとソファに腰を下ろすと、鷹揚な態度で話しかけた。

「久しぶりだな。魔王、大賢者。ああ奥方、俺には紅茶を用意してくれ」

 NASAの異文化コミュニケーション睡眠教育装置を眞王は使用していなかったのか、眞魔国語で話しかけられた美子はぽかんとして、このゴージャス美形に見惚れていた。

 それにしても、金髪碧眼に派手な鎧と羽根飾り付きマントは実に日本家屋に似合わない…。

「眞王…なんだって君は面倒事を起こすのがそんなに好きなんだい?」
「随分な言いようだな。俺はこの一途な男の望みを叶えてやっただけじゃないか」
「一途と言うか執念深いというか…まぁ、望みを叶えてやったのは構わないさ。だが、それに渋谷を巻き込むのは止めてくれないかな」
「巻き込む?可能性を示したと言って欲しいな。折角の双黒で、絶大な魔力があるんだ。活用方法があるのなら教えてやるのが親切というものだろう」
「それを巻き込むって言うんだよっ!」

 ダンッ!

 勢いよく叩きつけられた拳の衝撃で、卓上に置かれた食器類が悲鳴を上げた。

 村田自身も予想以上の力で叩きつけてしまったのか、口の端を歪めている。

「お前らしくもない…そんなに魔王が大切か?」
「ああそうさ」

 意想外に素直な返答に、眞王は眉を上げた。

「俺とお前の離れていた時間は存外に長かったと見える…そんな風に他人に心を奪われるとはな」
「渋谷は他人じゃない。例えお前が相手でも、決して傷つけさせたりはしない」

 険のある雰囲気に、事情のよく理解できない有利は小首を傾げる。

「危険って…何でだよ村田。お前、さっきからどうしてそんなにぴりぴりしてるんだよ」
「下地のない状態から要素と契約を結ぶってことは…生半可な事じゃないんだよ渋谷。僕には眞王が存命だった頃の記憶もあるんだ…眞魔国を建国した頃の自然界の要素ってのはまだ荒々しくてね。調伏しようとした眞王が返り討ちにあって死にかけたことだって何度かあったんだよ。あちらではすっかり信頼関係が出来ているから、新たに生まれた魔族が要素と契約するのも、その要素に気に入られればわりとスムーズなんだけどね…この地球で…一つの要素とも契約が出来ていない君がそれをやろうってのは、尋常なことではないんだよ」
「そ、そうなの?」

 確認するように有利が眞王を見やると、紅茶を出して貰うことを諦めたらしい彼はコンラートのコーヒーを横から飲んでいる。飲み下した液体は一体何処へ行くのだろう…。

「ああ…そうだな。感覚閾値を下げられた上で激痛を与えられたり、逆に快楽を与えられたり…要素によって様々だがな。与えられた試練に耐えて要素に認められれば契約を結べる」

 眞魔国語で交わされる会話に事情が掴めず、勝利は苛々と卓上を指先で叩き始めた。

「おい、お前ら俺達に分かる言葉で話せよ。どういう話になってるんだ?」
「ああ、友達のお兄さん。いえね?要素と契約を結ぶとなると、貴方の弟さんが六条鞭でしばかれる以上の苦痛と、極上の美女のアソコで締め付けられるくらいの快感に耐えなくてはならないという話になってます」

 村田がさらりと言うと、渋谷家の面々も血相を変えて飛び上がった。

「ろろろろろ六条鞭!?」
「美女のアソコ…って、えぇ!?」

 村田の爆弾発言は続く。

「射精さえ満足にしたことがない渋谷が、そんな試練に耐えられるかなぁ…」
「はぁぁぁぁぁっっっっっ!?」

 これには渋谷家一同だけでなく、コンラートも瞠目した。

 当の本人に至っては泡を吹いて倒れ掛けている。

「射精…いや、しかし…性交は流石になくても、夢精くらいは小学校から中学校の間に体験すると、NASAの異文化コミュニケーション睡眠教育装置で学習しましたが…」
「普通はね。それを阻害していたのは誰在ろう、この眞王陛下さ」

 人々の注視を集めても、眞王の方は平気の平左である。

「仕方ないではないか。創主との戦いまで、ユーリにはなるべく《快感》というものを感じる器官を開発して欲しくなかったのだ。奴らが人や魔族を誑し込む時の常套手段だからな」
「それで夢の中で好みの女性が出てきて良い雰囲気になっても、顔が美子さんになったり担任の男の先生になったりしたのさ」
「あー………」

 思い当たる節があるのか、有利の顔が嫌そうに歪む。

「俺…ずっと自分が異常なんだと思って悩んでたのに……あんたのせいかよ………」
「ああ、すまんすまん。だが、今はそんな魔力の余裕もないし、そもそも目的がないからやってないぞ」

 しれっとした様子で言う眞王に、悪びれた風はない。

「ユーリ…」

 響きの良い声が優しく耳元に掛けられ、大きな手がわしわしと頭髪を撫でる。

 心地よいその感触と、さらさらいう髪の擦過音で少し落ち着いてくる。

「俺は、貴方にこうして会えたことで満足です。眞魔国の人々も貴方を愛して…お越しになられるのを心から待ってはいるけれど、同時に貴方を苦しめたくないとも思っています。グウェンだって、貴方が来てくれればすぐに宰相位に戻るけれど、そのまま地球での暮らしを続けられるのなら、彼は責任持って貴方の路線を受け継いで業務を果たすつもりだと言ってくれています」

 言葉の一つ一つが、沁み通ってくるようだ。

 有利の心の負担を除き、自由な選択肢を広げてくれる。

「だから、貴方は誰かのために無理をする必要はないんです。貴方は…もう十分に我々のために力を尽くして下さったのですから…俺は、そのことをお伝えできただけでここに来た役目を半ば以上果たせたものと思っています。貴方を…あんな風に眞魔国から去らせてしまったことを、ずっと申し訳なく思っていましたから」
「申し訳ないなんて…言うなよ」

 頭に乗せられた少し冷たい手に、有利は自分の手をそっと沿わせた。

 そして、居住まいを正して眼差しに力を込めると、不安げな表情の家族と親友とに目線を向けた。

「俺…大変かも知れないけど、可能性があるならやってみたい。また色んな人に迷惑を掛けることになるし、心配も掛けると思うけど…俺、欲張りだからさ。二つの世界がどっちも大切だから…どっちの世界にも、行けるようになんて話、聞いちゃった以上はなかったことになんて出来ないよ」
「僕は反対だね」

 村田はきっぱりと冷厳な声で突っぱねた。

「村田…分かってくれよ。俺、どうしてもやりたいんだ」
「君は今の話の良いところしか汲み取っていないんだよ、渋谷。君は二つの世界がどちらも大切だと言ったね?だけどね?例え君がどんなに頑張っても、この二つの世界の間で君が違和感なく周りに溶け込めるのは数年しか許されないんだよ?」
「それは……凄く頑張って四大要素と契約できれば……」
「出来たって駄目なんだよ。要素の祝福を受けた魔族は、年の取り方が人間と異なるんだ。君は今、魔力こそ持っているが要素の祝福は受けていない。多少長生きかも知れないが、癒しの力さえ持たない今の状態なら、それほど違和感なく成長し、老いても行けるだろう。だが、一つでも要素と契約してごらん…君の老化は著しく停滞し、周囲から浮いてしまうだろう」
「あ……」
「それに、要素と契約しても、すぐにはコントロールなんて出来ない。眞魔国ですらそうだったろ?その間に君は自分の身を守りきれるかい?」
「身?え?何から?」

 ぽかんとした有利に、村田は予備呼気量一杯の嘆息を付く。

「君は既に色んな人達を魅了しているんだよ?その上、こちらの世界で要素と契約を交わすだって?それこそ複数の要素を自在に操ることが出来れば自分で自分にフィルターを掛けることも可能だろうけど、コントロール不全の状態だと、要素の祝福で君は余計に存在感が増し、鮮やかに見えてしまうんだよ?」

 苦い物でも飲み下したかのように口元が歪められ、彼がもう機嫌を装う気さえないのだと知れる。

 それほどに、怒っているのだ。


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