第二章 YーE エロいページ









 傷だらけの大きな手がさらりと黒髪を撫で上げると、形の良い額にそっと唇が寄せられる。
 少しひんやりとした感触が、じぃん…と沁み込んできた。

 乾いた砂が水を求めるように…その感触をもっともっと注いで欲しいと身体が望む。

『コンラッドの、唇…』
 
 その形状が脳裏に浮かび、それが自分の身体に触れているのだと思うだけで胸の鼓動が高まっていく。
 更に瞼を、頬を、鼻先を…微かに濡れた質感が触れていくたび、有利の中に点される灯がぽぅ…ぽぅ…っと増えていった。
 
 もどかしい位にじっくりと触れられて、焦れたように有利が手を挙げれば…それを迎えるようにして指が絡みつく。
 がっしりとした骨組みだが、形良く長いせいか優美な印象を受けるその指が有利のそれを捕らえると、すぃ…っと口元に攫っていく。

 かし…

『わ…っ』

 白い歯が有利の爪を優しく甘噛みすると、予想外に感じやすいその場所から甘い電流が流れ、ふるる…っと揺れた眼差しにくすりと艶笑を送られる。

 そのまま…さらりとした質感の舌が指の腹を舐め上げ、ボール胼胝のある掌にかしりと犬歯が立てられ…びくりと震えた手首が強く吸い上げられる。

「痕を…残しても良いですか?」
「良いよ…残して?あんたの痕…いっぱいつけて?」

 乞うように囁く声は甘く掠れ…自分はこんな時に、こんな声を出すのだと不思議な気がする。

 こんな恋をするなんて、ほんの数年前までは想像したこともなかった。
 とんでもない世界に飛ばされて、とんでもない人々に囲まれて…とんでもない美形に愛を囁かれて、とんでもない恋をした。

 想像したどんな恋とも違う辛さと…切ないほどの幸せをくれた人。

 それが、コンラッドだった。

 男前で腕っ節が強くて…世慣れた印象の彼は、初めて出会った頃には何一つ隙のない男なのだと思っていた。
 大人の男の余裕を持ち、色んな現実にぶつかってはひぃひぃ言っている有利を何もかも包み込んでくれる人なのだと…。
 彼の中に隠されている過去の傷や懊悩を、まだ何も知らなかったからだ。

 でも…今ここにいる等身大のコンラッドは、あの頃よりも更に身近で…愛おしい存在だ。

 そう…有利の存在が失われるかも知れないこと…それが、自分の手の届かないところで決定されることに怯えている彼が、愛おしくて堪らない…!

「好き…」

 声が…喘ぐように喉から漏れ出ていく。

「大好き……っ」

 切ない声音に、ちゅ…っと音を立てて上腕の内側を吸い上げていた唇が、ひくりと震える。
 伏せられていた睫がゆっくりと開かれていけば、影を帯びながら現れた琥珀色の瞳が…うっすらと水膜を帯びていることに気付いた。

「…愛してますよ。ユーリ…」
「…う〜〜……っ!」

 熱く囁かれて…もう、堪えることは出来なかった。
 有利はコンラッドを突き飛ばすような勢いで抱きつくと、身を捩って寝台へと押し倒してぱぅん…っと跳ね、噛みつくようにして唇を重ねていく。

「ん…んん……ん……っ」
「……っ」

 互いの境目が分からなくなるくらいに舌を絡め合い、口腔内に存在する構造物の全てを確認するように舌先を辿らせていく。
 まるで目の見えない者が手探りで愛し子を撫でつけるようなその仕草は、稚拙ではあるけれど…それだけに夢中な動作が互いを高めていく。

「くぅ…ん……」

 銀の糸を引きながら唇が離れたときには有利の息はすっかり上がってしまい、喘ぐようにして吸い込んだ大気がひゅう…っと喉を鳴らす。
 逸らした首筋へと素早く口吻が寄せられると、痛いほどに吸い上げられたそこには薔薇色の痕が残されていった。

 金糸の刺繍を施された襟元を手早く開かれ、現れた鎖骨をかりり…っと噛まれて《ひぁん》…っと啼けば、探し出された弱い場所を執拗に舐め上げられた。

「ぁ…あ……ゃん…っ」
「もっと…声を聞かせて?俺の中に、全部染み込んでくるように…」

 有利の身体を好きなように煽るくせに、その声は哀願するように切なく響いて胸を軋ませる。
 存在全てを確かめようとするように、剥き出しにされた上体全てに唇…舌、歯が寄せられていくと、見る間に有利の身体は喰われているかのような痕を残していく。

 コンラッドはこれまで、有利の高校生活に留意してか肌に所有の証を残すことはなかった。
 けれど、今…狂おしく伝う唇には余裕の欠片もなく、白い肌に幾ら痕を残しても満足できないように見えた。

 もっと…
 もっと……っ

 痕が一つ…二つと増えてもまだ足りない。
 もっと刻まなくてはならない。

 でも…幾ら痕を残したとしても、この身体が手の中から離れていくことに違いはないのだと知っているから…余計にその行為は狂おしさを帯びるのだろう。

「ぁ…っ!」

 感じやすい桜粒を、付け根の柔らかな皮膚ごと熱い口内へと吸い上げられれば、背筋を弓なりに反らして叫んでしまう。
 けれど…《駄目》…と続けかけた声は喉奥に飲み込んでいった。
 今日は、決して絶対に《駄目》とは言わないと心に誓っているのだ(普段だって、大体《駄目》ではないことが殆どなのだが…)。

「もっと…舐めて?あんたで…俺を、いっぱいにして…っ!」
「お望みのままに…ユーリ…っ!」



*  *  *



 
『まだ…足りない』

 白いシーツの上にしどけなく伸ばされた肢体に、幾度唇を寄せても…咲き誇る華のような痕がコンラッドを満足させることはなかった。
 時には歯列を寄せて強く噛みつき、その痕跡を紅く残すこともあったけれど…血の滲むそこを舐め上げれば、口内に滲む鉄の味に有利の痛みを感じてしまう。
 
 有利は今日、決して《嫌》とか、《駄目》といった否定の言葉を吐かない。

 寧ろ、積極的に腕を伸ばし…身を寄せて、互いの隙間を少しでもなくしたいみたいに擦り寄ってくる。

 いつもいつも、傍にいられればいいのに。
 何もかもがぴたりと合わさっていられればいいのに…。

「あ…っ!わわ…っ」

 するりとズボンを引き下ろすと慌てたようにわたわたと下肢が動き、ぎゅう…っと瞼を閉じて両手で顔を覆ってしまう。まだ直接的な刺激が少ないせいか、ちょっとしたことで我に返ってしまうらしい。

 抵抗を受けずに降ろされたズボンの下では、可愛らしい花茎が小さな布きれを押し上げていた。
 お馴染みの黒い紐パンは既に部分的に色彩を変えており、ぐぃん…っと引き延ばされた布地の横から濃いサーモンピンクをした花茎が姿を見せる…。

「嬉しい…もう、こんなに感じていてくれたの?」
「うん…。あんたに…そこ……」

 つん…っと布地越しに先端部分を指でなぞれば、じんわりと濡れた感触が広がっていく。
 
「ここ…どうして欲しい?」

 言いにくいことを分かっていて悪戯な囁きを寄せるが、今日の有利は大盤振る舞いをしてくれるらしい。

「舐…めて……。お願い……っ。あんたの、舌で………」

 羞恥に真っ赤に染まった顔…首筋…全てが愛おしい。
 誘われるままにしゅるりと紐を解けば、ぷるんとした質感の先端と…若い茎が勢いよく揺れた。

「はぁ……っ」

 ぬぷりと先端を口内に含み、ちろちろと鈴口を弄りながら茎を包み込む手を上下していくと、溢れてくる液は量と濃度を高めていき…恥ずかしげに寄せられる内腿は、薔薇色に染まってコンラッドを締め付けた。

 そのまま舌技の限りを尽くして舐めしゃぶりながら、垂れてくる唾液と粘液の混ざったものをマシュマロのような袋に擦りつけ、ふにふにと掌の中で転がしていく。

「ぁん…っ…そこ、もっと……っ!」
「ええ、幾らでもしてあげる。あなたの望む愛撫を…何もかもしてあげたい」

 慣れた動作で寝台脇の棚からオイルを取り出すと素早く栓を開け、口淫を続けながらも《ぬるる》…っと色づく蕾へと塗り込めていく。

「んふ……くぅん……」

 ぬる…ちゃぷ……
 くちゅ…ちゅ……

 ぬるついた水音が喘ぎ声とのハーモニーを奏でれば、口内で限界近くまでそそり立つ花茎が決定的な刺激を求めてふるる…っと水滴を零す。

 華が昆虫を求めて蜜を零すように…とろとろと零れてくるそれを強く吸い上げ、勢いよく茎を擦り上げた瞬間…くりゅりと肉粒を擦ることで開放を促す。

「はぁぁ……ぁあ…あ……っ!」

 背を弓なりに反らしてあえやかに嬌声を上げる身体が可愛くて愛おしくて…涙が出そうになる。


 無事に…眞王を正常化させることが出来るのだろうか?
 空間を飛んでいく途中で撃墜されるのではないか…。
 荒れ狂う人間達の直中に突き落とされるのではないか…。
 
 ああ…人間達の手に落ちれば、双黒の有利が唯ですむはずがない。
 美貌を惜しまれ、慰み者にされるくらいならばまだ良い方だ。

 酷い場合は呪わしい存在として虐殺されるか、あるいは不老不死の妙薬として文字通り《喰われる》か…。


『……怖い……っ!』


 恐怖で叫び出してしまいそうな衝動を、すんでの所で食い止める。

 行くことを認めたのはコンラッドだ。
 コンラッドが認めたからこそ、有利は後悔を抱えずに旅立つことが出来るのだ。

『ああ…俺は弱い…。哀しいくらいに弱い男だ…っ!』

 有利の枷にならぬ事を自分に課しながら、それでもなお望まずにはいられない…後悔と不安によって、有利が言を違えてくれることを。

『やっぱり怖いよコンラッド、俺…行くの止めるね?』

 不意に、そんなことを言い出してはくれまいかと…あり得ない可能性を求めて浅ましい心が揺れる。

 彼の恐怖を誘ったらどうだろう?

『沢山の男達に来る日も来る日も犯し続けられるかも知れませんよ?』
『生きたまま身体を引き裂かれて、少しづつ食べられていくかも知れませんよ?』

 きっと、彼は怯えるだろう。
 旅立つまでの毎日を悪夢に魘され、ふと思考がそこに及んだ途端に泣きそうな顔をすることだろう。

 言うか…
 言うまいか…

『言えるわけ…ない……』

 だって、有利はそれでも決意を変えない。
 泣いて喚いて怖がっても、それでも…彼は必ず行くだろう。

 彼が救いたいと思う者達を護るために。

『俺は…そんなユーリを愛してしまったんだ』

 辛くて怖くて寂しくても、コンラッドは旅立つその刻まで…繋がったこの指が引き離されるその瞬間まで、有利を少しでも笑顔で居続けさせるために励まし、笑顔を送り続けるだろう。

『大丈夫、きっと上手く行きます』

 自分自身が一番信じ切れなくて、こんなにも恐怖に怯えきっているくせに…!

「あ…ぁ……っ…やぁ……コンラッ…っ!」

 気が付けば、有利の蕾はどろどろになるほど解きほぐされ…挿れて欲しくてしょうがないのに、それを口にできない唇が戦慄いていた。

「ユーリ…入れてもいいですか?」
「お願い…頂戴……?」
「ええ、差し上げます。俺を…何もかも……」

 コンラッドは身に纏っていた軍服を手早く脱ぎ去り、有利の身体を包み込むようにして覆い被さっていく。
 その体躯で、何か大きな影から隠してしまおうとするように…。

 熱く熟れた肌にコンラッドの胸筋が寄せられれば、少しひんやりとした感触が心地よいのか…《ふわぁ》…っと息を吐いて有利の腕が背中に絡みつく。

 そのまま胸を密着させた状態で下肢を抱え上げ、つぷりと蕾へと雄蕊を押し当てれば…それだけで熱い粘膜どうしの接触が有利を高ぶらせる。

「息…吐いて……?」
「ん…っ」

 呼吸を合わせて《ぐぷ》…っと雄蕊が入り込めば、流石に先端の太い部分を持て余して有利が喉を反らせる。
 白く細いそこはあえやかに伸ばされて…誘われるようにして上体を伸ばしていけば、角度の変わった挿入に有利は更に嬌声を上げる。

「ひぅ…だ……め…っ」
「すみません、ユーリ…ここも舐めたくなって……」

 ぺろりと舌を這わせると、首筋の肌は見る間に上気して淡紅色を呈し、暫く放置していた桜粒へと漸く唇を寄せれば、きゅうぅっと合わせ目が収斂する。

「そこ…囓って……っ」
「痛いくらいに?」
「うん…ぅ……っ!」

 このような悦楽を覚え込まされてからというものの、有利は少し痛みを覚えるくらいの性技で深い快感を得られることを知ってしまった。
 特にこの桜粒への責めには弱く、焦らされていたせいもあって直接的な刺激を求めてしまう。

 カリ…っ

「ひぁああ……っ!!」
「凄い…締め付けて、気持ちいい…っ」

 きゅるうぅ…っと絞られるような肉壁の動きにコンラッドが喘ぐと、有利はシーツの上で淫らに蠢いた。

 それでも、たっぷりと塗り込めておいたオイルのお陰で動けないほどではない。
 コンラッドは腰を使って激しく肉筒を突き上げていくと、有利が最も感じやすい肉粒を潰すような動きを見せて、一気に情欲を迸らせた。

「ぁあああん……っ!!」
「はぁ…あ……っ!」

 そのまま…動きを止め、有利の肉壁が《ひく…ひくぅ…っ》…と、快楽の中で淫らに蠢く様をしみじみと感じる。


『あなたを…全部飲み込んでしまえたらいいのに…』

 コンラッドは幸福の中に滲む、寂寥を噛みしめた。
 閨ではどんなに自在に啼かせることが出来ても、日常生活の中ではそうはいかない。

 この存在が…コンラッドの知らないところで失われるかも知れない。
 ついていきたい…彼の、盾として死にたい。

 けれど、コンラッドが有利を思うように…有利もまたコンラッドを想い、死なせたくないと思っている以上…それは足枷にしかならない。
 安易に《有利のため》と思ってすることがどれほど彼を傷つけることになるのか、もう身に染みて知っているのだから…コンラッドは、彼のためにこそ身を惜しまねばならないのだ。

『僕なら渋谷のブースターになれる。だが、君ではブレーキにしかならないんだよ』

 あれは、あまりにも鋭すぎる言葉だった。
 けれど…やはり現実なのだ。

 甘い微電流によってくたりと脱力している身体を優しく抱き込み…ゆっくりと締め付ける力を増やしていれば、ぴたりと合わさった身体に焦れたように有利が動き出す。

 それが切なくて…哀しくて余計に強く抱き込めば、離れようと足掻いていた腕は戸惑い…逆にするりとコンラッドの背に回されると、強く抱き寄せてきた。

「ユーリ…?」
「俺…死なないからね」
「……っ」

 気持ちを読み取られていたのだろうか?

 …そうなのだろう。

 こんな時だけは酷く敏感な有利の心が、コンラッドの痛みを感じていないはずがない。

「必ず…あんたを呼ぶ。だって、俺はあんたが居ないところで死んじゃうなんて嫌だもん。俺は我が侭だから…絶対にしたいようにするんだ」
「その我が侭でしたら、どうか貫いて下さい。俺を、あなたの傍に居させて下さい…っ」

 ぎゅうう…っと痛いくらいに合わさる二人は隙間もなく密着し、重ねられた唇は更に間隙を失わせようとするように…息苦しいほどに交わされる。



 生きて…必ずまた共に在るのだという望みを確認し合うように…。



  



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