「大人の階段」@




 飴色からチョコレート色のグラデーションを描く卓上に、殆ど液状化してしまった蝋燭が灯り、ゆらゆらと風に揺れるたびに映し出す影を変えていく。

 卓上に飲み干された杯が置かれると、客の一人が席を立とうとした。
 
 周囲に置かれた空き瓶の数が信じられないほど、男に酔った風はなく…眦と頬に幾分紅が差す程度だ。だが、微かに滲む程度の酔色であっても、その双弁は怖気をふるうほどに美しく、艶かしい…。

 先程から周囲の目線を集めている男はだが、自分の容貌にはとんと無頓着な様子で、共に呑んでいた男の眼差しが示すものにも関心はなさそうだった。

「おい、まだ宵の口じゃねぇか…もう少し付き合えよ」

 席を立ちかけた男の袖を掴めば、不機嫌そうな眦が氷のような切れ味でヨザックを睨め付ける。

 ぞくりとする背筋は恐怖ではなく、むしゃぶりつきたくなるような美貌への欲望を感じている。沸き上がる唾液を飲み込めば、喉から獣じみた音が響いた。

「…まるで飢えた獣のようだな、グリエ・ヨザック。随分と余裕のない貌をしていると、自覚出来ているか?」

「あれだけの量、呑んどいて…涼しい顔をしてられるあんたの方が余程の変態さ」

 攻撃性の神経機能が昂進しているせいだろうか?粘つくような唾液が口内に絡まり、ヨザックの言葉にぬめるような響きをもたらす。

「途中から分かってたんだろ?レイルタートが入ってるってさ…」

 レイルタートとはかなり上質の媚薬で、無味無臭に近いことから気付かれずに飲食物に盛るにはうってつけの代物だ。その分お値段の方もかなりのものだが、腕っこきのお庭番がその給金をつぎ込めば買えないことはない。

『俺も出世したもんだねぇ…』

 昔はよく品質の悪い媚薬を使って、一口含んだ途端に意味ありげな眼差しで睨め付けられ、コンラートに注いだ分まで呑まされて、独りでさかっている様子を嗤われながらセックスしたものだ。

 そこそこ金回りが良くなってきて、ヨザック自身の手管も上達してくると、時々は余裕無く媚態を晒すコンラートを楽しむことも出来るようになってきたのだが…ある日を境に、ぱたりとその機会はなくなった。



 言うまでもない…あの方が現れてからだ。



 渋谷有利…天真爛漫で元気いっぱいの少年。

 初めて見たときには、苛立ちのあまり唾を吐きかけてやりたくなった。

 何も知らなくて、甘ったれで…それでいて理想ばかり大きくて。

 なにより…国の英雄、いや…ヨザックの輝ける星を、そのありがたみも知らないくせに、当然のように独り占めしていた。

 今なら分かる。あの苛立ちは、嫉妬から出ていたものなのだと。

『どうやって傷つけてやろうか』

『何も知らないこの身体を蹂躙してやって…擦れちまったこのガキを見せたら、この男はどんな貌(かお)をするだろう?』

 だが…獣性を帯びた凶暴な意志に気づきもせず、少年は無防備にヨザックの懐へと飛び込んできて、貴重な魔剣の石を預けてくれた。

 《ヨザックに預ける》と…どんな気持ちであの時、少年が口にしたのかは分からない。

 だが、あの瞳に湛えられていたのは、ヨザックがそう思いこんでいたような単純なものではなかった。

 単に天真爛漫なだけではなく、あの瞳の中には相手の汚さや計算、狡さというものが見えていて、それでも《託したい》という信念の色があった。

『ああいうのを、王器っていうのかね…』

 物凄く久し振りに掲げた敬礼は、形だけのものではなかったと思う。

 込み上げるような歓喜が腹の底でふつふつと湧いた。

 この国が…輝かしい方向に進んでいくのではないかと予感したからだ。

 あの時確かに、ヨザックは有利に誓った。この方に王としての器があり、その器を自ら磨いていく限り、裏切ることはすまいと…。

『でもねぇ…シモの方のお付き合いくらいは融通きかしてくれたって良いじゃん…』

 勝手な言い分だと分かってはいるのだが、実際問題として…馴染みの酒場で昔通りの雰囲気になった時、このウェラー卿コンラートという男の持つ魅力に抗いがたい誘惑を感じてしまうのは仕方のないことだと思う。

 本気であの子どもから奪おうと思っているわけではないが、昔馴染みの身体を時々は摘み食いしたい。勿論…気づかれてしまっては有利が傷つくだろうから、決して気取られぬように二人きりの秘密の夜を過ごせばいい。

 誘いに乗ってくれたのはそういうことだと認識していたのだが、コンラートの方はそうではなかったらしい。

『そう言う意味なら来なかった』

 そう言いたげな眼差しと、疑いもせずに空けていった杯が…ヨザックの想いが《なかったこと》と認識されていたことを証明していて、ぐらりと腹が煮えてくる。

「…あんまりじゃねぇ?せめて…こういう関係があったってことくらい覚えとけよ。本当に欲しいものが手に入ったら、俺は用なしって訳かい?」

「まあな」

 さらりと言い捨て、袖を引き離す男が憎らしいほど綺麗に嗤(わら)う。

「そう言う意味でお前と付き合うことはもう無い。他を当たれ」

「当たってるさ。それなりに楽しんで、馴染みの奴もいる。だが…あんたほどの味の奴はそうはいない」

 不意に一夜を共にしたくなった時にも困らない程度には、セックスフレンドも確保している。けれど、今夜はこの男が欲しくて堪らないのだ。

「おい…」

 強く掴まれた手首をかえそうとするのを許さず、壁に追いつめるようにして酒臭い息を吐きかけ…口づけんばかりの距離まで詰め寄ると、刃物のような切れ味を持つ瞳が冷たく一閃した。

「何処に行こうってんだ?お前のことだ…あの坊やをそりゃあ大事に抱いてんだろう?もうおねむの坊やの布団を捲って、サカった逸物をぶち込むなんて非道は出来やしねえんだろう?それなら…このまま上の階にあがるだけで良い。俺が良いようにしてやるぜ?」

「断る。もう俺は、ユーリを裏切る気はない」

 ぴくりとヨザックの眉が跳ねる。

 確かに…コンラートがシマロンに渡っている間、最も傍にいて彼の苦悩を見詰めていたヨザックとしても、有利が傷つく姿を見たいわけではない。

 あの頃はまだ、セックスなどという行為自体に殆ど知識がなかった有利も、今ではそれなりに場数を踏んでいるから、ちょっとしたコンラートの仕草や薫りから、性交の痕跡を認めないとも限らない。だが…

「裏切りなんて…あんまり大きく考えるもんじゃねぇよ。たかだかセックスじゃないか」

「たかがセックスと思うなら、お前こそ他を当たればいい。代わりのきかないものだと思うからこそ執着するのだと分かっているのなら、二度と俺に手出しをするな」

 怒っているような…それでいて、労るような声だった。

 次第に熱を持って来る身体は甘い怠さに蝕まれていくだろうに、コンラートは頑として譲らず、店を出ようと歩を進めていく。

「…くそ……っ!」

 こうなったら強引にでも攫っていくか…。

 ヨザックがそう考えかけたとき、店の外から聞き覚えのある声が響いた。



「もー、だから俺はそういうのは良いんだって!あのね?俺はコンラッドを捜してんのっ!」

「だから、こっちの店だって言ってるだろ?案内してやるから一緒に入ろうぜ?」

「やだやだ!絶対嘘だーっ!あんたやる気満々にチンコ膨らましてんじゃんっ!」

「いい目してんじゃねぇか坊や。おじさん、意外と良いモン持ってるだろ?たっぷり満足させてやるぜ」

「やだやだやだーっ!」



「ユーリ…っ!」

 悲鳴に近い声がコンラートの喉から迸るのと、俊敏に身体が動くのは同時だった。

 戸口を捜す間も惜しいのか、腰にかけていた剣を手首をかえす一閃だけでふるうと、建て付けの甘い飲み屋の窓は見事な斜線を描いて切り取られ、飛び出すような勢いでコンラートは通りに姿を現す。

「コンラッド!」

 歓喜を浮かべた声が、愛らしく響く。

 間違いない…やはり、有利だ。

 地味な灰色のフードを目深に被っては居るものの、形良い鼻やまろやかな頬、ふっくりとした下唇、華奢なラインを描く細い顎が丸見えでは意味が無かろう。類い希な美貌を誇る有利を手に入れようと、声の主である男だけではなく、複数の男達が有利を取り囲んでいた。

「ひ…っ!」

 媚薬のせいか、殺気をコントロールすることの出来ないコンラートが怒りのままに男達を睥睨すれば、恐怖に打ち震える男達は転ぶようにして逃げ出していく。

 酷い者はそのまま腰を抜かしてしまい、訳の分からない言葉をぶつぶつと繰り返していた。軽い錯乱を起こしているのかも知れない。



*  *  *





「ユーリ…何故こんな場所に一人で…っ!」

 怒りにまかせて強引に有利の手を取ると、そのまま衆目に晒すのも惜しいとばかりに、引きずるようにして宿の裏手に回り込んだ。

 興味深そうに覗き見しようとしていた連中を剣と視線で威嚇すると、更に積み上げられた箱の影へと有利を引きずり込んで、肩をきつく掴んで責め上げた。

「あの連中の目を見ましたか!?あなたを欲しがって…淫獣のようにぎらついていましたよ!?」

「ごめ…俺……コンラッドがどうしてるかなって思ったら、なんか…たまんなくなって……」

 見たこともないくらい恐ろしい貌で睨まれ、鋭い声を浴びせられたせいだろうか、怯えきった仔兎のように首を竦めた有利は、瞳を潤ませてコンラートを見上げる。

「……っ!」

 興奮しきった身体に、その映像は残酷なまでに魅惑的だった。

「コン…っ?」

 戸惑う舌を攫うように噛みつくような口吻を与え、そのまま嬲るようにして強引に…甘く、獰猛な舌遣いで口内をまさぐっていく。

 舌が痺れるほどにきつく締めあげたかと思うと、喉奥の襞をちょろりと掠め、柔らかな頬肉を吸い上げ、歯肉をなぞる…。口全体が性器であるかのように交わされる激しい口吻に、触れあうだけの小鳥のようなキスしか知らない少年はあっという間に意識を混濁させてしまった。

「んん…くぅん……」

 口角から溢れる唾液に頬を濡らしながら、酸欠と感覚氾濫の波から抜け出そうと息継ぎを求める有利は、いつの間にかはだけられた胸元や裾から手を差し入れられ、胸の突起を捏ねられても抵抗の意図を示すことさえ出来なかった。

 薄暗い裏通りの燻るような匂いの中で性急に求める内、この状況の異様さに気付いたのはやはりコンラートの方だった。

「…すみません…っ!」

 銀色の糸を引きながら唇を離し、表通りから投げかけられる微かな明かりに照らされた有利の瞳が戸惑うように濡れている事に気付いた瞬間…コンラートはギリギリの所で欲望の矛を収め、掴んだ肩をゆっくりと離していく。

「城まで…送ります」

「コン…ラッド……どうしたの?なんか…苦しそうだよ?」

「なんでも……」

 《ありません》と、最後まで言葉を連ねることは出来なかった。

 頭上からひゅるりと絡みついた革様の紐が有利に絡みついたかと思うと、その身体は一気に引き上げられたのだ。

「ユーリ…っ!」

「コンラッドーっっ!!」

 何が起こっているのか理解出来ずに叫ぶ有利は、そのまま建物の二階に引きずり込まれてしまう。

「おーい、隊長。こっちにおいでぇ〜」

 窓から顔を覗かせたのは、グリエ・ヨザック。

 軽い調子で呼ばわる彼の腕の中には目を白黒させている有利がおり、逞しい上腕二頭筋や腕橈骨筋に囲まれて溺れそうになっていた。

「この…っ!」

 回り込むのも面倒で、建物の壁面に取り付けられた雨樋に爪先が引っかかるのを確認すると、勢いよく三段跳びに雨樋の留め具を蹴りつけながら、一気に窓の高さまで来るとひらりと部屋の中に突入した。

「お見事!」

「ヨザ…これは一体どういうつもりだ…っ!?」

「どういうつもりって、こういうつもりさ」

 有利が引きずり込まれた部屋はいかがわしい雰囲気の寝室で、派手さだけが売りのピンクのサテン地が安っぽい光沢を呈している。部屋に置かれた植物も淫らな印象の南国の草で、極彩色の緑の中に毒々しい華が咲いていた。

「いつも使ってた部屋じゃねぇか。懐かしいだろ?」

 ヨザックの言葉に、ふるりと有利の瞳が揺らいだ。



「やっぱり…コンラッド、ヨザックとエッチするつもりだったの?」

  

 思いがけない言葉に、コンラートは瞬間…息をすることも忘れて有利を凝視した。

「な…にを……」

「今日…ヨザックと飲みに行くって聞いたときには、邪魔しに行くつもりなんてなかったんだ…。友達との付き合いも大事だし、ヨザックと…二人きりじゃないと話せないこともあるよなって…。でも…でも、兵隊さんが話してたのが聞こえたんだ…。コンラッドは…ヨザックと昔恋人同士だったから、今日もしっぽりやるつもりなんだろうって…そしたら、じっとしてられなくなって……」

 伏せられた瞼から、ほろりころりと涙が零れていく。

「ゴメン…ゴメンな…コンラッド……。俺、ガキだから…あんたのこと、満足させられなかったんだろ?俺…あんたと恋人同士になれたってことだけで浮かれて…当たり前みたいにやって貰ってばっかで…全然勉強しないから、呆れちゃったんだろ?」

「違います!俺は、あなたと抱き合えるだけで十分に満足なんです!今日もヨザとは単に飲みに来ただけで…」

「…で、油断して、媚薬盛られても当分気づかなかった…って訳ですよ坊ちゃん」

「ヨザ!」

 ヨザックがニヤニヤしながら腕の中の有利に囁きかけるものだから、コンラートは自制も忘れて剣の柄に手を掛けた。

「おっと…乱暴は止めてよね、隊長…。坊ちゃんだってもう子どもじゃないんだ。中途半端にほっとかれるよりも、本当のことを知ってどう判断するか、待っても良いんじゃねぇの?ねぇ、坊ちゃんもその方が良いでしょ?」

「うん!俺…知りたいよ、コンラッド…!」

 真摯な眼差しが真っ直ぐにコンラートへと注がれる。

「頑張るから…セックスの特訓するから!」

「ユーリ…」

 くらりと目眩を感じながら、コンラートは嘆息する。

 こんな所にまでスポ根を発揮しなくても良いではないかと思うのだが、そこがまた彼の良いところでもあるのだ…。

「ねぇ、坊ちゃん。隊長の名誉のために言うと、俺と隊長は確かに昔デキてたけど、恋愛感情ってのは無かったんですよ。それに、坊ちゃんとそーゆー仲になってからは、少なくとも俺とは一度も寝てない。これは誓って言えますよ?」           

「本当?」

「ええ、本当です。でも…一方でね、俺が隊長の身体に味をしめちまって、他の奴じゃあ満足出来なくなる夜がある…てのも本当のことなんですよ。だから、今夜は酒を飲みながらこっそり隊長の酒に媚薬を入れて、自分でも呑んでるって訳です」

「……っ!びびひ…媚薬って…あの、凄くエッチしたくなるっていう伝説の薬!?」

 目をまん丸にしてどもる有利に、思わずヨザックも吹き出してしまう。

 なんともかんとも…こういうところが可愛くてしょうがないのだ、このお人は。

「…伝説ってぇほど珍しいもんでもありませんけどね。おかげさまで隊長は、今すぐにでも突っ込みたいくらい滾ってるってわけですよ。それなのに、欲望のままに坊ちゃんを抱けないのは、まだ子どもなあなたを傷つけたくないからですよ」

「俺…もう子どもじゃないよっ!えええ…エッチだって、何回もやったもん!」

「じゃあ…大人の階段、登っちゃいます?」

「登る登る!登攀しちゃうよ俺!!」

「ユーリ!そんな約束してはいけませんっ!!」

「やだ!」

 思いの外強い調子で有利が反抗する。

「だって、コンラッドはいまの俺とのエッチじゃとても満足出来ないんだろ?媚薬呑まされて苦しんでるあんたも受け止められないなんて…それじゃ、恋人だなんて言えないよ…っ!」

 ヨザックの腕を振り払い、有利はコンラートの元に駆け寄ってその身体を抱きしめた。

「俺は、あんたとちゃんと恋人になりたいんだ。その為の特訓をヨザックがしてくれるって言うなら、受けて立つよ!」

 胸にすり寄る熱い体温と…首筋から薫る覚えのある体臭…。どんな媚薬よりも芳しいそのにおいに煽られ、コンラートは誘惑に抗しきることが出来なくなってきた。

「良いんですか?ユーリ…」

「良いったら良いの!俺が言い出したんだもん!」

「そんじゃあ坊ちゃん、大人のプレイ…やっちゃいますか?」

「おう、どーんと来いっ!」

 勢いよく胸を拳で叩く有利を止めることは、もうコンラートには出来なかった…。



*  *  *

  



 薄暗い部屋の中に、ゆらりと灯火が揺れると…その度に新たな薫りが部屋に満ちていく。

『あの蝋燭にも、媚薬の効果があるな?』

 コンラートは鼻腔を擽る薫りにくらりと目眩を感じながら、濃い芳香に酔いそうになるのを意志の力で食い止める。既に呑まされた分だけでも十分にきつい状況ではあるのだが…。

『ユーリが自分から言いだしたこととはいえ…ヨザの行為がいきすぎるようなら止めなくてはな…』

 既に、かなり行きすぎた状況ではあるのだが…。

 部屋を桜色に染める明かりはほんのりとシーツを照らし、大きいだけが取り柄のベッド上にしどけなく横たわる少年を照らし出した。

 有利の手首は頭上で緩やかに拘束され、その目元には細身の黒布が掛けられて視覚を奪っている。下肢は拘束されてはいないものの、身につけているものが黒い紐パンだけという心許ない状況に、有利は羞恥に駆られてもぞもぞし続けている。

 腰の後ろに大きな枕を二つほど重ね、後ろにもたれ掛かるようにして半座位になるような体勢は不安定で、閉じようとする膝を《開けておいて下さいね》と注意されるたび、おずおずと開くのが愛らしい。

 うっすらと上気した肌は白く、視線に晒されて戸惑うように泡立っている様子がいっそう艶めかしく映った

「うー…目隠し、どうしてもいる?」

「ええ、見えないとなると他の感覚が敏感になりますし…それに、俺の指か隊長の指が分かんない…ってのもオツなもんでしょ?」

「オツかな〜…」

「文句言うなら止めますか?大人の階段登るの」 

「うぅ〜……登る…」

 唇を尖らせて有利が決意を示すと、ヨザックはくすくすと笑いながらコンラートにオイルを手渡した。

 栓を開けて《くん》…っと嗅ぐコンラートの鼻面に、微かな皺が寄る。

『おい…ヨザ……これは』

『こいつはそんなに強いモンじゃないって。分かるだろ?まだまだ経験が浅い坊ちゃんのことだ。こういうものの力でも借りないとはっちゃけ切れねぇって』

 このオイルもまた、媚薬効果をもつものだ。一体どれだけ仕込んでいたというのだろう…。

「本当に良いんですね?ユーリ」

「良いって!ささ、遠慮無くどーんっとプレイしかけちゃってよ」

 力強く言ったものの、すぐに声が自信なげなものになってしまう。

「て…あ!ひょっとして俺も能動的にやんないとマズイ!?へ…下手かもしんないけど、チンコ嘗めるだけならできるかも…」

「お、良いんじゃないですか?ねー、隊長。しゃぶられたことまだないんでしょ?」

「……」

 嘆息しながらも前立てをくつろげれば、天を突く勢いの雄蕊が下着を弾くようにしてぴょこりと顔を出す…。

「ひょー、いつもながら良い反りだね。俺がしゃぶりたいくらい」

「えー!?そんなエライことになってんの!?み…見たい様な見たくないような…」

「見たこと無いんで?」

「お恥ずかしながら…いつもはいっぱいいっぱいだったから……」

「へぇ〜…?そんなんでちゃんとしゃぶれるんですか〜?」

 敬語のくせにニヤつくような響きを持つ声に煽られると、有利はカチンときたのか不満げに唇を尖らす。

「初めてだけど、頑張るもんっ!コンラッド…きてよ…っ!」

 お口を《あーん》とあけてちいさな舌を突き出す有利は、あどけないのに…何処か背徳的な魅力で男達を誘った。この行為が、こんな無邪気な少年には相応しくないものだと分かっているのかいないのか…おそらく、分かっていないからこそこんなにも大胆に、男のものを人前で銜えられるのだろうか。

「いきますよ…ユーリ。苦しかったらすぐに言って?」

 膝立ちでベッドの上にあがり、有利の口元へと欲望の高ぶりを押しつけていく…。

「はぅん…」

 勢いよく《きて》と言ったくせに、いざ唇に濡れた肉が触れてくると、目に見えて有利の背筋が跳ねた。

 けれど、そんな自分を鼓舞するように眉根を寄せると、自ら顔を前進させてゆっくりと…舌先を鈴口へと割り込ませるように伝わせていく。

「…っ!」

 拘束され、目隠しされた少年に肉棒を嘗めさせるという背徳的な光景に、コンラートの腰もびくりと震える。昔は当然のように耽溺していた妖しい夜のなかに、久し振りに身を浸していく快感が五感を目覚めさせていくようだ。 

「くん…む……気もひ…いぃ?」

「ええ…とても……」

 甘く掠れる声が嬉しかったのか、にぱりと微笑んで唇の中に亀頭を含み込んでいく有利…。

 無邪気で…そして、淫猥なその姿にぞくぞくとした悦楽が男達を震わせた。 

『へぇ…』

 こういうところが、夜の帝王と謳われた男を独占出来る所以なのだろうか?

 半ば感心しながらヨザックが見守る中で、有利は拙いながらも自分がされていたことを辿るように肉棒を含み、吸い上げ…竿の部分もぺろぺろと仔猫のように舐め上げて雄蕊を育て上げていく。

「…っ!」    

そんな有利の身体がびくりと跳ねたことで、コンラートは他者の存在をやっと思い出した。

「ヨザ…!何をしている…!?」

 ヨザックはコンラートの脚の間から這うようにして有利の大腿を抱え込むと、紐パンを突き上げて震えている花茎に舌を絡めていたのだ。

「教えてあげてんだよ。ねー、坊ちゃん。俺がやるようにすれば、隊長も悦びますよ」

「…ふぉんと?」

「ほんとほんと」

「んむ…」

「く……っ」

 リアルなナビゲーションを受けて、有利の舌遣いが変わる。

 巧みさを増した唇も舐るように粘膜を伝い、喉奥近くまで雄蕊を含み込んでは、えづきそうになりながらも懸命に咽頭を収縮させて欲望の頂点を引き寄せた。

「も…駄目です。ユーリ…このままでは……」

「ひぃよ…このまま…」

 逃げようとする腰を、ヨザックにも捕らえられてしまったことで、コンラートは堪えきれずに有利の口内へと欲望を放ってしまう。

「ひぅ…ぁああん……っ!」

 ヨザックにそれほど弄られたわけでもないだろうに、コンラートの痴態に煽られていたのだろうか…同時に頂点を迎えた有利は自分の白濁で下着と腹を汚し、含み切れなかった恋人の滴りを顔一面に受けてしまう。

「ぁ……ぁ…あ……っ」

 びくびくと震えながら悦楽の余韻に浸る少年はあでやかな淫艶を帯び、全身に浴びた男の欲望さえも、その魅力を増す修飾となってしまう。  

「ひゅー!綺麗なもんだねぇ…。いやらしくびくびくしてさ、こっちも物欲しそうだ…」

「ひぅ…っ!」

 紐パンをわざと蕾に食い込むように引っ張られ、そのついでに萎えた花茎の先をぐりぐりと弄られては、感じやすい有利はひとたまりもない。あられもない嬌声を上げてシーツの上をのたうってしまった。

「夜はまだまだこれからですよぅ、坊ちゃん…まだ、こっちに欲しいでしょ?」

 花茎の先端へと、くすくすと嗤うヨザックが悪戯を仕掛ける。
 感じやすい場所に厚めの唇を押し当てられれば、有利は口角から涎と白濁とを零しながら…こくこくと頷くしかなかった。





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