「緑澤ラ・クレール・ハイツの恋人」-2

コンラートside-3
21時40分、有利とコンラートは寝室にいた。
22時就寝の筈だったのだが…気持ちが高まり過ぎて、時間までもたなかったのである。
『日が暮れるまで待てただけ偉いよ俺…』
ベッドに横たえた有利の指先を唇に含むと、カリ…っと爪を甘噛みする。
「コンラッド…」
「可愛い爪だね」
「切りすぎて深爪だよ?」
「俺だって、結構そうだよ?」
《ほら》、と差し出した指は有利のものに比べると長く、節くれ立っているものの、爪の先はきっちりと切りつめた上、丁寧に角を取ってある。角は少し残した方が綺麗な指の形になると聞いたが、そんな見てくれ上の配慮をしていたのは有利と付き合う前までである。
何故きっちりと切りそろえるようになったかと言えば…少々口に出して説明するのは恥ずかしい。
『ユーリの粘膜に、傷を付けそうになってしまったからな…』
初めて出会ったとき、コンラートの爪はまだ少し長かった。勿論清潔にはしていたのだが、媚薬の効果でぬるぬるになっていたとはいえ、やはり柔らかな腸管に幾度か爪が引っかかり掛けて焦ったのだ。
決して、コンラートと繋がる行為によって有利を傷つけたくなかった。
それが彼と会えない間にも、万が一逢瀬を迎えた瞬間のことを思って爪を切るようにした。
パチン…パチンと切り落としていく過程そのものが有利と自分と結びつけていくようで、感傷的に過ぎるなと思いながらも口元が綻んだ。
ささやかな日常の中で紡がれる一瞬一瞬が、とても愛おしい…。
有利は両手でコンラートの右手を包み込むと、器を試すがめすするように角度を変えて覗いたりしながら、そっと唇を寄せて人差し指をカシリと噛んだ。
「爪…気のせいかなぁ?最初に会った時って…もっと長くなかった?」
「…っ!覚えているのかい?」
「うーん…そうだったような気がするんだよね。白鷺線で吊革持ってた時に、手首の腱の感じと、爪の形が格好良いなぁ…って思ったんだ」
《マニアックなんだけどさ》…と、頬を淡く染めながら有利は苦笑する。
自分が少し小柄なせいか、長身で引き締まった体つきのコンラートに初見の時から興味を惹かれていたらしい。
「そのぅ…。俺、あんたとこういう事になるまで男の身体に欲情するとか、間違っても無かったんだよ?でもさ、シャツネクタイごとを緩める手の感じとか…凄くマニアックなところにドキドキしちゃってたんだ」
有利が喋るごとに頬が染まっていくのが分かる。
彼の頬もだが、コンラートの頬も実感として熱い気がする…。
寝室の電気を豆電球にしていて本当に良かった。
いい年をして、こんな純情ぶりを晒すことになろうとは思いも寄らなかった。
「だいすき…」
ちゅ…っと手の甲にキスをしてから、有利はぼすんと胸に飛び込んできた。
回収した右手と、シーツを握っていた左手を頬に添えてやると、ぽぅ…っと発赤した皮膚温が、体温の低いコンラートには燃えるように熱く感じられる。
「俺も大好きだよ…ユーリ」
どうしてこんなに愛おしい君に出会えたんだろう?運命の女神は嫉妬深いと言うけれど、男同士だと親切になるのだろうか?
唇同士を合わせて、呼吸を奪うように舌を絡めていけば、自然な神経感覚器系の伝播が全身を満たしていく。
媚薬による奔馬のような快感とは違い、等身大の甘さとまろやかさをもった感覚が心地よい。触れ合う心地よさが、身体だけでなく精神にまで伝わっていくのだろうか?
するりとパジャマの裾野から右手を忍ばせ、くり…っと桜粒を弄れば、感じやすい身体がぴくん…っと若鮎のように跳ねる。そのままくりゅりと二本の指で擦り続ければ、有利の両手がそろそろとパジャマを引き上げて自分の胸を薄闇の中に晒した。
ぽちんと朱をまとう突起が、白い肌の上で浅く速く揺れている。
「舐めて良いの?」
「お願い…」
掠れる声がふるる…っと夜気を震わせると、伸ばした舌先でとろりと唾液を絡めていく。柔らかい舌背の上で、次第に硬く…こりっとした質感を帯びたものがころころと転がり始める。
「ん…んん…っ…」
かしりと甘噛みすればぴぃん…っと背筋が跳ね、さりげなく背中に手を回して促すと、そろりそろそろと上体がベッドに倒れていく。《ほ…》っと息をつく有利の腹筋に舌を這わせ、ゆっくりと舐め下がっていけば、ここまで協力的だった有利の手が下肢に纏うパジャマを掴む。
「手を離して、ユーリ」
「う…ぅん……」
指を舐めてかしかしと前歯で噛むと、ゆっくり指がパジャマから離れる。
隠されていた前立て部分は…既に硬く勃ち上がり初めて、先走りの液を滲ませているようだった。
「キスと胸だけで感じちゃった?」
「い…言わないで…っ!」
「俺だってそうだよ?」
「本当?」
膝立ちの状態で、する…っと下着ごとパジャマを降ろせば、恥ずかしいくらいにいきり立った雄蕊がぬらりと濡れた光沢を纏って宵闇にひかる。
精神的・視覚的な興奮だけで、自分がこんなに感じてしまう身体になるとは思わなかった。本当に、有利といると知らなかった自分に沢山会えるようだ。
「大きい…」
「改めて言われると照れちゃうな」
くすりと笑っていたコンラートだったが、その口元がぴくんと跳ねる。
上体を起こしてきた有利が誘引されるようにして雄蕊へと唇を寄せてきたのである。
ちゅ…
ちゅく……
まだ覚束ない所作ながら、恥ずかしさに目を閉じながらも懸命に愛撫を深めていく彼が愛おしい。
ぬるぬると舌先を鈴口に辿らせ、裏筋を舐めあげ…指も絡めて上下に擦ってもらうと、硬く痼った海綿体と張りつめ始めた皮膚とが焦りつくような摩擦を生じて、コンラートの息が甘くとろけていく…。
「気持ちいぃ…」
「あんたの声…色っぽい……」
呟いてから、きゅう…っと吸い上げられた雄蕊が危うく弾けそうになってしまい、慌てて律すると、体勢を入れ替えて有利の下肢を抱え込む。
「しゃぶるの…やだった?」
「ううん、とっても気持ちよかったよ?でも…苦いからね」
そう言うと、ベッドサイドから取り出したゴムを手早く雄蕊に絡めて行く。淡いピンク色になった性器は見ていて少々恥ずかしいが、有利の中にあまり精液を放つと負担が大きそうなので、基本的にはコンドームを装着するようにしている。
けれど…どうしたものか、有利はじたばたと脚をばたつかせて身を起こすと、折角填めたゴムをぷるんと外してしまう。
「どうしたの?」
「あ…あの…さ、コンラッドのちんこ…直接感じたいんだけど……」
《ダメ?》…なんて、上目遣いに聞かれて《ダメ》と答えられる奴がいたら見てみたい。
勿論、コンラートは鏡を見て《ほほう》と言うわけには行かなかった。
ベッドサイドに再び伸ばした手は個別包装のパッケージではなく、綺麗な瓶詰めのオイルを取り出す。
「お尻出して?」
「う…うん!」
薄闇の中で白く映える双丘の谷間に、掌で暖めたオイルをたっぷりと垂らしていけば、ぬるりとした蜂蜜色のそれで固く閉ざした蕾を濡らしていく。ここだけは自然に潤むというわけにはいかず、十分に濡らしてあげる必要があった。
ぬち…
ぬるる…
「んん……っ…」
シーツに埋めた口元からあえやかな声音が響く。心地よいと言うよりも、多少違和感があるのだろう。これは仕方のないことだ…本来は排泄器として用いられている場所を暴かれ、性器として変えられていく過程は、どうしたって受け手の有利に負担を掛ける。理性を飛ばす媚薬を用いていないのならなおさらだ。
それでも、有利は媚薬成分の入ったオイルを用いることを拒絶した。
『あんたに貰ったそのままを、俺は感じたいんだよ』
静かな決意を語る有利は、肉体よりも精神の違和感を非としたのだろう。
「もう…いいかな?」
「うん……」
こくんと頷いた有利の蕾に裸身の雄蕊を宛い、ぬるぬると亀頭部分を燻らしてからゆっくりと挿入していく。
「んく…っ…」
きゅう…っと締まりかける蕾に苦鳴を漏らしそうになるが、腹を打つ勢いで勃起していた花茎に指を絡めることで緩衝していく。
「入っ…た……」
「あ…コンラッド……っ」
まだ馴染みきっていない後宮を燻らせるような動きで宥め、少し引き戻して肉粒を探しだし、くり…ぐり…っと抉りながら有利の快感を煽っていく。
* * *
『コンラッドが…入ってくるぅ…っ!』
コンドームを付けてくれた方が、後で身体が楽なことは経験で知っていた。
それでも敢えて素肌を求めたのは、コンラートの肌合いをどうしても直接味わいたかったからだ。
立派な変態さんの仲間入り…と言われそうだが、ただ気持ちが良くなるだけよりも、より密接にコンラートを感じたかった。
ぬめる粘膜同士の接合はお腹の中を直接かき回して、最初の内はどうしても違和感があるけれど…次第に、次第に…身体の奥底に灯が点るようにして快感が目覚めていく。
「ぁ…あっ…ぁあ…っ!」
揺すられ、突き上げが激しさを増すに連れ…一体感を伴った摩擦が有利を狂わしていく。上がる嬌声ははしたないくらいに淫らなものに変わっていくが、それでも良いのだ…コンラートは普段の有利を十分に知っていてくれるし、今は誰も見ていない。
二人だけの秘め事なら、どんなに乱れたっていいのだ。
「ぁああんん……っっ!!」
どくん…っとコンラートの手の中で花茎が爆ぜ、収斂した肉筒の最奥に熱い迸りが放たれる。
長い腕がくるりと上体を包み込むと、じわりと沁みるような悦楽と共にコンラートの汗ばんだ肌が感じられる…。
気持ちいい。
気持ちいいと思うことを、肯定できるのが何よりも嬉しかった。
『だってこれは、コンラッドと俺が二人で作り出した快感だもの…』
気持ちよすぎて声に出すことは出来ないけれど、コンラートには伝わっているような気がした。
だって、背中に擦り寄るコンラートの口元は、微笑んでいるような気がしたもの。
おしまい

あとがき
「普通のエッチに挑戦する白鷺線のコンユ」というお題を受けたとき、「む…難しいな!」と感じてしまいました。
何しろシリーズのコンセプトが「媚薬」と「変態行為」なのもありますが、描出力の問題で、「ささやかな日常」を読み応えのある話にするのは実はかなり難しい…。
北○マヤも高校で「女海賊ビアンカ」の後に「通り雨」という平凡な女の子を主役にした一人舞台をするときには「難しいわ…」って言ってましたしね。
なので、結局「面白い」という話になったかどうかは閲覧者様の決めることですが、書き手としてはいつもいつも気の毒な目に遭わせている二人に、心おきなくイチャイチャさせてあげられたので由とします。
次に書くとしたらまた変態コンセプトに基づいたものだと思うのですが…(ごく一般的な感覚を持つコンユが、否応なしに変態セックスに巻き込まれていくのが個人的にはツボなので…)呆れずにお付き合い頂ければ幸いです。
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