「真冬のマーメイド」−5









『綺麗だ…』

 白いシーツの上でくたりと脱力した恋人の裸体に、コンラートはうっとりと見惚れていた。
 身体中至る所にキスや甘噛みの痕を残し、《貪り尽くした》という印象もあたえるものの、どこか清廉さを残しているのは、やはり健康的な表情のせいだろうか。

 《思いっ切りやりました》と言いたげに、満足げな顔をした有利は気持ちよく疲れ切って眠っている。

「ん…」
「…!」

 寝返りを打った拍子にしなやかな下肢が開き、濡れきって脱力している花茎と共に、未だバイブをずっぷりと銜え込んでいる蜜壺があった。慌てて引き抜くとごぷりと大量の精液が溢れ出てくるが、そこが閉じているという感じはない。試しに指を入れていけば、奥には濡れた真珠のような子宮膣孔がある。

『あれ…?他は男の子の身体に戻ってるのに、ここだけどうして…』

 変わり際に名残惜しくてセックスしたせいで、何か不具合が出たのだろうか?性交の興奮に浸っている間には我欲だけで有利を求めてしまったが、落ち着いてくると有利自身の事が気に掛かる。

 色々と変態さんな部分はあっても、基本的にコンラートという男は有利をまず第一に考えるのだ。

「そういえば、アニシナの薬とか言っていなかっけ?」

 この辺りの大学でとんでもない研究をしていると言えば、親戚筋に当たるアニシナ・フォンカーベルニコフ女史以外には考えられない。有利に説明されたときにはされど頃ではなかったが、彼女の発明だとすると、かなりの危険性があるのではないだろうか?

 さぁ…っと血の気が引く音が聞こえた。

 元々はドイツの大学で研究を続けていたアニシナは、画期的なのだが、多分に倫理上の問題がある研究を度々していたせいで居づらくなり、日本に渡ってきたといういきさつがある。

 確か以前も親族の集まりで、コンラートの兄に対して朗々と《先進国の少子化問題を解決する為の優れた研究をしているのです。どうです、協力してみませんか?》と語りかけて、嫌そうな顔をされていた。

『ま、まさか…』

 この薬も女体になっている間に受精が成立したら、そのまま女性器だけは維持されるなんて作用なのでは…。

 そうだったら嬉しい。
 だが、有利の身を思うと、本当に少年である彼がそんなことを受け入れられるのかどうか分からない。

『万が一、産みたくないと言い出したら、堕胎させるべきなのか…』

 一瞬脳裏を掠めた予測に、目の奥が熱くなる。
 嫌だ。そんなのは絶対に嫌だ。

 幼い頃から家族との結びつきが薄く、父が亡くなった後には殆ど他人の中で暮らしていたコンラートにとって、《名付け子》である有利はいつだって特別な存在だった。

 《お嫁さんにもらって》というお願いに執着していたのも、彼と家族として確実に繋がっていたいという気持ちがあったのかもしれない。

 その彼の中に、有利とコンラートの結びつきによって宿った命なら、何としても守りたい。

『産んで欲しい…』

 ぺたんこのお腹に手を当てて、コンラートは苦悩する額を有利のそれに押し当てた。

「ん…コンラッド。どうしたの?」
「ユーリ、もしも…俺の子を宿すようなことがあったら…」

 《どうしたい?》と聞きかけて、コンラートは言い方を変えた。
 有利もコンラートも、相手を思いやっているつもりで堂々巡りを繰り返し、危うく関係を崩壊させてしまうところだったのだ。

 やっと誤解が解けて結ばれた二人にとって今一番大事なのは、信じることではないだろうか?

 そう思ったら、言葉は自然に変わった。

「産んでくれないか?」
「うん。俺も…産みたい」

 ほわりと笑う有利は、初恋が実ったことで高揚する気分から、あっさりと認めているのかも知れない。それでも、迷いなく断言されたことにコンラートは安堵していた。

 本当にそんな夢のような事が起こるのだとしたら、今度こそどんなことをしてでも有利を信じて、守り抜こう。

 深いキスをかわしながら、コンラートは心に誓っていた。



*  *  * 




 年が明けて、そろそろ2月に入ろうかという時分、渋谷家には客が訪れた。
 昨年の夏頃、近所に引っ越してきた昔馴染みコンラート・ウェラーだ。高級マンションを購入しているという彼は勤め先も立派なもので、銀行員である渋谷勝馬は彼のおかげで得をさせて貰った取引が既に結構ある。息子のうち、次男の有利もすっかりお世話になっていて、彼が家庭教師を務めてくれているせいか、2学期の成績は目覚ましい成長を遂げていた。

「おう、コンラートじゃないか。どうした?今日はそんなに畏まった出で立ちで」

 コンラートは普段から小綺麗な服装をしているが、今日は特に気合いが入っている。明らかにおろしたてと見られるスーツは上品なオートクチュールと思しき品で、小脇に抱えた大きな花束やケーキ、何故か有名貴金属店の可愛らしい紙バッグなどお土産を携えている。

「結婚式か何かの帰りか?」
「いいえ、ショーマ。今日伺うと約束をしたでしょう?」
「ああ、そりゃあ…」

 確かに約束した。
 しかも、珍しく《家族全員で》という注文を付けてきたから、コンラートとはあまり仲の良くない勝利もブーブー言いながら居間で珈琲を飲んでいる。何とか言う趣味の集まりの為に秋葉原に行くと言っていたのだが、有利がどうしてもと頼み込んだので、仕方なく在宅しているのだ。

「うん、まあ用事があるのならあがれよ」
「お邪魔します」

 はにかむような微笑みを浮かべたコンラートは、どこか初々しい雰囲気を漂わせており、纏う香りも爽やかで、傍にいるだけでキャーキャー言う女の子達の気持ちも分からないではない。

 居間に通されたコンラートはそつなく花束とケーキを美子に渡したが、何故か貴金属店の紙バッグは自分で持ったままだった。てっきり貰えるものと思っていた美子も、ちょっと訝しげだ。

「本日はお忙しい中お集まり頂き、まことに恐縮です」
「おいおい、一体どうしたんだ?本当に妙だな」
「こいつが変なのはいつものことだ」

 端然と構えて礼をするコンラートに勝馬は戸惑い、勝利は何時の通り悪態をついた。

「本日は、折り入ってお願いがあって参りました」

 コンラートが間合いをとって重々しく告げると、知らず、渋谷家の面々も息を呑んでしまう。ただ事ではないらしいと言うことだけはやけに伝わってくるのだ。
 ただ、完全に伝わっていたわけではなかったらしいということは、次の瞬間に分かった。

 全ての予想の斜め上を行っていたからだ。

「どうか…ユーリ君を、俺にください」

 しぃん…

 期せずして、居間に沈黙が降りた。

「ええと…え?何?今日はエイプリルフール?」
「まだ1月です。お義父さん」
「おとうさん〜っ!?」

 どっと背筋に脂汗が浮いてくる。
 佳い男なのにどこか変わっていて、妙に渋谷家の次男を可愛がってくれる男だとは思っていたが、まさかこんなことを真顔で言い出すとは!

「ユーリ君が5歳の時にかわした約束通り、お嫁に頂きに来ました」
「いやいやいやいや!ご、5歳って!」
「ああ、そういえばお別れの時にゆーちゃんがわんわん泣いて、お嫁さんにしてって言ってたわねぇ!」
「馬鹿かお前ーっ!!そんな約束なんか反故に決まってる!何処の世界に5歳の戯言を真に受けて、嫁に取ろうとする男がいるかーっ!!」
「ここに」
「開き直るなーっ!!」
   
 コンラートと渋谷家の応酬に、ローテーブルの上のカップが珈琲を入れたままちゃぷちゃぷと揺れ動く。

「親父、お袋、兄貴…頼むよ。俺も、コンラッドのお嫁さんになりたいんだ…!」
「はーっ!?」

 真摯な顔つきをした有利の発言によって、とうとう全てのカップが横転して珈琲を卓上にぶちまけてしまった。

「あらあら、大変!」

 色んな意味で大変なことになっている渋谷家の中で、更に衝撃波が飛び交う。

「俺…コンラッドのこと大好きなんだ。あ、愛しちゃってんだよっ!」
「ばばば…馬鹿か有利!そんなのは一時の気の迷いだ!お、男同士で結婚したからって何がどうなるってもんでもないだろ?」
「なるもんっ!だって、俺はコンラッドと家族になりたいんだ!生まれてくるこの子と一緒に…」
「きょえぇえ〜っ!?」

 さす…っとお腹を撫でる有利に、流石の美子までが素っ頓狂な声を上げた。

「想像妊娠ってやつかしら?」
「違うよ!ほら、昨日ちゃんとエコー写真撮って貰ったんだ!」

 有利が取りだしてきた写真には、暗い空間の中にぽつんとちいさな小エビみたいなものが映し出されている。それは確かに、4週〜6週程度と思しき胎児の姿だった。

「これ、俺の子宮の写真だよ?」
「子宮って、おま…っ!」

 ぱくぱくと開いた口が塞がらない勝馬達に、コンラートが掻い摘んで事情を説明してくれた。
 たったの一錠で性転換できる薬というのも凄まじいが、息子が女体化してコンラートとセックスしたという事実にも激しく動揺してしまう。

『う、うちの息子が婚前交渉した上に、妊娠!?これってデキ婚ってやつか!?』

 《そんなふしだらな!》と叫ぶにしたって、状況が突飛すぎる。

「大事な息子さんに手を出したばかりか、妊娠させてしまったことは大変申し訳ないと思っています。ですが、どうか結婚を許してもらいたい…!ユーリも子どもも、俺の命よりも大切にしますから、どうかお願いします…!」
「お願いだよ、親父、お袋、兄貴!順番は変わっちゃったけど、俺…どうしてもコンラッドと結婚したいし、この子を産みたいんだ!」
「順番とかなんとか言う問題じゃ無いだろぉっ!?」

 半狂乱の勝馬や勝利を取り残して、いち早く冷静さを取り戻したのは美子だった。

「本当に産む気なの?ゆーちゃん」
「うん!」
「妊娠とか結婚って、おままごとじゃないのよ?好きってだけじゃあどうにもならないことだってあるし、特にゆーちゃんの場合は男の子なのに妊娠って事になると、マスコミとかに嗅ぎつけられないようにしないといけないわよ?学校だって辞めなきゃいけないかも」
「それでも良いよ。だって、折角宿った命だもん…!コンラッドの子どもだもん…!絶対、産みたいよ!」
「だったら、しっかりと覚悟を決めて、それを保ち続けなさい?」
「お袋…」
「ママはいつだってゆーちゃんの味方。それだけ忘れずに、花嫁修業についてきなさい?」
「うん…っ!」

 勝手に丸く纏めた美子と有利が手と手を取り合って美しい親子愛を見せつける中、コンラートはそっと貴金属店の紙バッグから天鵞絨張りのケースを取り出すと、きらきらと輝く蒼い宝石の填った指輪を取りだした。サファイヤ…いや、この輝きはブルーダイヤだろうか。コンラートの気合いの程が伺えるランクの指輪だ。

「指に填めちゃうと思い切って動いたりできないだろうから、胸にかけられるように鎖も買ったからね」
「嬉しい…俺の大好きな蒼だー!」

 絶対宝石の価値など分かっていない有利は、多分コンラート貰ったと言うだけで有頂天になっていた。

 その幸せな顔を見ていると、他のことなど《まあどうでも良いか》という気分になるのだから、やはり勝馬も大した親馬鹿なのである。勝利はまだぎゃーぎゃー騒いでいるが、その内どうにかなるだろう。

 だって、有利の幸せを祈っているのは全員一緒なのだから。



 こうして、真冬のマーメイドは無事に王子様と結ばれましたとさ。



おしまい



あとがき


 色々と目測を誤りながら突き進んだ結果、なんか色々とはき違えたまま終わりました。
 あれ…何時の間にデキ婚話に…(汗)

 リクエスト頂いた趣旨と随分離れてしまいましたし、ジャグジー温泉の吹き出し口で苛められる有利は書きたいので、またどこかで使わせてください〜。