「お庭番の観察記録」
〜 夜ヴァージョン@ 〜




※たぬき缶内「漫画短編置き場」の「お庭番の観察日記」1〜6の続きです。











 グリエ・ヨザックは煩悶していた。

 先程から彼の脳裏には幾つかの要素が浮かび、それらがグルグルグルグルルと飛び回っては彼を惑乱させているのである。

『隊長…まさか、坊ちゃんに無体な事なんかしてないよな?』
『あのウブそうな坊ちゃんのやらしー写真なんか撮って、猊下を挑発したりしないよな?』
『嫌がる坊ちゃんを《夜の帝王》の最終奥義、花鳥風月円舞絶倫超動腰使いなんかであんあん言わせてるトコ、あの機械で撮ったりしないよな…?』

 《しないよな》…と言っている割りに、夢想空間に出現する魔王陛下はあられもない姿になっており、申し訳ないくらい恥ずかしいところをねろねろにされてコンラートに突き込まれている。

『うわ〜…』

 もはや、否定しているのか期待しているのか自分でも分からない。

 気が付くと、そろりと自室を飛び出して駆けだしていた。
 行く先は一つ、魔王居室……ではなく、アニシナの実験室だ。

 こんな時にも用意周到なのがお庭番の性(さが)というものか…ヨザックはアニシナに頼み込んで(現在の上官をこっそり売って…)、対コンラート用気配消しを手に入れたのであった。



*  *  *





『なんだ…別にそんな雰囲気じゃないな……』

 アニシナ特製気配消しマントは実に効果が高く、有利は全く気付く気配もないし(←日中、あれだけ周りで騒いでいても気付かなかったくらいだから当然と言えば当然だが…)、コンラートでさえ警戒の色は微塵もみせなかった。

 それでも、真っ正面に出て行くのは逆に勇気が要るもので、ヨザックはこっそり寝台の下に隠れていた。

 夕食後、有利は湯を浴びたが便乗してコンラートが《突撃★陛下の浴室!ポロリもあるよ》な撮影を決行することもなければ、無警戒極まりないバスローブ姿の有利を下方向から舐め撮りすることもない。

『ふーん…心配して損したかな?』

 果たして、《損をした》と感じているのは心配したことなのか、心配していたことが実現していなかったからなのか…。
 ちょっと微妙な心地だ。

 しかし、ふと話題が《年齢》に差し掛かると…コンラートは妙にしおらしげな仕草で愁いを帯びた眼差しを見せた。
 武人らしく逞しいのだがどこか線の細い彼は、不意に寂しげな表情を見せると途端にえもいえぬ色香を纏ってしまう。

 案の定…経験値の低い有利などは一発で捕まってしまった。

「コンラッド…どうしたの?お腹痛い?冷えたのかな?」

『坊ちゃん…その男は半分腐ったものを食べても《熟している》なんて言いながら平気で平らげる男ですよ?お上品な顔してる癖に結構悪食ですよーっ!!』

 ヨザックの突っ込みが有利に伝わることはない。
 …というか、人が落ち込んでいると必ず《お腹が痛い》なのかこの方は…。

「いえ…ただ、急に気に掛かってしまって…。俺は、地球年齢で言えばユーリのひいお爺さんでもおかしくないような年齢でしょう?どうしても嗜好や考え方が年寄り臭い気がして…ユーリの恋人として釣り合わないような気がしてきたんです」

『………はい?』

 ヨザックの下顎がぱこーんと下垂する。
 恋人?…どこまでやってる恋人なんだろう?

「何言ってんだよっ!と…年の差なんて関係ないって、いつもあんたが言ってることじゃん!」
「ですが…俺の嗜好を聞いたら、ユーリは呆れてしまうかも知れません…。若い方には分かっていただけないかも…」
「言ってみなきゃ分かんないだろ?つか、シコーってなに?メニュー?」
「それは至高ですね。俺が言いたいのは嗜好です。好みのことなんです…。時々、自分でも呆れるくらい年寄り臭いな…と思うのですが、大好きなものがあって…ああ、でも…恥ずかしいな…呆れられたりしたら…」
「もーっ!焦れったいなっ!早く言ってみなよっ!!」
「実は…用意してあるんです」

 コンラートが取りだしたものは茶色い小袋。
 その中から出てきたものは…ふりっふりのレースをあしらった淡いパールピンクのエプロンと、葉っぱの緑と本体のオレンジが鮮やかな人参であった。
 その後、小袋を逆さにして振るとふわふわの白いうさぎ耳と、いつもの黒紐パンのお尻にウサ尻尾がついたものが出てきた。

 これは、いわゆるひとつの裸エプロン…?
 しかも欲張りなうさぎさん仕様……?


「…………………え?…………」


 有利の目が、点になった。


 ひゅるぉおぉ〜……ぅ……

 何やら妙な風が、二人の間に吹いた。
 ヨザックの前もそよそよと吹き抜けていく。

『隊長…一体ナニ考えてんだよあんた…それ、年寄り臭いとかいうより…』

 《オヤジ臭い》…て、いうんじゃあ……。

 二人の想いが伝わっているのかどうなのか、コンラートの眼差しは《ふぅ》…っと、翳りを帯び、相対的に上気した頬が恥じらいを示す。
 
「すみません…こんなの……年寄り臭いですよね?」
「そ…そんなコトないヨっ!」

『坊ちゃん、声が上ずってマス……』

「い、今はアキバ系が逆にお洒落とかいうしっ!えと…あの、き…着てみるね!?」

 頬を真っ赤に染めながらも、コンラートの瞳が哀しみに染まるのが堪らなかったのか…有利はわたわたとバスローブをはだけ、用意されたグッズを着込んでしまう。

『坊ちゃ〜ん…』

 ヨザックはついつい服の裾で涙を拭ってしまうのだった。


「わぁ…っ!ユーリ…なんて愛らしい…っ!」
「いや…その………」

 コンラートがはしゃぐのも無理はない。
 有利がふわふわの真っ白なお耳を揺らし、恥ずかしげにエプロンの裾で腿を隠す様はギュンターの失血死とグウェンダルの悶死とヴォルフラムの憤死を招きそうな程の可憐さであった。

「ほらほら、自分でもご覧になって下さい…!」
 
 いつになくうきうきした様子のコンラートが壁づけの大鏡を持ち出すが、有利は真っ赤になってぴょこたんと飛び上がってしまう。

「ややや…やめてーっ!は、恥ずかしいよ…っ!見たくない〜っ!!」

 朱に染まった顔を両手で覆ってしまう様が、また犯罪的な可愛らしさで…こっそり見ているヨザックは困ってしまう。

 だって…典型的な《頭隠して尻隠さず》なのだ。
 
 顔を覆って背を向け、前屈みになった有利はふくふくとした尻尾ごとちいさなお尻を突き出す形になってしまうのだ。
 すんなりとした脚が剥き出しとなり、極めて目に毒な光景が広がる…。

「すみません…また、調子に乗ってしまいましたね…?」

 しょんぼりとしょげ返るコンラートだったが、今度はその落ち込みも長くは続かなかった。

「そうだ…!良い考えがあります」
「ナニ?」

 きょとり…と小首を傾げる仔うさぎさんのような有利に、瞳を輝かせてコンラートが提案する。
 
「目隠しをしてしまいましょう。そうしたら、ユーリは恥ずかしくないでしょう?」 
「え……?」
「ささ、どうぞ」

 何て準備が良いんだ…と言うより……

『あんた…それ、準備してたろ…!?』

 コンラートは小脇から黒布を取り出し、手早く有利の目元を覆ってしまった。

 そして、コンラートは更に小脇から何かを取りだした。






 それは………ヨザックが巻き上げられた、例の《機械》であった……。 






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