〜エピローグ〜











 橙色の日差しが強く瞼を刺激する。

 有利はふぅ…っと浮き上がるようにして意識を覚醒させると、自分の全身が重怠く…それでいて、甘く痺れたような心地よさに包まれているのに気付いた。ただ、身を起こそうとすればずきりと後宮にひきつれたような痛みが奔り、本来の排泄器に自分がどんな負担を掛け…そして、掛けられたかを自覚して真っ赤になる。

「目が醒めた?」

 コンラートは、少しばつが悪そうな顔で有利を覗き込んでいる。

 彼は脱衣所で有利の身体を拭っている最中で、当然…彼も有利も全裸である。

 恥ずかしさに身を縮めればコンラートの瞳が柔らかく微笑み、籐編みの籠から真新しいタオルをとると、そっと下半身に被せてくれた。

「怠いと思うけど、少し我慢してね。すぐに水気を拭ってベットに連れて行ってあげるよ」

「…ベット?」

 ちょっぴり心配そうな有利の口調に、くすりとコンラートが微笑む。

「媚薬はすっきり抜けちゃったみたいだね。でも…大丈夫。こういう言い方も何だけど…ベット以外の所で相当してしまったからね。ベットは、休むために使おう?」

 その言葉に、ますます有利の頬は熱く火照るのだった。

『……確かに。すっごい…いっぱいしたもんな……』

 玄関先で幾度も突き上げられ、一度抜いてベットに向かおうとしたが力尽き…もとい、欲望に耐えきれずソファで始めてしまい、体位を変えながら感じやすい場所を丹念に探し出され…そして、身を清めるつもりで入った風呂の中でも繋がってしまった。

 もう、自分の身体に感覚がないのが媚薬のせいなのかコンラートのせいなのか分からない…。

 相撲取りなら《ごっつぁんです》とでも言いたいところだろう。

『でも…俺、媚薬は多分抜けちゃったんだろうけど…コンラッドに触られるの、気持ちいいや』

 朦朧とするまで有利を翻弄し続けたのと同一人物とは思えないくらい、コンラートは欲望の色を拭い去った…実に爽やかな仕草で有利に接してくれるせいもあるのだろうが、抱き上げてくれる彼の腕や、胸元に頬を寄せると仄かに薫る彼独特の良いにおいがとても心地よくて、うっとりと緊張を緩めてしまうのだった。



*  *  *


 

 ベットに運ばれてからも蕩けるような幸せを味わい、やれスポーツドリンクだ温かいココアだ軽食だと細やかに気を使ってくれるコンラートに甘えきり、有利は幸せな居心地の良さを味わっていた。

 この部屋に入ってから交わしていた会話の通り…やはり、コンラートと過ごす時間はとても心地よいもので、水に潤された大地のように満たされ…すくすくと愛情という名の若木が育っていく。

 触れあう指先の感触にも…はにかみながら交わす、まだぎこちないキスも…何もかもが幸せで、愛おしい…。

『あー…むっちゃ幸せカモ……』

 バカップル街道一直線な有利の心地を無視して、その時…凄まじい勢いで携帯電話が振動を始めた。有利が辛うじて持ってきた学生鞄の中である。

「うぉ…そ、そう言えば今何時!?」

「ええと…7時、かな?」

「うぁっちゃああぁぁ………」

コンラートが素早く鞄を取ってきてくれたが、その中から取りだした携帯には夥しい量の着信&メール履歴が入っていた…。行為に没頭している間はマナーモードに入っていたせいで気付かなかったらしい。

 そうだ…そういえば、コンラートは会社に欠勤を知らせていたが、有利はそれどころではなくて学校には何も知らせていない…。そして、渋谷家では夕食時になっても帰ってこない息子に心配をしているはず……。下手をすれば、クラスメイトなどに連絡して学校に行っていないのも知られているかもしれない。

 わたわたとお手玉状態で携帯を手にし、通話状態にすれば…案の定怒り心頭に達した渋谷美子が甲高い声を上げていた。

「んもぉぉぉーっっ!!ゆーちゃん、どういうこと!?いつまで経っても帰ってこないからお友達に電話してみたら学校には行ってないって言うし!ゆーちゃん、いま何処にいるの!?」

「う…お、お袋……」

 顔色を白黒させたり赤青させたりしつつ動揺していると、横から伸びた手がすいっと携帯を取り上げてしまう。

「失礼します、マダム…。シブヤ君をお預かりしておりましたコンラート・ウェラーと申します」

「こ…コンラッド!?」

 聞き慣れない男の声に、すわ、誘拐かと息巻く美子をスマートにいなし、コンラートは見事な説明を施した。

 彼曰く…通学の途中に気分が悪くなり、吐いてしまった有利をコンラートが介抱したのだが、傍に付き添っている間に有利の《悩み事》を聞き…親身になって話している間に時間が経過してしまったのだと…。

「お母様には大変なご心配をおかけしてしまい、申し訳ありません…。ですが、実は俺にはシブヤ君のくらいの弟がいるのですが…生国であるドイツで生活しているせいで殆ど会えません。ですから、シブヤ君と話しているとまるで弟といるような心地がしてしまい、時間を過ごしてしまいました」

 弟…。

『あんた…弟みたいに思ってるヤツとセックスしちゃ駄目だろ……』

 方便とは知りつつも、有利の頬はぷくっと膨れるのだった。

 しかし、コンラートの方は立て板に水…余程こういう説得になれているのか、響きの良い滑らかな声音で実に誠意ある話しぶりをするのであった。

「シブヤ君…成績のことと、趣味の野球の両立で随分と悩んでいると聞きました。そこでお母様に相談なのですが…。俺は、現在は会社員なのですが、実は教職もとっているんです。もしよろしけれは、週末にでも家庭教師としてシブヤ君のお世話をさせて頂けませんか?…ああ、勿論お題など結構ですよ!教えることは仕事にしたいくらい好きだったのですが、家庭の事情でどうしても今の業務に就かざるを得なかったので、シブヤ君のような素直な男の子に色んな事を教えてあげられるのは、寧ろ俺の方が礼をしたいくらいで…」

 まっさらなオトコノコに色々エロエロなことを教えてあげられ……。

 何だか妙な変換をしてしまって、一人で顔を赤らめてしまう有利だった。

「ええ…はい、勿論です。それではお言葉に甘えて、シブヤ君を明日の朝までお預かりしてよろしいでしょうか?はい…はい、ええ。明日の夕方、シブヤ君と一緒にお家に伺いますよ。カレーですか?大好物です。ご馳走になります」

 その後もひとしきり楽しげな会話を交わした後、コンラートは電話を切り…にっこりと微笑んで携帯電話を返してくれた。

「…………………コンラッドって…………マダムキラーって呼ばれたこと無い?」

「フェミニストだとはよく言われるけど?」

 ケロロ軍曹も吃驚なけろっと顔で言うコンラートは、無自覚であるらしい。

『恐るべしコンラート・ウェラー……』

 変な汗を背中に掻きながら、何気なくメール履歴を確認していくと…そのうちの一つに目が行った。

「あれ…?」



 送ってきたのは村田。

 件名は…《白鷺線の怪人》。



「ぇ…え!?」

 慌ててメール本文を確認すると…

『渋谷、ニュース聞いたかい?例の怪人、捕まってたねぇ。捕まった時間帯が君の乗る便数と一緒だったけど、君、何か知らない?』

「え…ぇぇえええ!?」

「どうしたの?」

「白鷺線の怪人…捕まったって……」

「なんだって!?」

 コンラートがパソコンを立ち上げれば、検索するまでもなくヤフーのトップニュースで取り上げられていた。

 なんでも、《怪人》と呼ばれる男は30代の平凡なサラリーマンで、前科もないが取り立てて特徴もないのが特徴…という程度の男であったらしい。

 そして捕まえたのは何と何と…白鷺線の中で妙に仲良さげにしていた二人連れの男子高校らしいのだ。

 彼らのうち、小柄な少年が怪人に媚薬を注入されかけたところを、大柄な方の少年が現行犯で取り押さえ、そのまま御用と相成ったらしい。

 そしてその捕まった区間は…

「これ……俺とコンラッドが降りた駅と、次の駅の間だ…っ!!」

「何と…まぁ……っ!」

 何という偶然…何というタイミング…。

 二人は共に…ぽかんとしたように口を開き、暫く言葉もなかったが…殆ど同時に吹き出すと、そのままベットに転がるようにして笑い続けた。

「あ………ははっ!俺を狙って媚薬盛ったのに目の前でコンラッドに浚われて…」

「別の獲物を狙った途端に捕まるとは……っ!」

 巡り合わせの妙にはもう笑うしかない。

 二人を引き合わせた怪人は、その日コンラートと有利が互いに惹かれあうという偶然だか奇蹟だかによって自分の悪行に終わりの日を迎えたのだ。

「コンラッド…あんた、これから出たかも知れない被害者に感謝されるべきかも知れないね?」

「いや…まぁ、直接感謝されるべきは取り押さえた高校生だけどね」

「確かにそうだけど…あの連中も今頃……」 

 ただならぬ気配を漂わせていた高校生…特に大柄な方は、きっと感謝の念でいつもよりも素直になっているだろうツンデレ系の友人と楽しいひとときを過ごしているのではないだろうか?

「えへへ…でも、良かった…。酷い目にあった人達は可哀相だけど、何時までも捕まらないで路線に張り付かれてるよりは、こうして捕まってくれた方がまだマシだもんね。やっとこれで安心して電車に乗れるんじゃない?」

「君は…乗れる?」

「え?」

 怪訝そうに聞かれたことで、有利の方も小首を傾げて問えば…コンラートは心配そうにこう言ったのだった。

「ユーリ…痴漢というのは1人いたら60人はいると思った方が良いんだよ?」

「コンラッド…それ、痴漢じゃなくてゴキ……」

「似たようなものだよ。ともかく…君はこれから、電車に乗ってはいけないよ?」

「えぇー!?でも俺…それじゃどうやって学校に……」

「俺が送ってあげるよ」

「えええぇぇぇぇ!?で…でも、仕事は!?」

「何なら辞めようかな…。どのみち、あと数ヶ月で日本での仕事が終わるんだよ。その後はドイツに戻る手筈になっていたんだが…とても君みたいに可愛い恋人を置いてドイツになんか帰れないし」

「え……え…ほ、本当に!?」

 忘れかけていたが…そういえば、そんな話をしていた。

 今は一時的に日本で仕事しているが、本拠地はドイツなのだと…。

「でも…急に転職なんて……」

「君の恋人を見くびるなよ?こう見えてもつぶしが利く男だよ…俺は」

 にやりと笑って見せるコンラートには、なるほどあのグリエ・ヨザックと交友関係を維持していられるものだと伺わせる、人生の奥深さがあった…。

 良い意味でも悪い意味でも。

「ね…だから、怪人の代わりに…俺に捕らわれてくれるかい?ユーリ……」

「う……」

 綺麗なウインクで誘いかけられて、有利が断れるはずがない。

「お…お願いします………」

「お願いされます」

 語尾にハートマークを浮かべて言う恋人に、有利は降参とばかりに頭を下げた。

 その頬を大きな掌で優しく包み込まれ…そうっと持ち上げられれば…蕩ける様なキスが贈られる。

『ふわ……』

 脳内を蜂蜜漬けの果実の如くふるふると蕩かしてくれる甘いキスに、有利はうっとりと酔いしれる。



 完璧に…恋人に捕らわれてしまったことを感じながら……。






おしまい






 さて、意外と伸びた「白鷺線の怪人」、如何でしたでしょうか?

 白属性で始まったコンラートも時折黒っぽい何かをちらつかせながら展開していきましたが…何しろヨザックが今回黒さの総元締めをやってくれたので手を汚さずに美味しい想いを出来ていたように感じます。《友情(?)の連係プレー》というか《ゴールデンツインシュート》みたいな…。

 そもそもが「蒼いキリン」の仔上圭様に「夢魔狩り」最終話に出てきた《過去の夢設定》の一つを気に入った頂いたことで始まったこのシリーズ…書き手としてはとても楽しく書けました。

 このシリーズは続きも少し考えていたのですが…ラストで完全にできあがってしまったのでやはりここで終わりにします。やはり、コンユは出来上がるまでの課程が大好きなので、ラブラブになっちゃうと楽しみが半減なのです…。

 また機会がありましたらこのようなパラレル連載にも挑戦したみたいです。

 感想ご意見等、よろしければお寄せ下さいませ。






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