「淫魔再び」−3







 ぐぶ…
 ぐぶぶ……

 ゆっくりと張り型を差し込んでいけば、ぬるりとジェルが溢れてくる。それは人為的に注がれた物だと知っているのだが、まるで二人が雄を欲しがって自ら濡れているかのようにも見える。

『なんという…』

 あえやかに喉を反らし、コンラートと有利は猫のように啼く。

「に…ぁ……ん……っ…グ……」

 《兄さん》と言いたいのか、《グウェン》と言いたいのか…最初は悲鳴のようだった声音も、村田に煽られるまま出し入れしていけば、次第に心と身体に馴染んでしまうようだ。

「ぁ…ぁぐ…っ…」
「ひぁあ…そこ、抉ってる…感じちゃうトコ…きてるぅ……」

 有利がふりふりと双丘を振れば、村田が舌なめずりをして張り型のスイッチを押した。途端に人体ではあり得ないようなうごきを見せて律動する張り型に、有利の喉から獣じみた叫びが上がる。

「にあぁあぁあ゛っっ!!……ゃあ、やっ!お…おかしくなっちゃうぅ…っ!」
「淫魔をはじき出すためだよ?ほら…もっと淫らに腰を振ってご覧?上手に出来ないと、フォンヴォルテール卿のおちんちんを挿れちゃうよ?」
「や…っ!」
「浮気したら、ウェラー卿が可哀想だろう?ほら…上手にやってご覧?お尻を自分で開いて、積極的にね」
「んんぅ…」

 頬を真っ赤にして涙を零しながら、有利はランジェリーをまとわりつかせながら尻を振った。華奢な手で小振りな双丘を掴んで痛そうなほど左右に割り開き、ずっぷりと張り型を銜え込んだ様を機械に写し取られていく。

「良いよ…良い。とても淫らだ。さかりのついた雌猫だって、こうもいやらしい姿にはならないだろうね」
「ゃうぅ……っ……」

 ぽろぽろと涙を零しながらも、花茎の付け根に取り付けられていた数珠バンドを解かれると、ほぅ…と安堵したような息が漏れる。
 しかし、それで開放されるわけではなかった。 

 村田はコンラートを拘束していた物も外すと、二人の陰茎を合わせて繋いだのだ。柔らかく半透明な紐状のものは、二人が腰を振る動きに合わせて柔軟にしなるのだが外れそうになるときゅう…っと締め付けてくる。おかげで、先走りで濡れた二本の陰茎は互いの存在感を密接に感じながら寄り添うことになる。

 どくん…どくんと拍動する高ぶりが、互いの肉欲を感じさせた。《早くイきたい…》請うように念じているからこそ、身悶えるたびに相手を追いつめることになってしまう。

「ゃ…っ!」
「くぅ…っ…」

 さしものコンラートも、甘い責め苦に苦鳴をあげる。
 しかも、タイミングを見計らって張り型のスイッチを入れられたのだから堪らない。

「やぁああ……っっ!!」

 しなやかな背を反り返して悶える姿は、凄絶なまでの色香を放っていた。

「おーお、ウェラー卿も素敵に色っぽいじゃないか…」

 口角から涎を垂らしてひくひくと舌を引きつらせるコンラートに、村田のファインダーが寄っていく。悪戯っぽく微笑みながらぐちゅりと鈴口を嬲れば、びくん…っとコンラートの背が震える。もはや感じていると言うより、痛みに近い感覚があるのだろう。

「ほーら…全部撮れているよ?まだ雄を知らないくせにとろとろになった尻孔が、とっても淫靡だ。ヨザックなんて突っ込みたくて堪らないって顔をしているよ?きっとそういう奴は彼だけじゃないだろうねえ…。君に懸想してる兵士達にこんな姿見せたら、そのうち暗がりに引きずり込まれて大輪姦大会だね。精液まみれになって蕾を蹂躙され、処女じゃなくなった君もさぞかし淫らだろうねぇ…」
「やめてぇええーっ!」

 あまりな村田の物言いに、有利が悲鳴をあげる。身を被せるようにしてがっしりとコンラートに抱きつくと、自らの肉体を賭して村田のファインダーから恋人を護ろうとする。

「やめて…やめてぇ……。コンラッドに、酷いこと…しないで…っ!」

 これには流石の村田も鼻白んだようで、弁解めいた言葉を口にする。

「…冗談だよ。妄想の中だけの話さ…流石にね。僕は君達を傷つけたい訳じゃないんだよ?」
「むらた…」
「ね…信じて?僕は君を傷つける可能性のある相手と番わせたりはしないよ…」

 村田の声はどこか怯えているかのようで、切迫した響きさえあった。
 それでも尚、戸惑うように有利が沈黙していると…漆黒の瞳が揺れる。

「渋谷…」

 その声はまるで、母を見失った幼子のようにあどけなく、心細そうなものであった。



*  *  *




「嫌いにならないで…渋谷」

 そんな顔をするなんて狡い。基本的に有利よりも甘い顔立ちをしている村田は、心細げに眉根を寄せるととても庇護欲をそそられる面差しになってしまう。
 有利は体腔内で蠢き続けるバイブと、花茎を拘束するバンドに弄ばれつつも、唇を尖らせて囁いた。

「……きらいに、なれたら…こんな苦労…しなぃ……っ」

 縋り付いてくる村田を押し返すことが出来ず、有利は頬に友人の唇を受けた。
 そして耳朶に注がれた言葉に慄然とすることになる。

「そう…良かった。やっぱり渋谷は優しいね。ご褒美をあげるよ」
「え…?」

 この状況で与えられるご褒美は大体ろくな物ではない。
 案の定、村田のやったことは…ぐりゅぐりゅと蠢いたままのバイブを一気に引き抜いたことだった。

「ひぃう……っ!」

 激しすぎる悦楽に、有利は射精をした…のだと思う。けれど尿道口からはじわじわと滲むほどにしか漏れてこず、逃げ場を失った精液で尿道内を犯されているような…持続力の長すぎる悦楽に酔った。がくりと脱力した肢体をもう自分で支えることは出来ず、コンラートの逞しい胸筋の上でびくん…びく…っと快楽の余韻に浸る。

「ウェラー卿が大好きな渋谷に免じて、玩具で嬲るのは止めてあげる。だから…たっぷり恋人のおちんぽを下のお口でしゃぶってご覧?」

『今頃…言われても……』

 それに、こんなに感じてしまっているときにコンラートのもので貫かれたら、有利の精神は一体どうなってしまうのだろう?期待感よりも恐怖の方が先に立って、有利はふるふると怯えた仔猫のように震えた。

 

*  *  *




『俺が不甲斐ないばかりに…すみません、ユーリ…っ!』

 悲鳴を上げて果てた有利を抱きしめながら、コンラートは情けなさに歯噛みした。
 有利の花茎は果てたのだと思うが、くたりと柔らかみを帯びたにもかかわらず、二人の陰茎を繋ぎ止める束縛が外れることはない。相変わらずびんびんと勃ちあがったコンラートの雄蕊は、有利の小ぶりな花茎に寄り添って苦しげに蜜を滴らせている。

「ん〜…良い塩梅かな?」

 村田はそう言うと束縛の数珠をやっとのことで外してくれた。すると…とくとくと有利の花茎から白濁が溢れていく。先程達した際の精液が、時間差で吐き出されていくのだ。

「は…ぁ、あぁぁ……」

 びくくぅ…と背筋を震わせたまま、有利ははふはふと喘ぎ続ける。じくじくと溢れる蜜が尿道を犯し続けているのだろうか?
 とろりと溢れた蜜はそのままコンラートの上にも滴り、飴色のシルクの上でつぅ…っと白い筋を作った。

「ふふ…一気に出るのも良いけど、そうやってじくじくと出てくるのも気持ちいいでしょ?渋谷。当分その狂いそうに気持ちが良いのが続くはずだよ?」
「ふぁん…っ!」

 村田はヨザックに命じて有利の上体を持ち上げさせると、自らコンラートの雄蕊を手で支えて天井側に向けさせた。

「ほぅら…とろとろのおまんこにおちんぽ挿れさせて貰いな?」
「ひ…ぁああんん……っ!!」

 ぐぷぷ…と、雄蕊が音を立てて熱い肉襞に呑み込まれていく。眩暈がしそうな程の悦楽の中、長い拘束を続けられてきたコンラートは逆になかなか達することが出来ない。がちがちに硬くなった海綿体のせいで、尿道が上手く開かないのだろうか?

「渋谷は今、ちょっと動けないみたいだね。フォンヴォルテール卿、今こそ君の出番だっ!」

 びし…っと指を突きつけられたグウェンダルは、村田に促されるまま有利のベビードールの肩ひもをずらし、ふわりと胸元を覆ったブラジャーの上からピンクに色づく桜粒を舐った。



*  *  *




「ふぅ…んんっ…」

 びく…っと濡れた胸が弾んで、可憐なレースの下から痼る肉粒が存在を主張する。乳を与えるという役割もないのに、どうしてここはこんなに感じやすいのだろうか?

『ユーリが特別なのだろうか?』

 ぐっぷりとコンラートの雄蕊に貫かれているせいもあるのかもしれないが、有利はぽろぽろと涙を零しながらも甘い息を漏らし、舌を震わせて身を捩る。その姿は喩えようもなく淫猥で、グウェンダルは朦朧とした意識の中で村田の囁く《渋谷は淫乱》という言葉を脳に染みつかせていった。

「そんな…しちゃ、や…っ…らめ……っ」
「嫌とか言いながら、ちゃっかり腰は動き出してるよ?」

 ほら、やっぱり淫乱だ。
 グウェンダルの愛撫で感じて、愛らしく瞳を濡らしている。
 きっと口では嫌だ嫌だと言いながらも、突っ込まれれば誰にでも尻を振るのだ。

「渋谷ってば元気で素直で可愛いなぁ〜。ウェラー卿と繋がってるところも撮っちゃうよ?ふふ…とろとろに濡れて、ぐちゃぐちゃ音が鳴ってるのもちゃんと録音してるからね?」

 執拗な言葉責めを与えながら、村田は身を屈めて有利の花茎を銜え込んだ。もう暫くは射精も出来ないと思っていたが、淫魔に煽られた肉体は再び性器を膨隆させていく。果てることのない責め苦は一体いつまで続くのだろうか?

「腰をあげて…そうそう。おちんちんが抜けないように、襞がすいついちゃってるよ…やらしぃなあ…。渋谷は生来の淫乱体質なのかな?」

 ずちゅ…
 ぐじゅう……

 淫音を響かせて腰を使いながらも、有利は頭を振って抵抗の意志を示した。

「ちが…っ…おれ、は…やらしい、なぁ…」
「そんなアヘ顔晒しておいて何を言うかな。そうそう…君の恋人にも、もっと乱れて貰おうか?渋谷一人だけ変態だなんて可哀想だもんね。仲良く胸やお尻で感じられるアナル仲間になって貰わなくちゃ」
「へ…ぁ?」

 村田は接合部から漏れる愛液で指を濡らすと、飴色の布地の上からコンラートの胸をたっぷりと濡らし、巧みな指使いできゅ…っきゅっと扱いていく。

「そ…ゃ、…ぁは…っ!」
「ほーら…良い具合になってきたろう?おめでとう、ウェラー卿。これで君も胸でイける人になれるよ?」
「な…にを……っ」

 抗弁しようとしたコンラートだったが、村田の唇が熱く感じやすい左胸を吸い上げ…痛いほどに囓った瞬間、張りつめていた雄蕊を爆発させてしまった。

「ゃあぁあ゛…っ!!」
「あああぁぁんん……っ!!」

 コンラートと有利の悲鳴が上がり、信じられないくらいの白濁がごぷ…っと音を立てて二人の間から漏れだしていく。堪えていた分、凄まじい量の射精をしてしまったらしい。

「はーい…お漏らし風景もしっかり接写だよ?それにしても、やっぱりウェラー卿も淫乱だなぁ…。少し愛撫をしただけで、もう胸でイける身体になっちゃったね。きっとすぐ、尻孔に突っ込まれてもよがることが出来るよ?言い逃れなんか出来ないんだからね?ぜーんぶ、この中に映してあるもん」

 村田は勝ち誇ったようにカメラを掲げる。
 そうか…村田は《証拠》が欲しかったのだ。

 淫魔にかこつけて、彼にとって大事な連中もまた性には脆い性質なのだと教え込んでやりたかったのだ。

 《淫》に侵されているのは、自分だけではないのだと…。

「は…はふ……はぁ……っ」

 コンラートは目に涙を浮かべて嫌々をするように頭をふるった。自分の中に見いだされた(…と、思わされている)陰部を示され、怯えているようだ。
 しかし…その動きをやんわりと止める者が居た。

 有利だ。

「こわく…ない」

 ぽつ…と囁くと、有利は宥めるようにコンラートへとキスを仕掛け、慈しむように唇を重ねていく。

「こわくない…。つながってるのは、おれ…。ね…おれだけ見てて。こわく…ない……」

 度を越えた悦楽に半分気を飛ばしながら、霞む目でコンラートを抱きしめた有利は、頑是無い子どもをあやすように優しく優しく語り掛ける。
 自分自身、苦痛も羞恥も大きいだろうに…初めての体験に戸惑う恋人を思いやって、有利は優しい囁きを幾度も続けていく。

「こわくないよ…コンラッド。淫魔も、きっといなくなった…。こわいのは、もう…おわったよ?」

 その面差しは、これほどの愛欲にまみれながら…不可思議なほどに清らかであった。
 この少年が《生来の淫乱》だと…?


『フォンヴォルテール卿グウェンダル…お前は一体、何を拠り所としてそのような妄想を浮かべたのか?』
『何をしているのだ、私は…っ!!』
『馬鹿め…この大馬鹿め……っ!!』


 雷に撃たれたような衝撃の中で、グウェンダルは思い切った行動に出た。

 村田が使っていた機械を鷲づかみにすると荒々しく床に叩きつけ、彼が悲鳴を上げて飛びかかってきたのもはね除けると、執拗なまでに幾度も幾度も踏みつけたのだ。

 ガ…
 ガガガ…っ
 ガ…っ!!
 
 おかげで、機械は唯のくず鉄としか思われない有様になった。

「何すんだよっ!」
「それはこちらの台詞だ…っ!」

 怒声を上げた途端、何かがスコン…と抜けていくような感覚があった。まさか…怒りのあまり、淫魔とやらが抜けていったのだろうか?
 そうであれば良いと祈りながら、グウェンダルは言葉を続けた。

「淫魔退治に記録など不必要!」
「何を撮ろうが僕の勝手だ!こんなことをして…淫魔が何時までも巣くってしまったらどうするつもりだい!?もう手伝ってやんないからなっ!」

 ダン…っと床を踏み抜く勢いで足を踏みしめ、グウェンダルは腹蔵に力を込めた。


「淫魔など、あれほどの淫行を耐え抜いたコンラートとユーリであれば、自力で退散させられる…っ!助力など必要ない、お静かに眞王廟へ戻られよ…っっ!!」



 びりびりと大気を震わせる、怒号一発。

 特大の雷を落としたグウェンダルの叱責によって、村田は毒気を抜かれたようにへたり込んだ。普段の怒声など及びもつかないほどの本気を見せたグウェンダルに、迫力負けしてしまったらしい。

「……あーあ。白けちゃった。君なんか混ぜるんじゃなかったよ」
「そもそも、恋人のまぐわいに複数参加など試みられるのが間違っております」
「へいへい。あーあ…ほんっと、フォンヴォルテール卿ってば正論男」

 そう言って肩を竦めつつも、村田はどこか清々しげな顔をして肩を竦めた。
 


*  *  *





『なんか…妙にスッキリした』

 突然のことに、有利は目をまん丸にしてコンラートと見つめ合った。先程まであれほど身体内を駆けめぐり、麻薬のように彼を犯していた悦楽の波が消え失せ、スコンと健全な意識に立ち戻ったのだ。
 勿論、今の今まで性交に耽っていた身体に余韻を感じないわけではないのだが、グウェンダルの獅子吼に打たれた途端、怖じ気づいた淫魔が退散してしまったかのように、すっきりとした意識状態に立ち戻っていたのである。

 身を起こしてきたコンラートもまた、やはり同じような顔をしている。その瞳には、《やはり、兄上…》とでも言いたげな、はにかみを含んだ尊敬の色がある。

「グウェンは…すごいね?」
「我が、兄ですから…」

 微笑み合う二人の前で、村田は来たときと同じように漆黒の衣装を身に纏うと、何事もなかったように手を振った。

「…フォンヴォルテール卿の言うとおりだねぇ。君達、憑き物が落ちた顔してるや」
「うん、何かサクっと抜けたみたい!村田も協力ありがとね」

 てっきり罵声のひとつも浴びせられると思っていたのか、村田はきょん…っと目を見開いて有利を見やった。



*  *  *




「あー、べったべた〜…。早くお風呂入りたいな。グウェン、今日はもう仕事お開きにしよ?」
「そうはいくか…と、言いたいところだが。そうもいくまいな…」

 ふぅ…と溜息をつくグウェンダルに笑顔を返すと、有利はもう何の後腐れもないように淫猥な下着をぱっぱと脱いで魔王装に戻ってしまう。元の紐パンも先走りでドロドロだったのでノーパンだが、《すぐにお風呂に入るからいっか》などと言っている。

 コンラートの方も更衣は素早い。一刻も早くとっとと魅惑のランジェリーを脱いでしまいたかったのか、速攻で脱ぎ去ると、こちらは眉間に皺を寄せたまま軍服を着込んでいった。

「は〜…二日連続でエライ目に合いましたね」
「うん。こんなマラソンみたいなエッチはもういいや〜。淫魔って免疫つくのかな?新型淫魔とかはやんないと良いね」
「……恐ろしいことを言わないで下さい」

 げっそりとした顔をして、コンラートは有利を抱きしめた。

「あなたが乱れている様を、もう二度と他の男の目に触れさせたくはない…」
「俺もあんたが乱れ打ちな状態を他の奴に見せたかないよ。そんなわけで村田、もー淫魔とかに取り憑かれんなよ?ちゃんとうがい手洗いしろよ?歯磨いて早く寝ろよ?」

 びし…っと指を突きつけて宣言する魔王陛下に掛かっては、淫魔もウイルス並の存在感らしい。

「ああ…気を付けるよ。ゴメンね、渋谷」
「いーよ、もう。あ〜…喉か湧いたー。牛乳呑みたい。腰に手を当ててグイグイいきたい」

 腰をさすりながらもけろっとしている有利に、村田は眩しい物でも見るみたいに瞳を眇めてしまう。

『ああ…やっぱり、違うんだなぁ…』

 衝動が突き上げている間は性的欲求に幾ら忠実でも、この渋谷有利という少年の中に《淫を貪る》という性質はないのだ。感じやすい身体を利用して、幾度も罠に填めてきたのに…その度に有利は全てを跳ね返し、健やかな精神を取り戻してしまう。

『完敗だよ、渋谷…』

 不思議と、敗北感は心地よく村田を浸していく。

『もう、良い…』

 自然とそういう気持ちになれた。
 例え村田一人が淫欲に溺れてしまう性質であったとしても、有利がそんな村田を見限ることなく傍に居続けてくれるのであれば、《同じ》でなくたって良い。

 そう結論づけた途端、本当に肩の力が抜けた。

 まるで…十数年も飼っていた古株の淫魔が、ぴょうんと村田の中から逃げ出してしまったかのようだ。

『あ…』

 突然目の前が開けたような感覚に眩暈を覚えてよろめいたら、がっしりと逞しい腕に支えられた。

「ヨザック…」
「猊下、眞王廟にお戻りになられますか?」
「ああ…」

 優しく囁きかける忠実な恋人に身を委ねながら、村田は今までに覚えのない充足感に浸されていた。



『僕も渋谷も、そのままの自分で良い…』

 静かに瞼を閉じながら、村田は微かに微笑んだ。 


おしまい





あとがき


 前回中途半端なB級ホラー落ちで終わったこのシリーズ。
 改めて書いてみたら、色々と突き詰めていくうちにグウェンダル閣下の一喝で私からも淫魔が抜けてしまいました。

 あらあら…。シリーズ終了ですね。:

 グウェンダルは大好きなキャラクターなので参入させてしまったのですが、本当に真面目キャラなせいか、《この機会に新たな世界に目覚めて…》という流れにはならなかったようです。

 良くも悪くも自分の世界に忠実な真面目男。
 最後はしっかりお兄ちゃんなところも見せ付けちゃいました★