〜青桐山間道の恋人−5〜


















さくら庵の仲居さんside



「まあまあ…大変でしたねぇ!」
「すみません。チェックインが遅くなってしまって…」

 ダークブラウンの頭髪を少し乱した青年が申し訳なさそうにお辞儀をすると、さくら庵の仲居を5年勤めている春日井は、夜更けまで待たされていたことなど空の彼方に吹っ飛んでしまったような様子で、小娘のようにはしゃぎそうになる心を制動するのに必死であった。

 さくら庵はこまやかなサービスと、落ち着ける雰囲気で売っている温泉旅館なのだ。ちょっと…いや、かなりハンサムな外国人旅行客が来ようとも、普段通りに接しなくてはならない。

『でもでも…素敵ねぇ…まるでハリウッドスターみたいじゃない?』

 うっとり見惚れる先では、コンラート・ウェラーという名の青年が、《教え子》だという少年を大切そうに抱えている。それも、乙女の憧れ《お姫様抱っこ》でだ!

 軽々と抱えられた少年は華奢な体躯とあどけない容貌の持ち主で、車にひどく酔ってしまったせいで暫く動けなくなっていたらしい。今もコンラートに抱えられたまま、気絶しているのか眠っているのか…長い睫の生える瞼は開く様子もない。

「まぁ…可愛らしい方ですこと!」
「ええ、目が開くとまた一層可愛いんですよ」
「……そうですか…」

 本心と社交辞令の両面から賞賛の声を上げた春日井は、自慢げに微笑むコンラートに心中で小首を傾げた。

『欧米人は謙遜をしないって言うけど…。家庭教師してる子を褒められてこんなに喜ぶなんて…どういう関係なのかしら?』

 そもそも、家庭教師をしている青年と、教え子の少年が結構な宿泊料の掛かる温泉旅館で、内風呂のある個室をこの時期に借りるというのは…なにやら不思議な感じがする。

「どうかなさいましたか?」
「い…いえいえ!お疲れでしょう?すぐお部屋に参りましょう!」

 心の声が顔に出てしまったのかと焦ったせいか、落ち着いた低音が自慢の春日井だのに、すっかり声が裏返ってしまった。

 さて、部屋にお通ししようと渡り廊下を通過する間にも奇妙な事態は起こった。

「お…!」

 今日の夕食時にやってきた家族客の一人が、コンラートの姿を認めた途端に珍妙な声を上げたのだ。

 お風呂に入って酒も入っているらしい中年男性はとろりとした目元をしていたが、それが青年が気恥ずかしそうに一礼すると、いっそうニヤニヤと脂下がってしまう。

「いやいやいや…随分と頑張っちゃったんだねぇお兄ちゃん!その子、ぐったりしてるじゃないっ!」
「いや…お恥ずかしい……」
「あららぁ〜眠っちゃったんだねぇこの子!可ー愛いぃなぁぁ〜……。名前なんて言うの?」
「ユーリです」
「あー、名前も可愛いねぇっ!でもまだこの子…15か16でしょ?お兄ちゃん、捕まらないように気をつけなくちゃ!」
「一応、家族ぐるみで容認してくれているので…実は、結婚前提でのお付き合いなんですよ」
「うへぁ〜っ!?う…羨ましいねぇ!幼妻ってやつ?そんならあんた、益々大事にしなくちゃ!幾ら結婚するんだって言っても、学生さんだろ?子どもとか出来たら大変なのはこの子の方だからね?」
「ええ、気をつけます。ご心配ありがとうございました」
「や〜こっちこそ他人の身で色々言っちゃって悪いねぇ!ま…幸せにやんなってことでね!」
「ええ、幸せになります」

 そう断言するコンラートに、春日井は思わず言葉を失って口をぱかりと開いていた。

『頑張っちゃった?結婚?子ども?』

 確か…宿泊名簿に書かれた名前は《渋谷有利・16歳・男》であったはずだが……。

『どうやって作るの?いやいやいやいやいや…そうじゃなくて……。そもそも、何やってんですか貴方!?』

 背中にどっと汗を掻いてしまう。

『ももも…もしかして……』

 想像したことが顔に出てしまわないように必死で笑顔を作ろうとするのだが、気にすればするほど変な笑いが込み上げてくる。

『これってこれって…昔、クラスの子とかがハマってたホモ漫画とかにあるような展開!?』

 春日井自身は特に興味を持っていなかったが、美形の男同士が《そういうこと》に温泉旅館を使うというのは結構定番であるらしい。

『こんな綺麗な人と可愛い子が!?』

 二人の姿で想像すると、興味がないはずの春日井の喉までがごくりと鳴ってしまうから不思議だ。

「すみません、お部屋は…」
「ははは…はぃぃい〜〜っっ!!」

 完全に声が裏返った絶叫を上げた春日井が、後で大女将にこってり怒られたのは言うまでもない。   









有利side:4



「ん…」
「目…醒めた?」

 それはまあ目覚めるだろう。

 全裸に剥かれた有利は、やはり全裸になったコンラートの膝に乗せられる形で湯を浴びており、節くれ立った指で体奥を洗われていたのである。

 温泉の部屋に取り付けられた内風呂は石造りの美しい仕様で、桶を使って浴びせられる湯肌はさらりとして心地よい。

 だが、くちゅりと音を立てて侵入してくる指が蠢くたびに信じられないくらいの白濁がどろりと股間を伝い、指先は感じやすい場所ばかりを掠めていく。

「ひぁ…っ!そこ…ダメ……っ」
「洗っているだけだよ?でも…気持ちいい?」
「ゃん…っ。コンラッ…ま、まだするの?」
「ごめんね…途中で流石にセーブしたんだけど、ユーリを脱がしたらまたうずうずと…」

 双丘に当たる部分には、既に覚え込まされた雄蕊の熱さと硬さが触れており、そこが獲物を狙う蛇のように鎌首を擡げているのが分かる。

「どうしても無理なら自分で何とかするから…無理、しないで?」
「そんな…」

 殊勝な態度に出られて、有利が拒否するはずが無いのを知っているのかいないのか…。

 微かに躊躇したものの、結局有利はコンラートの高ぶりを受け止めて喘ぐことを選んだのだった。

「良いから…好きなだけ、して?」
「大丈夫?」

 大丈夫かと言われれば絶対大丈夫でないという自信があるが、これはもうどうしようもない。

「ね…コンラッド……。次は、薬が抜けてる時にしようね?」
「また、しても良い?」
「うん…今度こそ普通に…本当に普通ーっっに、セックスしよう?」
「そうだね。じゃあ…今夜は少し普通じゃなくても許してくれる?」
「ゃあん…っ!」

 車内で人形のようになってしまった有利の中に4〜5回はなったものの、自慰にも似た空しさを抱えていたコンラートは、生き生きと反応を返す有利の蕾にくぷりと先端を含ませると、まだ残されていたぬめりの力を借りて一気に最奥へと雄蕊を突き込んだ。

「ゃああ……っ!!」

 高い嬌声が上がり、抱えられた白い下肢がびぃんと跳ねる…。

 桜色の爪先がひくつきながら伸びて、そこにまで快感の余波が伝わっていることを知らせてくれる。

「気持ちいい…。ユーリの中はやっぱり生でするのが一番気持ちいいな…。暖かくてぬるついてて…いやらしく蠢いて俺を搾り取ろうとしてるみたいだ」
「ゃん…そんな……」
「褒めてるんだよ?ユーリが…ユーリだけが、こんなに俺を執着させるんだ。いままで、こんなに誰かに溺れた事なんてないのに…」
「……っ!」

 殺し文句と共に感じやすい耳朶を舐られると、有利は甘やかな嬌声を上げながら言いようのない幸福感に満たされていくのだった。

 散々に啼かされて…恥ずかしくて…でも、この男が自分を欲してくれるのが嬉しい。

 こんなにも有利の仕草や声を喜び、腰を打ち付けてくるのが嬉しい。

『溺れてるのは、俺の方だ…』

 溺れる事に怯えて震えていた心も、もうきっと大丈夫。

『ここまでハズカシー思いすれば…いい加減恥じらってる場合じゃないとか思うし…っ!』

 有利は開き直ったように自ら腰を振り、積極的にコンラートを受け入れてキスを求めた。



 有利はまだ知らない……。

 翌日、大浴場で例の中年男性にばったり出会い、見まごう事なき少年と知ったその男が呆気にとられて大騒ぎする事態になるなど……。

『目立つ痕はつけませんから』

 そんなことを言って、一応は噛んだり吸ったりを遠慮していたコンラートの努力は、見事に無になるわけである。

 なにはともあれ、今宵は二人きりの淫愛に溺れるべく、野球小僧の体力が続くかぎり相手をすることに決めたのだった。









ある女性サイドside:2



 カフェ《ココリナ》のある並木通りが満開の桜に包まれる頃、媚薬を盛ったトンデモ女性は流石に堂々と店内に入ることも出来ず…遠目に店内の様子を伺った。

 あの二人がその後どうなったのか気になって何度か訪れたのだが、少年のバイト周期と女性の偵察タイミングが合わないのか、今日まで様子が分からなかったのだ。

「あ…っ!」

 居た。

 以前会ったときと特に変わらぬ様子で、野球道具を覗かせたスポーツバックを抱えてココリナに入っていく。

『まあ図々しい…あの後ひどい恥をかいたでしょうに。今まで通りに生活して居るんだわ?』   

 あくまで利己中心的な女性はその様に判断すると、ハンドバックのチャックを開けて中身を確認した。中には小瓶が入っており、前回よりも強力な効能を持つ媚薬がちゃぷちゃぷと揺れていた。

 にやりとほくそ笑む女性だったが…ちくりと首筋に鋭痛を感じ、反射的に振り返った。

 そこには、大柄な美形の青年が佇んでいた。オレンジ色の髪は染めているのだろうか?随分と鮮やかな色彩だ。

「どうかしましたぁ〜?」

 冬の海を思わせる蒼瞳が細められ、人懐っこい笑顔になる。
 その底に潜む嫌悪感や、軽蔑の色など完全に隠しきるポーカーフェイスだ。

「あ…いえ……ちょっと首筋がちくっとしたものだから…」
「ふぅん…虫かな?春だからねぇ」  
「そうかしら……」

 小首を傾げながらも、青年の方が興味を失ったように踵を返したので、女性の方も再びココリナへと視線を戻した。

「あ…っ!」

 腹立たしいことに、またしてもダークブラウンの髪をもつ美しい青年が少年へと親しげに声を掛けており、周りで見ている者が気恥ずかしくなるほど親密な空気を醸しだしている。

 何ということだろう…!

 二人はあの後一緒に温泉に行ったはずなのだが、その中は破綻するところか益々親密さを増しているようだ。

 むかむかとマグマのように噴き上げてくる怒りを感じながら女性が一歩踏み出すと、急にどくりと胸が拍動した。

 ドッドッドッドッ……

 胸の中で心臓はその拍動の度合いを高め、あろうことか…身体の軸芯部分がじくじくと疼いて行き、つん…っと乳首が尖り、潤んだ雌芯から溢れ出す蜜液によって下着がしとどに濡れてしまう。

『な…なんなの!?』

 今まで感じたことのない衝撃で身体中が熱く火照ってしまう。

 間違いなく媚薬の効果だ。でも…何故?それに、こんなにも即効性のある媚薬など女性は知らない。

「よぉ…どうしたんだよ?」
「何々?このオネーさんエロい顔してねぇ?」

 下卑た笑みを浮かべた身なりの悪い男達が集まってきて、興味深げに女性を見た。

 どうにも女性の好みとはかけ離れた男達だが、だらしなく垂れ下がったズボンの中身はどうだろう?ごくりと唾を飲み込みながら、女性は淫らな瞳で男の股間を注視した。

「うっへぇ…こいつ凄ぇエロリストなんじゃねえ?マー君のマグナムぎらついた目でみてやがるぜ」
「こいつは相当な好きモンだな……」

 男達も舌なめずりをしながら視線を見交わすと、こくりと頷きあった。

「おい…あそこ連れてくか?ついてくんじゃねぇ?」
「便所にしちまうか?」

 ひそひそと囁き交わす言葉は極めて不穏なものであったが、女性に最早選択肢はなかった。何故なら、両脇から抱え上げられると易々と男達の車に乗せられてしまったのである。

「ぅあ…や……っ!」  

濃 いマスクシートを貼り付けられた後部座席は周囲から様子を伺うことが出来ない。そういう目的によく使われているのか、バックガラスにもマスクシートが張ってある…。
 座席を倒して広いスペースを作り出すと、ぽぅんと女性は投げ出され、その上に5〜6人の男達が一斉にのし掛かってきた。
 


 その後…女性がどうなったか知る者はその男達だけである。








コンラートside:4



「どうしたの?」
「ん…ああ」

 コンラートがココリナの店内から通りの方へと視線を向けると、オレンジ髪の友人がにこやかに手を振っており、例の女性の姿はなかった。

『もしかすると、ストーカー的な女性だったらまたユーリを狙うかも知れない…。何とかならないかな?』

 先日、相談を持ちかけたのは間違っていなかったようだ。

『おう、ちょっと調べて手をうっといてやるよ』

 友人が上質な赤ワイン一本で快く承諾してくれたので、彼の面倒事解決能力を高く評価しているコンラートはその段階で既に安心していたのだが、どうやらこれでもう完全に安心してしまって良いらしい。

「実はね、あの媚薬を使った女性がユーリに何かすると怖いな…って思ってたんで、ヨザに話をつけて貰えるように頼んだんだよ」
「え…?あ、ほんとだ」

 有利も気付いて手を振ると、ヨザックは彼にしては珍しい、手放しの笑顔で両手を振ってきた。

 だが、腕時計を確かめたヨザックは他に用事があるのか、小さく会釈すると手を振りながら道脇に停めていた車に乗り込んだ。

「良かった!あの人色んな人生裏街道知ってそうだもんね」
「ああ、奴に任せておけば大丈夫」

 以前、パワハラを使ってコンラートに言い寄ってきた上司も、ヨザックに頼んだら次の日には退職届を出してくれた。

 怯えきっていたという上司がどういう目にあったのかは不明だが…、ヨザックが頼りになる男であることはそこで証明されていた。

「えと…それじゃ……店ひけたら、またマンションに寄っても良い?」
「勿論。その為に俺もここにいるんだよ」



 にっこりと微笑みあう二人の未来は明るい。 


 





おしまい








あとがき



 白様のリクエストで、「『白鷺線の怪人』の続編で、まだ付き合い始めのぎこちない二人が車に乗ってぶらり二人旅。燃え上がれ!らぶらぶカーセックス!!」というお話でした。

 締めはまさかのヨザック。

 コンラッドが直接行って話をつけるというのも考えたんですが、余計に揉めるかな…と思いまして。二人は何も知らないところでヨザックが手を回し、更に天罰のようにえらいことになるということで、手は汚さずにすみました。

 BL御用達設定のカーセックスと温泉の醍醐味を演出しきれなかった感はありますが。少しでも楽しんで頂ければ幸いです。