5歳のゆーちゃんこと渋谷ユーリは、大好きなきつねのお人形コンといつも一緒です。 そのことをよく知っている茨城のおばあちゃんは、《ゆかた祭》に合わせてお揃いの浴衣を縫ってくれました。ユーリは綺麗な青の生地、コンは深緑色の生地で、どちらも可愛い金魚模様です。これは、なんとしても金魚を捕らなくてはなりませんね! ユーリは当然のように両手でコンを抱えてご満悦です。ですが、いざ出かけようという段になって、お兄ちゃんの勝利が窘めました。 「おい、ユーリ。人形は置いて行けよ。手が空いてないと林檎飴とか金魚すくいとか出来ないぞ?」 「んーん、やだもん。おれはコンに《おつまり》を見せてあげるの!」 「《お祭り》も言えない奴が何言ってんだ。俺は持ってやらないぞ?」 「い…いいもん!おれはコンといっしょなら、アメとか金魚すくいとかはいいもんっ!」 これは明らかに強がりでした。 本当は、とってもとってもお祭りで食べるお菓子とか、金魚すくいやヨーヨー釣りが楽しみでしょうがありません。ユーリは去年の夏まではアメリカにいましたから、お祭りのことはお話でしか知らなかったのです。 夢みたいに素敵なお祭り…でもでも、だからこそコンを連れて行ってあげたいのです。 「いいもん…コンといっしょなら」 もう一度言うと、ユーリは泣かずに顔を上げました。 「もう…」 唇を尖らせたものの、結局のところ勝利は弟に甘いお兄ちゃんですから、お母さんの美子に頼んで背負子紐を取り付けてくれました。大きなコンのお人形を、ユーリがおんぶしてあげるのです。 「ほら、これで両手が開くだろ?」 「わぁ…!」 本当です!とっても動きやすいですし、これならコンを落っことす心配もありません。 「ありがとうね、おにいちゃん。だーいすきっ!」 《きゅふ》…っと満面に笑みを浮かべて呼びかけますと、勝利はお顔をてれれんととろかしてしまいました。 こんなに可愛い弟を持つと、お兄ちゃんも大変ですね。 * * * お祭りは予想外の人手でした。この町の一体何処にこんな人がいたんだろう?って不思議になるくらい、凄い大人数がわいわいとひしめき合っております。 「ユーリ、はぐれるんじゃないぞ?」 「うん!」 勝利が手を差し伸べてくれると、ユーリはしっかりと握りしめました。こんなに大勢の人の中ではぐれたりしたら、どうして良いか分かりませんからね。 「しょーちゃん、前にゆうえんちにいった時みたいだね!」 「…そうだね」 お兄ちゃんは《全然違う》と言いたそうでしたが、ユーリが楽しそうに笑っているので訂正はしませんでした。弟がきゅふきゅふと喜んでいるのなら、まあ良いかと思ったのです。 後になってみれば、あの事件だって楽しいものでしたからね。 ユーリは早速綿飴を食べたり、ヨーヨーを釣ったりと大忙しです。でも、金魚は最後にしないといけません。だって、長い間ゆらゆらさせていたら可哀想ですからね。 「ええと、次は…」 きょろきょろしていたのがいけなかったのでしょうか?キラキラとした水笛に気を取られて一歩踏みとどまった途端、ふつ…っとユーリの手は勝利と離れてしまいました。 「あ…っ!」 慌てたのがまたいけませんでした。人の波を縫って何と家族の元に戻ろうとわたわたしていたら、賑やかな女子高生の群れに押し流されたり、小さな子ども達が駆けつけていくのに煽られて、ユーリはあっという間にみんなを見失ってしまいました。 どうしましょう…! ユーリだけではお家に帰れませんっ!! 「ふぇ…っ…」 泣きそうになって口元を両手で覆っておりますと、誰かが《とんとん》と肩を叩きます。勝利が見つけてくれたのでしょうか? いいえ…その《とんとん》はとても軽い感触でした。 「ユーリ、落ち着いて?」 「コンっ!」 ユーリの顔がぱぁっと輝きます。普段は二人きりの時にしか声を掛けてこないコンですが、心配で堪らなくなったのか、とんとんと繰り返し背中を叩いてくれます。 「大丈夫ですよ。こういうお祭りでは必ず迷子センターがあるはずです。ほら…あそこ」 「あ!」 言われて見やると、慌てている時には見えなかった迷子センターが見えてきました。これで一安心です。でも安心してくると、今度はお喋りの出来るコンと一緒にいることがとっても楽しくなってきました。 「せっかくだから、コンもいっしょにあそぼうよっ!」 「そうですねぇ…じゃあ、5分だけですよ?」 「うんっ!」 5分だけなら、いっとう楽しい思い出を作らなくてはなりません。コンはお人形で、お菓子を食べることは出来ませんから、やはり金魚すくいでしょうか? 「お金は…うん、ちょうどある!」 首から提げた蝦蟇口財布には300円入っておりました。裏面にはちゃんと住所とお父さんお母さんの携帯電話番号も書いてありますから、これがあれば安心なのでした。 ユーリは300円をおじさんに渡すと、袖を捲って金魚に挑みます。 「あのおっきい、黒いやつがいいなぁ…」 《大物に挑みますねぇ…》くすくすとちいさな声が耳元で囁きます。とっても楽しそうな様子です。 「あっ!」 コンに良いところを見せようと思ったのに…ぱしゃんと跳ねた金魚はポイの白紙を半分ほど割ってしまいました。思わず泣きそうになってしまいます。 「あぁあ〜…」 「ユーリ…俺がやりましょう」 言うが早いか…コンは背負い紐からずれた風を装って、素早く手首を翻すと(コンの手首は手と平行ですのに、とても器用なんです)、残された僅かな枠部分で見事に大きな出目金をボールの中に投入しました。しかも、ついでに横を泳いでいたちいさな赤い金魚まで一緒に入っております。 「すごいな坊や!」 《何だか人形が取ったみたいに見えたけど…》と小首を傾げつつも、おじさんはビニール袋に大小二匹の金魚を入れてくれました。 「わぁ…わあ!やったあっ!ありがとうね、コン!」 「いえいえ、どういたしまして」 嬉しそうに笑うと、またコンは背中に落ち着きました。 迷子センターに行くと、丁度ユーリを捜しに来た家族と出会えました。お兄ちゃんは半泣きになっていましたけど、ユーリが心を込めて謝ったら許してくれました。 《まあ…お前だって心細かったろうし…》といって、目元をごしごししている勝利に、何だか罪悪感を覚えます。コンとよろしくやってました…なんてとても言えません。 みんなと帰る道すがら、何度もユーリはコンに囁きました。 『コン、いろんないろのアメ玉、きれいだね』 『みて、おねえさんたちのゆかた、きれい〜』 その度にコンが《そうですねぇ》と相づちを打ってくれます。しかも、《ユーリの方がもっと可愛らしい》なんて褒めてくれるんです。 『そういうの、《じごろう》って言うんでしょ?』 …と、覚えたての言葉を使いましたが、どうも微妙に違っていたみたいです。コンは少し複雑そうな顔をして、ぱふりと顎をユーリの肩に載せました。 何だかちいさく、《誰にでも言っているわけではないんですけどねぇ…》なんて囁いています。なるほど、ただ一人のひとに《素敵だよ》《可愛いよ》というのは、《じごろう》ではないようです。 では、《ためごろう》とかそう言うのかも知れないと、その時のユーリは思いました。 ちなみに、後で知りましたが、本当は誰にでも上手なことを言う男の人は《ジゴロ》というのだそうです、やっぱり誠実なコンに対して用いるには不適切な形容だったようですね。 お家に帰って、硝子製の金魚鉢にぽちょんと金魚を入れますと、少し広い場所に来られて嬉しいのか、浮かべた葉っぱの下をスイスイと泳いでいきます。 ああ、なんて楽しいお祭りだったのでしょう。 ユーリは大満足でした。 * * * それから十年の時が流れ、ユーリも女子便所で流されて眞魔国の魔王様になりました。 臣下で親友で名付け親のコンラートは、夏になると川から綺麗なお魚を釣ってきて、水槽に入れてくれました。 それは、日本の金魚に良く似ていました。 「綺麗だねえ…」 「喜んで頂けて良かった」 楽しそうに魚の泳ぎを見ながら、ユーリは頷きます。 でも、少しだけ唇を尖らせるとこう言いました。 「どうせだったら、釣るのも一緒に行きたかったな」 「そうですね。またユーリに俺の勇姿をお見せしようかな…」 「え?」 《コン》と《コンラッド》 二人が同じだと気付くのは、あと1分後のことです。 おしまい あとがき 絵本からのぱくりシリーズ、気が付けば年一回のペースで更新しています。 殆ど終始きつねのコンなわけですが、ほのぼのした中に垣間見える腹黒さがたまりません(?) |