「酔いどれトラベラー」@
裏寂れた路地裏には明かりらしい明かりもなく、辛うじて飲み屋から零れてくる洋燈(ランプ)の揺らめきが、時折蜜柑色を投げかけて来るのみだ。 「おい…コンラッド。今日は流石のあんたも随分と深酒しちまったみたいだな」 「まだそうでもないさ」 く…っと喉奥で笑いながら濡れたダークブラウンの頭髪を掻き上げれば、酔色滲む眦(まなじり)から流れる視線が、あざやかな紅を呈してやけに艶かしい。 ウェラー卿コンラート。その生い立ちには崇高なもの…蔑まれるもの…諸々の要素を孕んでおり、年降る事にその性格にも複雑さを増していく。 『全くねぇ…教官連中にとっちゃ頭の痛い生徒だろうな』 士官学校の一年生にして、現魔王陛下の息子。同時に、人間を父に持つコンラートは、少年から青年に移行していく微妙な年代であり、自分でも自らをどう行った方向に向けていくのかまだ判別つきがたい心境であるらしい。 しかも、士官学校のお綺麗な剣技では、剣豪として知られた父ダンヒーリーに仕込まれた腕は納得できず、実技に参加する意欲は粟粒ほどもない。座学にしても、人から教え込まれるよりは疑問をもって自学自習することを好むものだから、試験で高い点を取るための詰め込み式学習などには芥子粒ほどの興味も湧かない様子だ。 「負け惜しみかい?酒量も弁えられないんじゃ、まだまだ若いねぇ…あんたも」 額に張り付く髪を乱暴に掻き上げてやりながら、ヨザックは妙に年上ぶった口調をとる。 「同年代の癖に何を親爺臭いことを…」 くく…とまた喉奥で笑うコンラートは、よろめく脚で勢いよく酒瓶を蹴り飛ばした。躓(つまず)いたという感じではないから、腹立ち紛れに蹴り飛ばしたに違いない。 酔っぱらい特有の荒い動きに合わせて頭髪が靡けば、酒場で頭から被った酒が、雫になって石畳に散った。 きっかけは忘れたが馴染みの酒場で乱闘になり、したたかに酔いしれた勢いで相手はタコ殴りにしたものの、店の主人に酒樽ごと安酒を被せられたのである。 『うちの店を全壊させるつもりか!?』 なるほど、辺りを見回せば殴り飛ばされた男達で窓硝子は割れ、酒瓶は散乱し、椅子は脚が折れてひっくり返りと散々な様子だった。 まだ殴り足りなかったのだが、安酒の香りが鼻腔一杯に広がったのと、《憲兵の気配がする》とヨザックが告げてきたものだから仕方なく飲み屋を後にした。 お互い、このまま宿舎には戻れそうにもないしと、馴染みの宿屋に向けて歩いているところである。 「お前、知ったかぶりをする癖は相変わらずだな」 「あんたよりは苦労してるからね。色々と分かるのさ」 それでも、わざわざそれを口に出してしまう辺りがヨザックも《若い》と言うことなのだろう。 士官学校に通うコンラートと異なり、実戦を意識した教練場通いのヨザックは、生徒と言うよりも予備役扱いになる。つまり、いざ明日戦争が始まれば、訓練不足だろうが何だろうが、部隊編成によっては数合わせに戦場へと送り込まれる可能性があるのだ。 自然と教官達の指導は血生臭いものとなり、その視線は《頑張っているかどうか》よりも《こいつが俺と同じ戦場に立ったとき、足を引っ張らないか》という点に集約していく。この教練場で無能であることは罪に等しく、愚鈍な者は戦場に出る前に、教官や仲間の《指導》のせいで死に至るというのがもっぱらの評判だ。 まぁ…士官学校におけるおぼっちゃま連中の苛めは回りくどい分、余計にコンラートを苛つかせるのかも知れないが…。 「お…ムントの宿屋の裏まで来たぜ。ちょっとここに座って待ってな。すぐに手配してくる」 「ああ…頼む」 そう答えたものの、座っておくように言われた場所には生臭い箱が散乱していたので、腰を下ろすのも厭で(この辺りがヨザックにおぼっちゃまと言われる所以だろう)、コンラートは右肩を石壁にコツンと寄せると、そのまますぅ…と瞼を閉じる。 『くそ…あの親爺め。随分と景気よく被せてくれたものだ』 樽を頭に直撃されなかっただけ有り難いと思うべきなのだろうが…どうせならもっと佳い酒を掛けて欲しかった。 頭髪からじわじわと滴ってくる酒は酷く出来の悪い合成酒のようで、鼻につんとくる匂いに焦げ臭いような刺激を感じる。 『つまらない…』 何もかもが、自分の中ではバラバラで酷く繋がりが悪い気がする。 父ダンヒーリーが亡くなるまでは、彼と共に旅をした。 無目的なこともあったし、孤立した混血の集落を開放に行くこともあった。 だが、どんな旅をしていても常に豪放磊落な父についていけばよく、何をすべきかも分かっていた。日々の糧を注意深く捜し、獣を捕らえ、食べられる野草を捜し、山火事を起こさないように火をおこす…。 時折、母の住まう屋敷に帰ってきたときも、若く美しい母にべったりと愛され、幼い弟…ヴォルフラムを可愛がったりして、食べ物の心配がなく毎日風呂に入れる幸せを享受していた。 そんな生活が、父の死を境に一変してしまった。 別段今まで通りの生活を過ごしていて何の問題もなかったのだが、《子どもは親と居るべきよ》などと、母が珍しく世間一般の常識を遵守するつもりになってしまったのがケチのつきはじめだった。 別荘に近い辺境の館から、王都に建てられた荘厳な本家の館に連れてこられ、そこで女王の息子に相応しいマナーを身につけるよう強要された。器用なタチなので、すぐに指導内容は習得できたものの、家庭教師や使用人達の態度に苛つかされること多々であった。 『山育ちの混血児』 女王の息子だからと、彼らが直接態度に出してくることはなかったが…聡い性質のコンラートが、その意識を汲み取るのにそう日数は掛からなかった。 しかも、そのうちヴォルフラムの様子がおかしくなった。 ヴォルフラムの叔父だか伯父だかにあたる男が頻繁に彼を自分の領土に連れ帰り、養育するようになると…王都に帰ってくるたびに弟の自分に対する態度は悪化し、とうとう《混血とは口を利かない》等と言いだしたのである。 どのように言い含められたのかは分からない。だが…弟の心が自分から離れていったのだけは確かだった。 母は相変わらず顔を合わせれば猫っかわりがりしてくれたが、宴と美容に余念のない母が館にいることは少なく、コンラートは礼儀正しく愛情のない《他人》の群れの中で暮らしていくことになった。 放浪生活の中で学んだ知識や習慣を否定され、ちいさな失敗を笑われる。 これは成長過程の少年にとって、あまりにも酷な扱いであった。 また、純血貴族の人口密度が高い王都にあっては混血の立場は一層低く、殆ど奴隷のような扱いをされている様を見せつけられるのも辛かった。 牛馬のように鞭で打たれる混血魔族を見やりながら、《傍に寄ってはなりません》そう囁く執事の顔は、《お前も同じ混血だがな》と語っていた。 『くそ…っ!』 頬の内肉を噛みしめれば、じんわりと血の味が口内に広がっていく…。 腹立ち紛れに魚臭い木箱を蹴ると、山のように積まれた酒樽がぐらりと揺れた。 ぐら…ぐら……と揺れ、ゆっくりと倒れてくる酒樽が、自分の方に向かってくるのは分かっていた。 だが、酒に…あるいは、暗い思念に酔っていた精神と肉体はすぐには動かず、ただ呆然と樽が倒れてくるのを見詰めていた。 無茶苦茶に、なってしまいたかったのかも知れない。 「コンラッドーっ!」 宿屋の中から、ヨザックの悲鳴が聞こえる。 だが…コンラートはそのまま、静かに瞼を閉じてしまった。 * * *
ドゴオォォ…ンっ! 激しい破壊音を立てて、重い樽が音を立てる。 だが…音が一通り収まる頃になると、予想していた衝撃が来ないことに漸く気付いてコンラートは瞼を開けた。 「あ…ぶねぇ〜……っ!コンラッド、あんたなにやってんだよっ!しかもあんた、酒くさっ!」 少し高めの少年の声が響き、ちいさな拳が腹立たしそうに胸を叩いてくる。 《子どもに庇われたのか?》…こんな時間帯に、色街の裏通りに子どもがいるというのはどういう訳だ?自分のことは棚に上げてコンラートは眉根を寄せると、咎めるような眼差しをおくり…そして、硬直した。 『なんだ…この子…?』 コンラートより少し明るめだが、同系色の褐色の髪…くりくりとした大粒のどんぐり眼は深く煎れた紅茶の色をしており、素直な性根を示すように美しい。よくよく見れば何か硝子板を填めているようだが、透けて見える地の色はやはり澄んでいるようだ。その瞳が今は、どこか責めるような眼差しでコンラートを見詰めている。 まろやかな頬は興奮のためか上気しており、ちんまりと形良い鼻は酒臭いのが堪らないのか、指で摘んでいる。そしてふっくらとした桜色の唇が勢いよく動いては、軽快な語句を次から次へと連ねていった。 やかましい子どものお喋りは嫌いな方だと思っていたのだが、どういうわけだかこの少年の声や言い回しは心地よく、意味も捉えぬままに聞き惚れてしまった。 少年は華奢な体つきをしており、咄嗟にコンラートを酒樽の山から庇ったとは思えないほどだ。見たところ、コンラートと同年か…下手をすると年上かも知れない。60〜80歳程度と思(おぼ)しき年頃だろう。 「あれ…?」 そのうち少年は不審げに小首を傾げ、酒まみれのコンラートの頬を両手で包み込むと、至近距離からしげしげと顔を見詰めた。 「若返りの薬でも飲んだの?コンラッド…。なんか顔立ちが若いって言うか寧ろ幼いって言うか…それに、眉の所の疵がないよ?」 「そんなところに疵を受けた記憶はないが?」 壁にもたれ掛かったまま気怠げに髪を掻き上げれば、少年はまた吃驚したように目を見開いた。 「嘘!俺…間違えた?あんたコンラッドじゃないの?もしかして親戚!?」 「コンラッド…そう呼ぶ奴もいるが、この国の発音でいけばコンラート・ウェラーだ。父の代からの名ばかりの貴族だから…ウェラー卿などという呼び方もあるようだがな」 「おお!?ナニ、そのニヒルな笑い方!ちょいワル兄貴風!軽く恰好良いぞこの野郎っ!」 『ちょい…?』 意味は分からないが、妙に語調の良い呼ばれ方に笑いが込み上げてくる。 こういう笑い方をすると決まって使用人は不機嫌になり、教官達は怒り、友人は困ったような顔をしていたものだが、この少年には《恰好良い》と映るらしい。まぁ…《軽く》ではあるようだが。 くすくすと零れるように笑うと、少年も楽しそうに笑い始めた。 ほんわりと華が綻ぶように、空気が変わるのが分かった。 「あはは!その笑い方はコンラッドそのものだよ!なんだろー、あんた、コンラッドと同姓同名で《ウェラー卿》なんて、一体全体どうしたんだろうなぁ!」 「同姓同名…?そんなはずはない。この名をもつ者は…そもそも、ウェラー卿と冠する者は、俺の他は亡き父しか居ないぞ?」 「えー?でも、俺の知ってるコンラッドは…」 混乱したように少年が頭を抱えているところに、焦ったような男の声が響く。 「ユーリ…!こんな所にいたんですか!幾ら昼間とはいえ、この辺りは治安が悪いんです!警備兵や俺の目の届かないところに行くのは…」 言いかけて、はたと男の声が止まる。 「どうしたんですか、その男は…」 男の声には少年の無事に対する安堵と同時に、苛立たしげな響きが混じる。 『噂の悪い混血児と一緒に居たのが腹立たしいのかな?まあ…随分と血筋がよい貴族なんだろうな』 言葉遣いは粗雑だが、この美麗な容貌は純血貴族のそれだろう。 おそらく…夜の街に火遊びに出かけた坊やを、使用人が追いかけてきたというところか。 しかし、なんとなしに視線を向けた先でコンラートは再び瞳を開大させることになった。向こうは向こうで見開いたまま軽く硬直しているから、心境としては同様なのだろう。 無理もない。なにしろ…その男はコンラートに酷似していたのだから。 ダークブラウンの髪だけならよく似た男もいるだろうが、瞳に散る銀の光彩はウェラー家特有のもので、同じ瞳を持つ者は他にはいない。 ただ、コンラートにくらべると50〜60年くらいは年嵩かと思われるし、また、格段に逞しい体躯には隙がなく、体つきや、理に適った動作の俊敏さも年月を経て熟練の域にある。 「一体…どういうことだ?」 「え…なになに?どうかしたの?」 少年がきょろきょろと二人の《コンラッド》を眺めていると、年嵩の方のコンラートがゆっくりと近寄り、苦笑を浮かべて若いコンラートの肩を抱えた。 「とにかく、いつまでもこんなところに居るものではありません」 年嵩のコンラートは、樽が崩れた音を聞きつけて何事かと飛び出してきた店の者に幾らかの金を掴ませると、少年を伴って裏通りを歩き始めた。 「何処行くの?」 「こちらの店に入りましょう。俺の知り合いが居ます」 年嵩のコンラートが示したのは樽が崩れた飲み屋の裏手にある店舗で、随分と薄汚れ、色んな場所が破損しては修理を繰り返した痕があるものの、若いコンラートにも覚えのある場所だった。 『これは…ムントの宿屋?』 何故急に古びてしまったのだろう? …ふと気付いて空を見上げれば、空には通路場に切り取られているものの、鮮やかな青が広がっていて、時刻が日中であることを伺わせていた。 『俺は…そんなに酔っていたのか?』 こんな夢を見るほどに泥酔していたとは…ヨザックに笑われても仕方のないところだろう。 * * *
ムントの宿屋に入り、記憶にある安部屋に通されるとそのまま風呂に連れ込まれた。 ただ、色褪せたタイルを張った小さな空間は、風呂というには少々おこがましいような小房だ。辛うじて排水溝はあるものの、宿屋の厨房で沸かした湯を各部屋つきの桶に注ぎ入れ、タオルを入れて濡らしたもので身体を拭き、湯が余れば頭から被ることも可能…という程度の場所なのだ。 若いコンラートの被った安酒は猛烈な匂いを放っているので、しっかりと湯で濡らして石鹸で泡立てる必要があるせいか、年嵩のコンラートは店の者に頼んで複数の桶を用意し、その中にたっぷりと湯を注がせた。 酒浸しの服を剥ぎ取られて全裸にされ、ぬるい湯を掛けられても若いコンラートはもう抵抗はしなかった。 育ちのせいか、警戒心の強いコンラートとしては極めて珍しい事であった。 「全く…随分と深酒をしたものだな…」 「……」 自分に酷似した男の言葉は諭しているのか、自嘲しているのか判然としないもので…若いコンラートは何と返事をしたものか一瞬迷ったものの、結局何も言わないことに決めた。 ザバァ…… 勢いよく湯を掛けられて泡を流していけば、まだ微かに残り香はするものの、安酒特有のべたべたした感触がなくなり、漸く人心地着いた。 『ふぅん…』 若いコンラートはされるがままになりながら、年嵩のコンラートの容貌に目をやった。 上半身を晒した体躯には至る所に大小様々な疵があるものの、逞しい体躯は感心するほどである。骨格は一緒なのに、こうして並べてみると筋肉の質が違うように感じる。 『こういう身体になるのか…俺は』 少し嬉しいような気がしてしまうが、これが自分の願望を顕す夢なのだとすれば恥ずかしいところだ。 「洗えた?コンラッド、拭くのは俺がしようか?」 「いいえ、ユーリ。あなたは部屋で休んでいて下さい」 「だって暇なんだもーん」 少年はふくふくの白いタオルを手に取ると、楽しそうに若いコンラートの髪を拭きはじめた。 「ねえねえ、コンラッドはツェリ様の息子?」 「そうだが?」 「あー、やっぱこりゃタイムストリップだよコンラッド!」 「脱いでどうするんですか」 「あ、今まさに脱いでたからつい…。そっか、タイムスリップだよ」 「たいむ…?」 二人は軽快なテンポで喋るのだが、鍵になりそうな語句がいずれも理解不能なもので、若いコンラートはこれが本当に自分の夢なのかどうか、少々自信がなくなってきた。もしかしたら、夢だからこそ訳の分からない言葉が出てくるのかも知れないが。 「あんた、何かの拍子につるっと未来に来ちゃったってことだよ」 「……なんだと?そんな馬鹿馬鹿しい…」 「だってさ、こっちのコンラッドもツェリ様の息子だもん。ボンキュッバーンな第26代魔王陛下だろ?」 「…なに?」 やはりこれは夢らしい。 酒樽にしたたか頭をぶつけて、どうかなってしまったのだろう。 「夢か…」 夢なのだとすれば、もう少し好きなように振る舞っても良いのだろうか? 「いやいや、夢じゃないと…」 打ち消そうとする少年の肩を年嵩のコンラートがぽんっと叩く。 少年が振り返ると、《言わなくていい》というように首を振っていた。 「君…ユーリだっけ?もっと顔を見せてくれないか?」 若いコンラートは急にほにゃりと微笑むと、自分の頭を拭いていた有利の手を取ってひきよせた。 「この瞳…何か、硝子を入れている?本当の色が見てみたいんだけど…」 「や…っ!」 瞳に直接指が寄ってくるものだから、有利は瞬間怯えたように背筋を震わせた。 「止めないか」 「見てはいけないのか?」 拗ねたように目つきを鋭くすると、年嵩のコンラートは実に厭そうな顔で溜息をついた。 「そうか、やはり夢なのかこれは…だが、俺の夢なら好きにさせてくれても良いじゃないか」 大判のタオルを纏っただけの姿で酔いのままにしなだれてみせるコンラートに、年嵩のコンラートは一層眉根を寄せ、対照的に、少年は嬉しそうな声を上げた。 「うわー…子どもっぽく拗ねるコンラッドなんて新鮮だなぁ!なんか見た目も俺と同い年くらいだしさ」 「……あまり見ないでやって下さい…。なんというか、居たたまれないものがあります」 「変な渾名を付けないで下さい。ユーリだって、何の疑問もなくエプロンドレスを着ていた頃の自分を目の前に引き出されたら、俺の気持ちが分かると思いますよ?」 「うぉう…ゴメンナサイ。なんかちょっと分かりました」 何か二人だけで分かり合っているらしい様子に、若いコンラートは捨てられた子犬のような表情になってしまう。 「……自分の夢まで思い通りに行かないのか。やれやれ…」 「そんな拗ねんなって!えーと…あんたの夢だもんな。なんか楽しいこと…うーん、何したい?キャッチボール?」 「ユーリ…当時の俺に野球知識はありません。…というか、それはあなたがやりたいことでしょう?」 「おお、失敬失敬。ねー、コンラッド。あんたは何するのが好き?」 「好き…」 そういえば、自分は何をするのが好きなのだろうかと若いコンラートは振り返ってみる。 しいていえば父と共に旅をしていたのが一番楽しい記憶だが、夢なら、一瞬にして旅路に就いたり出来るのだろうか? 「じゃあ、コラント地方の虹を見たい。今すぐ」 駄目元で言ってみた希望は、やはり即座に却下されてしまう。 「無理だって!もーちょっと近場で何とかなりそうなこと言ってよ〜」 困ったように眉根を寄せる少年は、心からコンラートの望みを叶えてやりたいと思っているのか、両手をわきわきさせて詰め寄ってきた。 「また思い通りにならないのか…。俺の想像力って貧困なんだな……」 「やー…!引き籠もらないで若コン!」 膝を抱えだした美青年の肩を、少年は困り果てたように掴んで揺さぶった。 間近で見る少年の瞳はやはり綺麗で…柔らかそうな唇は幼げな容姿のなかで、微かに艶めいた印象をうける。 『こんなに綺麗な子が想像できるのなら、俺もそんなに想像力貧困というわけでもないのかな…』 せめてこの愛らしい少年の容貌でも楽しもうと、じっくり視線を送っていたら…コンラートはあることに気付いてしまった。 「……そのキスマークをつけたのは…年寄りの俺?」 「…!」 「年寄りって言うな」 その指摘に少年は真っ赤になって首元を隠し、年嵩のコンラートはますます渋面を深める。 「おかしいな…俺は女性の方が好きだと思っていたんだけどな…年を取ったら純血の美少年を蹂躙して憂さを晴らそうなんて希望を持ってたのか…ちょっとショック…」 「じゅーりん!?」 「憂さを晴らしているわけではないし、ユーリは混血だ」 がっくり来ているところに、やはりそれぞれ独特の反応を示してくれた。 「……では、俺は混血の少年を愛したいと思っているのか」 「しょーねんしょーねん言うな!なんかおっさんとエンコーしてるみたいでヤナ響きだよっ!」 真っ赤に頬を染めて少年が叫ぶ様子が可愛くて、やはりこれが自分の嗜好なのかと改めて確認できてしまった。 「可愛い…。ほっぺたが真っ赤だ」 「ひわっ!」 くすくす笑いながら抱き寄せれば、年の頃は一緒でも体格には全く差違があることが知れて、華奢な体躯を確かめるように撫で回した。 「ちいさいお尻。ぺたんこ胸。うーん…いままでちっとも食指が動かなかった領域なんだがなぁ…。あ、下着は貴族御用達の紐パンか。これも、もともとは好みじゃなかった筈なんだが…」 「ひぁ…や、やめ……っ!」 するりとズボンの中に入り込んで片尻やパンツの紐をくいくい引っ張る手に、少年は飛び上がって抵抗するが、もう一方の手で簡単に押さえ込まれてしまって身動きが取れない。 「不思議と、興奮する…」 興奮の色を載せて目を細めれば、少年は泣きそうな顔をして困惑しているようだった。
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