【夜明け前】
世界は未だ夜明け前 その日、少年は過酷な運命に翻弄され…
苦しみ、もがき続けた一人の青年の心にほんの小さな灯りをともした
鮮烈な蒼の記憶と共に………
眞魔国、血盟城下…激戦区アルノルドへ向かう為王都を出立する兵士達の姿があった。 当代魔王、フォンシュピッツヴェーグ卿ツェツィーリエの二番目の息子…歴とした王太子でありながら彼はこれから自身と同じ混血の者たちの名誉を護る為に生きて帰れないだろうといわれる激戦区…アルノルドにいかねばならない。 与えられた任務の困難さを痛感しているのか、その表情は険しい。尤も、それはコンラートだけではなく、彼に従う部下達も同様だった。 命がけの戦いに向かうというのに……街頭に彼らを見送ろうとする者の姿はない。 かろうじて家々の中から、息を殺すような視線を感じるのみ。 しかしそれに不満を持つ余裕など今のコンラート達にはない。 そんな彼らの頭上に……それは降って来た。 はらはらと舞い落ちて来たそれを見てコンラートは瞠目した。 「花…?」 馬上から手綱を握ってない方の手を差し出すと、ぽとりとコンラートの掌に落ちて来た。 母のツェリが品種改良させ、コンラートの名を与えたその青い可憐な花をコンラッドは知っていた。 しかし、シマロンとの戦況が悪化した現在、王宮の華やかな庭園を管理していた庭師達も戦場に借り出され、彼女が愛する花々を世話するものが居ないので庭園は荒れ放題だったはずだ。
そういえば、こうして花を愛でるなんてことも…忘れていた。 背後を振り返るコンラートだが、彼らに思いがけない贈り物をした人物の姿はどこにも見あたらなかった。 その姿なき贈り主に感謝しつつ、コンラートは傍らに居る幼馴染み兼、副官のグリエ・ヨザックに声をかけた。 「ヨザック、この花を回収しろ」 「…はぁ?おいおい隊長!?戦場に花なんて持っていってどうする気だよ?」 呆れかえる副官にコンラートは楽しげに笑みを向ける。 「いいから1輪残さず回収しろよ?ヨザこの花はな……」 その時、彼らから数キロと離れていない一室で…蹲り、ユーリは泣いていた、戦場へ向かう彼らに待ち受ける過酷な現実と…己の不甲斐なさに そんなユーリを共にコンラート達の見送りに来ていたスザナ・ジュリアは優しく抱き締めた… それは今から20年前の出来事である。
「お疲れ様でした陛下」 にこやかに笑いながら、護衛のコンラートはユーリに労わりの言葉をかけた。
「陛下ゆーな、名付け親!! なぁコンラッド、外行こうぜ外!!机にばっかりかじりついてると体なまっちまうよ!俺スポーツマンなのにさ」 ぷぅ!!とむくれる姿も愛らしい主の願いを無論否というコンラッドではない。 壁に預けていた背を起こし、軽やかな足取りで近付き、そ…っと耳元で囁いた。 「それは大変だヴォルフに見つかって絵のモデルにされない内にいきましょうか」 「〜〜〜!!!!っだぁ!!耳元で囁くなコンラッド〜!!」 「ん?どうしたのユーリ?俺の声が何か?」 高原に吹く爽やかな風の如くワザとらしい笑みを浮かべるコンラッドは、他の年長組に断りを入れ、主を中庭に連れ出した。 ……あんなにすっげー荒れ果ててたこの場所が……よくここまで持ち直したよなぁ… ひょんなことから宝物殿で魔鏡をみつけたユーリは、あの時20年前の世界を体験した。 庭師達が丹精込めて手入れしている庭園は、血盟城という要素溢れた土地に生息していることもあるのか、瑞々しく美しい。 かつて戦いの爪痕を色濃く残し、侘しかったこの庭園も、戦争が終わり、任務を終えた庭師たちが甦らせ、また可憐な花々が咲き誇る庭となり、忙しなく働くもの達の癒しの空間となっている。 20年という時の流れもあるだろうが、1日も早く平和な日常へ戻ろうとする人々の復興への熱い思いをユーリは感じた。 そしてユーリの目の前にあるこの青い花も綺麗に咲いていた。 大地立つコンラート 今ユーリの傍らに立つ男、コンラートと同じように派手さはないのに凛とした美しさのある花。 「…その花が気に入りましたか?ユーリ?」 コンラッドはユーリの隣に跪くと、彼と同じように自分と同じ名を与えられた花を眺めた。 それに、この花はあの時コンラッド達ルッテンベルク師団に贈った花だから… 「ユーリ」 コンラッドはそっとユーリの頬に掌を添えるとくいと自分に向けさせた。 「そんなに…他のものばかり見ないで?妬けるよ?」 …この艶を含んだ声音に今まで何人の美女が落とされたことか 「こ、コンラッド!!!こんなとこで帝王モード全開にするな!!!」 「あはは、まぁ冗談はさておき」 「冗談なのかよ!?」 「丁度いいから教えておこうかな?この花はねユーリ薬草なんですよ」 「薬草!?」 …そ、それは聞いてなかったぞ!? 「母上が品種改良させて新種の花を作ると聞いた時どうせなら役に立つ物をと頼んだんです葉っぱには止血作用のある成分が合まれていて傷薬になるんですよ丈夫で長持ち、健気なとこは俺ににてるでしょ?」 「自分で言うなってー」 さすがはファンタジーな世界だ。 つくづく自分はへなちょこだと再確認するユーリだった。 「俺も好きですよこの花、貴方と一緒に見れてよかった…」 「あぁ、ツェリ様があんたの名前をつけた花だから?」 「よくご存知ですね?それもありますが、この花はね俺にとって…特別な花ですユーリ20年前からね」 「…え?」 コンラッドは過去を思い出しているのか、遠くを見るような目をしていた。 「……20年前…アルノルドに出兵した時でしたこの花が…丁度街を通る俺たちの所に空から降ってきたんです。一瞬星が降って来たのかと思ってしまいましたよ」 「へ…へぇ…」 あの時のことをコンラートは今も鮮明に思い出せる、あの時ふってきたこの青い花は天上に煌くどんな星より輝いて見えた。 「正直驚きましたよ、この花は……市場に出回っていない王宮内のこの庭園だけに咲いている花ですからねどうして…誰が俺達に送ってくれたのか判らなかったのですが見送りに来てくれた事もですが…有難いと思いましたよこの花を贈ってくれて」 例え姿は見えずとも自分達を案じ、見守っている存在が確かに居る 「…戦争が長く続いて、俺や部下達はろくな補給物資もなく出兵する事になって…きっとそんな俺達の様子を誰かが見かねたのでしょうね…本当は取っておきたかったんですけどあっという間に使いきってしまいました」
それはそうだろうユーリがヴォルフラムから託されたあの花は一束だけだったのだから… 激化した戦場では広大な海の中の一滴のようにほんの僅かな量でしかなかっただろう はははと込み上がる感情を笑って誤魔化しつつ、ユーリは実際もっと彼等に出来る事があったのではないかと思った。 しかしコンラートは穏やかに首を振った。 「残念だなんてとんでもない俺はとても嬉しかったですよ?まるで『生きて戻って来い』と言われたみたいで」 コンラートの言葉にユーリは胸の奥が熱くなった。 彼は今自分が言った言葉にユーリがどれほど心震わせているか、分かっているだろうか? 「戦場では僅かな備え…紙一重の差が生死を分ける事があるんですこの花が無かったら俺は今こうして貴方と話す事もなかったかもしれない…」 歴戦の戦士であるコンラートの言葉には重みがある。 …そうか… だからあの時ヴォルフラムは、コンラッド達を見送りに行く俺達にこの花を渡したのか…… ユーリが魔鏡の力で過去の20年前の世界にスタツアしたとき、コンラッド達の見送りに行くユーリとスザナ・ジュリアに…ヴォルフラムは憮然としながらもこの「大地立つコンラート」をユーリに渡した。
死地に向かわざるをえない兄、ウェラー卿コンラート そして、王都で皆に守られる立場だった三男坊 血をわけた兄弟でありながら身分の違いから仲違いをしていた彼等。 きっと、コンラートが感じたように 『生きて戻れ』 と願いを込めて ヴォルフ、ヴォルフラム、お前の気持ちはちゃんとコンラッドに届いているよ 目頭が熱い 鼻の奥が痛い
戦場に向かうコンラート達を見送った時、ユーリは彼らに何も出来なかった自分に腹が立った。 彼らがどんな想いで戦いに征くのかと思うと、堪らなかった。 花を渡すくらいしか出来なかったけれど けれど それでも… ほんの少しでも俺は役に立てたのだろうか? こんな俺でも、あの花を贈ることで…少しでも彼らの苦しみを減らせたのだろうか? あの日あの場所に居た意味があったのだろうか? 「戦争が終って…出来れば会って直接お礼を言いたくて贈り主を探したのですが戦後の混乱もあって結局見つかりませんでしたあの後地球行きの準備もありましたから…」 「コンラッド…」 ユーリはあの後現在に戻ったし、スザナ・ジュリアはコンラートとは別の戦場に向かったはずだ。 そして唯一真実を知っているヴォルフラムは…何も言わなかったようだ。 「まぁ20年も前の事ですから…きっとその人は忘れてるでしょうね」 ははと笑うコンラートの首に腕を回してユーリは優しく彼を抱き締めた。 「?ユーリ?」 「そんなことねぇよ」 ユーリはハッキリといい切った。 「きっとその人はさ、あんたの事ちゃんと見てるよ!その人だけじゃなくて俺もあんたが生きて戻ってきてくれてよかったって…思ってるよ」 「そうですね、…有難うユーリ」 戦場を生き抜いた男は笑ってそういった。
「なぁ…コンラッド」 「なんです?ユーリ」
生きててくれて有難う
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