我が侭天使C

〜第27代魔王温泉紀行シリーズ〜








 またまた、時を少し戻そう。
 
 ヨザックは兵の噂話を、唯の噂と空過させることはなかった。
 
『超常現象なら、アソコを頼りましょうや』

 そう言うと、男子禁制の眞王廟にどういうツテアがあるものか、迅速に繋ぎをつけるとあっという間にウルリーケを呼び出した。

 ウルリーケが水鏡で索析した地点に魔力を集中させると…透明な水面に淡く映像が浮かび上がった。

『……っ!』

 居合わせた誰もが息を呑んだが、その中でも激しく血相を変えたのがコンラートと有利だった。

 怪しい妖魔の触手によって今まさに嬲られようとしているヴォルフラムの姿に、有利は凄まじい魔力の集中を見せて上様化し、コンラートは剣の柄元を握りしめた。

 まるで言葉を交わさずとも手順が理解出来ているように、現れた水龍の背に跨った二人は天高く舞い上がったのである。
 その姿は雄壮にも、日本○話のようにも見えた。

 どうやら上様はウルリーケの導きでヴォルフラムの居場所を特定することが出来たらしく、妖魔が張っていたのだろう障壁を容易く破ると怒濤の勢いで突っ込んでいった。 
 

「待てーいっ!!」


 大音声を挙げて異空間に突撃を掛けた上様は、そこで自分と酷似した偽物を認めるや激怒を露わにした。

「貴様…気位は高いが単純木訥な愛すべき我が侭ぷーに対して何という非道な仕打ち…。もはや赦してはおけぬ…!血を流すは本意ではないが、おぬしを…斬るっ!」
「俺に…やらせて下さい」
「む…お兄ちゃん剣士よ、我が行く手を阻むつもりか?」

 上様は、有利ほどにはコンラートスキーではないようだ。
 自分の見せ場を取られたとみて鼻白んでいる。

「傷ついたヴォルフに、ユーリに似せた風体で近寄っていくとは許し難い所行です。兄として…赦すわけにはいかない…っ!」

 コンラートの纏う殺気は、魔力など無いはずの彼の全身から瘴気のように噴き上がっていった。



*  *  *


 
 
『ユーリ…っ!……兄上……っ!』

 声が出ないほどの恐怖に縛られていたヴォルフラムは、あられもない姿であることも忘れて二人に見入った。

 愛おしい少年と、憎いはずの恋敵…けれど、そのような見方をすることは今のヴォルフラムには出来なかった。

『来てくれた…!』

 ヴォルフラムを辱める者を叩きのめす為に、来てくれた。
 炎のような怒りを噴き上げながら…!

『コンラートも…怒ってくれているのか……』

 やさしい兄。
 今まで、ヴォルフラムの我が侭も欲求も全て呑み込んで、受け入れてくれた兄…。

 彼がそう出来たのは、自分の欲求を殺してきたからだ。

 甘ったれて毎日しがみついていた幼い日々、ヴォルフラムが眠った後に遅くまで剣の修行や勉学に励んでいたのだと人伝に聞いた。まだ自分の体調を十分にコントロールできるとは言えなかったから、無理をし過ぎたコンラートは暑い夏の日に倒れたこともある。

 その時は、自分のせいで夜更かしをさせていたことが悔しくて哀しくて…労るのではなく泣いて責めてしまった。

 長じてからは、叔父から人間の悪しき所行を蕩々と語られ、コンラートにもその血が流れているのだと知ったとき、騙されていたような気がして一方的に非難した。

 コンラートは哀しげな顔をしたまま、何も言わずにヴォルフラムから離れていった。

『僕は…僕は……っ!』

 アルノルドの激戦の後、何もかも焼き切れたように空虚な目をしていたコンラートに、何も言ってやれなかった。…やらなかった。

 何かに感銘を受けたように、急に生き生きとし始めてヴォルフラムに明るく語りかけるようになってくれたときも、凄く安堵したのに…《嬉しい》と表に出すことが出来なかった。

 そんな兄がヴォルフラムが哀しむことを分かった上で尚諦めきれなかった想いなら…それは、彼の生命と同価の重みを持つものであったはずなのだ。

 それだけの想いを込めて《認めてくれ》と切望し、全力で戦った兄に、ヴォルフラムは子どものように駄々を捏ねた。

『ああ…そうだ』

 駄々を捏ねたら、また兄がヴォルフラムに良いように気を回してくれると期待したのだ。
 
 何て情けない…男として、武人として、勝負を汚してなお恥じることのない自分がどれほど情けない存在なのか、どうして分からなかったのだろう?

 それだけの想いを諦めることが、兄の心をまた殺してしまうことだとどうして気付かなかったのだろう?

『ご免なさい…』

 噴き出すように、感情が沸き上がる。

 強要されるのではなく、自らの心の奥からふつふつと湧き出す思いが《ちっちゃなあにうえ》に向けられていく。



「我が魔力が作り出した領域で勝てるつもりかえ!?」
「そのつもりだ」

 キシャァァア……っと、怪しい叫び声を上げてユキトの顎が耳まで裂けて長い舌がべろりと伸びる。有利に似ているだけにおぞましさがいや増すその顔を憎々しげに睨み付けると、コンラートは剣光一閃、ユキトに斬りかかっていった。

 シャ…
 ドシュ……っ!

 的確に触手を裁ち切っていくコンラートだったが、確かにここはユキトの領域であったのだ。隠れていた触手の一つがコンラートの下肢に絡みつくと、すかさず別の触手が腕の自由を奪おうとする。

「それみたことか、早く交代せよ」

 苛々と上様が足を踏みならす。
 彼の価値観から言うと、一人の敵に二人がかりというのは卑怯に当たるらしい。

 戦隊モノヒーロー(複数の正義の味方が1頭の怪獣をフルボッコ)に言ってやりたいような台詞だ。

「嫌…です…っ!ヴォルフは…俺が護ります…っ!」

 ぎりり…と締めあげられて尚、コンラートは弱音も吐かなければ剣を取り落としもしなかった。指先からは血の気が引き、引き裂かれた衣服の合間からねっとりと舐め上げられても敵意を失うことなく突破口を捜している。

 ヴォルフラムの為に。

『僕は…何をしているんだ…!』

 恥ずかしい。
 何もかも恥ずかしい。

 でも…その恥ずかしさをそうと感じて、そうではない自分になりたいと願わない限り、いつまで経っても自分はこのままだろう。

『嫌だ…っ!』

 初めて自分を恥ずかしいと思い、情けないと思った。
 昨日まではそんな自分を《成長している》《男らしい》と思いこんでいた自分こそが恥ずかしい。

 ヴォルフラムは拘束された右手に集中すると、その一点に自分の持ちうる全ての魔力を集結させた。
 苛立ちに振り回されることなく、精神を研ぎ澄ませてタイミングを計る。

 もう…ヴォルフラムは兄に護られてばかりの子どもではいたくないのだ。


「コンラートを…離して貰おう…っっ!!」


 ゴォオオオ……っ!


「グギヤァアア…っ!?」

 竜巻のように炎が渦を巻き、ユキトから伸びる触手を業火で灼いた。

『これは…っ!』

 《強い魔力を持つ》と言われていながら、滅多にその実力を発揮出来た試しのないヴォルフラムだったが、今は自分の身体に充ち満ちている魔力の高ぶりを十分に調整出来ていることに驚いた。

「ヴォルフ…!」
「触手は任せておけ…!」

 意を得たとばかりに、触手から解放されたコンラートが跳ねる。
 狙い過たず、コンラートの剣はユキトの本体を刺し貫き…その後背を狙った触手はヴォルフラムの炎に灼かれていく。

「ふむ…一対二ではあるが、触手分を別働隊と見れば卑怯とは言えまいか」

 上様は自分なりの落とし所を見つけつつも、出番がなかったことに唇を尖らせている。


 ギャアゥゥウアア……っ!!


 ユキトの断末魔が轟くと、ズワ……っと世界が歪む。
 妖魔の生命が完全に消え失せたとき、世界を覆っていた障壁も姿を消した。

「ここ…は……」

 馬の蹄が消えた、平原だった。
 まだ夜は明けぬ様子で、草むらの影からリリリ…コロロ…と虫の鳴き声が聞こえる。

 ユキトがいたはずの場所からはゴフ…ボグ…と水が湧き出している。
 それは、地中から滲む温泉のようだった。

 その中で、奇妙に拗くれた蜥蜴のようなものが全身に火傷と切り傷を負って死んでいた。
 人の寂しさにつけ込む妖魔であったのかも知れない。

「ヴォルフ…大丈夫だった?変なコトされなかった…!?」

 上様は仕事完了と見たのか、既に有利から抜けてしまっている(きっと、不完全燃焼のままだろう)。

 有利は呆然としたまま立ち尽くしているヴォルフラムの肩を抱くと、くしゃくしゃと乱れた髪を更に掻き回して、バスバスと背を叩いた。

「されてない…」

 ぶすくれて呟いてから。ヴォルフラムは少し距離を置いて佇んでいるコンラートは見やると、有利の肩をそっと掴んで離した。
 その眼差しにはもう《ぶすくれた》感じはなく、何処か一皮剥けたような…男の艶があった。

「コンラート…」
「なんだい?」
「今までのこと…すまなかった」

 どのことについての詫びとは、特定しなかった。
 全部全部合わせた詫びが、この一言で済まされるとは思えない。

 けれど…背筋を伸ばしてから深々と下げた頭に、コンラートは驚愕し…次いで、何とも言えない笑みを浮かべて微笑んだのだった。



*  *  *




『嬉しそうで…ちょっと、寂しそうだ』

 きっと、コンラートにとってヴォルフラムに甘えられることは苦しみを与えるだけのものではなかったに違いない。
 それが一見侮蔑のような形を取っているときでも、きっとコンラートなら許してくれると思って甘えている…そう、感じていたのではないだろうか?

 けれど今、ヴォルフラムは決別の時を迎えたのだ。

 兄としてただただ甘えてしまうのではなく、一人の男としてコンラートと対峙する為の、これは過去に決別する為の詫びなのだろう。

『ヴォルフは…佳い男になるよ』

 独り立つ時が来たとき、迎え撃つ事が出来るのなら…それは年齢に関わりなく《男》として独り立ちするときなのだ。

 有利はじぃん…と沁み入るような感動を覚えて、眦を濡らした。

「ありがとう」

 コンラートも、何に対する礼なのか言葉を尽くすことはなかった。
 しみじみと感じるままに、寂しさと喜びを混ぜた声が夜気の中に響いていく。

「帰ろう、ヴォルフ」
「ああ…」

 ふと、ヴォルフラムは立ち止まると、有利とコンラートに向かって胸を張った。

「見苦しいところを見せたが…先日の勝負は確かにコンラートの勝利だった。遅れてしまったが、潔く認めよう!」
「ヴォルフ!」

 コンラートと有利の声が合わさる。

「婚約も、一度正式に破棄する」
「一度…?」

 何だろう。
 何故だか妙に引っかかりを感じるのは気のせいだろうか?

「血盟城に戻ってから、僕は正々堂々と宣言しよう。お前達が結婚するその日までに、再びユーリの心を取り戻すと…!」
「はあ…っ!?」
「僕は今回のことで悟ったのだ。僕の敗因は、ユーリに肉欲を抱けなかったことだ。精神的な愛だけではやはり足りないのだ…!僕はこれから毎日ユーリの裸を想像して自慰に励む!それで抜けるようになったら立派にお前を抱けるようになると思うし、男の色気も上がってお前をメロメロに出来ると思う」
「何言ってくれてんのっ!?て…天使みたいな顔してそんな下品なこと言ったらNGだろう!?グウェンが腰抜かすぞ!!」
「それが拙いというのだ。僕も自分の個性を考えて、今まで上品にし過ぎていた。だが、恋や愛というのは肉体も伴わねば実体化しないものだと気付いたのだ!」
「そんなことには気付かず、お前は綺麗なままでいてくれよっ!」
「断る!これから毎日お前をオカズに抜いてやるっ!」
「ズリネタ宣言とかしないでぇぇ……っ!!」

 弟の想像を絶する発言に、次兄は膝を突いて俯いてしまった。
 今にも滝の涙を流しそうだ。

「ヴォルフが…穢れてしまった……」
「そこもっ!いい加減弟離れしろよっ!」

 有利こそ、友人として兄と同じ幻想を抱いているような気もするが…。


「ヴォルフ、元のお前でいてーーっっ!!」 
  


 勝手極まる叫びが、夜の静寂に響き渡っていった…。
 
 
おしまい







あとがき


 こんなオチですみません。
 しょっぱなで激しくヴォルフラムに言いたいことを言ったら目標を達してしまったので、収拾に困ってしまいました…。
 このコンユがエッチに辿り着く日は来るのでしょうか?
 
「狸山様、ヴォルフが嫌いでしょう?」という御意見も頂きましたが、嫌いじゃないんですよ嫌いじゃ!ただ、時々「以前のことを謝ってもいないのに、無かったことにすんなよ…!」と苛立つだけなんです。
 ちゃんと清算してこそ、初めて《男前》と呼んでいい気がするのですよ。

 なので、原作で昔のことを有利やコンラッド(こっちはちゃんと帰ってないと無理ですね…)詫びて欲しいなぁ…と願うばかりです。少なくとも、初対面で母親を罵倒した罪くらいは認めて欲しい…。

 駄目ですね〜こういう愚痴っぽい事を考えながら書いた話はやっぱり面白くないです。