「我儘天使」

※神咲様のリクエストで、白い次男が予想外の人物に奪われ、焼き餅やきさんな有利がぐるぐるするほのぼのコメディ微エロ話の、筈です。

 

 

 

 いつも通りのスタツア(明日は試合なのに)。

 いつも通りの眞王廟噴水(いい加減ポイントを変えてくれ)。

 いつも通りパンツまでびしょ濡れ(しかも季節は冬)。

  

  ただひとついつも通りでなかったことは、お迎えが名付け親でなかったこと。

 それだけはいつもと一緒でよかった…と、いうより寧ろ一緒じゃなきゃ嫌だったのに…。

『なんだってよりにもよって、いつも通りであって欲しいことだけ違ってたんだろ?』

 顔に出してしまうと満面に笑みを湛えてタオルを差し出してくれるギュンターに悪いので、清潔な布地の中にふぅ…と溜息をついてみる。

『ああ、そういえば今回はヴォルフの奴もいないや』

 聞けば自称婚約者が激怒しそうな言いぐさで思い出してみる。

 いつもならコンラートと競うようにして(コンラートの方にはその様な気はなさそうだが)タオルを押しつけ、《これも婚約者の業務の内だ》などと胸を張っているのだが、今日は一体どうしたのだろうか?

『なーんか、変なの』

 もはや習慣になりかけているせいだろうか?あの騒ぎがないと物足りないような気さえしてしまう。

『……いかん。ああいうのが日常風景になってちゃマズイような気がする…』

 コンラートがいないものだから、がしがしと力任せにタオルで髪を拭くと(ギュンターは丁寧に拭きたそうだったが、任せると血まみれになりそうなので辞退した)、有利は仔犬のようにぶるる…っと頭をふり、気分を切り替えた。

 

*  *  *

 

 

 いつもの学ラン風王様服に着替えて血盟城に向かった有利は、道中で大体の事情をギュンターから教えて貰った。

 それは《驚くべき》と言うべきか、《またか》と言うべきなのか…またしてもアニシナ絡みの事件であった。

 アニシナの開発した《永遠に若く美しく!時よあの時に戻れギュンギュギュン5号》の餌食となったヴォルフラムは若返った。

 ただ、若返り加減が半端ではなかった。

 魔族年齢にして70年ほども若返ってしまったと言うことは、有利などが被検者となった日には配偶子レベルまで戻されてしまいそうだ。

 

*  *  * 

 

「これが…ヴォルフ?」

 血盟城のコンラートの居室を訪れると、子ども向けの絵本や縫いぐるみに満たされた室内に、人間年齢にして6歳程度と思しき金髪の美少年がいた。

「ええ、ご覧の通り見てくれは天使のようなんですが…純粋無垢な我が儘ぷーでして…」

 苦笑するコンラートのお膝にちょこんと乗り、逞しい胸板を独占しようというのか、むぎゅうと抱きついた幼児は、確かに見まごう事なき《天使》だった。

 光に透ける金髪は蜂蜜のような色合いで、大粒のエメラルドアイズはけぶるような長い睫に縁取られてあどけなく輝いている。ふっくらとした頬は淡い薔薇で、形良い唇もまた咲き初めたばかりの蕾のように愛くるしい。

 そしてなんといっても全体的にちまちまとした幼児独特の均整が幼気な魅力を醸しだし、見つめるコンラートの瞳も明らかに蕩けるような愛情に満ちあふれている。

「ふわぁ〜…流石は美少年!ちっちゃいと破壊力も更に強くなるなぁー。なあ、コンラッド!俺も抱っこして良い?」

「ええ、勿論」

 伸ばされた手はしかし…小さなもみじのようなお手々でぺしりと叩かれてしまう。

「触れるな、無礼者!それに、お前!ちっちゃな兄上に対して馴れ馴れしいぞ!」

「こら!ヴォルフ…っ!!」

 コンラートに叱責されて不承不承頭を下げたものの…幼児独特の勘で《こいつは兄上に可愛がられてる奴》と見抜いて、独占欲を発揮しているに違いない。見上げる瞳は初めてあった頃のように敵意がびしびしと感じられた。

「え…ええ?もしかして、見てくれだけじゃなくて中身まで戻っちゃってるの?」

「そうなんです。」

 考えても見ればそうだろう。幾ら外見が幼くなったからと言って、あのヴォルフラムが大人しくコンラートの膝に乗ったりしているはずがない。そういえば昔は凄く懐いていたと聞いたことがある。

 後年、人間と魔族の確執に気付いてからコンラートと隔意を持つようになったそうだから、コンラートにとっても今の状況は懐かしく…嬉しいものなのかも知れない。

『そうだよなぁ…上の兄弟にとっちゃ、下の子に懐かれるのって特別嬉しいみたいだし…』

 世の兄弟全てがそうというわけではないかも知れないが、少なくとも渋谷家ではそうだ。

 勝利の弟溺愛ぶりには両親でさえ正直引いてしまうほどだ…。

『アニシナさんの道具のことだから効果がずーっと続くって訳でもないだろうし、暫くは二人にさせてあげようかな?』 

 そう思って部屋を去ろうとすると、コンラートが少しだけ引き留めてくれたけど…ヴォルフラムが甘えるように抱きついてきたら嬉しそうに抱き返してしまって、もう扉を開ける有利の方を見てはいなかった。

『コンラッドの視線を感じずにこの部屋を出るのって…初めてかも』

 いつもなら背中に暖かい眼差しを受けながら、扉が閉まる最後までコンラートの気配を感じて別れを告げていた。

 けれど、いまはそれがない…。

 

 ぱたん…

 

 静かに扉を閉じたあと、有利は暫くその場に立ち竦んでしまった。

 

*  *  *

 

 有利の思惑に反し、ヴォルフラムの幼児化は3日たっても一週間経っても解けることはなかった。アニシナに泣きついても《そのうち戻ります》の一点張りで相手にして貰えず、せめて一緒に遊ぼうとコンラートの部屋を訪れても、お兄ちゃん子と化したヴォルフラムにすげなく追い返されてしまう。

 《むむ〜う》と頬を膨らませていればコンラートが申し訳なさそうに頭を下げるし、居たたまれないことこの上ない。

 

*  *  *

 

「ううう…もう、限界……」

「隊長がいないと寂しくて駄目デスかぁ…グリ江寂しいっ!」

 執務室の机にへばって弱音を吐いていたら、臨時護衛のヨザックがくねくねと身を捩って拗ねて見せた。

「あ、ああ…っ!ゴメンねグリ江ちゃんっ!別にグリ江ちゃんに不満があるとかそう言うんじゃなくて…」

「隊長は特別…ですか?」

『分かっていますよ』

 と言いたげににしゃりと微笑まれて、有利はきゅうんと肩を竦める。分かっていてからかわれただけのようだ。

「でも、坊ちゃんにしては珍しいですねぇ。不満に思っててもじっと我慢してるなんて…」

「だってさぁ…俺がごねてヴォルフと喧嘩するとコンラッドが凄く申し訳なさそうな顔するんだもん…。なんか、下の子が可愛がられるからって我が儘言ってる子どもみたいで恥ずかしいし、コンラッドにも悪いし…」

 主君と弟の板挟みでは居たたまれないことこの上ないだろう。

「でも、寂しいよう…」

 うるる…と瞳に水膜をまとえば漆黒の瞳が一層艶やかに煌めき、先程まで黙って執務に専念していたグウェンダルが《う…》っと呻き声を上げる。

「………行ってこい」

 ぶっきらぼうな声音に、有利の瞳がぱちくりと見開かれる。

「え?」

「この時間は丁度ヴォルフラムが昼寝をしているはずだ」

「い、良いの!?」

「ああ…」

『閣下も甘いですねぇ…』

 ヨザックの悪戯っぽい眼差しに眉根の皺を深めつつも…にぱぁ…っと微笑む魔王陛下の笑顔にはどうにも弱いグウェンダルなのだった。

  

*  *  *

 

 小さくノックをしてからそう…っとコンラートの部屋に身を忍び込ませると、グウェンダルの言うとおり熟睡しているヴォルフラムと、傍らで椅子に座っているコンラートがいた。

「えへへ…寝てると本当に可愛いね」

「ええ、兄馬鹿と言われそうですが…我が弟ながら可愛くてしょうがないんですよ」

「おっきくなると我が儘ぷーな上に素直じゃないもんな。でも…昔はこんなにお兄ちゃんっ子だったんだなぁ」

「そうですね…」

 コンラートの瞳は懐かしむように眇められた。

「まだヴォルフが魔族と人間の違いとか…俺の血筋なんてものを知らない頃は、こんな風に懐いてくれてたんですよ。いつも俺の後をついてきて…俺も、そんなふうにされるのは初めてだったものだから良いだけ甘やかしていましたねぇ…」

 絹糸のように柔らかな頭髪を撫でつけながら微笑むコンラートだったが、有利を見やると…琥珀色の眼差しに痛みを感じさせる色を浮かべた。

「ですが、すみません…。あなたの護衛をヨザに任せきりにして…」

「ん…んん!良いよっ!」

 ふるふると首を振れば、背後の扉に控えていたヨザックが進み出て、きゅうっと有利の華奢な身体を抱き込んでみせる。

「そうよぉ!陛下はグリ江とも仲良しですもんねぇ〜!」

「そーだよね、グリ江ちゃん!」

 心配を掛けまいと敢えて陽気に微笑む有利だったが、コンラートのこめかみにはぴくりと血管が浮き出してくる。

「へぇ…」

 爽やかに微笑む瞳の奥に、ちらりと嫉妬の焔がちらついたのを見逃すヨザックではない。

「隊長はぷー閣下に掛かりきりですしぃ。グリ江、夜も陛下をお慰めしようかなー」

「ヨザ…」

 かちりと帯剣に手を掛けるコンラートだったが、有利がきょとんとしたように答えたことで何とか手を戻した。   

「いいよぅ、夜までは。今でもコンラッドの代わりにランニングしたり、キャッチボールして貰ったりしてるもんな」

「えー?遠慮しなくていいのに。グリ江、結構床上手ですよ?」

「トコジョーズ?鮫がどうかしたの?」

「……まあ、いいです。でも、陛下のベットは広いでしょう?俺の一人や二人添い寝したって狭いこと無いんじゃないですか?」

「うう〜ん…どうだろう?」

 本気で悩み出した有利に、コンラートは顔色を変えて反対した。

「陛下…ヨザと同衾なんて冗談じゃありません!こんな筋肉達磨と一緒に寝ていて押しつぶされたらどうするんですか?上から下から内臓が溢れ出てしまいますよ?」

「ナニ…その腹を踏まれた小魚みたいな表現…」

 そのリアルすぎる例えよりも何よりも…《陛下》の呼称が引っかかってしまい、有利の頬は無意識のうちにぷくーっと膨れてしまった。弟には蕩けるみたいに甘い声で《ヴォルフ》なんて呼ぶくせに、ずっと有利のことはほったらかしでその上《陛下》だなんて、あまりにも扱いが違いすぎやしないだろうか?

 かといって、この場で半泣きになって地団駄踏むのは高校男児としては恥ずかしすぎる。

『うぅ〜むぅぅぅ……っ!』

「行こう!グリ江ちゃんっ!」

「陛下!?」

 コンラートの声を背後に聞きながら、有利は強引にヨザックの手を引っ張って部屋を出て行く。

 コンラートの声は焦ってはいたが…それでも、追いかけてきてはくれなかった。

 扉を閉じ際ちらりと目線を遣れば…寝ぼけたヴォルフに軍服の裾を掴まれたコンラートが途方に暮れたような表情で佇んでいた。

 

 困らせたくない。

 でも、寂しい。

 

『ああ…もうやだ、こんなの…っ!』

 

 目の奥が痛いくらいに熱くなって…自分でも吃驚するくらい大きな音で扉を閉めれば、背後で火がついたようにヴォルフの泣く声がした。


*  *  *


 

『やだ…やだ…やだよぅ……っ!!』

 

 ヨザックの手を引いて、有利はどんどんどんどん走っていく。

 

 何処をどうやって走ったのか自分でも分からなくなった頃、ようやく荒い息を吐きながらへたり込めば…息も乱さぬヨザックがぽんっと背中を叩いてくれた。

「青春ですねぇ…」

「そんな良いもんじゃないよ…!もう…俺、情けない…。ヴォルフに嫉妬して、コンラッド困らせて…」

「坊ちゃんはよく我慢してると思いますよ?」

「こんな時に優しくしないでよ…」

「あなたになら、幾らでも優しくしてあげたいんですけどねぇ…」

 蒼瞳を瞬かせてにしゃりと微笑むヨザックは、有利の頭を一掴みに出来そうな大ぶりな手で…本当にやさしくやさしく撫でつけてくれる。

「グリ江ちゃんてば、お姉ちゃんみたいなのかお兄ちゃんみたいなのか分かんないや…」

 泣き笑いの声で有利が言えば、大仰に肩を竦めてみせる。

「両方楽しめて良いじゃありませんか」

 そう言った後…有利が何も言わなくなると、ヨザックもまた何も言わずに時が流れるままに任せてくれた。

 コンラートとは別の意味で、このヨザックという男は得難い男なのだとしみじみ思う。

 有利が落ち込んでいるとき、無理に引き上げようとはせずに…落ち込むに任せて十分落ち込ませてから、有利が自ら《何かしたい》と言い出すのを待ってくれる。

『これって…俺のこと、信じてくれてるってことだよな?』

 有利はごしごしと黒衣の袖で目元を拭うと、紅くなった目元のままヨザックを見つめた。

「ねえヨザック。俺…可愛くなりたい」

「…へぇ?十分可愛いですけど」

「ちっちゃい子が自然に懐くくらい可愛くなりたいんだよ。ねぇ…ヨザックならそういう服とか売ってる店知ってるだろ?」

「ああ…」

 合点がいったヨザックがにしゃりと笑う。

 なるほど…有利はコンラートを困らせないようにヴォルフとの間に割って入る気らしい。

 

*  *  *

 

「コンラート様、ヴォルフラム様、おやつの時間ですよ」

「……!?」

 ワゴンを運び入れた愛くるしいメイドに、コンラートは思わず息を呑み…ヴォルフですら《きょん》…と目を見開いて見惚れてしまった。

「…陛下?」

 尚もその呼称を使う男にメイドさんはぴくりとこめかみを震わせると、桜貝のように染め上げられた指先でちょいっと鼻先を突いてみせた。

「ユーリですわ、閣下」

 くす…

 

 微笑むその唇の…双弁の艶やかなこと…!

 

 もともと眞魔国では《絶世の…》と表現されるほど整った容貌に、ヨザックの手で化粧を施された有利は煌めく程に美しく、その身にぴったりと纏う紺のメイド服のせいか…動作の一つ一つが可憐な華やぎを帯びている。

 漆黒の瞳はマスカラを施したせいで艶めかしいほどの潤いを含み、咲き初めたばかりの蕾のように清楚な唇にはコーラルピンクの紅が差されている。ふっくらとした頬は自然な赤みを帯びており、ちんまりと配置された形良い鼻先には、見る者の唇を誘う魔力さえ感じられた。

 ほっそりとした腕や腰を強調するぴったりとしたデザイン…そして、対照的にふっくらとした肩口と腰から伸びるスカートの広がりに、肩口や襟元を飾るふわふわ純白エプロンのフリル…。

 

 ある者には抱き寄せたいという強烈な欲望を…

 ある者には抱きつきたいという無邪気な願望を抱かせるその姿。

 

 素直に従ったのは後者の願望を持つ者だった。

「ヴォルフラム様、おやつを召し上がられますか?」

 にっこりと微笑むメイドさんの魅力に負けたのか、ヴォルフラムはこくこくと頷くと、駆け寄ってスカートに抱きついた。

「食べさせて!」

「ええ、勿論」

 お膝に抱き上げてソファに座ると、あーんとお口を開けるヴォルフラムに匙で一口ずつプリンを与えてやる。

「コンラート様も、あーん」

「俺も…ですか……」

 顔色を白黒させる様子が面白くて匙を伸ばせば…心なしか頬を染めた男が戸惑いながらも、精悍な口元を開いて匙を受け入れる。

『う…っ!』

 見つめる琥珀色の瞳にじんわりと滲むような熱情が感じられて…銀の匙を殊更ゆっくりと含む唇が、淫靡な艶を纏う。

『く…こ、この野郎…。ドキドキさせてやるつもりが俺をドキドキさせやがって!』

 爽やかな顔をして、突然《雄》の顔を滲ませるのはやめて欲しい。

『ま、負けるもんかっ!』

 そういう勝負ではなかったはずなのだが、有利はムキになって挑戦してしまう。

「まぁ…コンラート様ったら、お土産がついてますよ?」

 ころころと笑って…ヴォルフラムに一際大盛りにした匙を含ませている間に、ぺろりとコンラートの唇端を嘗め取った。

 子猫のようにちいさな紅い舌が、薄く引き締まったコンラートの唇を掠めていく…。

「……っ!」

 これは流石に破壊力があったらしい。

 コンラートの瞳の奥に銀色の光が弾け、彼が酷く興奮していることをにおわせた。

『へへん!どんなもんだい!』

 誇らしげににぱりと笑う有利をどう思っているのか…コンラートは物思うように、そっと口元を掌で覆うのだった。

 

*  *  *

 

「さあヴォルフラム様、一緒にお風呂に入りましょうね」

「………っ!!」

 メイドキャップは被ったまま、紺のタオル地ドレス(腰の所に大きなリボンがついており、丈が膝上20pなのがかなりあざとい一品だ)に身を包んだ有利が浴室に入ってくると、ヴォルフラムはきゃきゃと声を上げて喜んだ。

『むきゅ…』

 ヴォルフラムは勿論、コンラートもすっぽんぽんで…久し振りに目の当たりにする逞しい裸身に有利も息を呑んだが、コンラートの方も動揺ぶりは激しいらしい。

 素で瞳が開大されたのが何よりの証拠である。

「ユーリは胸がちっちゃいな!母様はすっごく大きいんだぞ?」

「ちいさいのはお嫌?」

 小首を傾げてしょんぼりしてみせれば、コンラートもヴォルフラムも同時に頬を染めてしまう。

 屈み気味になると、タオル地から覗く胸元に微妙な陰影が掛かり…何とも言えない淫靡な色香を漂わすのである。

『やったよグリ江ちゃん!攻撃力はバッチリだ!!』

 そう…服や化粧もそうだが、今回の戦術もまたヨザック仕込みなのである。

 グリエ・ヨザック…男心の転がし術は見事である。ちょっと水商売系だが…。

「そ…そんなことないぞっ!ぺたんこでも僕は好きだ!」

「ありがと……て、ぅひゃ…っ!!」

 有利が纏っているタオル地ドレスはチューブトップのような形をしている。その胸元をヴォルフラムが子ども特有の素朴さでぺろりと捲って見せたのであった。

 薄付きの筋肉に覆われた白い肌が露わになると、急に外気に晒されたせいできゅっと硬くなった尖りが薄紅色にいろづいて視線を誘った。

「ヴォルフ…止めなさいっ!」

「へ…平気だよ…ですっ!!」

 そうは言いつつも、隠しているものを露出されるとどうしてこんなにも恥ずかしいのだろうか?有利は急に恥ずかしくなって楚々と胸元をタオル地で隠してしまった。

 そんな仕草が妙におかしみを感じさせてしまったのか、ヴォルフラムが銀の鈴を転がすような声で笑い、ぐいぐいとタオル地の裾を引っ張り出した。

 巻きスカート風に整形された裾の一部を無理矢理引っ張れば、ほっそりとした下肢が半ばまで露わになってしまう。

「お…お止め下さいヴォルフラム様っ!」

 半ば本気で抵抗する有利は、心の片隅で《お代官様に帯をくるくるされる町娘みてぇ…》等と思ってしまうのだった。

「やめなさい、ヴォルフ…っ!!」

 この時、ヴォルフラムはコンラートに抱え上げられまいとして、服の裾を掴んだままぐるりと有利の背後に回り込んでしまった。

「うわっ!」

 足を取られて有利がよろけると、咄嗟に腰を抱いたコンラートの腕の中に強く抱き込まれてしまう。

「あ…すみません…コンラート様……」

「……陛下…」

 むかっ!

 

『なんだよ、なんだよ…なんだよぉぉぉぉっっっ!!』

 

 この期に及んでもなお《陛下》呼称を止めない男に、有利は煮えくりかえる苛立ちをぶつけてしまう。

「陛下って…言うなよ」

 ぽそりとひとこと口にしてしまったら…歯止めが利かなくなってしまう。

「すみません…」

「陛下って…陛下って……言うなよぉぉ……っ」

 ちいさく肩を震わせながら、有利はとうとうコンラートの胸板に顔を埋めて涙を零してしまった。

「すみません…すみません、ユーリ…」

「俺…寂しかったの、我慢してたのに…なんでずっと陛下なんて呼ぶんだよ…っ!コンラッド…弟がかまえるようになったら、俺なんてもういらないのかよ!?」

「そんなことありません…ユーリ…ね、もう泣かないで?」

「ユーリ、どうしたんだ?あにうえがいじめたのか?」

 おろおろと、大粒のエメラルドアイズを潤ませてヴォルフラムが尋ねてくるが、苛々の絶頂にあった有利は爆発するような勢いで叫んでしまった。

 我慢して我慢して…どうにか堪えていたものが決壊してしまったのである。

「そーだよ!」

 

『俺が大好きなのに、コンラッドは俺のことどーでもいいんだもんっ!』

 

 これ以上の苛めがあろうか?

 本気で哀しくなって…ぼろぼろと涙を零しながらしゃくり上げると、剥き出しの華奢な肩をおそるおそる抱きしめたコンラートが、漆黒の頭髪に鼻先を埋めてきた。

「違うんです、ユーリ…そんな可愛らしい姿のあなたにユーリなんて呼びかけたら、俺は…我慢できなくなってしまうから…」

「ナニをだよ!?」

「それは…」

 苦しげに眉を寄せて…コンラートは無自覚な主君の頬を両手で包み込んだ。

「コンラッド…?」

「……っ」

 きょとん…と、涙に濡れた双弁が…穢れを知らぬその眼差しがコンラートの胸を千々に乱れさせる。

 

『本当に…困った人だ…っ!』

 

 最初は、単純に育児疲れだった。

 可愛らしいが、どこまでもぺったりと引っ付いてくるヴォルフラムにエネルギーを吸い取られてしまい、連日連夜行軍を続ける方がナンボかマシだというような憔悴具合だったために、有利に対する態度がややおざなりになってしまったのは事実であった。

 けれど、ヴォルフラムに構うコンラートに対して拗ねてみせる態度が可愛らしくて…ついつい刺激してしまったのは明らかに…コンラートの我儘な独占欲だった。

 

 もっと自分を求めてほしい。

 特別な存在であることを自覚して欲しい…。

 

 そんな独りよがりな想いで有利を追いつめて…こんな恰好をさせた上に、泣かせてしまった。

『すみません…』

 

 申し訳ない。

 

 こんな状態で彼の名を呼ぼうものなら、ヴォルフラムの前で恋情を止められなくなってしまう。

『口吻など…俺には、赦されていないというのに…』

 何故そんなにも愛くるしいのだろうか?

 何故…天使みたいに純粋な瞳でコンラートの胸を射て…桜色の唇を無防備に淡く開いているのだろうか?

 コンラートが恐る恐る唇を寄せていけば…どう受け止めているのだろうか?

 有利の瞼が静かに伏せられて…花弁のような唇が露を受け止めようとするように待ち受けている(ように見える)。

 

『口吻て…しまいますよ?』

 

 辺りの状況もなにもかも吹っ飛んでしまいそうなコンラートの前で…突然、火がついたように幼児が泣きだした。

 

 びぇぇぇええ〜〜んっっ!!

 

「ヴ、ヴォルフ!?」

「あにうえ〜っ!ユーリをいじめたらだめぇ〜っ!!」

「ヴォルフ…」

  すっかり毒気を抜かれてしまった有利が、小さなその身体を抱き上げたその時…

 

 …ぽわんっ!

 

 音を立ててヴォルフラムが…魔族年齢82歳の美少年に成長してしまった(勿論全裸で)。

 

「え…?」

「ん…な……?」

 ヴォルフラムはこの瞬間…どぅっと蘇ってくる記憶の奔流に弄ばれてしまった。

 

『ちっちゃなあにうえ〜!抱っこ〜っ!』

『ははは、ヴォルフは甘えんぼだなぁ…』

 

『あにうえ〜おねしょしゃったよぉ〜』

『しかたないね。濡れたパジャマは洗っておいて上げるから、風邪を引かないように新しいものに着替えなさい?ああ…汚れてしまったところは後で暖かいタオルで拭って上げるからね。』

『あにうえ、僕のこときらいにならないでね…』

『嫌いになんてなるもんか。大事なおとうとだもの』

『あにうえ、だぁーい好きっ!』

 

 どんな羞恥プレイよりも壮絶な記憶の奔流に、ヴォルフラムがこの時出来た行動は…

 

「コンラートの大馬鹿野郎ーっっ!!」

 捨て台詞を吐きながら駆け出すことだけだった…。

 

 そして勢いよくステーンっと転ぶと…結局、コンラートと有利にあやされながら、服を持ってきて貰うまでベットの上でシーツにくるまっていたのだった…。

 

*  *  *

 

「いやぁ…災難だったなぁ、ヴォルフ」

「あの事は忘れろっ!」

 その後、話が蒸し返されるたびにヴォルフラムは何とも言えない居心地の悪さを感じることとなる。

 そして尚も困ってしまうのが、そういう話が蒸し返されるたびに…

 コンラートが有利を見つめ…有利がコンラートを見つめてしまうことだった。

 そして、無理矢理引き剥がそうものなら、決まって有利はヴォルフラムのことを拗ねたように睨むのだった。

『なんだって僕は、婚約者にこんな目で睨まれなくてはならないんだ!?』

 嫉妬心溢れるその瞳が意味するものが、自分を愛する者への嫉妬ではなく…まさしく自分に対する嫉妬であることをヴォルフラムは痛いほど自覚している。

 何しろ彼は、自分が元の姿に戻る寸前のコンラートと有利の様子も鬱陶しいほど明瞭に覚えているのだから…。 

 

『あ、アニシナ……恨むぞ……っ!!』

 

 この居たたまれ無さに負けては、ヴォルフラムの選択肢は《婚約破棄》しかなくなってしまう。

 

『ま、負けるものかぁ〜っ!!』

 

 さてはて…天使の忍耐力が何処まで続くかは、神(眞王?)のみぞ知るといったところか…。

 とにもかくにも眞魔国第二十七代魔王とその護衛の恋が、ちょっぴり前進してしまったのは間違いようもないことであった。

 

 

おしまい

 

あとがき

 

 クマ様、如何でしたでしょうか?

 

 全く希望になかった女装を入れてしまいましたが、ここは狸山の趣味ということでお許しを…。ああ、メイド服やっぱり大好きです。

 タオル地ドレスは《微エロ》要素を入れるためにチューブトップにしましたが、有利には魔女の宅急便みたいなワンピタイプの方が似合いそうですね。

 

 白次男というにはかなり微妙な感じでしたね。やはり…黒にしろ白にしろ、《純》をつけるのはうちでは難しそうデス…っ!

 

 御意見ご感想お待ちしております。

 

 次回はいよいよエロ…っ!黒いたぬき缶になって初めての新作エロに、土台が唸るぞ空飛ぶぞ、その名も超電磁エロが書けるとイイナと思います。こちらもほどほどお楽しみに!(←大した期待は出来ないらしい)

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