「君に嘘をついた」B
『あの野郎…!』
グリエ・ヨザックめ…一体どういうつもりでこんな衣装を有利に着せたのか。
大体、何故有利のサイズに合うこんな衣装が即日で用意できるのか?
色々と突っ込みたいことはあったが、困ったことに…その衣装はコンラートの好みをジャストミートしていることは確かだった。
『なんでそう…可愛いんですかユーリっ!?』
瑞々しい肢体を拘束するかのようなビスチェは、野球少年の健やかさを縛る淫らな綾紐のようであり…同時に、美しい純白は花嫁衣装を思わせる清純さも湛えている。
どこから調達してきたのか知らないが、どうしてこうユーリにぴったりフィットする代物があったのだろうか?
咲き初めた蕾から妖しい香りを放つ蜜が滴ってくるような…そんな、禁忌に触れる背徳感を感じさせられて、コンラートは鼓動を早めた。
有利の持つ清廉さと、身につけた衣装の淫蕩さ。
羞恥によって淡紅色に染め上げられた肢体と、扇情的な仕草…。
まさに、コンラートの嗜好直撃弾である。
野球ならば《好球必打》とばかりに全力で打ち返すところだが、相手が有利ではそうもいかない。
この衣装が彼の好みによるものではないのは確かで、羞恥によってこのまま憤死してしまうのではないかと心配になるほど、有利は身も世もないという顔をしている。
だが…彼を心配するあまり衣装の出所などを追及する間に、すっかりこの衣装の受けが悪かったことにがっかりしてしまったようだ。凹みきった様子で黒衣を再び纏おうとするものだから、ついつい抱き寄せてしまった。
「その…勿体ないので……もう少し堪能してもいいですか?」
「……同情してんなら、もう良い。離せよ…!」
臍を曲げてしまったらしい有利は嫌々をするようにコンラートの腕の中で暴れ回すが、そんな動きをすれば余計にシャツ越しの華奢な体躯の感触が、コンラートの情欲をそそってしまうのだった。
『いけない…!』
幾ら記憶を失っているとはいえ、一線を越えることは赦されない。
流石に記憶が戻った後、有利に軽蔑されてしまうだろう。
だが…かといって、このまま有利のしょんぼり感を増強させるのはいかがなものか。
「俺にはどうせこんなの似合わないし、記憶無いからって簡単に騙されちゃうようなアホだもん!」
「そんなに自分を卑下しないで?あなたを貶めることは…あなたでも赦しませんよ?」
「じゃあ…あんたが教えてよ!恋人として、あんたに何をしたら喜んで貰えるのか!」
「それは……」
言葉が堰(せ)き止められてしまう。
言おうか言うまいか暫く悩んだのだが…結局、長い長い溜息と共に漏れだしてきたのは、この期に及んでの告白であった。
「すみません…ユーリ……。俺たちが恋人同士って言うのは…嘘なんです」
「う…そ……?」
光を失う瞳を直視することが辛くて…コンラートは全てを証した。
「俺の…勝手な片思いだったんです。あなたが記憶を失っているのを良いことに…俺は…卑怯にも、嘘を吹き込んでしまった……っ!」
《ぱぅん》…っ!
苦鳴をあげるコンラートとは対照的に、有利の瞳に勢いよく光が戻ってくる。
「だったら、問題ないじゃん!俺も大好きだよ?」
「いや、問題ですって!記憶が戻ったらどうするんですか!?」
「戻ったって絶対好きなままだよ!」
「どこから出るんですかその自信!?」
「胸の中からに決まってんじゃん!」
力強く《どぉん》…っと胸を叩く有利は素敵に男前だ。
「今…俺を好きなのは、記憶を失って初めて目にしたものが、俺だったせいかもしれないんですよ?記憶が戻ったら…今度は俺を好きだという気持ちも忘れてしまうかもしれないでしょう?そうなった時の為に…俺は、あなたの玉体に疵を付けたくない。俺のような男の指に触れられたことで、あなたが本当の恋を得られぬというような悲劇を見たくはないんです…っ!」
「じゃあ、今の気持ちは全部嘘だって言うのかよ?こんなにドキドキして、嬉しいのに…。こんなにあんたが大好きだって気持ちで、身体が爆発しそうなのに…!」
「分かりません…けれど、俺は…大切なあなたに、疵一つ無い珠のような幸せを得て欲しいんです…っ!俺のせいであなたが傷つくのを、もう見たくないんです…!」
「俺のせい……?」
叫ぶようなコンラートの声を耳にした途端、有利の様子が変わった。
何かを掴もうとするように…藻掻くように白いシャツを纏う腕が中空に揺れ、浮遊するかのような目線が何処を見るともなく彷徨(さまよ)う。
「どうしました…?」
「俺の、せい……コンラッド……」
くる…くるり…
有利の瞳が揺れる。
記憶が混乱しているのだろうか?
「あ…ぁあ……っ……」
「ユーリ…っ!?」
コンラートの腕の中で、有利が悶絶するように頭を抱え…顎を仰け反らせた。
* * *
『ユーリ…お前、いい加減はっきりさせたらどうだ!』
金髪美少年…。
ああ、こいつは《ヴォルフ》だ。
初めて会った頃は信じられないくらい非常識で、勘違いで交わしてしまった婚約を何度頼んでも解消してくれなかった。
けれど…沢山の思い出を構築していく中で、かけがえのない親友になった男だ。
そう、男だ。
いつの間にか少年から青年へと成長していた彼は、報われない恋を諦める代わりに、有利になんとしても幸せになって貰いたいと願うようになっていた。
その彼が、折に触れて問いただしてきたのがこの問題だった。
『コンラートに、お前の本当の想いを伝えるんだ!』
けれどそのたびに有利は笑ったり不機嫌になったりして誤魔化してきた。
だって…怖かったのだ。
コンラートは有利の為なら何だってやる。
それこそ、自分の命だって人生だって、紙屑みたいに薄っぺらなものだと言いたげに惜しげもなく使おうとする。
そんな彼に告白なんかしたら、何をやらかすか分かったものではない。
万が一に有利のことを彼も愛しているのなら問題はないが、そうではない場合は大問題だ。
笑顔で《俺も愛してます》と言って、本当の気持ちを隠してしまうか。
丁重に断った後、彼に愛する人が出来たとしても有利が傷つくことを恐れて隠してしまうか。
そもそも、有利の目に自分が触れないように身を隠してしまうか。
何をどう考えても、《隠す系》のろくでもない人生航路が浮かんできた。
『嫌だよ。俺のせいでコンラッドが困ったことになるの。俺たちは…このままで良いんだよ!』
『そうやって立ち止まってばかりいると、本当の幸せは逃げていくぞ?』
今日も、コンラートが任務先から帰還して来るという報告を受けて、ヴォルフラムは激しく有利を焚きつけたのだった。
『僕はお前に、僕の思いの全てをさらけだした。どんなに惨めでも報われなくても、僕は自分に嘘はつかなかった。それをなんだ…ユーリ、お前は正直が身上じゃなかったのか?どうしてそう、自分の気持ちを隠してしまうんだ!正面切ってぶつかってみないか!』
『ぶつかって砕けるのが俺だけなら良いよ!告白され慣れてる綺麗なお姉さんとかにだったら、俺だって勇気出して玉砕覚悟で告白するさ!だけど…だけど、コンラッドは駄目だ!コンラッドは過保護だから…俺が告白なんかしたら、絶対に自分の気持ちを偽っちゃう…!俺は…あいつが辛い思いをするのは絶対に嫌なんだっ!!』
『この…へなちょこの分からず屋!』
感情が高ぶるままに揉み合ったのがいけなかった。
近年めきめきと体格の良くなってきたヴォルフラムの手を必死で払った瞬間…有利は均衡を崩して、階段から落下したのだった。
まるで…スローモーションみたいだった。
見開かれた碧玉のような瞳が、驚愕と恐怖で壊れてしまいそうだった。
『傷つけた…』
このまま有利が大怪我を負ったり、あるいは…死んだりしたら、きっとヴォルフラムの心は壊れてしまう。
有利をあんなに想って、叱咤激励してくれたのに…。
『ゴメンね…』
でも、コンラートには言えなかった。
有利はどうしたら良かったのだろう?
友情と愛情の板挟みの中で胸を締め付けられながら、強い衝撃が後頭部に打ち付けられた。
『俺、死んじゃうの?』
コンラートに、会いたかった。
告白なんか出来なくても、彼と傍で息をして…笑っていたかった。
『会いたいよぉ…』
痛切な囁きを口にした有利に、狂おしいような叫びが向けられた。
『ユーリ……っ!』
全ての世界の中で唯一人…特別な響きを持つ声が、有利の名を呼ぶ。
有利を想う、切羽詰まったようなその声を耳にして、初めて有利は想ったのだった。
『ああ…伝えておけば良かった。ヴォルフ。本当だね…取り返しのつかないことってあるんだね?俺は…伝えておけば良かった。そして、心配してた全部のことをコンラッドがやらかさないように見張っていれば良かった。そうさ…お前だって俺の婚約者じゃなくなったって、大事な友達になったんだもんな?』
「好き…大好きだよ、コンラッド……。あんたが、世界中の誰よりも大好きだよ……」
頬に添えられた大きな掌にすり寄ると、ほろりと涙がこぼれた。
生きている間に伝えれば良かった…そう、思ったのだ。
* * *
「ユーリ……っ!」
ぱち…っと目を覚ましたら、目の前にコンラートがいた。
ここは天国なのだろうか?
「良いトコだな〜…天国」
「申し訳ありませんが、天国ではありませんよ?」
泣き笑いの表情でコンラートが囁きかける。
しばらくの間はそんなコンラートを見つめていたのだが、ふと気付くとそこはコンラートの部屋のようで、有利は寝台に横たえられていた。
階段から落ちた勢いから考えると、コンラートの部屋に通されるのはちょっとおかしいな?…と思うくらいには冷静になってきた思考の中で、有利はあることに気付いてしまった。
「…………っ!?」
なんで…有利は魅惑のランジェリーに身を包んでいるのだろうか?
一体誰が着せたのか?
まさか…まさか、コンラートが!?
驚愕と羞恥に身悶えする有利をどう思ったのか、コンラートは静かな声で問いかけてきた。
「ユーリ…今までのことを覚えていますか?」
「うん、覚えてるよ?俺…ヴォルフと揉み合って階段オチしちゃったんだよね?」
「……っ!」
コンラートの琥珀色の瞳が開大される。
「記憶は…そこまでですか?」
「うん、そうそう…それで……」
有利はこくこくと頷いていたが、《そういえば…》と思い立ってコンラートの腕を掴んだ。
「お…お、俺…俺ね?あんたのことアイアイアイ…いや、おサルさんじゃなくてね?あああぁぁぁ…あい、愛してんの!」
「ユー…リ……」
コンラートの瞳が更に開大されて、およそ有利の知る限り最大経の眼裂幅となる。
そんなにぱちくりとした目をすると、《ルッテンベルクの獅子》というよりも《仔獅子》みたいだ。
『可愛いなあ…』
思い切って言った見たら何だか妙にすっきりして…有利はふわりと微笑んだ。
よし、コンラートが妙なことをしでかしそうになったら全力で止めよう。
そして、全部…何の嘘もなく、スッキリと開けっぴろげな関係を彼と築くのだ。
「マジで愛してるからね?あんたが寝てる俺にこんな衣装着せちゃうようなサムい冗談をかます男だとしても…」
「いやいやいや…そ、それは…っ!」
心外だと言いたげにコンラートがぶんぶん首を振るが、有利は尚も言葉を紡ぐ。
なんだか、勢いがついてしまったのだ。
「本当だよ?名付け親として慕ってるとか、野球仲間として大事だとか…そういうのじゃなくて、一人の男として、あんたを愛しちゃったんだ。あんたにそういう気がないならはっきり言ってね?俺…そしたら諦めて、今までと同じようにするし、あんたが他に好きな人が出来ても…そりゃ、いますぐは無理だけど…ちゃんとお祝いするからさ?」
「他に好きな人なんて…いません……」
コンラートは妙な顔をしていた。
《妙》などというと失礼かもしれないが、ちょっとそうとしか表現できない。
泣きそうな…嬉しそうな、感動しているような…色んな感情が綯い交ぜになって、でんぐり返って一回転したような顔だ。
「俺も…あなただけを、愛しています。記憶のないあなたに…《恋人だったんだよ》と、嘘をついてしまうくらい…」
「へぇ…っ!?」
頓狂な声を上げる有利に、コンラートはそぅ…っと腕を伸ばすと胸に抱き寄せる。
「愛してます…ずっと、ずっと……」
何度も何度も、呪文みたいに囁きながら…。
おしまい
あとがき
皆様のおかげで、たぬき缶も40万打を迎えることが出来ました!
思い返せば、2007年7月7日にサイト設立した折りにはどうやってカウンターを設置して良いのか分からずに、一ヶ月くらいカウンター無しでやっておりました。HTMLを貼り付ける場所が拙かったんだと思うんですが、トップページに凄い文字化けが発生してそれはそれは怖いことになったんですよ…!
一ヶ月はそのまま経過したのですが、カウンターが回らないと「実は今日、このページを目にしたのは私一人だったりしてね…」などと不安がよぎりましたよ〜。しかもその間中、当時設置していたBBSに一つとして書き込みが無くて、「狸は寂しいと死んじゃうんだよ…!」と叫びそうになりました。
その後、ドキドキしつつカウンターを設置したら何故か上手くいき、現在も使用しておりますweb拍手を設置したところ、気楽さがアップしたのか書き込みもいただけるようになって、日々励まされております。
寂しくても実は死なないけどちょっと元気がなくなる狸山に、今後ともお声を掛けて頂けると助かります。
さて、いい加減今回のお話のことにも触れましょうか。
「君に嘘をついた」は、30万打記念の「さくらんぼの嘘」と対になるお話です。
30万打記念の前にアンケートを採らせて貰ったところ、一票差で「コンラート記憶喪失話」になりましたので、今回に「有利記憶喪失話」を持ってきました。
結論として…コンラートの方に理性が残っている間に嘘をつくなどの後ろめたい行為があると、絶対エロに辿り着けないですね…っ!
もっとこう…私の想像の中では「ユーリはこういう衣装を着るのが好きだったんだよ?」なんて言いながら凄いエロ衣装を着せたり、凄いエロポーズをとらせたりして羞恥に啼かせてみたり、ご奉仕とかバンバンさせてみたり★な事を想定していたのですが…駄目でした。
うちのコンラッドは黒い事もやりますが、全て両思いで有利が何でも赦してくれるという確信がないとはっちゃけられない男のようです。「こんな事をして嫌われたら厭だ!」との思いが強いようです。
ですが、アンケートの際には「エロ」指定の方が多かったので、ごくごく平凡なありきたりのエロ(?)やもしれませんが、雑炊のあとについてくる漬け物のように楽しんで頂けると嬉しいです。
ここまでで「もうお腹いっぱい★」な方はブラウザバックか何かでお戻りください。
「ちょっとひと味欲しい」という場合には エロコンテンツ収納サイト【黒いたぬき缶】 にお進みください。
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