「つぼみの開くとき」−4








「どう…して、それを……一体、いつ…っ!?」

 リヒトは静かな眼差しでコンラートの動揺を押さえようとした。
 彼は既に、コンラートの罪も後悔も、全て身のうちにおさめて消化しているようだ。

「ついこないだ、父ちゃんが教えてくれた。《本当は、16歳になった時に教えるつもりだったんだけど》…って。誕生日に俺があんたと一緒になって動揺しちゃわないように、布石を打ってくれたんだ」
「ユーリが…」

 血の気はまだ戻って来ず、リヒトに掴まれた手は温度差から言ってとんでもなく冷たくなっているのだと思う。
 我ながら、この打たれ弱さには涙が出てきそうだ。

『リヒトの方が、ショックだったろうに…っ!』

 彼の衝撃を思うからこそ、16歳の誕生日まではと秘してきたのに、逆に思いやられるとは…。

「俺の方がこんなに動揺するなんて…大人、失格だな…」
「ううん…レオが大人で、ホントに俺のこと思っててくれたから、そんなに真っ青になるまで心を痛めてくれたんだよ。ありがとう…」
「リヒト…俺を、嫌いになったり…してない?」
「するわけないだろ?だって、父ちゃんに聞いた状況であんたが俺の魂の安全を求めてたら、その方が酷いよ。《どーゆー恩知らずだ!》って、逆に怒ってるね」

 両腕を突き上げて唇を尖らせるリヒトは、本当にそう思っているらしい。

「大体さあ、パパにしてもレオにしても、魂の頃のことなんか真剣に考えすぎなんだよ。まだ《リヒト》や《ユーリ》っていう形にもなってないもんに、そこまで情を寄せたり出来ないって、普通」
「パパ…コンラッドもそうだというのかい?」
「うん。パパも、魂を渡された時に何回か地面に叩きつけようとしたんだって」

 それが何故なのか、コンラートには痛いほど分かる。
 コンラートもまた、スザナ・ジュリアの魂をあのような形で渡されたことに激しい怒りを感じ、眞王の命令に従うことよりも、彼女を愛していたアーダルベルトに委ねることを選択してしまったのだ。

 その選択が、どんな運命を導くかも知らずに…。

「でね?その事もあったし、年の差も凄かったし、なんせ名付け親とか臣下って立場もあって、ずーっと告白なんか考えられない状態だったんだって。あのパパがだよ?」
「あの、いけ図々しい男が…」

 反射的にえらい言い様をしている。

「そう。父ちゃんが言うには、《ウェラー卿コンラート》って人は元々そういう気質なんだって。何でも上手に出来て、優しくて素敵なのに、一番大事なところで自分に自信がない。《オズの魔法使い》に出てくる臆病なライオンみたいなんだって。そんな人に自信を付けさせてあげるのが…本当の獅子として輝かせることができるのが《渋谷有利》なんだって思ったら、ゾクゾクするくらい嬉しいんだって!」
「実に…ユーリらしいな」
「そうだよ。そんで…俺も、父ちゃんの子だ。同じ生き方を選ぶよ!」

 コンラートよりも遙かに年下で、華奢な体躯の少年が雄々しく立ち上がり、大柄な魔王を抱きしめる。
 その命の全てで、この脆い男を包み込もうというように。

「ねぇ…あんたに《一番大事な自信》をつけさせるのは俺だよ?あんたが過去に何をしていようが、どんな選択を経てきたんだろうが…全部引っくるめて一緒に抱えてあげる。だから…俺のものになって?獅子王陛下…っ!」
「リヒト…!」

 感極まったコンラートが腕を回してくると、ちゅっと頬にキスが寄せられた。

「エッチなことはまた明日以降にするにしてもさ、キスくらいはしても良いと思わない?」
「イケナイ子だね…」
 
 くすくすと笑みを漏らせば、リヒトはぷくっと頬を膨らませて抗弁する。

「映画とか漫画とか見てたら、大体そういうもんみたいだもんっ!」
「はい。仰せのままに…リヒト」
「うむ。よきに計らえっ!」

 有利の中の水要素、上様のように大仰な言い回しをすると、くすっと笑ってリヒトの唇が押し当てられた。
 まだキスというのは、唇が触れ合うだけのものなのだと思っているのかも知れないが、ついつい心が緩んでしまったのか…コンラートはつるりと舌を口腔内へと差し入れてしまう。

「…っ!?」

 リヒトは吃驚したようだが、遠慮して去ろうとした舌を逃がさないように吸ってくるものだから、そのまま煽られてソファに寝ころばせてしまった。

「ん…んん…っ…」

 あんなに大人びて、コンラートを包み込んでいた少年が、頬を真っ赤に染めて甘い声を零す…。その差異が余計に男心を擽って、どうにも自分を止められなくなりそうだ。

『キス…だけ……』

 解禁日間近の果実をもぎ取りそうになりながら、コンラートは土俵際で踏ん張ろうとするのだが、親譲りの感度の良さを示してリヒトがあえやかな吐息を零すと、ついつい口角から溢れる唾液を伝って首筋を舐めあげてしまう。

「ゃあ…んっ…そこ、だめぇ…っ…」

 ひくびくと若鮎のように跳ねる肢体の、なんと瑞々しいことだろう?香り立つような色気に、コンラートは酷く煽られていた。

「ゴメン…リヒト、止められそうにもない…」
「ぁん、あ…レオぉ……」

 そこに、《もしょもしょ…》という囁き声のようなものが聞こえてきて、ピタリとコンラートは動きを止めた。
 《空耳かも》…と思いたかったのだが、無駄に精度の高い聴覚受容器は、正確に内容まで聞き取ってしまう。

『や、やばいよ…っ!やっぱ、早くここから出ようよ!』
『ですが、物音が立つとばれてしまうのでは?』
『そうそう。このままデバ亀しちゃいましょうよう』
『いやぁ〜…あのお堅い異世界ウェラー卿が、随分と成長したもんだねぇ。おめでたいことだし、なんならこのまま合体するまで見守ってあげようよ』
『釣り馬○日誌みたいに、画面は暗転しませんから…っ!俺、息子の合体シーンなんか生々しくて見たくねーよっ!』

 有利→コンラッド→ヨザック→村田→有利…正確に喋り手まで認識してしまったコンラートが、そのまま突き進めるはずもない。
 まだ、コンラッドほど魔族として終わっていないのだ(←勝手に終末告知)。
 関係者に見守られながらのセックスなど出来るはずもない。

「…リヒト、やっぱりお楽しみは明日に残しておこうか?待ちわびた成人の儀だしね」

 冷や汗を垂らしつつも、ごく自然な口調でリヒトを抱き起こす。

「う、うん…。えへへ…さっきは、ちょっと怖かったな。レオってば、初めて俺が止めても止めてくんなかったんだもん」
「ゴメンね?怖がらせて」
「え、へへ…でもさ、それって、俺のことそんだけ好きなんだ〜って思ったら、嬉しかったりもしたんだよ?何か、変かな?こういうのって…」
「ううん…とても可愛いよ」

 ちゅ…っと優しくキスを落とせば、背後でさやさやとリヒトには聞こえない程度の音量で忍び声が続く。

『うっわ、甘…っ!クサ…っ!痒い〜っ!まるっきりあんたらのピロートークと一緒ですねぇ』
『…ヨザック、何で俺たちのピロートークの内容とか知ってんだよ』
『ああ、そりゃあ時々、デバ亀させて貰ってましたから』
『僕も楽しませて貰ったよ渋谷。いや〜倦怠期の時とかには、生半可な精力剤より効くね〜』
『お前らぁ〜っ!!』
『あーあ、バラしちゃいましたね?困ったなー…』
『あんたは知ってて楽しんでたなーっ!?』

 いかん、有利の怒りと興奮が絶頂に達してくると、流石に声を抑えきれない様子だ。

「あれ?どっかで父ちゃんが叫んでるような…」
「コンラッドと何か喧嘩でもしたのかな?様子を見に行ってみようか」

 ピタ…っと背後の動きが止まる。

「ああ…でもその前に、お手洗いに行っても良い?高ぶっちゃったのを始末したいから」
「れ、レオ…っ!」
「リヒトもやってくる?」
「うきゅう〜……」

 二人がセックス可能であることを関係者に知らしめながら、ついでに退却に必要な時間も確保してあげるレオンハルト卿コンラートは、実に優しい魔王様であった。



*  *  * 




 昨日の喧噪が嘘のように、翌日の成人の儀では全員が粛々として儀式の進行に務めた。
 双黒の大賢者でさえ怜悧な美貌を輝かせ、眞王廟から特例的に出てきたウルリーケや、実体化した眞王と共にリヒトの成人を祝った。

 血盟城前の大広場には貴賓席に魔王有利と夫であるフォンウェラー卿コンラート、そして少し離れて異世界の魔王レオンハルト卿コンラートが腰を降ろしている。
 その背後にはやはり貴賓としてグウェンダル、ヴォルフラム、ツェツィーリエ、そして各国の王族が集まって席に着いていた。

「ここに、フォンウェラー卿・S・リヒトは一人前の魔族として、全ての権利を受けると共に、全ての義務をも負う身となった」
「今日この日より、そなたは何を使命とし、生きるつもりか?」

 並び立つ村田と眞王の前で、濃い藍色の衣装を纏ったリヒトが跪いている。袖や裾がやや長いので立ち居振る舞いは普段よりも楚々としたものになり、淡く化粧もしていることから、まるで咲き初めたばかりの華の如く初々しく、そして可憐であった。

「俺はもう一つの眞魔国で、第27代魔王レオンハルト卿コンラートの妻として、生涯を夫に捧げます」

 ざわ…っと大気が揺れ、《おそらくはそうなのだろう》と予期していた人々も、一様に寂しげな声を上げた。
可愛らしい王子リヒトの成長を見守ってきたのは、家族だけではない。この日に駆けつけた眞魔国の民もまた生育を見守ってきたのだ。
 ただ、男同士で結ばれてしまった魔王陛下とコンラッドは、本来であれば子を為すことなど出来ない身であったのだから、家族としての日々が16年続いただけでも僥倖といえるのかも知れない。それに、嫁に行ったからといって、彼らの絆が断ち切れるわけでもないのだ。

 間違いなく、リヒトは有利がお腹を痛めて産んだ子であり、コンラッドが護り、育んできた子なのだから…。

『良かったな、リヒト、レオ…』

 寂しさを越える喜びの中で、有利は涙を滲ませた。
 そして、全身に漲る祝福の思いを伝えようと、すっくと立ち上がって全ての要素に呼びかける。

 地・水・火・風…それだけではなく、眞魔国とこの世界に存在する全ての要素に、愛し子の幸せを願わずにはいられなかった。 

『幸せに。どうか…幸せに……』

 ふわ…っと緑が鮮やかさを増したかと思うと、花々が一斉に芽吹き、水滴がキラキラと宝石のように跳ね、松明がくるりと旋回し、芳しい風が辺り一面を流れていく。
 胸の中が爽やかな香気で満たされると、人々は笑顔になって手を叩いた。

「リヒト様、どうかお幸せに…っ!」
「異世界に行かれても、どうか我らのこともお忘れ無く…っ!」
「レオンハルト卿コンラート陛下と共に、永久の愛をお守り下さい…っ!!」

 ひらりと風にマントを靡かせ、コンラートが立ち上がった。
 こちらの世界にやってきた昨日の衰弱ぶりが嘘のように、その身には自信と力が漲り、幸せをごくごく自然に享受して、うっとりするような微笑みを湛えて妻となる少年の元に歩んでいく。

 その全身から、眩いばかりの光輝が放たれているかのようだ。

「リヒト…俺と、王座に就いておくれ」
「うん…っ!俺の精一杯で、レオに尽くすよ…っ!」
 
 リヒトは抱き上げられてそっと唇を寄せられたが、抵抗はしなかった。
 恥ずかしさに頬は紅く染まっても、幸福感と、誓いのような意味合いを持つであろう口吻を拒否することなど出来なかったのだろう。

「ここに、レオンハルト卿コンラートとフォンウェラー卿・S・リヒトの婚姻は認められた…!眞王と双黒の大賢者が、その証人である…っ!」


 わぁあああ……っ!!

 
 大歓声が起きて、民は握り締めていたテープや紙吹雪を一斉に頭上へと放り投げた。それを察知した有利が風を操り、遙か天空にまで巻き上げていく。

 まるで、春の盛りの花吹雪のように。  
  
「ま、披露宴は後でぱーっとやるにしても、タイミング的にいま告知しちゃっても良いだろ」
「まあな。どうせ今日が初夜になるんだろうし。実質、結婚したようなものだろう」

 大変下世話な証人達は、歓声の中でかき消されることを前提にして好きなことを呟いている。 
 
 そんな会話を耳にはしつつも、もう気にすることなく二人は口づけを続けていた。

 おそらくは、生まれて初めて充足することを知った、レオンハルト卿コンラートにとって、もはや少々の邪魔など障害の内にも入らなかったのである。



*  *  * 




 花の香りがする。

 昼間、有利が感極まって咲かせた花々の香りだろうか?
 それとも…愛しい人から伝わってくるのだろうか? 

 そっとシーツの中で腕を探らせて、コンラートはあどけない寝顔を撫でつけた。
 先程まであえやかに嬌声をあげ、感じきって乱れていたことなど感じさせない清楚な少年は、すふすふと健やかな寝息を立てている。

『コンラッド、頼むから誰も忍び込めない部屋を用意してくれ…っ!』

 切実な願いを(口角を引きつらせながら)聞き遂げたコンラッドは、ちゃんと防御が完璧な部屋を用意してくれた。部屋の仕組みというよりは多分、本人が少し離れた場所で厳重な警備を展開して、ヨザックや村田と言った無粋なデバ亀を防いでいてくれるのかも知れないが…。

 おかげで、落ち着いてリヒトと時を過ごすことが出来た。

『リヒトと、結ばれたのか。俺は…』

 思い返すと、ぽぅ…っと頬が染まってしまう。

 リヒトはともかくとして、コンラートまでが年頃の少年のように初な気持ちでセックスに臨んでいたのだ。禁欲生活が長かったので勘を取り戻せなかったというよりは、やはり年端もいかないリヒトに無理を強いないように、とにかく丁寧に愛撫してあげたかった為だろう。

 とにかく手に触れるもの、唇で感じるもの、繋がった場所の全てが熱くて、堪らないような愛おしさが溢れていた。
 そんなコンラートに、リヒトも懸命に応えてくれた。

『良いから、もう…大丈夫だから…』

 《お願い》…羞恥に真っ赤になりながらも、自ら望んで震える脚を開いてくれた。
 嬉しさに泣き出しそうになりながら、何度も突き上げてしまった。

「ありがとう、生まれてきてくれて…俺を選んでくれて、本当にありがとう…」

 ぽろりと零れた涙が、リヒトのまろやかな頬を伝っていく。交わりの熱さと苦しさに流した涙の痕と交わって、水滴がゆるゆるとしたたっていく。
 ちゅ…っと唇で吸い上げた滴は淡い塩辛さを持っていたけれど、微かに甘いような気さえした。

「ん…」

 意識は殆ど無いだろうに、寝ぼけ眼で腕を伸ばしてきたリヒトがきゅうっと抱きついてくるから、コンラートもそのまま腕を絡めて抱き合った。
 細い、華奢な体躯。成熟したコンラートの肉体を受け止めるには、まだ辛さの方が勝っていたろうに、《気持ちいぃ…》と嬌声をあげてくれた。

 嬉しかった。
 こんなに、幸せな日がやってくるなんて、想像したこともなかった。

『欠けることなく、満たし合う存在…』

 かつて憧れた有利とコンラッドの関係のように、二人は結びつくことが出来たのだろうか?

『ああ…きっと、そうだ…』

 コンラートは満足そうに眠るリヒトに何度も口吻ながら、自分もとろとろとした眠りの中に溶けていった。


 明日も、明後日も、ずぅっと…素敵な日が続くのだと信じながら。 




おしまい



あとがき


 やっとやっと、レオ次男が報われる日が来ました。

 螺旋円舞曲を書いたときには、「必ずしもリヒトとくっつかなくても、それなりに幸せなんじゃあ…」とも思っていたのですが、やはり書き進めてみると、お互い求め合うだろうな…と感じまして、やっぱり結婚まで来てしまいました。

 螺旋型にくるりくるくると階段を駆け上っていく内に、結びついた二人を祝福して頂ければ幸いです。
 
 んで、下の方にはもうちょっとおまけが続いております。
 レオ次男が幸せ一杯で帰還した後のグウェンダルです。

 リヒトとレオ次男の関係も好きですが、実はそれ以上に(カップリングではないですが!)、異世界長男・次男の関係がツボ所なのです…っ!
 やはり、長男が嫁に出した(正確には貰ったんですが…)弟を想う話を入れちゃいます。



「おまけ」 



 リヒトを伴って帰ってきた弟を見た瞬間に、《もう、こいつは私の支えがなくとも生きていける》と確信した。
 何をどうしても埋めることの出来なかった洞穴が見事に姿を消し、欠けた月のように寂しげであった印象が、まるで輝き渡る太陽のように鮮やかになっていた。

 嬉しくもあり、どこか…寂しいような気もするのは何故だろう?

 全ての名誉を奪われ、自らの選択によって世界が崩壊したのではないかという残酷な事実を突きつけられたコンラート。一つ一つ、血を噴きだすような苦しみの中で乗り越えて、この世界へと帰還してくれた大切な弟。

 兄弟仲を復旧してからのグウェンダルは、この愛おしい弟を何とかして幸せにしてやりたいと尽力してきた。

 何でも完璧にこなし、強いカリスマ性を持つ天才のくせに、一番大事なところで自分に自信のない弟に、《お前は誰よりも幸せになる権利があるのだ》と教えてやりたかった。

 それができるのは異世界の魔王有利しかいないと思っていたが、同時に、コンラッドという生涯の伴侶を得ている彼が、レオに報いることは出来ないとも知っていた。

 しかし…想わぬ経緯によって生まれてきたリヒトは、複雑な生い立ちやコンラートの重すぎる選択を跳ねとばして、《それがどうした文句があるか》とばかりに、強力に幸せ街道へとコンラートを連れ出した。

『リヒトはこちらの世界に嫁に来てくれるとのことだが…どうしてだろうな。コンラートを嫁に出したような心境になるのは』

 どうも、魔王になってからのコンラートがあまりに薄倖な印象があったり、かと思うと、《はい、兄上》などと幼子のように素直になってグウェンダルの言葉を聞いたりしていたから、父親めいた心境になっているのだろう。

『私は基本的に、ああいう素朴で純真な眼差しで見上げられるのに弱いのだ…!』

 しかもあの夫婦は二人してその素養があったりするものだから、グウェンダルは多分…大概のお願いは聞いてしまいそうだ。
 ある種、魔性の夫婦である。

『グウェン、リヒトが俺と一緒にいてくれるんだよ』

 先程まで酒を飲み交わしている間に、はみかみながらコンラートは告白してくれた。それが、どれほど嬉しいのかを。

『あいつは、リヒトと結ばれたことで初めて欠けることのない、完璧に充足した存在になったのだろうな』

 残酷な条件下で選択を突きつけられてきたコンラートが選んだ全てを、リヒトは今の幸せへと繋げてくれた。それは、過去に戻ってやり直させるよりも、もっと偉大で、意義深い行為だと思う。

 誤りを、誤りで終わらせない。
 全てが今に繋がる為に必要なことだったのだと、あのちいさな少年は証明して見せたのだ。

『ありがとう…』

 やはり、今宵リヒトに向ける思いはこれしかないだろう。
 深い感謝の念。それは、祝福よりも大きな感情であった。

『あいつを、幸せにしてくれてありがとう…』

 もしかするとリヒトの行為が、幼い日…ちいさな掌を握り締め、強引にでも幸せにしてやれば良かったという後悔を、清らかに洗い流してくれるのかもしれない。

『ありがとう…』

 もう一度呟いてから、グウェンダルは強い酒を飲み下した。

 今宵は、良い眠りに誘われそうだと感じながら…。



おしまい