「突撃リヒト君」−2
「ええと…」
コンラートは自分が色々エロエロ知ってしまっている大人であることを前提として、念のため子ども的な視点からの《抱く》という行為を実施してみた。
全裸で仁王立ちになっているリヒトの両脇を抱えると、ひょいっと膝に乗せて胸に引き寄せたのである。所謂、赤ちゃん抱っこである。
「これで良いかな?」
「良くなーいっ!」
リヒトは両腕を突き上げて不満を露わにするが、それでもコンラートはくすくすと笑みを零しながらリヒトを揺すった。
「ね…リヒト、もう少し事情をちゃんと話して御覧?どうして急に抱いて欲しくなったの?」
「それは…そのぅ……」
コンラートはすっかりいつもの余裕を取り戻して、婉然と微笑んでいる。
リヒトの告白が《結婚の話はなかったことに》というのでないのなら、何一つ動揺するようなことはないのだ。
「だって、父ちゃんやパパはずるいと思うんだっ!」
「おやおや、あの二人に限ってそんなことがあるかな?まあ、コンラッドなら多少狡いところもあるかもしれないけど、ユーリは今でも直球勝負だろ?」
「ほら、そーやってレオも父ちゃんの味方をするっ!」
有利のことが話題に上った途端、リヒトの瞳には堪えきれない涙が溢れてきた。
「レオは、やっぱり今でも父ちゃんのことが一番に好きなんだろ?」
「リヒトと比べてということ?」
「うん…」
こく…っと頷いた途端にぽろりと涙が頬を伝う。それをそっと濡れた布巾で拭いながら、コンラートは優しく囁きかけた。
「切ないことを言うものだね。俺のお嫁さんになる予定の子が」
「それは、父ちゃんがパパと結婚してるからだろ?父ちゃんが一人でいるなら、絶対おれより父ちゃんを選んだだろ?今の父ちゃんを狙ったら、重婚とか3Pとかいうのになるから…」
有利がコンラッドと別れるという発想はない分、両親を信頼してはいるのだろう。
逆に言えば、彼らの強すぎる結びつきが息子としては複雑だったのかも知れない。愛されている実感はあっても、《おれが一番ってわけじゃない》というのはどうしても感じてしまうところだろう。
尤も、有利の方は全開で愛情を表現していると思うし、コンラッドの方はあまり全開にすると息子に引かれてしまうと言うのもあると思うのだが…。
それにしても《3P》とは…良くそんな単語を知っていたものである。
「前者はともかくとして、後者の単語を君に教えた奴にお仕置きをしたいなぁ」
「地球だと色々情報が入っちゃうから、誰って事はないよ!?」
リヒトが慌てて言い訳をするが、多分発信源はあちら世界に生息する蜜柑髪の男だ。
良くも悪くも、様々な情報をユーリやリヒトに流してしまう奴だから…。
「とにかくっ!レオは父ちゃんをずぅ〜っと狙ってんだろ!?」
「出会った頃はともかくとして、コンラッドと一緒にいるところを見てからは違うよ?」
「ほらぁ…やっぱりパパがいたからだろ?」
「リヒトが言っているのと俺の感覚は、少し違うんだよ。そうだな…何と言ったら良いのか…」
コンラートは瞼を閉じてあの頃のことを思い出す。
確かに、今のリヒトと同じように考えて苦悶していた時期が、コンラートにもあったのだ。
「俺も随分と後になってから実感したんだけど…ユーリとコンラッドというのは、とてもかっちりと噛み合っているんだ。素晴らしく調和していると言っても良い。互いが絶妙のバランスで連関し合っているからこそ、何よりも美しく輝く…そういう存在なんだ。俺はその一部としてユーリを見ていることが、とても幸せだったんだよ。完成された存在である二人からユーリを引き剥がしても、きっと俺が好きだったユーリにはならないんだ」
僅か18歳にしてあれほど有利が充足し、心を大きく柔らかく保っていられたのは…コンラートをすっぽりと包み込んで支えてくれたのは、やはりコンラッドの存在が大きいのだと実感出来たとき、レオは恋人としてではなく第一の友人として有利を見るようになったのだ。
「パパごと、父ちゃんが好きだったってこと?」
「そういうことになるのかな?」
「うーん…じゃあさ、おれのことは?その、完成された父ちゃんに比べてどう?」
「大好きだよ?」
「…つるっと言い過ぎて、真実味がない」
「…言うようになったね、リヒト」
くすりと苦笑して、コンラートはリヒトの脚にするりと下着を通させて、器用な指で紐を結んでいく。
「あー…ちんこ隠したな。やっぱ、俺の身体には興味ないんじゃん!」
コンラートはリヒトに寝間着も一式着こませると、改めてソファに座らせてから、その前に跪くような形で向き直った。
「リヒト…俺は、16歳にならない君を抱くことは出来ない」
「おれが子どもだから?」
ふにゅう〜と涙目になったリヒトは抱きしめたくなるくらいに可愛いが、抱くわけにはいかない。
敢えて自分の心を律するためにも、コンラートは一番大きな《戒め》を持ち出した。
「それもある。まだ君は魔族が生涯の道を定める16歳に達していない。だから…まだ、俺は君に全ての真実を伝えることは出来ない。本当のことを知った時、君がどんな選択をするのか分からない以上…今の段階で、取り返しのつかない行為は出来ないんだよ」
かつて、コンラートはリヒトの元となった魂が、偶発的に有利の中へと入り込んだ時、宿主である有利の命を最優先にした。大恩人である彼を死なせるような選択は出来なかったとはいえ、リヒトにとって見れば死刑宣告をしたにも等しい。
重すぎる告白は、コンラートへの思慕を抱いている幼い子どもに突きつけるにはあまりにも大きなものだから、16歳になった時点で告げるつもりでいるのだ。
その選択の時よりも先に、リヒトの肉体に手を付けることなど許されない。
そもそも、コンラートとしてはまだまだリヒトの裸体を見ても、強烈な庇護欲はともかくとして、性的には盛り上がらないし。
「うぅ〜…もうおれ、子どもじゃないのにっ!」
リヒトはソファからびょんがと飛び上がると、地団駄踏んで悔しがった。理屈では理解できても、心の方がどうしても納得できないらしい。
「レオっ!16歳になってなくてもおれは大人だよ?だって、ちんこにも毛が生えたもんっ!」
「ああ、あの産毛?」
「産毛じゃなーい!黒いのが一本生えてたもんっ!!」
ぎゃおーっ!と怪獣のように叫んでもう一度下着ごとズボンを下げたが、リヒトはそのままぴたりと止まってしまった。そこにあったのは光に透ける淡い産毛だけだ。
「あれ?」
「ほら、無いよ」
「あれれ…そんなまさか!だって…だって、黒い毛がいっぽんだけだったけど、付け根にちゃんと生えてたもんっ!」
大股を開いたあられのない格好をしても、どこにもそれらしきものは生えていない。
「つかぬことを伺うけど、それって…真っ直ぐじゃなかった?」
「……………」
「…多分それ、下着の中に入ってた生え際の短い毛だよ?何かの拍子にそこから生えているように見えたんだね…」
「ふ…ぅううぇええ〜ん……っ!」
リヒトは下半身剥き出しの恥ずかしい格好のまま、その場にしゃがみ込んで泣き出した。どうやら、彼が両親を《ずるい》と言ったり、コンラートに突然迫ってきた根拠は、《チン毛が生えるくらいおれは大人なのに!》ということであったらしい。
…ということは、ひょっとして…。
「もしかして、リヒト…君、家出してきたんじゃないだろうね?」
「うぅ〜ゴメンなさいぃ〜……だって、だって…父ちゃんとパパはいつも一緒にして、《これでもかっ!》っていうほどイチャイチャしまくってるのに、おれはレオと離れてなきゃいけないなんて、なんか納得出来なくなったんだもんっ!だから、眞王陛下にお願いして…」
「それでも前に俺が言ったみたいに、こちらの世界で完全に暮らすのもまだ嫌なんだろ?」
「うー……」
ぐすぐすと泣きべそをかくリヒトは、やはりまだ有利達も恋しいらしい。小学校の友達だって離れがたくは思っているのだろう、その上で、もっとレオとの繋がりも深めたかったのだ。
「おれ…不安だったんだ。あんたは今でも父ちゃんの事が一番に好きで、忘れられないんじゃないかって…。それに、あんたは凄くキレイで格好良くて、モテモテだから…早くおれのお手つきにしとかないと、誰かに盗られるんじゃないかって…」
「お手つきって…」
苦笑しながら、コンラートはくしゃりとリヒトの頭髪を撫でつけた。
「手なんかつけなくても、俺の全ては君のものだよ?全ての選択権は君にあるんだ。俺が君に選ばれずに枕を濡らすことはあっても、逆は決してないから、安心して大きくなってね」
「ほんとう?」
「本当だよ。ユーリのことも心配なんかしないで?もう、そういう意味で彼を求めることはないから」
「そ、そっか…!」
「ただ…つんつるてんで皮被ってる子に、欲情できるかというと難しいな…。頑張って好き嫌いをせずに何でも食べて、16歳までに大きくなってね?」
「た、食べるよっ!もずくでもひじきでも何でも食べて、黒々もっさり髭も脇毛も胸毛も臑毛もチン毛も生やすよっ!」
「いや、そこまで生えちゃうと逆に引くけどね…」
「えーっ!?じゃあどうしろと…っ!!」
「そうなったら、俺がリヒトの奥さんになるから大丈夫だよ」
「そっか!」
ほぅ〜と息をついてリヒトは胸を撫で下ろす。
有利と同じ遺伝子なのだから大丈夫だとは思うのだが…。まあ、万が一そういう成長を遂げたとしても、リヒトがコンラートを選んでくれるのなら身を任せるとしよう。
そんなふうな遣り取りをしているところに、グィン…っと空間が揺らぐのを感じた。
「…!」
「これは…」
リン…
リィン……
地・水・火・風…四つの要素が共鳴し合う、不思議な感覚…それは魔力を持たないコンラートにすら感知できる、明瞭な変化であった。
やはり四つの要素と感応することの出来る、《呼びかける力》を持つリヒトであれば尚更強く感じていることだろう。
「と、父ちゃん…っ!」
リヒトが叫ぶと同時に、ふわ…っと半ば透けるような質感の美しい少年…いや、青年が現れた。人間年齢で言えば20歳と少年と青年の狭間の年代に見えるが、生まれてからは30年を経過している渋谷有利だ。どうやらリヒトが家出したのを察知して、単身で空間転移をしたらしい。
羽化する蝶のように、次第に有利は明瞭な色彩を持ち始め、そして…。
「リーヒートぉおおお……っ!!」
意外と雷親爺気質の有利は、リヒトを発見するなり膝の上に抱え、尻をバシンバシンと叩き始めた。
「この不良息子っ!心配して探しに来てみたら…ふるチンでレオを誘惑しようなんざ、4年早いっ!」
16歳になったらやっても良いのか。
あるいは、ユーリが実際にやっていたのかちょっぴり気になるところだ。
「うわーんっ!ゴメンなさい〜〜っ!!」
「ゆ…ユーリ…その辺にしてあげてね?」
「レオは黙ってて!」
「ハイ…」
リヒトが16歳になって結婚してからも、あまり大きな事が言えそうにないコンラートであった。
「リヒト…っ!どうして家出なんかしたんだ!?」
「だって…だって、早くエッチなことしとかないと、レオがいつまでも父ちゃんの事を好きでいたり、他の人に盗られそうだったんだもんっ!」
「このお馬鹿ちんっ!レオをちゃんと信じなさいっ!!」
「うわーんっ!」
バシコーン!と良い音を立てて一撃お見舞いすると、やっと有利はお仕置きを止めた。
「もう、俺にまで内緒で家出するんじゃないぞ?」
「ふぁい…」
じんじんとお尻に痛みが響いているらしいリヒトは、涙目になって有利を見上げていたけれど…やはりそこは反抗期真っ最中なのか、ただ言われっぱなしではなかった。
「だったらさ…父ちゃんとパパも、もーちょっと遠慮してくんない?」
「え?」
「俺が横で寝てるのに、《ユーリ…声を殺していないとリヒトに聞こえますよ》とか、そーゆープレイをするのは止めてくれよっ!居たたまれないコトこの上ねぇよっ!」
「のひぃいい〜〜っ!?お、お前…起きてたのかぁああ…っ!!」
火を噴かんばかりにして真っ赤になった有利は、ぷりっと形良い尻を息子に差し出した。
「…お仕置きして良いよ?」
流石有利、潔い。
「もー良いよ。父ちゃんは《止めて》って抵抗してたのに、調子に乗ったパパがやりだしたせいだし…。一応、途中で別の部屋に行ってくれたし…」
それでも正直、子どもにとってはトラウマになりそうなので本気で止めて頂きたい。
「そっか、じゃあ…帰ってから二人でコンラッドの尻を叩くか?」
「うん。それでも良いけど…パパの場合、喜んじゃいそうで怖いというか…」
「…………息子にそんな心配される父親って一体…」
遠い目になってしまった親子を眺めながら、コンラートは物思いに耽るのだった。
16歳になったリヒトと本当に結ばれたとして、タガが外れた自分は果たしてコンラッドのようになるのだろうかと…。
おしまい
あとがき
まずは本格的な恋愛に発展する前のレオ×リヒトです。
ある意味パラレルのコンユではあるのですが、レオがかなり白い設定だったので、珍しく幼少のリヒトに性的には萌えていない…。そして、相変わらず本家絶倫ぶりと変態度に磨きが掛かってる(直接登場していませんが)。
次回はリヒトとレオが結ばれるのは当然のこととして、それまでのドタバタ劇を楽しく描くのと、今はまだ「リヒトが欲しいのなら、俺なんか幾らでもあげる」くらいのスタンスで居るレオがどう変わっていくのかを描ければいいなと思っております。
そちらの話はしっとりとしたオチにしたいので、まさかコンラッドの変態オチとかではないと思います。
多分(汗)。
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