その掌が鳴るとき
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「この…声……」
「渋谷?」

 ふらふらとドアホンの方に近寄ってきた有利は、目を見開いたまま映像に見入った。

「…渋谷、彼が…そうなの?」
「………分かんない」

 泣き出しそうな有利の顔は蒼白で、容貌では思い出せないのだと知れる。

 小さな画面に映し出されたのはすらりとした長身の白人男性で、年の頃は十代後半から二十代前半というところか。時節に合うサンタの衣装を纏ったその姿は、街で見かけるバイト君達とは一線を画していた。そのまま海外ブランドのショッピングモールに、ディスプレイとして飾りたくなるような完成度である。

 若々しい面差しは派手ではないものの…気が付くと見入ってしまう。
 深みのある、端正な顔立ちだ。
 唇は形良く優しい笑みを浮かべており、やわらかな雰囲気を纏っていたし、何より…その眼差しから伝わる想いが、その印象を決定づけていた。
 
 とてもとても大切な何かに語りかけるようなその声は、耳朶に染み入るように甘い声で囁いた。

「忘れ物を、届けに来ましたよ」
「あ…!」

 青年の腕に抱かれていたのはバットとボールとグラブ…。
 有利はぱちぱちと瞬いて、記憶の中を掠める映像と照らし合わせているようだ。

「貰ったんだ…俺、そんで…約束した」
「ユーリ?」

 ドアホン越しの声に、耳聡く気付いたらしい。青年は煌めくような笑みを浮かべると、あちらからは確認できないはずの有利の姿を求めるように、そっと指をカメラに伸ばした。

「そこにいるの…?ユーリ…。君の道具を借りて、キャッチボールは結構上手くなったと思うんだけど…付き合ってくれる?」
「うん…うん。俺、有利…ユーリだよ。あんたは…俺に名前をくれた人?」

 一瞬だけ痛みに近い色が瞳を掠めたものの、サンタ姿の青年はすぐにやわらかな微笑みを湛えて応えた。

「そうだよ。ユーリ…君から貰ったものに比べたら、俺があげることの出来たものなんて本当にささやかでしかないけれど、君が喜んでくれたのならとても嬉しい…」
「嬉しかった…絶対、嬉しかったんだ。なのに…俺……あんたの姿を見ても思い出せない…!声だけ、声しか…思い出せないんだ…っ!」
「声を、覚えていてくれるの?」

 ぱぁ…っと青年の面が輝き、艶を帯びた声が朗々と響く。

「そうだよ…あんたの声、その声だけは忘れなかった…」
「覚えてる?俺が君に言ったこと…」

 かぁあ…っと有利の頬が真っ赤に染まるのを見て、村田は瞼を伏せた。

『何か…約束したのは憶えてるんだね?渋谷…』

 それはきっと、蕩けるように甘い言葉だったのだろう。

『潮時か…』

 まさか、向こうからやってくるとは思わなかったが…狙い澄ましたようなそのタイミングの良さと、受ける印象は悪くない。 

「君…名前は?サンタにも固有名詞があるだろう?」
「コンラート・ウェラーです。あなたは、Mr.ケン・ムラタ?」
「Mr.は結構だよ。村田で良い…」

 やや気怠げな声になってしまったが、それは許して欲しい。
 掌中の珠として大切に愛してきた友人が、嫌みなくらい端麗なサンタに攫われようとしているのだから、そう機嫌良くなどできないのだ。

『そう簡単に、攫わせたりはしないけどね』

 扉を開けて迎えてみれば…画面越しよりも更に味わいのある美青年は、かなり若いのだと知れる。
 おそらく、高校生くらいだろう。

『まだ、時間はあるらしい…』

 今の彼が死人であった有利の全てを受け入れ、支えることは困難だろう。
 それが出来る…社会的な地位や力を持つことに、村田は心から安堵した。

 いつかこの男が力をつける日までは、有利は村田のもとに《家族》として所属してくれるはずだ。

『時間が掛かると苛立たしいけど、さりとてあんまりすぐに力をつけて貰っても腹立たしいな』

 これでは、殆ど《花嫁の父》状態だな…と一人で苦笑しつつ、村田はコンラートを促した。

「上がってくれ。色々と聞きたいこともあるし、聞いて欲しいこともある」
「ありがとうございます。では…遠慮無く」
「君…上がってくれとはいったが、誰が渋谷の腰に手を回せと言った?」
「あ、これは失礼しました」

 にこやかに微笑んで、悪びれもせずにコンラートは部屋に上がる。
 有利は、幾らか戸惑いながらも…ちまちまとした足取りでヒヨコのようについていった。
 
 刷り込まれた声と、断片的に…けれど、強い印象をもたらす記憶が、名も顔も覚えていなかった想い人へと向くのだろうか。

『良いよ…それで』

 赤いサンタ服の端をちょこりと摘み、コンラートを見上げる有利の表情を見やりながら…村田は微笑んだ。

 

 鏡を涼めた顔を見るまで、自分がこんなにやさしい顔が出来るとは知らないまま…。  




おしまい









あとがき



 1話を書いたときにはエロを書く気満々だったのですが、予告までしておいて掠りもしませんでした。うーん…予告したときに限って書けないのがセオリー化しつつあります…。

 次男を主体にしたら唯々有利が愛おしくて、無償の愛を捧げたくなってしまったり、村田を書いていたらこちらに感情移入して、やっぱり有利に無償の愛を捧げたくなってしまったので、結果として物凄〜くヌルい展開なってしまいました。

 ちなみに、蛇足になりそうですが多分皆さんが予想ししておられる通り、次男は有利が入学する学校(高校一年生として入り直します)にやってきます。しかも、「ギムナジウムとは教育課程が違うから」とか言って、ちゃっかり一年生として入学してきます。

 そしてヨザックの方は中等実科学校を卒業してからエンジニアとして日本に来て、三十路に突入した村田に惚れ込んで口説きます。

 順調すぎてシリーズ的な魅力がなさそうなので、サラッと紹介するだけに留めておきます。

 あー…やっぱり、有利主体の《恋する少年話》が一番書きやすいのかも知れません。有利だと楽しいこと嬉しいこと、大好きなことにまっしぐらなので、エッチに向かって体当たり出来るんです。

 「コンラッド大好き!エッチしよう!」と、どんぶり飯のお代わり並に堂々とお茶碗を突き出しそうな印象なんですよ、私の中では。
 そしてお茶碗には一粒の米も残っていませんよ。
 綺麗に完食です。
 エッチも完全燃焼です。

 どんなに激しいエッチをした後も、「くっはー、疲れたーっ!でも気持ちよかったーっ!」と、腰に手を当てて牛乳瓶をごいごい傾けちゃうのですよ。
 昨夜あんなに次男のミルク飲んでたのに、その辺は全然平気ですよ。

 次男はどうも書き込めば書き込むほど、有利のことを考えすぎてグルグル回ってしまうようです。

 次回は、エロを書きたいときには自分に素直に、有利主体で書きます★