「晴れの日」
〜2010年ユーリお誕生日企画〜








 16歳の誕生日、それは鬼にとって極めて重要な日である。
 晴れて正式な鬼となるこの日から、飲酒や体力低下で小鬼になってしまう体質が一気に改善されるのである。

『やったぁ…っ!』

 ぴぽん…っと飛び上がりたい気持ちで一杯の有利だったが、儀式の為に羽織袴を着て正装しているのと、傍らで見守るコンラートの視線を感じていたので、精一杯大人っぽく振る舞っていた。有利を救う為の試練に耐えた彼は、今回も特例的に同席を認められてのである。
 将来の夫となるからには、当然のことだろう。

 夫…と考えて、またしても有利は《ふくく》と笑いそうになったが、なんとか堪えた。

 眞王を前にして畏まって頭を下げていると、項辺りを掠めるようにして錫杖が振られる。それが強くガツンと角に当たられると…強い痛みと共にぽろりと角が落ちた。
 乳歯のような角がこの衝撃で落ち、代わりにすくすくと真新しい角が生えていく。この辺りは眞王が気を利かせて成長を促しているのだろう。角が欠けている時期は、雑菌の侵入によって頭蓋骨が障害されることもあるからだ。

「渋谷有利、お前を晴れて成熟した鬼として認めよう」

 朗々と響く眞王の声に、有利は込みあげる喜びを押し殺すのに必死だった。



*  *  * 




「コ〜ンラッ…ドぉ〜っ!」
「ユーリ…っ!」

 祝いの宴も終わり、家族の引き留めも何とか振り切ると、二人はようやっとのことコンラートのマンションに戻ってきた。
 ドイツでの一件や鬼の世界での儀式で色々とごたついた為、結局このマンションに帰ってくるのは随分と久しぶりのことなのである。

 コンラートの正式な会社復帰は一週間後としているが、移行期間も兼ねて明日には顔を出しに行こうと思っている。

「はぅ…やっぱり《お家が一番》って本当だね!」
「そうだね」

 有利の言葉に、コンラートはくすくすと笑う。本来であれば鬼の世界こそが有利にとって《家》である筈なのだが、このマンションの一室を《家》と定めていてくれることに、何とも言えない喜びを感じた。
 
「ココアでも飲むかい?」
「あ…ちょっとだけ、お酒呑んでみても良い?」
「試してみる?」

 とっておきのシャンパンを開けてしゅわしゅわと注ぐと、ついでにムードを盛り上げようと華の形をした蝋燭に火を灯してみる。ぽぅ…っと揺らめく光に照らされて、細かな気泡が液体の中に踊った。

 かちりとグラスを合わせてからゆっくりと口に含むと、有利は軽く噎せたようだが、これまでのような変化は起こらなかった。

 嬉しい気持ちと同時に、寂しい思いも気泡のように浮かび上がってくる。そのちいさな気泡の一つ一つに、あどけない小鬼との暮らしが映し込まれた。

『お…おには、そとなの?』

 突然ベランダに小鬼が落ちてきたあの日から、コンラートの生活には鮮やかな色彩が与えられた。

ごめ…なさ……俺、汚れて…でも、俺、俺…あんたに、お、お礼…あげたくて…

 土砂降りの雨の中ベランダに閉め出されてしまって、贈り物にしようとした饅頭を濡らしてしまい泣いていた小鬼。

 可愛い可愛い…抱きしめてあげたい子どもが、寧ろ包み込むようにコンラートを支えてくれるようになったのは何時からだろうか?

 気が付いたらコンラートは、幼い姿の中に溢れるような愛を抱く小鬼を愛していた。

「ぷぁ…胃袋が何か熱いや」
「初めてのお酒だからね。今日は少しにしておいた方が良いよ」
「ん…」

 有利は頬を染めてはいたが、今までのように幼く変化することも酔いどれてしまってコンラートに絡むこともなく、ほんわりとほろ酔い気分で微笑んでいた。
 艶かしい華が綻ぶように…それでいて清潔感のある笑みに、コンラートは見惚れていた。

 色気と清々しさの絶妙なバランスが、この少年を何とも魅力的に感じさせる。

「えっへへぇ〜…コンラッド、気持ち良ぃ〜」
「ふふ、おいで…ユーリ」

 上機嫌な有利を腕の中に抱き寄せると、ほわりと香るのは酒の香りだけではなかった。

『ああ…懐かしい香りがする』

 コンラートは瞼を伏せ、幸せそうに微笑む。仄かにミルクの匂いを滲ませたこの香りは、まだ幼い姿を忍ばせていた。
 あどけない小鬼はもう戻ってこないのだとしても、この少年の中には確かにあの頃の小鬼も含まれているのだ。
  
「ユーリ…ね、キスしても良い?」
「うんうん。めっちゃイイ」

 くすくすくすと楽しそうに喉を鳴らしながら、有利が笑う。
 柔らかい唇に触れても、もうぽんっと身体小さくなることはなかった。寂しさを凌駕する喜びが、少しずつコンラートの中では小さかったエリアを広げていく。

「ん…」

 あえやかな吐息は、この少年の喉から漏れるとは信じられないくらいにあでやかなものであった。
愛おしさの質が、色合いを変えていく。

 紅を濃くした唇は、少し距離を置いただけで寂しさを感じさせるくらいにコンラートを誘うから、何度も飽かず唇を重ねていた。
 するりと掌を襟元の肌に添わせれば、そこが驚くほどにすべやかなのも感じられる。悪戯心で角を弄れば、案の定感じやすいのか《ぁあんっ》とあえやかな嬌声があがった。

 伸びやかに逸らされた喉の滑らかさと白さに、ごくりと唾を飲み込んでしまう。

 有利を見つめる眼差しには、相変わらず《可愛い》も含まれていたのだけれど、今や《美しい》との感嘆の念が色を濃くしていた。


 今宵から、二人の新たな繋がりが生まれていく。
 人間と鬼の恋人達は、《疑似親子》から…《恋人》へと、関係を昇華させていったのであった。

  


おしまい






あとがき



 「何時か書かなきゃ〜」と思いつつも、実はコンラッドの試練とドイツ編でかなり個人的に満ちたりしていたので、どうオチを付けたものかと悩んでおりました。半々で「特異体質だったので、成鬼になってからも以前と同条件で小鬼になる」という展開にしようかと思っていたのですが、コンラートが頑張りすぎた翌日の朝に、しどけない姿で幼児化しているのは心理的に拙いよな〜ということで、後ろ髪引かれつつも完全に大人になって貰いました。