「初夜の心得」
地球森に住む茶うさぎは、それはそれは大切に黒うさぎを育ててきました。 目に入れても痛くないと思いますが、未実施なのは黒うさぎに泣かれるか、《イタいうさぎ》と思われるのが怖いからです。 茶うさぎの熱すぎる間に育まれて黒うさぎは健やかに成長し、いつしか背も伸び、手足もすらりとしてきて…15歳と10ヶ月を少し越えた時期になりました。 ええ、そうです! いよいよ、2ヶ月後には結婚式を迎えるんですよ? * * * 爽やかな初夏の風に吹かれながら、黒うさぎの有利と友うさぎの村田は林の中に寝っ転がっています。ふっかりとしたシロツメクサはよく乾いていて、何とも気持ちの良い感触です。 耳元で鳴る葉擦れの音を聞きながら、瞼に木漏れ日が映り込むのを感じていると、そのまま眠ってしまいそうです。 でも…村田は一つ気になることがあって、黒うさぎに訊ねてみました。 「…で、渋谷。君、初夜にやることとかちゃんと分かってるのかい?」 「え?」 まだ16歳になっていないのに橙うさぎとアレやコレや致してしまっている村田は、ちょっぴり余裕の表情で友うさぎに臨みます。単に好奇心で知りたいというのもありますが、ほんの少し心配したりもしているのです。 何しろ茶うさぎは過保護と言っても良いくらい、舐めて転がして生クリーム掛けにして苺と練乳をにるるるる〜っとばかりに掛けまくったような甘さで純粋培養しておりますから、早くに結婚の約束をしていた割には、下世話な情報に疎いのです。 村田だって、この素直で可愛い友うさぎがあんまり下品なことを口にするのは望ましくないですよ? もしも《なぁ〜村田、ケツでやんのに汚れないように○○を××したら、アレが△△△なっちまったよぉ〜》なんて、伏せ字でしか表示できない用語を使おうものなら、そのまま静かに席を立って、速やかに茶うさぎを始末していたはずです。 でも、何にも知らないまま初夜を迎えた彼が、怖がって泣いてしまったりしたらどうしましょう?きっと茶うさぎに悪いと思って、凄く落ち込むと思うのです。 だったら、少しくらい予備知識を入れておくのも悪くはないでしょう? ですが、黒うさぎのお返事は予想外のものでした。 「ふっふ〜ん、知ってるぜー?もうすぐなんだもん。俺だって、色々と知識は入れてるんだからなっ!」 何と言うことでしょう…やけに自信満々です。 見栄を張っているときにはすぐに視線が泳ぐのに、今日はまっすぐにこちらをみていますから、これは随分と確信があるのでしょう。 心配していたのに、心配が無用なものかも知れないとなると、急に残念な気がするのはどうしてでしょうね?この時の村田も、やっぱりちょっと残念な気がしました。 「へぇ…じゃあ、説明してみせてよ」 「良いよ!」 《えっへん》と胸を張って受けて立つ黒うさぎは、こういう内容を友うさぎと共有する気恥ずかしさというのはないようです。 「あのねー…初夜っていうのは、結婚して初めてエッチをすることなんだ!」 「うん。そうだね」 間違っていません。 なので、余計に村田は複雑な心境になります。 ですが、一縷の望み(?)を託してもう一段聞いてみました。 「じゃあ、具体的にエッチってナニをすることなの?」 「それはね…一緒の布団に入って、重なり合うことだよ?」 間違ってない…様な気もしますが、何かがひこひこっと村田の耳に引っかかりました。 「え〜と…。重なり合うっていうのは更に詳しく言うと?」 「コンラッドの上に俺が乗るか、その逆かだよ。ちょっと息苦しそうだけど、頑張れば何とかなるよな?」 今…ちょっとフレーズがおかしかったのは気のせいでしょうか? 「ええと…渋谷、ウェラー卿の上に載ってナニをするかは分かってる?」 「……?だから、寝るんだろう?」 黒うさぎはまん丸に目を開いてきょとんとしています。まるで、村田の方が変な質問をしているかのようではありませんか。 「いやまあ、一般に寝るとは言うんだけどさ…。だって、ただ寝るだけなら…君、今までに何回でもウェラー卿としているだろう?初夜ってのはこう…もう一段あるわけだよ」 「ああ…っ!そうだよな。ちょっと乗っかっただけじゃあ駄目なんだもんなー!」 黒うさぎは《やっと意味が分かった》という表情を見せると、にっこり笑って言いました。 「重なり合って眠って、一晩の間に一回も相手を落とさなかったら、正式な夫婦になれるんだよな?」 それは《初夜》と言うより、一般に《我慢大会》と呼ばれるモノの一種でしょう。 下が茶うさぎなら全くもって平気でしょうが、黒うさぎが下ならものの一時間で顔色が変わるはずです。朝が来る頃には圧死し掛けているかも知れません。 《大変そうだけど、俺、頑張るよ!》…清々しく宣言する友うさぎの肩をポン…と重々しく叩くと、村田は小一時間掛けて正しい性教育を施したのでありました…。 おしまい
あとがき 別缶の方でRento様にリクエスト頂きました「黒うさの結婚前夜」だったのですが、エッチと言うほどのアレでもなかったので本缶の方に収納致しました。 オチをどう持ってくるかで悩んでいたのですが、ちょっとオチ切らない感じが…。 ゆいか様、オチの案を出して頂いたのですが、反映できなくてスミマセン〜。
「おまけ」 おうちに帰ってきた黒うさぎは、迎えてくれた茶うさぎをじぃ…っと見上げました。 その滑らかなほっぺは、少し紅くなっています。 「…?どうかしましたか、ユーリ?」 「ん〜…あ、あのさ…コンラッドは、初夜の作法っていうか、やり方ってもう知ってる?」 「……………………………え?」 黒うさぎの頬がまた紅くなります。 連動するようにして、茶うさぎの頬も上気しました。 「知って…ます、よ…?多分……」 「ホント?もしかして…知ってるつもりなだけで、凄く勘違いしてるとか、そういう可能性はない?」 「え?それは…どう、でしょう?」 ギク…っと肩が揺れそうになります。 だって、誰だって全然知らないのならともかく、少しは知っていると自負していれば、自分の知っていることが取りあえず本当の事だって思うものでしょう? 勘違いだって分かるのは、いつだって誰かに聞いてからですからね。 改めて言われると、茶うさぎも少し心配になってきました。 「どうでしょう…俺の知っていることも勘違いってことがありますかね?」 「村田に教えて貰ったこと、教えて上げようか?」 「…猊下に教わったんですか?」 《一体どういう流れで》…と聞きそうになりましたが、彼がどれほど黒うさぎを大事にしているかを思い出しましたので、きっと当日恥ずかしい思いをしないようにと、老婆心を出してきたのだろうと思いました。 そう考えると、ぴんと来ます。 きっと黒うさぎも《知っている》と思っていたことを自信満々に村田に言って、間違っていると指摘されたのでしょう。 「ユーリは猊下に伺うまでは、どんな風に考えていたんですか?」 「えと…その……」 間違いだと分かってから、自分の勘違いについて話すのは恥ずかしいモノでしょうけれど、黒うさぎは教えてくれました。 「ほら…初めて会った日に、コンラッドは裸にした俺をお腹の上に直接載せて暖めてくれたろう?あれを大兎(おとな)がしたら、初夜の儀式になるんだと思ってたんだ。朝まで落ちないように乗っかったままでいるのかなって…」 「そうなんですか?」 これはまた可愛らしい勘違いです。 「だって…周りのうさぎに聞いても大体《エッチをするんだよ》って言って、エッチって何かって聞いたら《重なり合って寝ることだよ》って言うから…きっとそうなのかと……」 唇を尖らせて言い訳する黒うさぎの何と可愛らしいことでしょう。 それに、あの行為が《初夜》と同じモノだと考えていたのだとすれば、黒うさぎは初めて会った日に結婚していたも同然だったわけです。そう考えると…何だかほっぺがにまにましてきます。 「ふふ…それで、猊下に教えて頂いた作法はどうなんですか?」 「えっとね?」 黒うさぎは更に恥ずかしそうな顔になって、教えて貰ったばかりの内容を口にしました。 一通り聞いた後、茶うさぎはポン…っと黒うさぎの肩を叩くと、穏やかな笑顔を浮かべてこう言いました。 「そういうのは…もう少し、行為に慣れてからしましょうね?」 村田の教えてくれた《初夜の作法》は、初心者にはあまりにもハードルの高すぎるものでした。 『ヨザ…お前……どういう行為をあの猊下にしているんだ!?』 驚くやら羨ましいやら…茶うさぎは、表情筋が変な形に収縮するのを防ぐように、口元を掌で覆いました。 * 「初夜についての勘違い」を何にするかで思い悩んだ挙げ句、よりによって初日に経験済みの内容にしておりましたので、ちょっと言い訳的なおまけをつけました。 * |