「蒼穹の仔」-12







「ユーリ、そんなに飛ばすと早くへばってしまうぞ?」
「大丈夫大丈夫!」

 真っ青な夏空の下には広大な草原が広がり、騎乗した二人の人影だけが疾駆している。小柄な双黒の青年がはしゃぎ気味に早駆けをしており、上背の高い青年…幾らか渋みも帯びた年代の男はそれを微笑ましそうに眺めながらゆったりと騎走していく。緩やかに纏められていた髪を解くと、心地よい風が肩口まで伸ばしたダークブラウンの髪をそよがせ、陽光に透けたそれが獅子の鬣のように輝く。

『ああ…気持ちいい風だ』

 ゆっくりと風に吹かれながら進んでいこう。

 焦ることなど何一つないのだ。
 今の二人には、のんびりと知らない土地を回っていくというほかに、使命など何も帯びては居ないのだから。

『やっと、この日が来た…』

 つい先日まで世界に冠たる巨大な王国、シマロンの王であったコンラートは感慨深げに青空を見上げた。今から五十年の昔、この空は《禁忌の箱》から溢れ出た法力によって赤黒く染め上げられ、世界は滅びの危機に瀕していたのだ。

 眞魔国とシマロンの共通歴にして4003年という年、大賢者や眞王廟の巫女達が予見していたとおりに、眞王の封印を解かれた《禁忌の箱》が牙を剥いた。
 四つの箱の鍵であった三兄弟と、双黒の少年は艱難辛苦の上これを打ち破り、その闘いの中で魔族と人間の親交をも深めていった。
 今では、この二大国を中心とした友好の輪は世界に広がり、殆どの国が連帯して平和な時代を築いている。

 勿論、永遠の平和などという夢のようなものは存在すまい。経済的な摩擦や誤解の中で再び戦火が世界を包むこともあるかも知れない。それでも…コンラートは自分が絶対的な主君としてシマロンに君臨し続けることを望まなかった。そのような体勢が数百年と続けば、今度はコンラートが力尽きたときに、人間達は自分たちの力で国を成り立たせることが出来なくなるだろう。

 だから、王立学校に奨学金制度を設けて優秀な生徒を集め、その中から《これは》と思われる逸材を選んで、コンラートが手ずから王として立てるよう指導していったのである。

 別れの日に滂沱の涙を流していた青年を、コンラートは信頼している。あの子ならば、新たなシマロンを作っていけると。

「コンラッドーっ!見てみて、雲が面白い形!」
「ああ、兎みたいだな」

 やはりつい先日まで、シマロンの王妃であった青年が楽しそうに空を指さしている。
 出会って暫く経った頃には、《もしかして、成長が早い分老化の早いのでは…》とコンラートを心配させて、血反吐まで吐かせた(←勝手に心配して胃潰瘍になった)彼だが、こちらの世界では人間の国に住んでいても要素の祝福が降り注ぐのか、出会った頃とそれほど変わらない姿のままである。髪は肩口まで伸びて、背もコンラートの肩くらいにはなったが、こんな時に見せる無邪気な表情は相変わらずだ。

 それはそれで、魔力の強い彼を残してコンラートが先に死んでしまいそうな懸念もあるのだが…。心配しすぎるのも問題だろう。今という時間を十分に愉しむ方が先だ。

「あはは…っ!気持ちいい…っ!!」

 ごう…っと吹き付けてきた風を受けて、伸びやかに上体を反らす愛おしい青年。
 《禁忌の箱》を昇華させた際、地球に戻るかこの世界に残るかという選択に立たされて、迷い無くコンラートを選んでくれた人…。

『ああ…俺は、君と生きていけるなんだね…』

 なんて幸せなんだろう。
 なんて満ち足りているんだろう…。

 王と貢ぎ物という、隔絶した立場にあった二人が、こうして肩を並べて騎走していく奇跡に対して、何かに強く感謝したかった。

 輝きに満ちた青空の下で笑うユーリに向けて寄っていくと、愛馬の耳元に囁きかけてからユーリの上体を抱え込む。

「わ…わ!」
「こっちにおいで、ユーリ」

 馬の方は主人の気まぐれにも馴れたもので、《好きになさって下さいよ》と言いたげにブルルンと鼻を鳴らした。

「ん…」

 馬に乗ったまま二人の唇が重ねられると、ユーリはすぐに甘い息を漏らす。誰も見ている者も居ないのに、相変わらず初な反応が可愛かった。
 暫くの後に唇を離すと、今度はコンラートの方が勢いを付けて馬を奔らせる。

「先に行くよ?」
「ああ…コラ…っ!狡いよコンラッド…っ!先行されたらあんたに適うわけないじゃんっ!!」
「やってみないと分からないぞ?」
「もーっ!」

 いつもコンラートの方がユーリを追いかけているのだから、たまには追いかけられたいではないか。

 ザッザッザッ…
 ザザァ…

 爽やかな風に吹かれながら、草いきれを飛ばして二騎は走る。


 世界の為でも国のためでもなく、今はただ二人だけの為に…蒼穹の下を駆けていく。





おしまい







あとがき



 ああ…楽しかった…。

 間にウイルス感染疑惑騒動などがあって死ぬほど疲れましたが、何とかおしまいまで行くことが出来ました。
 《禁忌の箱》関連の部分は思いっ切りサラっと流しましたが、この辺をあまり詳しくやると、《獅子の系譜》でやることが無くなるの
でご了承下さい。

 以前は《コンラッドが魔王で、ユーリが臣下か貢ぎ物だったらどうかな~》なんて妄想していたのですが、人間の国の王コンラッドと
いう想定は無かったので、新鮮に書けました。

 こちらの方が眞魔国に残してきた家族との絡みもありますし、王になる経緯が《眞王に決められた》からではなくて、コンラッドに敬服した人間達による推挙という《お前らコンラッドにメロメロね★》的な展開が出来たので楽しかったです~。
 私、つくづくコンラッドがホモ的な意味ではなく部下にモテモテなの、大好きみたいです…っ!いや、多少はホモ的にもやもやしているのも好きですが、やはり能力を認められるというのは大きい。

 あと、この話以外では絶対に書けませんが、グウェンダルが魔王というのは、今回コンラッドがシマロン王であるだけに、「うっわ、巨頭会談が優雅だわ~」と思いました。ユーリの臣下として並び立っている時とはまた違った味わいがありそうです。

 そんなこんなで、長編とまでは行かずとも、中編くらいにはなったストーリーを愉しんで頂ければ幸いです。
 すっかり「世界は二人のためだけにあるの」的な状態の二人ですが、基本的にユーリがすぐ色んな事に首を突っ込むので、この後も行く先々で悪代官やら怪盗とかと対決しそうです。「この方を誰と心得る…っ!先のシマロン王、コンラート陛下なるぞ!!」「へへーっ!」みたいな。でも、畏れ入る前にコンラートが全員フルボッコにしていそうな気もしないではないです。


 あと、サービスシーンはやはりユーリの入浴シーンなのでしょうか。(←人に聞くような話でもないですが)