「第二十七代魔王温泉紀行」D 「できそこない…」 ミツエモンは、斬られていく奇妙な生物たち…彼のかつての同胞達を見つめながら、慄然として辺りを見回した。 そして群衆の中に見いだしたのは、覚えのある黄色い双弁…。 創造主の…瞳であった。 『分かっているな?』 そう言われているような気がした。 実際、創造主は魔力を使って囁くことが出来るのだが、今はそれを封じている。 有利に察知されることを恐れてのことだろう。 あくまでも慎重な姿勢を崩さず、冷静に…獲物が掛かるのを待っている。 無謀ともいえる攻撃を繰り返す《できそこない》達は、目くらましに使われているだけで、彼らが魔王陛下を浚うことなど出来ないことは創造主も知っている。 今…マークが緩くなっているだろう自分に、《浚え》と…そう、命じているのだ。 ゆらりとミツエモンは立ち上がり、有利を見つめた。 ウェラー卿コンラートと思しき男とグリエ・ヨザックに護られながら、有利もまたミツエモンを見やった。 そして…彼の花弁のような唇が動いた。 『逃げろ…!』 《逃げろ》というのか、この自分に。 今まさに襲いかかってくる怪物と同じ生まれの…異形の存在に、先程まで敵対していた存在に、躊躇なく《逃げろ》というのか……。 『敵わない…』 心地よい敗北感がひたひたと波のように心を浚い…伏せた瞼の奥が痛いほどに熱くなる。 ずっと…どうして生きているのか、何者なのか分からないことが不安だった。 だが今、ミツエモンの胸にはただ一つながら…星のように清冽な光を放つ想いがあった。 『俺は…この方にお仕えしよう』 唯一瞬のことにはなるだろうが、それでも…シブヤ・ユーリをあるじと定め、精一杯の忠誠を誓おう。 腹を据えたミツエモンは魔力を集中させ、一点に引き絞ると…ある方向に向けた。 相打ちを狙った一撃を、創造主に喰らわすつもりなのだ。 創造主はミツエモンの肉体・精神のもととなる精液の提供者である。その彼を屠ることは同時に、ミツエモンの死をも意味していた。 『だが…それは、きっと今まで恐れていたどんな死よりも意味のあることだ』 清々しいほどの心地に、ミツエモンはうっすらと微笑みながら…必殺の決意を固めていた。 向こうも切迫した殺気に気付いたのだろう、一瞬にして顔色を蒼白に変えると口の中で何事か呟こうとしている。 『間に合うか!?』 塵に還るまでのその一瞬に…創造主を屠ることができるのか否かに、いまやミツエモンの全人生の意義が掛かっていた。 『届け…っ!』 祈りを込めた一撃が…空を裂いた。 * * *
コンラートはミツエモンが何をしようとしているかをいち早く察知していた。 詳しい心情の変化までは掴みかねるものの…少なくとも、この男がもとの主に離反して有利を護ろうとしていることは理解できた。 引き絞られるミツエモンの力と…漸く顔色を変え、なんらかの呪詛を唱えるアルビノの男…。 『させん…っ!』 小脇に忍ばせた右手がある道具をアルビノの男めがけて放つのと、 その男が呪詛を言い終わるのと、 ミツエモンの力が男に向かうのと… …三つの要素が微妙なタイムラグを呈することで、状況は決定された。 ドォン……っ! 雷を孕んだ水流が大地を抉(えぐ)るが、その場所にアルビノの男はいなかった。 ただし、アルビノの男自身が俊敏さを見せて避けたというわけではない。 それどころか…男はコンラートの放った道具…法石を練り込んだ投げ縄によって猿轡を掛けられた上、コンラートに拘束されていたのだ。 そう…最も素早く状況を制圧したのは、ウェラー卿コンラートだったのである。 「ふが…ふががっっ!!」 「大人しくして下さい…あなたには、後で色々とお話を聞かせて貰わなくてはならない。今は…あちらの彼に話して貰いますけどね」 耳元で婉然と微笑むコンラートを、慄然とした目でアルビノの男が見返した。 我が身に事が降りかかると途端に小心になる男なのだろう…黄色い瞳には見苦しいほどの狼狽の色があった。 『やれやれ…実際の所、ミツエモンに息の根を止めてもらっても良かったんだがな…』 だが、事の次第が闇に葬られては験が悪い。有利も気にすることだろう…。 「さあミツエモン殿。この男が何者であるか…何をしようとしていたのか、証言願えますかな?」 「あ…あ……」 限界まで高められていた緊張感が解かれたせいだろうか?ミツエモンはきょとんと毒気を抜かれたような顔になって…くたくたと頽(くずお)れてしまった。 「お…おい、大丈夫か!?つか…コンラッド、そのおじさん捕まえちゃって良いの?その人、何したの?」 「近寄るなっ!」 コンラートに駆け寄ろうとする有利は鋭い声を掛けられ、びくりと歩を止めた。 声の主は…三人の男だった。 「近寄ってはいけません、ユーリ…。おそらく、この男が今回の仕掛け人です」 「そーそ。坊ちゃん、流石にお優しいのも限度もんですよ?」 従者二人にあわせ、敵対していたはずの男にまで窘(たしな)められてしまった。 「そうだ…近寄ってはいけない。その男は、お前…いや、あなたの精液を手に入れてホムンクルスを作り出すために、俺や仲間達を仕掛けた男だ」 その様子に、コンラートが苦笑する。 「証言…してくれるな?そうでないと、俺はこの男から名誉毀損で訴えられてしまいそうだ」 「ああ…」 こくりとミツエモンが頷くと…崩壊し尽くされ、血まみれになった豪奢な部屋に…血臭を吹き飛ばすような勢いで涼風が吹き抜けていった。 粉塵が巻き上がり、そして漆黒の獣達の死骸を幾ばくか灰色めいたものに変えていく。 『本来の色に、戻ろうとしているかのようだ…』 不自然な生命体の最後らしい情景だと、ミツエモンには思えるのだった…。 * * * アルビノの男の名はロシュフォール卿アンドュシャス…この地方ではなかなかの名士として知られていた貴族である。 ミツエモンの証言に基づいて屋敷には調査団が入り、地下の研究室に蓄えられたホムンクルス入りの培養槽と、焼却庫から出てきた無数の奇怪な骨により、生命を弄ぶような呪わしい研究が為されていたことが判明した。 有利を浚う計画については実のところ立証が難しいのではないかと恐れていたのだが、粘着質な性格を生かして綿密な日記帳をつけていたことが決め手となった。 『やはり殺しておいて方が良かったか…』 生々しいその記述には、軽く目を通したコンラートが改めて殺意を覚えるほどであった。 アンドュシャスの刑については追って沙汰があることとなっているが、少なくとも魔王陛下に危害を加えようとした計画については重い刑が科せられるものと思われる。 なお、アンドュシャスの地下研究所は閉鎖されたが…その研究の成果(?)は後日、ある女性へと引き継がれることになる。 * * * 偽魔王騒ぎから約2ヶ月の後…真の魔王陛下と従者二人は再び温泉地を訪れることとなった。 事件後は、報告を聞くや心痛のあまり半狂乱になってしまったフォンクライスト卿を宥める意味合いもあって血盟城に帰還せざるを得なかったのだが、休暇半ばで仕事に戻ってしまったことと、結局大浴場を満喫できなかったことで、有利がふくれっ面をしていたせいだろうか?グウェンダルから《…もう一度行ってこい》とのお言葉を頂いたのがつい先日のことである。 訪れてみると、2ヶ月前には貴賓室全壊、母屋にも被害が波及した緑葉庵も、アンドュシャスから没収した財産(領主である兄預かりとなったらしい)からかなりの額の弁済があったらしく、以前よりも豪奢なほどに修繕が施されていた。 ただ、以前と違って有利の顔を見るなり宿の者がひれ伏してしまうのには閉口したが…。 * * * ぱしゃ… ゆったりと肩に湯をかければ、弾けた水滴がきらきらと月明かりに映え…とろけるような乳白色の湯に透ける淡桜色の肌が、湯気をまとってうつくしく輝いた。 「みんな入ればいいのにさ…」 はう…っと、有利が唇を尖らせながらため息をついた。 気兼ねなく双黒を露わにして入浴できるのは嬉しいのだが…《みんなで入ろうよ!》と有利が勧めたにもかかわらず、一般客は全員ブンブンと首を振って《滅相もない》と叫んでいたので…現在大浴場は魔王陛下ご一行の貸し切りとなっている。 これでは偽魔王と同じ事をしているようで心苦しいではないか。 「あーあ、やっぱ魔王相手だと緊張しちゃうから嫌なのかな?《無礼講》って言われても、上司がいると緊張が解けないようなもんなのかなー」 「ええと…まぁ……そんなところですかね?」 語尾を曖昧に濁らせながらコンラートが微笑むが、横で見ているヨザックはにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。 実のところ…有利が熱心に勧めたせいで、《じゃあ…一生の思い出に》と、心ときめかせながら共に入浴しようと一歩踏み出す剛の者もいるには居たのである。 だが…彼らは人を居殺せそうな視線の一閃を受けて、二の句が継げないばかりか身体の自由さえ奪われてしまったのだ。気の毒な男達は当分の間、同じ場所から微動だにできなかったくらいだ。 『嫉妬深いこったねぇ…』 縁側で寛ぐ老夫婦並みにツーカーの仲とはいえど、実質的な関係は一歩たりと進んでいないコンラートとしては、とてものこと他の男に有利の生肌など見せたくはないのだろう。 ヨザックでさえ、愛らしい主君の仕草を見つめながらうっとりしていたら肘鉄を食らったくらいだ。 「まあまあ、坊ちゃん。そのおかげで大浴場貸し切りですよ?これはこれで気兼ねなく楽しみましょうよう」 「うーん、まぁ…ね」 言われて深々と湯につかれば…確かに、ここ数ヶ月の仕事の疲れがほろほろと分解されていくようだ。 「あー…、申し訳ないけどやっぱいいねぇ…気持ちいいっ!」 うっとりとため息をついて浴槽にもたれれば、つるりとした材質の岩肌のせいで深く沈みそうになってしまう。 「ユーリ…っ!」 「ぷは…ゴメ…っ!」 危うく窒息しかけた主をコンラートが救うが、こちらも不自然な体勢で受け止めたために組んずほぐれつ…といった状態で、湯の中で四肢を絡め合わせてしまう。 「あーららぁ〜、お二人とも妖しい体勢〜。グリ江だけのけ者みたいで寂しいわぁ」 「え…?わ、は……っ!?」 真っ赤になってばたばたと暴れると、生真面目な主君は拗ねてしまった(ようにみえる)従者に泳ぎ寄り、懸命に語りかけるのだった。 「俺、グリ江ちゃんと風呂に入れて凄い楽しいよ?」 「本当に〜?隊長と二人っきりの方がムードがあって良いなぁ…とか思ってないです?」 きょと…とまんまるなお目々を一層丸くして尋ねる主君に、ヨザックは吹き出しそうになるのをかみ殺すのに苦労してしまった。 見れば…向こうでコンラートが苦虫を噛みつぶしたような表情をしている。 『この坊ちゃん相手に恋を語ろうなんて、前途多難だねぇ…』 天然素材でできあがっているこの愛らしい主君は、実にお子ちゃまであるので…当分のあいだ恋だの愛だのといった領域には意識が回らないのかも知れない。 「そういえばさ…グリ江ちゃん、あのあとミツエモンがどうなったか知ってる?」 「どの地点からの話ですかね?」 「ほら、アニシナさんとこに預けられてから…」 「ああ、どうやらそれなりに元気で居るみたいですよ?」 事件後、ミツエモンの扱いには誰もが苦慮した。 何しろ彼は人工的に作られた生命体であり、創造主の男が《塵にかえれ》と命ずれば死滅してしまう…あるいは、ただ放置していても体組織が崩壊する危険性を孕んでいたし、更には怪物化する危険性まで持っていたのである。 そして、事情があったとはいえ魔王であると騙り、宿の者に性的・肉体的被害を与えたことも確かだ。 困り果てたこの状況下で声を上げたのが、フォンカーベルニコフ卿アニシナである。 『ホムンクルスですか!なかなか興味深いですね。それに、魔力もたいそう強いとか…ええ、興味深い…誠に興味深いですよっ!!』 …と、嬉々としてミツエモン以下、数名のホムンクルス達の御許引受人を名乗り出たのである。 《毒女の餌食》という立場はある意味、魔力を持つ者にとって(時として持たない者でも)最強・最悪の罰になり得るため、宿の者達は諸手を挙げてこの申し出を受け入れた。 ただ…ミツエモンが宿を去るに際して、不器用にではあるものの…誠意をもって謝罪を為したことは彼らの心証に幾ばくかの影響をもたらした。 ホムンクルス達を乗せた馬車が宿を去る折りには、幾人かが手を振ってくれたくらいである。 ミツエモンもまた何かを思うように彼らを見つめ…小さく、手を振りかえしたのだった。 毒女の研究所での生活が果たして、創造主のそれよりもマシなものであるかは不明だが…少なくとも、この国の重鎮たる男達の負担軽減に繋がることは確かであった。 「どうもアニシナちゃんの研究所に入るなり、《毒出し》と称して凄い速度で回転する機械に入れられたんで、黒い色素が抜けて灰色っぽくなったって話ですけどね。その代わり、《これで組織破壊だの怪物化する恐れはありませんっ!》って…アニシナちゃんは強く主張してましたけどね」 「……別のものに変化させられる可能性はあるがな…」 「ははは…」 何となく三人とも、笑いが引きつったものになってしまう。 * * *
湯上がりの三人はほかほかと湯気が出そうなほど暖まり、ほてほてとスリッパをぱたつかせながら(これは有利だけだが)廊下を歩いていった。 そしてふと…厨房から漏れ出す声に気付いたのである。 『……陛下……が…』 微かに聞こえた呼称に、ぴたりと有利の足が止まってしまう。 以前、ミツエモンへの詰言を漏れ聞いたときと全く同じ状況で、有利のどんな話をされているのだろう? 盗み聞きは良くないと分かっていても…ついつい足がふらふらと戸口の方に近寄ってしまう。 『ユーリ…』 『ごめん、ちょっとだけ…?』 口の前で小さく手を合わせて上目づかいにお願いされれば、コンラートに断れるはずもない…。 結局、三人は身を忍ばせて厨房のうわさ話に耳を峙(そばだ)てることになったのである。 厨房では3人の料理人と、2人の仲居さんが作業をしながらお喋りに興じているようだった。 「陛下ったら…やっぱり漆黒の御髪(おぐし)だと一層映えるわぁ…なんて愛らしいんでしょ!」 「お美しさだけではないわっ!とってもお優しいんですものーっ!私のような下働きの者にまで暖かなお声を掛けて下さるのよ?」 年若い仲居さん達のお喋りに、年嵩の料理人が少しだけ不満そうに口を尖らせた。 「しかしねぇ…お優しいのは確かにご立派だが、こないだの騒動の時には折角だからどーんと大技を拝見したかったなぁ。あんな凄い水龍が現れたんだぜ?目の前で炸裂する様子を見たかったなぁ」 「何言ってるのよ!そんなことされたらうちの宿は母屋まで全壊してたわよ?」 「う…そりゃ確かに」 料理人を言い負かした仲居さんは、自分のことのように誇らしげに胸を張り…尚も有利を称えるのだった。 「それに…あたしはあんなに大きな力を持ってらっしゃるのに、敢えてお使いにならなかった事がとっても素敵だと思うわ。だって、本当に良い剣は良い鞘に入っているもんだって言わない?」 「そうよねぇ、だからこそミツエモンは改心もしたんだろうし、そのおかげで影の仕掛け人も捕らえられたんですものね。やっぱり、陛下の優しさがあの事件を解決させたのよ!」 『ユーリ…』 『……えへへ…』 誇らしげに微笑むコンラートに、有利は照れまくって俯いた。 そして湯のためだけではない赤みに頬を染め、もにもにと唇を噛んで羞恥を隠していたのだが…その内、気まぐれな仲居さん達の会話は別の方向に流れ始めてしまった。 「そういえば、フォンロシュフォール卿を捕まえたコンラート様だって、とっても素敵だったわ!」 「そうそう!剣技だけでなく体術もお得意なのね…っ!」 「あぁ〜ん…コンラート様、一夜だけでもお相手をして下さらないかしら?あの逞しい腕で抱かれたら、天にも昇ってしまいそうよ?」 「グリエ様だって妖しい魅力をお持ちよ?男も女もいける床上手だってお噂ですもの」 「やーん、お二人の下の剣で貫かれてみた〜いっ!」 「ねえねえ、コンラート様とグリエ様、どちらが大きいと思う?」 「そりゃあ…」 くすくすくす… 「お…おい、下品にも程があるぞ!?」 ヒートアップしていく仲居さん達の艶話に、料理人達は冷や汗を掻いているようだ。 「……?下の剣?…て、ナニ?」 有利には際どすぎる猥談の意味がよく分かっていないようだが…端で聞いているコンラートとしては身の置き所がない。 「ユーリ、やはり立ち聞きは良くありません。それに、湯上がりの身でこんな所に長居をしては風邪を召されますよ?」 突然正論を唱え始めたコンラートは、有利を抱きかかえると強制的に宿泊室に向かうが…併走するヨザックはニヤニヤと笑いながら状況を悪化させようとした。 「ねーねー、坊ちゃんは一緒に風呂に入ってみてどう思いました?俺と隊長、どっちが立派でした?」 「立派?」 「ヨザっ!」 きょと…っと小首を傾げる有利は、コンラートの腕の中にちんまりと収まって暫く考え込んでいたが…その内、答えを得たようににっこりと笑った。 「どっちも、俺には勿体ないくらい立派だよ?」 勿論、有利は臣下としてとか…とにかく健全な意味で《立派》と評してくれているのは確かなのだが…先程までの仲居達の話を理解している身には、何とも艶めいた台詞として了解しそうになってしまう。 「…そうですかぁ?」 「うんっ!」 「じゃあ…この後お部屋で三人、しっぽりといきますか?立派なのは大きさだけじゃないところをお見せ…」 ゴイン…っ!! 痛烈な拳骨が、直角にヨザックの頭頂部に炸裂した。 * * * 「なー…。グリ江ちゃん、本当にあのままで大丈夫?風邪ひいたりしないかなぁ…」 「丈夫だけが取り柄の男ですから大丈夫です」 爽やかな笑顔で言い切られると、有利もそれ以上は言えなくなってしまう。 何がきっかけかは不明だが、コンラートの逆鱗に触れたヨザックは衝撃的な一撃を食らったまま気を失い、廊下で伸びたままとなっている。 「それより、お茶が入りましたよ?随分長湯をしましたから、しっかり水分を摂取しておいて下さいね」 「はーい」 よい子のお返事をしてはふはふと熱いお茶を頂くと…窓から吹き込む涼風にテーブルの上の生花が揺れた。 その様子を眺めながら…有利はふと先程から気になっていたことをコンラートに尋ねるのだった。 「ねえ…コンラッド……」 「何です?」 「えと…あのね……?」 もじもじと…淡く頬を染めて言い倦(あぐ)ねている有利に、コンラートは急かすようなことを言わなかった。 元来、コンラートは有利に対してそういう男であったし…このような鄙(ひな)びた温泉宿では一層、何事もゆったりとして受け止められるものだ。 「あのね…こーゆーの…聞いて良いことなのか分からないけど…。コンラッド…さっきの噂してた子が凄く可愛い子だったら…その、つ、付き合ったりするの?」 「…………」 危うくお茶を吹き出し掛けたコンラートだった。 下の剣がどうこうという隠語までは分からなかったものの、彼女たちがコンラートを性的な対象として欲しているのは理解できたらしい。 「ねえ…?」 「……付き合いませんね」 「本当?」 「ええ、男の値踏みをして声高に下卑た話をする女性に興味は湧きません」 「じゃあ、やっぱ上品な人がいい?貴族のお嬢さんとか」 「そういうお嬢さんとはまた別の意味で合いませんね。俺は屋敷に籠もっていることが出来ない達なんで…」 「じゃあさ、どういう人が好みなの?」 身を乗り出して聞いてくる瞳には、純粋な好奇心があった。 温泉宿につきものの気安さからくる《恋バナ》というやつだろうか? 「俺は…そうですね」 覗き込んでくるつやつやとした漆黒の瞳に吸い込まれるように…ついついコンラートの唇が動いてしまう。 「俺は…活発で、気が強いけど涙もろくて…暴力が嫌いだけど、困った人がいると放ってはおけない…そういう子が………」 ほう…と、想いを込めて言葉が紡がれる。 「…大好きです」 《あなたが…好きです》 銀の光彩が鮮やかに散る…琥珀色の双弁に、有利もまた魅入られたように見惚れてしまって動くことが出来ない。 お互いに微動だにせず見つめ合う時間がどれ程流れたことだろう。 コンラートの指先が微かに揺れ、何らかの動きを見せようとしたとき… …ガラリと扉が開かれた。 「んもぉ〜っ!隊長ったら酷いっ!!坊ちゃんも俺のこと廊下に放置プレイだなんて酷いじゃないですかっ!!」 ……ヨザックだった。 「ん…何々?あれ…隊長、何で兄上様にそっくりの所に皺作って目が据わってるの?え…ちょっと待って?隊長…その抜き身の剣、今からどうするおつもり?水芸とか披露…する訳じゃないよね?やっぱり…」 じり…じり…っと後退するヨザックに、じり…じり…とコンラートがにじり寄っていく。 脱兎の勢いで駆けだしていくヨザックを、コンラートは獣のような俊敏さで追いかけていくのだった…。 残された有利は一人ぽつねんとテーブルにもたれ掛かり…やっと呪縛が解けたように脱力していた。 「ふわぁ…流石は夜の帝王…無駄に色気ありすぎだよ……」 あんなに綺麗な眼差しで、熱く語られては…冗談だと分かっていても、《もしかしてコンラッド、俺のこと好き?》等と誤解してしまうではないか。 「んもー…罪な奴っ!」 ウェラー卿コンラートと第二十七代魔王陛下の恋への曲がり道は………多分、長い。
おしまい
あとがき ふひぃ。どうにかこうにか終わりました。色々辻褄が合っているようなないような気もしますが、気付いたら後で直します。 とにもかくにも終わりましたー。葵様、希望に部分的にでも合致する話になってましたでしょうか? オチが見え見えとはいえ、それなりに伏線のあるお話は結構気合いがいりますねっ!でも、書いててとても楽しかったです。 そういえば、上様化した有利を書いたの初めてでした。今まで一体何を書いていたのかと自問自答してみたり…。
実は、今回のリクエストの中ではこのお話と、8番のティア様の「職業体験」、10番のチカ様の「有利、魔王陛下のふりをする」が系統的に似ているなーと思うので、勝手にこの3本をシリーズで繋げさせていただくと書きやすいかなぁと勝手に思っているのですが…如何でしょう? もし、「独立した話でないといやーん」とかいうことがありましたらご一報下さい。 御意見ご感想お待ちしております!
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