「白黒インパクト」−6






白次男side−8





 …ぽふっ!
 ばぅん…っ!!
 
 弾む感覚に舌を噛みそうになるが、耳元で《歯を食いしばって!》と良いタイミングで囁かれたので何とか回避できた。
 コンラートは有利を抱えて魔王居室の寝台でバウンドすると、上手く衝撃を殺して着地した。

 見回すと、どうやら亜空間に行くときに爆音が響いてはいたものの、特に魔王居室に被害はなさそうだ。強いて言えば開け放たれたままのお風呂から湯の香りが漂っているくらいか。

「ご無事ですか?」
「お、おかげさまで…」

 とはいえ、先程まで激しく(予想外に…)繋がり合っていた身としては、少し身じろいだだけでも異変を感じる。

「あ…ぁ……っ」

 立ち上がろうとしたものの、思わず情けない声を上げてへたり込んでしまった。繋がった証のようなものが、下肢をとろりと伝いかけたのだ。
 しかし、シーツを汚してしまうなんて恥ずかしい目に遭うことはなかった。
 素早く枕元にあったティッシュを掴むと、コンラートが下肢の付け根を押さえてくれたのである。

「あ、ありがと…」
「少し押さえていて下さい。お風呂に行きましょう?」

 ああ…やっぱりコンラートだ。
 さり気ない優しさや気配りが嬉しい。

 お風呂で協力しながら身体を清めていると、トトントントンと扉が叩かれた。

「渋谷ー、無事に戻ってこれたかーい?」
「村田、心配かけてごめんな。すぐに出るよっ!」

 あわあわと身体を拭いて村田を迎えると、何とも微妙な表情で迎えてくれた。

「ふぅん…。なるほどねぇ…幾らヘタレー卿でも、さすがにやっちゃったわけだ」
「猊下…その名を俺の渾名にするのだけは止めて下さい…」

 げっそりした顔をして頭を抱えるコンラートは、寝間着をきこんだ有利と違って軍服を纏い、きっちりと襟元まで止めている。その姿から亜空間での乱れっぷりを想起させるものはなにもなかった。

『何もなかったことになんか…しないよね?』

 あれほど約束したのだから大丈夫な筈…とは思いつつもちょっぴり不安に思っていると、横合いから村田が紙封筒を渡してきた。透かし模様の入った眞王廟仕様だ。

「何コレ?」
「大事な大事な君の為に、大賢者様からの贈り物だよ?二人でゆっくり見ると良い」
「はあ…」
「じゃあ、これで僕は行くよ?」
「え、用事これだけ?」
「ああ、約束を守っただけだからね」
「約束…」

 ふと思い出すのは、妖艶な印象の異世界コンラートが村田と喧嘩したときの遣り取りだった。

 《では、僕も策を練るとしよう。渋谷を笑顔にさせて、なおかつ僕の胸が空くような策をね》…まさか、きっちり覚えておいて実行しようと言うのだろうか?

「村田…でもさ、あれってよそのコンラッドとの喧嘩だろ?こっちのコンラッドには罪はないからね?あんまり苛めないで遣ってよ」
「大丈夫だって。君を哀しませるようなことではないよ。言ったろ?渋谷を笑顔にさせるってね。君が笑顔になるってコトはつまり、ウェラー卿にとっても良いことなのさ」
「そっかなー」

 半信半疑で紙封筒を眺めていると、村田は手を振って立ち去った。護衛として部屋の前に張っていたヨザックも一緒になって離れて行く。
 本来のコンラートが戻った以上、護衛を務める意味はないと察したのだろうか?

「ユーリ…あちらの俺は、まさか…猊下に喧嘩を売ったのですか?」
「う…うん……」

 掻い摘んで経緯を説明すると、コンラートは血の気を引かせて絶句していた。

「な…なんてことを……っ」
「ま、まあ…コンラッド。俺が笑顔になれるってくらいだから、多分大したことじゃないよ」

 そう信じたい。

「じゃあ、出すよ…?」
「は、はい…っ!」

 緊張した二人がローテーブルの上に紙封筒の中のものを出してみると、そこにあったのは…。
 
「…っ!」
「……っ!?」

 なんと…亜空間でセックスに溺れる二人の写真ではないか!

 ひらりと出てきた小さなメモには一言、《証拠写真をしっかり掴んでおいて、必要があればおねだりしなよ》と書かれている。
 流石大賢者様。有利が不安に思うだろうことを事前に察していたわけだ。

「なんてことを…」

 首筋まで真っ赤にしたコンラートは、ふるふると可哀想なくらいに震えていた。そんな様子を見ていると、有利としてはとても証拠として所持したりは出来ない。

「心配しないで?これは燃やすし、村田に言って他の写真も始末するから。だから…コンラッドがこんなのに拘束されることはないよ」
「ええ、処分してください」

 つくん…っと胸に痛みが走るけれど、それでも良い。
 こんな写真を見て《おや、ユーリの可愛いアヘ顔が上手く写ってるじゃないですか》なんて、ニヤニヤ出来るようなコンラートなど有利のコンラートではないのだから。

 静かに瞼を伏せていると、背後からすっぽりと抱きすくめられた。

「疲れているだけろうけど…お願いがあるんだ、ユーリ」

 今度は、どくん…っと胸が弾んだ。

「な、なに?」
「誰にも見られていないところで、あなたをじっくり確かめても良いですか?」

 何と返事をしたかなんて、聞かなくても分かると思う。

 こうして二人は晴れて、恋人になったわけである。

 

白次男sideおしまい





黒次男side−7



 
「おーい、渋谷。おーいっ!!」
「ありゃあ…出てきませんねぇ」

 ガンガンとしつこいくらいに魔王居室の扉を叩くのに、いつまで経っても有利たちは出てこない。アニシナは実験器具を眺めて《もう戻っています》と告げると、後は興味を失ったのかとっとと自室に戻ってしまった。

 村田とヨザックは、有利とコンラートの無事を確認できないと落ち着かないものだから、その場に残って借金取りの如く扉を叩き続けている。

「う〜…フォンカーベルニコフ卿が《戻ってる》って言うんだから、確かな筈なんだけどな〜」
「もしかして、まだヤリ続けてるとか?」
「いい加減止めてよ。渋谷が壊れちゃうよっ!」
「止めるのって、やっぱ俺の役割ですかぁ〜?」
「君以外誰がいるってのさ」

 尻を叩かれて扉の鍵穴に道具を差し込むと、頃合いを見てカチン…っと解錠する。

「良い腕じゃないか。いつでも空き巣になれるよ」
「お褒め頂き恐悦至極…」

 はは…っと引きつった笑いを浮かべながら入室していくと…何やら淫猥な水音と嬌声が聞こえてくる。

「はい、止めてきて?」
「い、いやぁ〜……」

 殺される。
 今行ったら、絶対に殺される。

 そういう自信がヨザックにはあった。
 それに、かつて肉体関係にもあった男が本気の相手といんぐりもんぐりやっている現場を見てしまうなんて、やっぱりちょっとしょっぱい気分になりそうだ。

 それでも大賢者命令には逆らえずに重い足取りを運んでいくと、ヒュ…っと空を切る音がしてヨザックの耳朶を掠めていく。微かに開けられた寝室の間から、正確にヨザックを狙ったのだ。

「寝室に入ってみろ。確実に仕留めるぞ?」

 笑いを含んだあえやかな声音は、今まさに《ヤッてます》と言わんばかりだ。
 気まずくてとても突入など出来ない。

「ほらぁ〜猊下、帰りましょう?無事ですよぅ〜…」
「渋谷!そこにいるのかい?無事なんだろうねっ!」

 くぐもったような喘ぎは聞こえるが、ちゃんとした返答にはなり得ない。指か何かを口に含まされているのだろうか?

 村田は苛立たしそうに爪を噛んでいたが、ふと廊下から響いてくる音に耳を澄ませた。

「あの靴音…ひょっとして、フォンヴォルテール卿かな?」

 キラリと輝いた眼鏡に、ヨザックは激しく嫌な予感を覚えてた。



*  *  * 




 フォンヴォルテール卿グウェンダルは大切に育てた白百合を手に、幾らか緊張気味に廊下を歩いていた。白百合で綺麗に花束を作り、ふわりと幅広のリボンを掛けている。この白百合は夜になると特に薫り高くなるのが特徴で、闇の中で月明かりを浴びた姿も実に麗しい。

『コンラートを想わせるな…』

 普段のコンラートはどちらかというと《淫らな黒薔薇》といった印象が強いが、事故の衝撃で変わってしまった弟は、人目を忍んで静かに咲く白百合がよく似合う。お菓子の詰め合わせや籠一杯の編みぐるみをあげたら、何と言うだろう?

『喜んでくれるだろうか?』

 《わぁ…これを俺に?ありがとうございます…っ!》

 はにかむような微笑みが脳裏に浮かび上がると、グウェンダルの鼻の下は《のにょ〜ん》と良いだけ伸び下がる。

 普段のコンラートと重ねるとかなり違和感はあるのだが、白百合の手入れをしているときにふと思い出すと、あの愛らしいとも表現できる面差しが思い起こされた。

 《俺はおかしいのでしょうか?》不安に濡れるあの眼差しに、伝えてやりたい。
 今のままだって、とても可愛らしいと…。

「ふ、ふふ…」

 我ながら脂下がってしまう顔が恥ずかしくて、掌で顔半分を隠して歩いていくと、コンラートの部屋の前で衛兵から《閣下は魔王陛下のお部屋です》と告げられた。
 心細くて、一人では過ごせないのだろうか?

 これまた可愛らしい有利と共に、寝間着姿で寝台の上に夜食を広げてお喋りをしたり、お菓子を摘んだりしているのだろうか?
 想像するだに愛くるしい様子だ。

 これでグウェンダルお手製の凝った焼き菓子を差し入れてやれば、二人して花束のような笑顔を向けてくれることだろう。

「ふふふふ………」

 喉奥で転がるような低音を響かせながら魔王居室に向かうと、何故か村田とヨザックが居た。
 村田はきらきらと瞳を輝かせ、ヨザックは何故か《早く帰れ》というように指信号を送ってくる。失礼な奴だ。

「どうかなさいましたか?」

 キリリ…っと普段の顔を作って問いかける一方、何となく差し入れの山は背後に隠してしまう。

「やあ、フォンヴォルテール卿。ウェラー卿と渋谷が待っていたよ?」
「ほう?」

 表情には出さないようにするが、心の中はお花畑状態だ。
 
 《あ、グウェンっ!》
 《心細くて、色々とお話が伺いたいんですが…》
 《良かったら、一緒にお菓子でも摘みながらお喋りしませんか?》
 《わあ…素敵な白百合ですね?兄さんが育てた華でしょうか?》

 …くるくるくるくる〜…。

 走馬燈のように(←嬉しすぎて死にかけているのか…)楽しい光景が繰り広げられる。

「では、行かぬわけにはいきませんな?」

 正しいツンデレ口調を厳守して、グウェンダルは魔王居室に入室していき、ふわふわとした夢想で一杯の頭であったせいか、異様な雰囲気に気付くこともなく寝室に入って…。(←兄には流石にナイフを向けなかったのかコンラート…)

 

 ぎゃぁあああああああ……っっっ!!

 

 夜の静寂(しじま)に、鉄束子を引き裂くような絶叫が響き渡ったのは言うまでもない。



おしまい



あとがき



 うっわ、物凄い楽しかったです。
 別缶は勿論のこと、本缶のネタですらも《微エロの範疇としてどうなの!?》という感じではあったのですが、物凄く楽しかった…(笑)
 お題をいただいたときから、《リクエストならでは》の旨みを感じましたよ〜。自分ではなかなかこの設定は思いつきません。
 本当、リクエストありがとうございました!

 白コンユがいる前で典型的な台詞を垂れ流す黒次男が、色っぽいと言うよりも可笑しいヒトでしたね。
 ちなみに、シマロンにいるときを含め、眞魔国で有利に会ってからは、他の人を誘惑はしてますが身体は使ってません。意外と一途。

 夢見がちな黒次男のところのグウェンダルには気の毒でしたが…大変オチも楽しく書ききってしまいました。
 妄想部分をニヤニヤしながら書くの楽しかった…。またこういうの書きたいです〜。

 清らかな方には申し訳ないような話でしたが、笑って許して頂けると幸いです。