「しあわせにしたい人」
 








 シブヤ・W・リヒトは、眞魔国の言葉で《光》を意味する名前の王子様です。まわりの人からは《りっちゃん》とか呼ばれたりします。

 今年で5歳になるリヒトのお手々はまだちっちゃいですし、あんよはたくさん歩くと疲れてしまいます。
 それに、まだ大人の人と一緒でないと色んなところに出歩くことは許されていません。

 だって、リヒトは世界でも珍しい双黒の子どもですし、それ以前にこの国の大事な大事な王子様ですからね。
 好奇心たっぷりのリヒトにはちょっと不満でも、それはしょうがないことなのです。

 リヒトには何故だか《父ちゃん》と《パパ》がそれぞれいますが、女のお母さんはおりません。でも、リヒトは細かいことをあまり気にするたちではありませんし、父ちゃんもパパも大好きなので、全く問題はありませんでした。

 父ちゃんの第27代魔王陛下シブヤ・W・ユーリは、ママではないけれどちゃんとお腹を痛めてリヒトを産んでくれたそうですしね(あの細いお腹がぷっくらと膨らんで、リヒトを入れていたなんてとても不思議ですけど、ちゃんと《写真》というものも見せて貰いました)。
 
 パパのウェラー卿・S・コンラートは、《シブヤ姓をミドルネームにしてイニシャル表記すると、まるで俺がドSみたいですねぇ…。フランス貴族だったらまさに[ド・S]となるところですしね》とよく分からないことを言って父ちゃんに叩かれたりしていますが、おもしろいことを沢山教えてくれる素敵なパパです。
 ただ、おもしろいだじゃれをパパが口にすると、どうしてだか父ちゃんは動きを止めてしまうのですけどね…。

 リヒトの父ちゃんとパパはとっても仲良しです。
 見ていると、時々ほっぺが赤くなってしまいそうなくらい仲良しです。
 リヒトはそんな父ちゃんとパパを見ていると、わくわくと好奇心がわいてきて、《おれもだいすきな人とけっこんできるかな?》と、想像してみます。

 そんなとき、一番に思い浮かぶのは大好きな《レオ》のことでした。
 レオは大人の人ですから、本当はちっちゃな子どもがあだなで呼び捨てにしてはいけないのだそうです。
 でも、レオはやさしく微笑むと、《リヒトは俺の名付け子だから、レオで良いんだよ》と言ってくれますので、遠慮無くレオと呼んだり、お膝に乗っかったりします。
 そうすると《リヒト…》と、胸がじぃん…とするような素敵な声で呼んでくれるのです。

 レオは本当の名前をレオンハルト卿コンラートといいまして、前は《レオンハルト》のところがリヒトのパパと同じ《ウェラー》だったのですが、何か事情があって名前を変えたのだそうです。
 レオは名前だけではなくて、お顔や姿もパパにそっくりですが、やっぱりちょっと違います。

 パパと比べるとレオの方が少し《線が細い》のだと、グリエ・ヨザックは言います。
 この人はユーリの親友の大賢者ムラタ・ケンの《ないえんのつま》なのだそうです。そう名乗るたびにムラタに殴られていますが、否定はされないのでそうなのでしょう。目に眩しいピンクのエプロンをつけて(鮮やかなオレンジ色の髪との対比が凄まじいです)、甲斐甲斐しくムラタのお世話をしていますしね。

 《線が細い》かどうかはよく分かりませんが、確かに見ているとちょっとずつパパとレオは違います。
 パパを見ているとほっとして、《大好き〜》としがみついていけますが、レオを見ているとドキドキして、《大好きだよ》って言った後、ちゃんと《俺も大好きだよ》って返してもらえるまでもっとドキドキするのです。

 後は、レオの方が後ろ髪が長いものですから、強い風を受けてなびいたり、お日様の光を受けてきらめくと、獅子のたてがみみたいに立派に見えます。
 《しそんのかんむりをいただく方はやはりちがう》と、誰かが言っていたように思います。そういえば、リヒトにそっくりな父ちゃんも、立派なマントをなびかせて大きな冠を被って居る時には普段とは随分違う感じがしますから、国で一番偉い人というのはそう言うものなのかも知れません。

 勿論、そんな父ちゃんを傍で支えるパパだって、とっても大事なお仕事をしてるんだって分かってますけどね。

『そういえば、レオにはパパみたいに支えてくれる人はいるのかな?』

 いつもレオがリヒトの国にやってくる時には一人きりなので、あちらの世界でどう過ごしているのか知らないのです。

『おれは、できるかなぁ?』

 パパが父ちゃんをがっちり護ってあげるみたいに、リヒトはレオを護ってあげることが出来るでしょうか?

『まもってあげたいなぁ!』

 リヒトの心はふくふくとした夢で満たされます。



*  *  * 




 晴れ晴れとした青空が広がる秋の朝、少し冷たい風が枯れ葉を舞いあげるその日に、久方ぶりにレオがやってくることになりました。

 アニシナの移動ロケット(本当はもっとずっと長い名前なのだそうですが、リヒトには覚えられません)の真っ赤な外壁が光を弾きながら現れた時、リヒトは《わぁあ!》と歓声を上げました。

 血盟城前の広場ではリヒトの他にもパパや父ちゃんが今か今かと待ち受けておりますし、アニシナも《炎の鉄人受け止め太郎君》に搭乗して格好良い構えをとっています。
 あちらの世界にも《超弩級天才アニシナ》がいるそうで、今では音信を取り合ってロケットをキャッチしますから、何度でも再利用できるだそうです。

 ドォン…っ!

 受け止め太郎君がロケットを土手っ腹に食らいながら、土煙を立てて後ろに押されます。けれど、動力源として繋がれた《グウェンおじちゃま》が《ぬぉおおお…っ!!》っと気合い一発魔力の限りを注ぎ込みましたので、再び力を得た太郎君は勢いよく蒸気を吹き上げがっちりとロケットを受け止めると、静かに大地へと下ろしました。

 ロケットからはしばらくすると《安全確保・解錠!》という機械音がして蓋が開き、そこからしなやかな動作でレオが現れました。

 眞魔国ではユーリとレオ、そして《ツェリ様》(この方は決して《ツェリのおばちゃま》等と呼んではいけないのだそうです)にだけ許された漆黒の衣装を身につけています。

『わぁあ…カッコイイなぁ!』

 リヒトは父ちゃんの魔王服も好きですが、レオの身につけている黒と銀を基調にした軍服風魔王服も大好きです。とっても逞しくて、それでいて鞭のようにしなやかな身体を包む漆黒の軍服はとても素敵で、更にはレオが観衆に向かって送る独特の敬礼も《きゃああ!》という歓声を浴びるほど格好良いです。

 拳をこめかみに当てて不敵に微笑みながら流し目を送れば 、卒倒する娘さんも出てきます。

「レオーっ!!」

 思わず駆けだしたリヒトがレオへといの一番にしがみつくと、レオはとろけそうな笑顔になって抱きしめてくれました。

「また大きくなったかい?王子殿下」
「でんかって呼ばないで、名付け親のくせに!」
「失礼…リヒト」

 くすくすと笑いながらほっぺにたくさんキスをもらって、何度も愛おしげに名前を呼ばれますと、リヒトはやっと満足してレオの胸に頬をすり寄せました。

「まあ…可愛らしいこと!」
「ちっちゃなお手々で一生懸命しがみついておられる様子は、まるで地獄極楽ゴアラの親子のよう…」

 微笑ましい光景に人々は囁き交わしますが、それを聞いているとリヒトは急に恥ずかしくなってきました。

「おや、もう降りるのかい?」

 前に会った時にはそれこそ一日中へばりついておりましたので、もじもじと身を捩って降りようとするとレオは残念そうな声になりました。

「おれ、もうおっきいもん」

 前は自分のことを《りっちゃん》と言ってましたが、それも恥ずかしいので止めにします。レオや父ちゃんみたいに《おれ》といってみましたら、レオは眩しそうに目を細めました。

「そうか…もうそんなに大きくなってしまったんだね。少し…寂しいな」

 そう言って静かに微笑む姿はどこか儚くて、リヒトは胸がきゅうんとなってしまいます。

「あのね、レオが嫌いになったりしたんじゃないんだよ?赤ちゃんみたいに思われたくないからだよ?」
「そうなのかい?」
「うん…だって、おれはおっきくなったら父ちゃんとパパみたいに、レオとけっこんしたいんだもの…なるべく早く、おっきくなりたいんだ」

 赤く染まった頬を両手で抱えて、《きゃっ》…とはにかむと、何故か辺りの空気が一変しました。

「レオ…ちょっと話があるんだが、良いかな?」

 パパががっちりとレオの肩を掴みます。
 どうしたものかその手は筋張っていて、もの凄く強い力で掴んでいるのが分かります(パパはにっこり笑顔で林檎とか胡桃を片手で割れる人です)。

「いやぁ…レオ、君ってばやっぱりロリータ趣味があったんだね?いつのまにリヒトを口説いていたのかな?」
「レオ…貴様……っ!流石はコンラートの眷属と言うべきかもしれないが…どういう手の早さだっ!!」
「そうですとも!リヒト殿下は未来に大きな可能性を持つ身、あなたの毒牙に掛けられるなど、こんな幼い身には荷が重すぎます!」
 
 《だいけんじゃムラタさま》が冷たくせせら笑い、《ヴォルフのおじちゃま》と《ギュンギュンのじぃじ》が顔を真っ赤にして地団駄踏んでいます。

「だいけんじゃさま…おじちゃま…どうしておこってるの?り…りっちゃん、ちっちゃいから…ばかみたいって思ったの?」

 やっと自分のことを《おれ》と言えるようになったのに、大人達に責め立てられた衝撃のせいか(本当は、みんなレオを責めていたのですがリヒトには分かりません)、リヒトはまた《りっちゃん》呼びになってしまい、両の拳に囓りついてふるふると震えます。
 目元にはじんわりと涙さえ浮かんできました。

 レオはとっても素敵な魔王様ですから、リヒトみたいな子どもが《けっこん》の申し込みをするなんて馬鹿馬鹿しいことなのでしょうか?

 でも、泣き出す寸前のリヒトを父ちゃんが抱き上げて、そっと頬を寄せてくれました。
 父ちゃんのユーリは子どもを産んだなんて信じられないくらいほっそりとした体つきをしていますが、こういう風にリヒトを抱きしめている時には少し《お母さんみたい》に見えます。

 長い睫を伏せてやさしく微笑む様子に、リヒトは心が落ち着いてくるのを感じました。

「ちっともおかしくなんかないよ。りっちゃんはレオが本当に大好きなんだよね?」
「うん…うん、大好きなの」

 安心したせいか、余計にぶぁ…っと涙がこみ上げてきます。
 ぼろぼろとこぼれる涙をちゅ…っと柔らかい唇が吸い取って、感触の良い舌がぺろりと頬を舐めあげていきます。

「だったら、その気持ちは大事にしていいんだよ。誰にも馬鹿になんてできない。それはとても素敵な気持ちだからね」
「うん…うん……」

 こくこくと頷いていたら、今度はレオが腕を伸ばしてリヒトの身体を受け止めました。

「ありがとう…とっても嬉しいよ、リヒト」

 ヴォルフラムとギュンターはまだ何か言いたそうですが、ユーリが妙に凄みのある笑顔を送ると黙ってしまいました。
 ユーリはこう見えて、色んな意味で最強の魔王陛下なのです。

 ムラタはなおも何か言いたそうでしたが、ヨザックに抱っこされると嫌そうに溜息をつきながらも大人しくなりました。
 ヨザックは見たとおり、《じゃじゃ馬ならし》が得意なのだそうです。

「君が大きくなるまで…俺は待っていても良いのかな?」
「待っててくれる?」
「うん…俺は生涯結婚はしないと思っていたけれど、君が大きくなって、俺のしたことの全てを許してくれたなら…俺から君に結婚を申し込むよ」

 どうしてだか、レオの声と身体は硬く強張っていました。
 《許してくれたら》なんて、どうしてそんなことを言うのでしょう?
 レオはとっても立派な魔王様だと聞いています。滅びかけたあちらの世界を護った救世主なのだと、誰かが言っていたのも聞いたことがあります。

「りっちゃんをでんかって呼ぶくらい、ほんとは気にしてないよ?」

 そう囁いてみましたが、どうやら的はずれなようでした。
 レオはふるる…っと首を振ると、透き通る蒼をまとった表情で静かに告げたのです。

「大きくなったら、全部話すよ。その時に…君がどう判断しても、俺は全てを受け入れる」

 その表情がとてもとても綺麗で…同時にとてつもなく切なげに見えましたので、リヒトは思わず唇をレオのそれに押しつけました。

 《はじめてのキスはレオと》…そう心に決めていたことを、こんなに早く実現することになろうとは考えておりませんでしたが、まあレオも《結婚を申し込む》と言ってくれたのですから、先にいただいてしまっても問題ないでしょう(リヒトはとてもポジティブ思考のお子ちゃまです)。

 何やら周囲で《ぎゃーっ!》という鳥を締めたような声が響きますが気にしません。

「やくそくするよ!おれはぜったいレオとけっこんするよ!どんなことだってゆるすものっ!」

 そうは言ったものの、はっと我に返って条件をつけたします。

「えと…あ、あのね?キスは他の人としたらためだよ?それはゆるさないよ?いっぱいぽかぽかするからね?」
「ははは…大丈夫だよりっちゃん、そんなことをしたらすぐにパパが想像を絶するような拷問…いや、お仕置きをしてあげるからね?」
「パパのお仕置き?えと…父ちゃんと夜やってたやつ?」

 パパの言葉にリヒトはびくりと震えます。

 パパと父ちゃんはとっても仲良しなのに、以前…寝室から《も…駄目…やらぁ……》《ぁん…っ止めて…嫌…駄目、ぬ…抜いちゃいやぁ…!》《ゃ…ぁあああ…壊れちゃう!》なんて叫び声が聞こえたことがあるのです。

 一度、《パパ…けんかしたの?でも、とうちゃんにひどいことしないでね?父ちゃんがこわれたら、りっちゃんかなしい…》とお願いしたら、パパは顔面蒼白になっていました。
 あれから声は聞こえてきませんが、壁材の工事をしていたのがちょっと気に掛かります。

「あ〜…あれはね、りっちゃん、お仕置きではなくてご褒美なんだよ?」
「良いから余計なこと言うな、コンラッド。泥沼になってるからっ!」

 顔を真っ赤にした父ちゃんがパパの口元を覆うと、ずるずると建物の裏に引きずっていきます。

「浮気なんてしないよ。君が俺を選ばなくても…生涯、俺はもう人の肌には触れない。誓うよ」
「えー?それじゃぎゅって抱きしめ合ったりできないでしょ?キスでなかったら良いよ?」
「そう?」

 レオは苦笑しています。何がおかしかったのでしょうか?

「さあ、それではゆっくりお茶でもしながら、俺が居ない間にどんなことがあったか教えてくれる?」
「うんっ!」

 涙を引っ込めたリヒトは、レオに抱っこされたまま来賓室に向かいました。

 後ろではまだヴォルフラムやギュンターが何か言っていましたが、その内グレタやギーゼラに連れて行かれたので静かになりました。観客達も三々五々帰っていくようです。

 ですから、血盟城の中に入っていく時に、もう一度リヒトはレオに囁きました。

「ね…ほんとうに、やくそくだからね?」
「うん」

 頷いてくれるレオに、がっしりとリヒトは抱きつきました。
 レオの抱える秘密がどんなものでも、絶対に受け止めるつもりです。
 
 だって、父ちゃんもパパもいつも言ってますからね。


『好きになったら、絶対相手を幸せにするんだ』


 …てね。




おしまい





あとがき

 あれ…?「恋に恋する」がテーマだったのですが、思いっきり「リアル恋」に発展しているような気が…。
 ご希望と違ってたらスミマセン。

 もともと《リヒト》という子どもの設定を作ったのは、螺旋円舞曲でジュリアの魂をどうにかしなければ…という必要性に駆られた為でした。

 当時は「コンラッドの血を受け継がない子どもを産むなんて最大の裏切りでは?」とか色々な指摘も受けたのですが、幾つかの理由からこのような設定に行き着きました。

 一つには、「レオ達の存在を無かったことにはしたくない」というものでした。時間を逆流させて色んな事件を「無かったことにする」というのは、「もしも話」では有効な手段の一つだと思いますし、実際にその手を使ってこの上なく面白い話になっているのも見たことがあります。その場合、時を遡って運ばれなかった魂を地球に運ぶという手もあったでしょう。

 ですが、時間を掛けて第一章の「レオの物語」を書いていただけに、苦境に立たされた中で精一杯生きてきた人たちの行動や判断を「無かったこと」にはとても出来なかったのです。なので、遡ることなく罪も喜びも全て受け止めて今のレオンハルト卿コンラートと眞魔国や世界がある、としたわけです。

 一つには、「コンラッドの血を受け継いだ場合リヒトとレオが肉体関係に陥ることは近親相姦にあたる」というものでした。
 私、近親相姦は駄目なんですよ〜。コンラッドとグウェンダルが凄く仲良しなのには萌えるのですが、そこに肉欲が絡むとガックリレきてしまいますし…。

 有利が産む子供に対して、「コンラッドとの愛の結晶」であることを願う気持ちは自然なものだろうなと思うだけに悩みはしたのですが、「ま、うちのコンラッドならまるまんま有利にそっくりな子が生まれると聞けば素直に喜ぶだろう」と結論に落ち着きました。有利の存在そのものをまるっと好きですからね、あの人。

ただ、「可能性はある」という点を残したかった割に、実はリヒトとレオが恋仲になるかどうかはこの話を書くまでは特に確定しておりませんでした。
何しろレオはリヒトの誕生に当たって、一度リヒトよりもユーリの命を優先させているのです。「殺せ」という村田の考えに賛同してしまってますからね。なので、レオの方からリヒトに恋心を抱いたとしても、絶対封印してしまうよね…と考えておりました。


 ですが、リヒトを「ユーリにそっくりな考えの子」として人格を持たせたら、やっぱり凄まじい勢いでレオを欲してしまいましたので、その流れのまま展開してしまいました。
 自分の誕生にまつわる話は流石に今聞かせるには重すぎる話ですが、16歳になったリヒトならちゃんと受け止めた上でレオを受け入れられるのではないかと思います。

 そんなわけで、意外とつらつら考えながら書いたこのお話、少しでも楽しんでいただければ幸いです。