「純愛ダービー」−3
コンラッドは周到な男だった。
有利と書庫で落ち合うと、目に色硝子を入れてカツラを被せてくれて、仕立ては良いけれど少し地味目の衣装を着せてくれたので、ぱっと見、《双黒》と看破する者はいないように思えた。
コンラッドが衛兵達の信頼を得ているのも助かった。純血貴族達の間では煙たがられていても、兵士達の間では英雄視されているらしく、コンラッドが通ると殆どの兵士が少年のように瞳を輝かせて最敬礼をする。おかげで、脇にいる有利も目立たずに城門を抜けることが出来た。
ただ、全く不審に思われていないわけでは無さそうで、兵士達がじっと顔を見つめようとするから、困ってしまったけれど。
心配してコンラッドに相談してみたら、《君があんまり可愛いから、俺が小姓趣味を持つようになったのかと疑われていたみたい》と、大変不本意な返答をされた。どう考えてもこれはコンラッドの勘違いだろう。誰がこの素敵な好青年と有利を見て、そんな関係だなどと思うだろうか?
城下町に出てみると、そこはテレビで見た中世ヨーロッパの街並みを再現したような風情だった。堅牢な石畳が縦横に街並みを区切っていて、道筋の端部分が色味が違う。よく見ると、木製の荷車を転がす人やら馬車、騎馬で進む連中は中央を通り、徒歩の人は端を行くようだ。当然馬糞も沢山出るのだが、それは見窄らしい姿の老人が意外な俊敏さを見せて回収している。どうやら馬糞を集めて、肥料として農家に売るらしい。ナイスリサイクル。
漆喰の壁と深めの色合いの木材で造られた家々は風通しが良さそうで、店舗の軒先にぶら下がった木製、金属製の看板にはそれぞれ趣がある。
行き交う人々は有利が着ているのとよく似た風合いの衣装だったが、中にはひどく着崩して肩で風切る勢いで闊歩している者もいる。何処の世界でもヤクザ者というのはいるらしい。ただ、そういった連中はコンラッドには絶対当たってこない。一見すると細身の青年なのだが、やはり筋者の人であればあるほど、彼の隙のない所作に気付くのかも知れない。
何だか一緒にいる有利まで誇らしくなってしまう。
しばらく歩くと、コンラッドが指し示したカフェのようなところで席に着けた。軽食と飲み物を注文するコンラッドに、懐から硬貨の入った巾着袋(村田に用意して貰っていたのだ)を押しつけようとしたのだが、彼は笑って手を振るばかりだった。どうやら奢ってくれるらしい。
ぶんぶんと首を振っていたら、メモと棒状の木炭を出してコンラッドと有利と思しき団子の塊を描き、矢印を双方に書き入れる。多分、《奢り合おう》ということらしい。
『そんなら良いか』
確かに、お金の価値や払い方など先にコンラッドに示して貰っておいて、馴れた頃に自分で払ってみた方が、お金だけ渡してやってもらうよりも身に付くかも知れない。
少ししてから卓上に運ばれてきたものは、お城で食べる料理よりも気軽な感じで、久々に肩肘張らずに食事できるせいもあって凄く美味しく感じた。コンラッドと有利のメニューは違っていたので、手振りで《交換しようよ》と持ちかけると、快く了解の印に親指と人差し指で丸を作ってみせる。
ホットドックとベーグルサンドのあいのこのような食べ物は、素朴なパン生地に挟んだソーセージが最高に美味しくて、ぱくりと噛みつくとジュっと熱い汁が咥内に弾ける。有利があふあふと目を白黒させる様子や、満足そうに唇を舐める仕草を、コンラッドは妙に色っぽい眼差しで見つめてくれた。
伏せ目がちになると意外と長い睫毛が琥珀色の瞳に落ちかかって、それが艶かしく見えるのだろうか?
『格好良いな〜』
好青年なのに、ふとした仕草が大人の色気を感じさせる。微かな毒気というのは男を堪らなく魅力的に見せるものらしい。だとしたら、有利には永遠に無理っぽい。
まむまむと餌袋をハムスターのようにいっぱいにしていたら、ツンとほっぺを突かれた。子どもっぽく思われたのだろうか?
照れくさくて慌てて飲み物で押し流そうとすると、絵で焦らないように示してくれる。団子の塊がブルブル震えているようなその絵は、きっと喉に何かを詰まらせてしまった状態だと思う。
コンラッドが決して焦らすような態度を見せないから、有利も安心して食べ続けることが出来た。
* * *
『なんだ…この可愛い生き物はっ!』
目の前で食事を続けるユーリを眺めながら、コンラートは身悶えするような感覚を味わっていた。
《可愛い少年》という意味では弟のヴォルフラムだって抱きしめてグリグリしたいくらいに可愛いが、ユーリはまた違う意味合いで愛くるしく感じてしまう。
正直、今のタイミングで《双黒》の一人を城外に単身連れだしたとあっては責任問題に問われる恐れもあったのだが、彼が《きゅうん》と一途な瞳でコンラートを見上げてくると、なんとしても彼の望みを叶えてあげたくなった。
カフェでまたメモ書きを活用しながらユーリと意思疎通を図っていくと、コンラートの想いは更に深くなっていった。
彼はこの世界で自分に何が出来るかを懸命に模索しようとしている。だから色んな問題を知りたいのだと。
『この子は…ただ人々の高みで崇拝されるだけの存在に留まらない』
潜在能力がどれだけあるのかは正直分からないとしても、ユーリの中には確かに息づく《使命感》があった。
極めて優秀で、眞魔国語やこの世界の習慣についても通じているもう一人の《双黒》は、訪れる高貴な身分の者とだけ関わろうとしているが、ユーリはもっと世間一般に生きている庶民の姿を見ようとしている。
どちらが《優れている》とか《良いこと》だとは言えないが、少なくともコンラートが敬意を抱くのはユーリのような存在だ。
『この子がグウェンと恋仲になったら、彼の頑なな部分をユーリが解してくれるのでは』
そうも思うのだが、では具体的にユーリをグウェンダルと引き合わせようかという算段になると、急に尻込みしてしまう。
自分は意外とあの兄に対して確執を持ち続けていたのだろうか?と、懸念を抱いたりもしたが、よく考えてみるとそういうわけでもない。単品で思い浮かべるグウェンダルは、ここ20年で色々と知ることが出来た、不器用ながら愚直なまでの優しさを持つ兄だ。
では…この気持ちは何だろう?
カリっ!
「…っ!」
コンラートが手にしたバンズにかぶりついたユーリの口元に、散った腸詰めの脂が頬や唇にはじけ飛んで、吃驚した顔がドカンと胸に響いた。
あの唇に、自分のそれを重ねたい。
直感的に閃いた欲求に、コンラートは思わず瞼を伏せてしまう。一体何を考えているのか。こんな年端もいかない少年の食事風景に欲情してしまうなんて。
『意外と面食いだったのかな…俺は』
確かに《双黒》たる少年は、未だかつて見たこともないほど美しい少年だった。だが、惹かれたのはその容姿にだけではない。
それに、言葉も通じぬ異世界で懸命に自分の生きる道を模索している少年に突然キスなどしては、今までの親しみに満ちた交流が全て、色事絡みの欲求によるものかと誤解されてしまうのではないか。
『いかんいかん…』
ちろりと横目で視線を向ければ、幸せそうに頬袋を膨らませたユーリがいる。そのぱんぱんに膨らんだ頬を見て、コンラートは殆ど無意識の内に指を伸ばしていた。
「…っ!」
チョンと突いたらぱちくりと目を見開いて頬を朱に染め、慌てて果実汁を口に含もうとする。どうやら一杯頬張ってしまったものを呑み込もうとしているらしい。絵を使って窘めながら、コンラートは何とも言えない心地でユーリを眺めていた。
みれば見るほど可愛らしくて、視線を離しているのが勿体ない。
後はもう色々と諦めモードになって、ユーリ鑑賞大会に没頭することになった。
* * *
コンラッドとの逢瀬が何日か続いたある日、書庫で落ち合った彼が少し暗い顔をしていた。どうしたのかと絵で問うてみると、相変わらず下手な絵ではあったけど、彼がとても残念な気持ちで居るのが分かった。
「戦争に…行かなくちゃいけないの?」
絵から見て取った感じだと、彼は何らかの戦いに赴かねばならないらしい。
敵を殺すために。
『敵…』
村田から聞いた話だと、コンラートは敵国で追放された人間の剣士を父としているらしい。父祖の地に生きる人たちを、敵として戦わなくてはならない彼の心情は如何なるものなのだろうか?
ユーリは目元を潤ませ眉を吊り上げながら、強い筆圧で抉り込むようにして×印を書き、ぶんぶんと勢い良く顔を振る。
「ヤダ…行かないでよ」
コンラッドと思しき姿に丸をして、有利に見立てた男の子の横に戻す。けれど、コンラッドは首を振ると、別の指揮官と思しき団子を、連れ戻されたコンラッドの代わりに描き入れる。
《俺が行かなければ、他の誰かが戦場に行く》
へたくそな絵よりも雄弁に、静かな眼差しが語っている。それは軍人として生きる男が、己の役割を回避しないという意志を示していた。
「ヤダ…嫌だよ。あんたも、他の誰にも戦争なんかで死んで欲しくない…っ!」
荒々しく戦いの絵を描き、血を流して倒れる人々を書き、バッバッと左右にインクが散りそうな勢いで×を描く。
コンラッドは辛そうな…それでいて、どこか幸せそうにも見える瞳でじぃっと有利を見つめている。微かに天窓から差し込む明かりに琥珀色の光彩が輝いて、そこに銀色の光が散っているのが分かった。美しいその色彩を見つめていると、胸の奥がぎゅうっと引き絞られるような痛む。
大事な大事な、この世界で初めてできた友達だ。
傍にいるだけで、深呼吸しているような気持ちにさせてくれる人なんて、元の世界にだっていやしなかった。
「行かないで…っ!」
気が付けばぽろぽろと零れた涙が頬を滑り落ちて、互いに描きまくった絵を滲ませていく。袖口で強引に目元を拭こうとしたら、そっと止められて肩を抱かれた。
端正なコンラッドの貌が近づいてきた…と、認識したときには、ぺろりと頬を舐められていた。
ぺる。
ぺろ。
「コンラッド、くすぐったいよ」
「ユーリ…」
切なげな琥珀色の瞳が至近距離にあって、見つめ合う内に、吸い寄せられるようにして唇を重ねていた。
『友達…』
友達と、キスしてる。
友達と?
こんな気持ちになる友達って、いるんだろうか。
触れるだけの、けれど、長いキスが終わって唇が離れていくのがひどく切ない。男性とのキスをして嫌悪感を覚えないばかりか、こんなに名残惜しさを感じてしまうなんて。
『これってこれって…』
変。
いや、恋か。
『恋しちゃってるわけですか、俺〜っ!?』
平凡な男子高校生渋谷有利は、眞魔国の王子様ウェラー卿コンラートに恋しちゃったらしい。
そう自覚すると、最初の内はぽわぽわと浮き立つような気持ちで恋のことばかりを考えた。コンラッドも嫌がらずにキスをして、真摯な瞳で見つめてくれていると言うことは有利のことを憎からず思っていてくれるのだろう。
しかし更に思考を深めていくと、こんな風に浮かれたり、臍を曲げて泣いている場合ではないと気付いた。
『ダメじゃん俺っ!こういうの、《死亡フラグが立つ》とか《離別フラグが立つ》とかいう状況だぜ!?』
恋心に気付きながらも任務に忠実な軍人さん彼氏が旅立ち、涙ながらに送り出したヒロインはある日電報でその死を知って気を失うとか、そういう展開だ。死なないまでも、戦地で重傷を負って記憶を失った軍人さんが、介抱してくれた女性を救い主として慕い、ヒロインは彼の心を取り戻すために必死のぱっちで奮闘せねばならないとか。
後者なら頑張り次第でなんとかなるが、前者だったらもうどうにも止まらない。
『メソメソしてる場合じゃねぇっ!!』
ふんぬと臍下三寸丹田に力を込めると、有利はギンと座った眼差しでコンラッドを見上げて、《好きだ》《大好きだ》と繰り返した。更には絵でも抱き合うというか、線が重なり合う二人の上にハートマークを描いてトントンと指で叩き、《○?》《×?》と問いかける。《?》と《!》についても既に認知済みだから、意図は伝わっているはずだ。
コンラッドはこくんと頷くと、思いっ切りロマンチックな眼差しで微笑み、これだけは綺麗な形に描ける○印とハートマークを描き、そっと囁きかけてくれた。
「ダイスキ、ユーリ」
「ふぉおお…。凄ぇ…嬉しいっ!!」
万歳して喜びを露わにすると、もうじっとしてはいられなかった。
手早くメモ用紙にシュトッフェルの似顔絵を描いて、直談判しに行く自分の姿を描く。コンラッドは顔色を変えてブンブンと首を否定の形に振ったけれど、直談判を示す矢印の間に村田を噛ませると、少し考える風だった。それでも○印を書くことのないコンラッドに焦れて、有利は返事を待たずに駆け出す。
これは恋人としてのコンラッドを、危険な目に合わせたくないという気持ちだけでやっているのではない。彼が派遣されるだろう戦場が、本当に必要不可欠なものであるのかどうか確かめたいのだ。戦争は全て許せないが、その中でも最も憎むべきものは、私利私欲に駆られた権力者の我が儘で軍人の命が危険に晒されることだ。
コンラッド以外の誰が派遣されるのであっても許せない。派兵をしなければ無辜の民が殺害されていくとかいう事情でもない限り、回避できるのなら絶対にそうしたい。
* * *
有利は村田の部屋に突入すると、興奮気味に自分の考えを捲し立てた。村田はやたらと静かに聞いているものだから、冷静さを取り戻してくると、今度は呆れられているのではないかと心配になった。だが、成し遂げたいことは確かにあるのだ。なりふり構ってなどいられない。
「村田、頼む。協力してくれ!俺か村田のどっちかが魔王になる人の恋人になるって言うのなら、政治とか戦争に対してもある程度意見ってできるようになるんだろ?そしたら、無意味な戦争だけは止めるようにしてほしいんだっ!」
「随分と私的な意見だね」
「分かってる、動機は物凄く不純だ。だけど結果的にやりたいことは、決してこの国にとって悪い事じゃないはずだ」
「ああ、そうさ。君って奴が勘でやることは、時として驚くべき感動を世界にもたらす。君みたいなのを天命を受けた存在って言うんだろうなぁ…」
どこか懐かしむような眼差しを向けて、村田は呆れたように…でも、楽しそうに笑う。
「結局僕は、君みたいな奴を支えて生きることになるらしいや」
「えーと…それは、手伝ってくれるってこと?」
「そういうことになるのかな。さて、渋谷。眞王廟に向かおうか」
「眞王に直談判?おお、そりゃ効果ありそうだ!この国の最高責任者っていうもんなっ!」
瞳を輝かせて喜ぶ有利に、村田は《ちっちっ》と舌を鳴らして指を振る。何だか古い洋画みたいな仕草だなと思っていたのも束の間、有利は村田の爆弾発言に晒されることになる。
「作戦行動を決定するのは君さ、新魔王殿。眞王にはその勅令を出して貰うんだ」
* * *
あれよあれよという間に話は進み、約束の30日が経過するのを待たずして有利は新たな魔王陛下となっていた。王佐としてフォンクライスト卿ギュンター、宰相としてフォンヴォルテール卿グウェンダル、そして…側近の近衛隊長として選ばれたのはウェラー卿コンラートだった。
摂政職を追われたシュトッフェルはそれはそれは動転して、怒ったり泣いたり大変な騒ぎだったが、村田はにこやかな微笑みを湛えたまま彼を断罪した。部屋から一歩も出ずに貴族達の来訪だけを待って過ごしていたように見えた村田はしかし、どうやって手配したものか、現在の眞魔国の政治・軍事の状況に監査を掛けていたのだそうだ。
村田の調べによると、やはりコンラッドが派遣されることになっていた戦場は戦略的に見て何の価値もないものだった。それだけでなく、ここ近年行われた戦闘行為の殆どが、シュトッフェルの私欲を満たす為のものであったり、単に疎ましい混血師団を王都から遠ざけるためだけに設定されていた。
その他にも賄賂や横領などの証拠を固めていた村田は、軍法・刑事の両面からシュトッフェルを吊し上げ、ぐうの音も出ないほど資産を絞り出そうとしていた。百年単位で私腹を肥やしていた男の隠し財産は眞魔国数年分の国家予算にも等しい額であり、それらを押収することで国庫は飛躍的に潤った。
「だからねぇ、元々《双黒》のどちらかを落としたら魔王になれるなんて、貴族連中の私利私欲ぶりを観察するために僕が出した条件だったんだよ」
「はあ…」
中学2年の時、村田は眞王と直接脳内通信するようになっていたのだという。ちょうど例の野外活動で、有利とひとときを過ごした時期だ。その時、村田は何時か自分が眞魔国を治める魔王の配下、《双黒の大賢者》として召還される予定なのだと知った。眞魔国産の純度の高い魂を封入されたクラスメイトの有利が、次代の魔王になることも。
失礼なというか、当然というべきか、村田はよりにもよって平凡極まりない有利が自分の仕えるべき王となるのだという事実に激しい衝撃を受けた。《こんな奴に仕えるために、僕は4000年分もの記憶を刻み込まれて、異常なほど経験値を高められてたわけか?》あまりにも残念なお知らせに絶望感を高めていた村田だったが、野外活動で有利と語り合ったことで、少し考えを改めたらしい。
あのような拙い会話であっても、村田は有利の荒削りながら見込みのある包容力に何かを感じてくれたらしく、数年の後に《試練》を与えることにした。最初から魔王として召還するのではなく、魔王となる男を選ぶための道具として召還しておいて、有利がどういう行動に出るかを待っていたらしい。
なので、本当にコンラッドと恋に落ちてしまったのは副次的なもので、かなり計算違いだったようだ。
「君が眞魔国の不条理に気付いて、《何とかしたいから手を貸してくれ》って言い出すのは確信していたんだけど、まさか恋愛絡みでやられるとはね〜」
「め…面目ない」
「手を貸したら、僕に恋してくれるかもって思ってたのにな」
「友情なら芽生えたじゃん」
「ま、それも悪くはないけどね」
どこまで本気なのか分からないけれど、少なくとも、村田は野外活動のあの夜からずっと有利のことを気に掛けてはいたようだ。でも、政治・軍事が絡まないジャンルで個人的な繋がりを作ることの苦手な村田は、ずっと有利になんと声を掛けて良いか分からなかったらしい。
「だから君が僕を助けようとして、不良連中の前に立ちはだかってくれたときは…本当に嬉しかった。4000年分の記憶全て使って、君に尽くしたいって思ったんだよ。だから君が、この世界を変えようとして動き出してくれたのは本当に嬉しい」
《たとえ切っ掛けが欲得づくでもね》と言う時だけ、村田の声はちょっと意地悪だった。
「猊下ったら腹黒い感じが素敵〜。でも、今はグリエだけ見てて欲しいわぁん」
「君だけを視界に入れると、目がチカチカしそうなんだよね」
《覗き犯》として村田の寝室に忍び込んだというグリエ・ヨザックは、そのまま誘惑されて村田の配下に収まったらしい。肩書き自体はコンラッドの部下のままなのだが、秘密裏の任務でかなり暗躍してくれたようだ。
彼が言うには、村田から《ご褒美が欲しいんですもの》とのことらしい。村田がどんなやり方でこのがちむちマッチョ兄さんにご褒美をやっているのかは、知りたいような知りたくないような複雑な気分である。
* * *
「なんか…信じらんないなぁ」
「幸せすぎて?」
魔王居室の大きすぎる寝台で、ごろごろと転がりながらユーリが呟く。
眞魔国にやってきて半年が過ぎたユーリは、今では日常会話ならそれほど困らない程度に語学力が向上していた。
あの下手くそな絵を介する会話も味があって良かったけれど、こんな風に裸体を絡めていちゃつく為にはやはり言語の力は大きい。
ちゅっと感じやすい耳の裏にキスを送れば、ふるると背筋を震わせて佳い声で啼く。
「ちょ…コンラッド」
「くすぐったい?」
「……違うって、知ってるくせに」
「あはは」
拗ねたように唇を尖らせて振り向かれると、爽やかに笑いながらも股間が反応しそうになる。
信じられないような幸運で手に入れた恋人は、閨ではすっかり幼い顔に似合わぬ色香を漂わせるようになった。
「でもさ、最初の設定の通りで眞王が認めてたら、俺じゃなくてコンラッドが魔王になってたかも知れないんだよ?急にルール変えられたんだから、コンラッドこそ怒って良かったんじゃない?」
「なんだ、そんなこと考えてたんですか?」
そんなこと、何を今更だ。
「俺はユーリの男前ぶりに惚れて、《この人に一生ついていこう》と誓ったんですから、これで良いんですよ」
「へなちょこ魔王様に、忠誠をつくしてくれる?」
「魔王の座は、あなたにこそ相応しい」
ただ統治能力だけで言うなら、村田やコンラートだって魔王としての職務を果たせることだろう。
だが、彼らには圧倒的に足りないものがある。腹の中から噴き上がるような、《なんとかして助けたい》《そのためなら、なにがなんでも変えてやる》という、岩に歯を立てて踏ん張るような気概というものが。
これもまた、やはり一つの大きな才能なのだ。
「あ…コンラッド、そんな…また?」
「ええ」
ネバーギブアップを旗印に掲げた魔王陛下に、閨ではギブアップを言わせるべく、ころんと寝台に転がしてやった。
おしまい
あとがき
散々お待たせした上にボリューム不足ですみません!下手に軍事の話とか絡めない方が良かったですかね〜。三兄弟や貴族達による有利・村田の争奪戦を期待して下さったのだとしたら見事な肩すかしっぷりです。
懲りずに何か素敵なネタがありましたらお声を掛けてくださいませ。
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