「お日様」

「螺旋円舞曲」の第三章、《禁忌の箱》を廃棄してからカロリアに戻ってきたときのアリアズナとカールのお話です。
コンユ出てこない…すみません…かなりマニア受けの話です。











『空にお日様が見えなきゃ、自分が辺りを照らしな。世の中に希望がなけりゃ、自分が希望になりな』

 母は無茶な人だった。
 でも、そんな無茶苦茶なことを言う母が、カールは大好きだった。

 だって母は本当にカールにとってお日様そのものの人だったし、希望が他に何もないときでも、母が傍にいて笑っていてくれるだけで希望があるような気がしてきた。

 だから…命を落としたとき、カールは精一杯笑おうとした。
 死んでいく母にとって、せめて自分がお日様になれるように…希望になれるようにしようと思ったのだ。

『あんたは、良い子だよ…。あたしの自慢の子だ。どこでだって、何をしてたって…幸せになれる……』

 今際のきわの母の言葉に、カールは笑いを保つことが出来なくなった。
 ぼろぼろと大粒の涙を流すカールに、母は最後まで囁き続けた。

 《いいこ…いいこ……》 

子守歌みたいに、母の声はカールの耳に響き続けた。
 きっと今でも響いている。

 苦しいときほど、強く…暖かく、響くのだ。



*  *  *




 目が醒めると、くしゃくしゃになった布団の上で大好きな人と一緒に寝ていた。

 閉めていたはずの窓は、建て付けが悪いのか…強い海風に煽られたのか、すっかり開け放たれて《バタン…バタン》っと喧しく鳴っていた。どうやらその音で目覚めたらしい。強い海の香りが、この土地がカロリアであることを認識させる。

 カールの大好きな人はというと長旅の疲れが出たのか深い眠りの中にあり、健やかな寝息を立てている。
 《禁忌の箱》廃棄の旅が終わり、使命を達したという充足感もあるのだろう。

 晴れて、彼らは故郷に…眞魔国に帰るのだから、その喜びもあるのかも知れない。

『キレーだなぁ…』

 朝陽の中で見ると、一層その風貌の華麗さが際だつ。
 淡く開いた口元から覗く発達した犬歯が野性的過ぎるものの、魔族の特性なのかカールの贔屓目なのか…アリアズナ・カナートという男はとても美しく見えた。

 下半身のみシーツをを絡ませた肉体は傷だらけではあるが、均整がとれて見事な実戦向きの筋肉に鎧われている。盛り上がる胸筋と割れた腹筋、細く括れたウエストから骨盤に掛けてのラインは悩ましいほどだ。

『キレーなの、見てくれだけじゃないんだよね?』

 敵対陣営にいたカールを…それも、血生臭い戦闘中に救ってくれた。
 ガリガリに痩せたカールを心配して、ご飯を沢山食べさせてくれた。

 アリアズナを愛しているカールの為に…その身を与えてくれた。

『ごちそうさまでした。本当に…おいしかったよ?おれ…ずっとずっと忘れないよ…』

 母を亡くしてから、こんなにも好きだと持った人は初めてだ。
 傍にいるだけでお日様みたいに…希望そのものみたいに光り輝く人。

 大好きだよ…大好き…大好きだよ…っ!

 泣いて叫んでがむしゃらにしがみつきたい…っ!
 けれど、もう…駄目だ。
 もう…飢えていたカールの腹を満たしてくれたのだから、いつまでも惨めったらしくしがみついたりしていてはいけない。

 昨日…本当は、気付いていたのだ。

 泣きながらカールが飛びついていったとき、アリアズナの身体が硬直したこと…アルフォードとリネラを見た途端に、吃驚して…そして、諦めたみたいに深い息を吐き出したこと…。

『アリアリさんは…間が悪かったんだよね?』

 きっと、アリアズナはちょっとしたお土産を持って返ったつもりだったのだ。
 あの花束に《求婚》なんて意味があるなんて知らずに…単に、カールを喜ばせるつもりで差しだしたのだろう。

 それが分かったけれど…勘違いして盛り上がって飛びついたときに、自分では勢いを止めることが出来なかった。

『馬鹿!違ぇーよっ!!』

 そう言って突っ込んでくれるのを…恐怖と共に待っていたのだ。

 けれど、アリアズナはそうはしなかった。
 
『きっと…俺がかなしむのが嫌だったんだよね?』

 なんてやさしい…そして、残酷な人だろう?
 カールが、アリアズナをそこまで犠牲にして平気でいられる子だと思ったのだろうか?気付かずに…男夫婦として暮らしていけると? 

『おれはさ…アリアリさんが誰よりもだいすきなんだよ?アリアリさんがどんなふうに感じるのか、喜んでるのか、かなしんでるのか…誰よりもよく分かるんだよ?』

 泣きそうになるのをグ…っと堪えていると、アリアズナの瞼が動いた。

「んー…」

 しなやかに伸びを打ってアリアズナが目覚めると、真紅の瞳があざやかに陽光を弾く。不思議な瞳だ…真っ赤なのに、どうしてかカールにはそれが不吉な色には見えない。

『キレー…宝石みたいだ』

 同じ色の長めの髪も大好きだ。
 全部全部、彼のことが好きだからかも知れない。
 
「おー、カール。おはようさん」
「おはよう、アリアリさん」
「おめーはこういう関係になってもまだ俺の名前が呼べねぇのか?しょうがねぇなー」

 あっはっはっと陽気に笑って頭を撫でてくれる手は、大きくて温かい。
 その感触を楽しみながら…名残惜しさに唇を噛んだけど、カールは思い切って口を開いた。

「アリアリさん…もう、良いよ?」
「あん?撫でるの嫌か?」
「ううん…大好き。でも…おれが好きだからって、アリアリさんが自分をギセーにすることないんだ」
「ダセー?失礼だなオイ」
「ギセーなの!もう…分かってんだよ!あんた…あの花は結婚してくれって意味じゃなかったんだろ?」
「……っ!」

 頬の筋が強張った。
 見張られた瞳が、雄弁に物語っていた。

 カールの推測が正しかったことを。

「もう…良いよ。おれはあんたをいっぱい喰わしてもらったから、もう十分にしあわせなんだよ?ありがとう…もう、良いよ?」
「なに言ってんだ…お前……」
「もう良いんだ…っ!」
「よかねぇよ、馬鹿っ!」

 ズパカン…っと頭をはたかれたかと思うと、カールの痩せっぽちの身体は勢いよくアリアズナに持ち上げられて、噛みつくみたいな口吻を貰った。

「もう良いなんて言われてもなっ!俺は…今更お前を手放す気なんてねぇんだ!」
「え…?」
「そりゃ、俺は間違えたさっ!こっぱずかしいことに、アルフォードの馬鹿が花の意味も言わずに乙女チックなコトやってやがるから便乗して間違えたさっ!だけどな…夕べは気持ちも良かったし、大体…」

 アリアズナは急に言いにくそうに口角を歪めると…ガブリと下唇に噛みついてから唸るように告げた。

「俺ぁ…お前のことが、どーやらそういうのも込みで好きらしいんだから、しょうがねぇんだ!ヤってみて初めて分かったってんじゃ駄目なのかよコラっ!」
「すき…?」
「そりゃ、お前が俺に向けてんのと丸まんま一緒とはいわねぇよ…ひょっとすると、父親みてぇな気持ちでほっとけないだけなのかも知れねぇ。だけどよ?少なくとも俺はお前と一緒にいてぇんだ。お前はどうなんだ?嫌なのか?…ああん?」

 凄んでいうような内容なのか分からないが…視界が濡れたように歪んだことで、カールは自分が泣いているのに気付いた。
  
「好きだよ…大好きだよ…好きスキスキ…っ!」
「だったらもう良いとか言うな馬鹿!二度と俺の心臓を止めるようなこと言うんじゃねぇぞっ!」
「うん…うんうんうんっ!」

 
 カールはアリアズナにしがみついたまま、泣き続けた。
 きっと…今までの一生分を合わせたよりも沢山の涙を零しながら泣いて泣いて泣いた後…アリアズナは静かに告げたのだった。

「そーやってよ、泣いたり笑ったりしていこうぜ?」
「うん…」


 母さん、おれは大事な人を見つけたよ。
 初めて、母さんよりもお日様みたいで、希望そのものの人を見つけたよ。

 だからおれは…しあわせになるよ。

 おれもできるかな?
 この人をしあわせにできるかな?



 窓の向こうで…お日様が頷くように瞬いた。
 そんな気がした。









* 今更ながらですが…「螺旋円舞曲」の第三章のアリアズナ×カールのお話です。本編に入れる予定だったのですが、眞魔国に行ってからの話を先に書いていたこともあって、あんまりこの二人の話ばっかりなのもなー…と、割愛していたネタです。コンユ出てこなくてすみません…。 *