2011年バレンタインリレー企画
〜螺旋円舞曲〜
「トリプル・バレンタイン」






 

 世界に冠たる眞魔国には、人々の崇拝を受ける第27代魔王がいる。

 さて、この第27代魔王陛下は時折《二人》になる。別にフォンカーベルニコフ卿アニシナの魔導装置《バイバイン》で二倍にされるわけではないが、彼女が大きく関わっていることには変わりない。彼女の存在が無かった場合、もっと大きな魔力を使わねば彼らが同じ世界に存在することは出来なかったろう。

「ふむ。今回も無事に到着なさいましたね」
「いつもありがとう、アニシナ」

 ロボ○ンを思わせる真紅の機体から出てきたのは、優雅な足取りの異世界の第27代魔王レオンハルト卿コンラートと、その妻であるリヒトだ。いつも通り、血盟城前に詰めかけた人々は、いまや王都名物となった《魔王の定期便》に大歓声をあげた。初めて目にした者は勿論のこと、毎回欠かさず来ている者であっても、この美麗なロイヤルカップルを目にして飽くことはないらしい。

「久しぶり!今回はゆっくりしていけるの?」
「リヒト、また綺麗になったね」

 それを迎えるのはこちらの世界の第27代魔王渋谷有利と、忠実な臣下にして夫でもあるウェラー卿コンラート。

 それぞれのカップルは基本的な造作がそっくりなものの、よく見ると印象の違いがある。

 双子のように見える有利とリヒトを並べてみると、魔王として二十年近い時を過ごしている有利の方は流石に威厳が漂い、凛とした美人という印象だ。一方、リヒトの方は全てを夫のコンラートに委ねきっているせいか、まだきゅるきゅるとした可憐さの方が勝っている。

 レオンハルト卿コンラートは粗めにカットしたダークブラウンの髪を肩に掛かるくらいまで伸ばしており、身につけた漆黒の衣装とも相まって《獅子王》の名にふさわしい威迫を湛えているのだが、不思議と繊細な印象がある。そしてウェラー卿コンラートことコンラッドの方は、後ろ髪は短くカットしているせいもあって派手さはないのだが、悠然と構えた静かな佇まいをしており、幾らか骨太な印象があった。《雄》としての強さで言えば、ウェラー卿の方が勝るのではないだろうか?

『いや、ま。こりゃあ今までの経緯を知ってるから勝手にそう思うだけかもしれないけどさ』

 グリエ・ヨザックはにしゃりと笑いながら美麗な二組のカップルを眺めている。彼が愛して止まない少年はその傍らで《どうかしたの?》と言いたげに小首を傾げていた。

「いえね…今日は丁度、陛下が地球から持ち込まれた《ヴァン・アレン帯デー》じゃありませんか」

 響きが偶然、カカオ豆に似た《オカカ豆》の取れる南方地域ヴァン・アレン帯に似ていたせいか、すっかり人々の間ではこの呼称が定着してしまっている。地球では地球の磁場にとらえられた陽子・電子からなる放射線帯であったはずだが、愛に捕らえられている…と、考えれば、多少は本来の意義に近くなるのだろうか?

「なんでかそっちの名前で定着しちゃったねえ」

 村田は苦笑気味に肩を竦める。彼はあまりイベントごとで盛り上がる人ではないので、想いが通じ合ってからもバレンタインにチョコレートをくれたなんてことはない。ただ、全く関係ない時に「これ、美味しかったからあげるよ」とくれたりするので、単に照れているのかも知れない。

「それで?あのバカップルどもがどれだけ歯が浮きそうないちゃつきぶりを見せるかが気になっているのかい?」
「あー…まあ、そんなトコです」

 呆れ半分、羨ましいの半分。ヨザックの心境は二つの要素に満たされている。
 
 ちなみに、こちらの《バカップルども》は毎年毎年、律儀にチョコレートの受け渡しをしているのだが、実はあちらのカップルはこのイベントの時期に一緒にいたことがない。たまたま時節が合わなかったからなのだが、その度に嫁に行く前のリヒトは悔しそうにしていた。
 目の前で無意識に両親がイチャイチャしまくるのだから、余計に羨ましくてしょうがなかったのだろう。

 その分、想いが通じ合って晴れて夫婦となったリヒトは、きっと必要以上に頑張ってバレンタインを盛り上げようとするのではないだろうか?

「いやぁ〜、うちの隊長と違ってあっちの大将は奥ゆかしいから、リヒト坊ちゃんはさぞかしはっちゃけて《喜んでもらわなくちゃ!》って気合い入れるんでしょうね」
「うーん…あどけない時分のリヒトを知っていると、あんまりそのはっちゃけ具合は見たくないかなー」

 憮然としている村田の意見は、おそらくグウェンダルやギュンターにとっても同じだろう。ましてや、父のような存在であるコンラッドにとっては(自分のことを棚に上げて)さぞかし頭の痛い問題であるに違いない。

 レオンハルト卿コンラートはいい男だし、歴とした夫であるのだから文句を言う筋合いなどないのだが、そこはやはり幼い頃から成長を見守ってきた愛し子が、裸リボンにチョコレート乗せて《た・べ・て》なんてやるのかと思ったら回転性の目眩くらい感じるだろう(←想像し過ぎ)。

「いやいや、ああ見えてリヒト坊ちゃんも人妻なわけですし、大目に見てあげて下さいよ」
「ま、直視しなけりゃ良いだけの話なんだけどね」

 そう言って眼鏡を取った村田は、殊更丁寧に息を吹きかけて、ポケットから取りだした薄布できゅっきゅっと硝子を磨く。

『眼鏡越しのお顔も可愛いけど、素もやっぱ良いねぇ〜』

 にこにこしながら見守るヨザックの想いが分かっているのかいないのか、双黒の大賢者様は今日もマイペースに振る舞っていた。

 

*  *  * 




『好き勝手なことを言っているな』 

 ヨザックと村田の会話を聞きながら、コンラッドは複雑そうに口の端を歪める。実のところ、世間はコンラッドのことを《愛息子を異世界の自分に取られて、さぞかしご立腹なのだろう》と思っているようだが、必ずしもそうではない。実のところ、異世界の自分があまりにも打たれ弱…いや、自責の念が強すぎて押しが弱いせいか、事あるごとに《あいつ、遠慮しすぎてリヒトに淋しい思いをさせてはいないだろうな?》と心配しているくらいなのである。

 そりゃあリヒトは有利にそっくりの華奢な体格だから、コンラートが欲望のままに貪ったりしたら物理的に壊れてしまうだろう。だが、色々と失敗を重ねてきたコンラッドは、あまり気を使って遠慮しすぎると、逆に《俺ばっかりあんたのコト欲しがってて、不公平だ!》なんて泣かれてしまう事を知っている。

 かといって、コンラートに向かって《たまにはガツガツと貪った方が満足して貰えるぞ》なんて助言をするというのも、立場的に問題だろう。

「どうかしたのか?浮かない顔をして」
「いや…何でもないよ」

 コンラッドの苦悩(?)を知るよしもなく、レオンハルト卿コンラートは不思議そうに小首を傾げている。久方ぶりにこちらの世界にやってきたから新鮮なのだろう。

「ところで、何だかやけに甘い香りが漂っているんだが、今日は何か特別な日なのか?」
「ああ、厨房でチョコレートの加工をしている者が多いんだろう」
「こんなに一斉に?」

 カカオに似た植物が南方の島で取れることが分かってからは、眞魔国でもチョコレートを作り始めたので、コンラートもその存在は知っているし食べたこともあるのだろうが、バレンタインの習慣についてはまだ知らないようだ。コンラッドが掻い摘んで教えてやると、ちょっと視線が宙に浮いた。

「愛する人に、チョコレートを渡して告白する習慣…か」
「どこかで微妙に間違って伝わったせいか、眞魔国では《無理矢理にでも喰わせるとハートを射止められる》なんて話になっているけどな」
「そ…そうか。結婚前にあちらで広まらないて良かった…」

 リヒトと結ばれるまでは豪快な崇拝者達からさぞかし激しく迫られていたのだろう。コンラートは色んな事を想像して青ざめていた。甘い物は苦手だから、寄って集って無理矢理食べさせられたりしたら、きっと当分のあいだは吐き気に悩まされたに違いない。

「…ところで、リヒトはその習慣を知っているのか?」
「勿論。こちらの世界ではバレンタインの度に、あんたに持っていくんだと言い張っていたな。どうもタイミングが合わなくて、いつも行けなかったんだが」
「そうか…」

 そんなに思い入れがあると知っては、《甘い物は苦手なんだ》なんてとても言い出せないだろう。少しずつでもしっかり食べて行く覚悟を決めたらしい。

 すると、先に歩いていた有利がくるりと振り向いて声を掛けてきた。

「コンラッド、俺はちょっとリヒトと話があるから、レオと時間潰しててくれる?」
「ええ、良いですとも」

 たコンラッドには、二人が何を相談する気で居るのか薄々判っていた。有利はコンラッドに隠れて手紙を書いてはリヒトと遣り取りしていたようだし、何かこっそりと用意を進めているのも知っている。きっと、あちらの世界ではまだチョコレートの製造をしていないから、リヒトに取り寄せなどを頼まれていたのだろう。

『さぁて…何をしてくれるのかな?』

 リヒトの為であると同時に、コンラッドのためにもきっと何か用意はしていてくれるはずだ。こちらの世界でこの習慣が定着してからというもの、有利は毎年何かしら趣向を凝らしてくれる。チョコレート自体はコンラッドがあまり好きではないことを知っているから、《チョコレートを使った何か》をするのに頭を捻るらしい。

 リヒトとコンラートのことは気になりつつも、結局は有利のことが一番気になるコンラッドであった。



*  *  *




 コンラートは暫くの間コンラッドと何と言うこともない会話をしていたのだが、暫くすると衛兵が伝言を伝えに来た。《準備が出来たから、客室に来てくれ》だそうだ。ちなみに、コンラートもやはり伝言に従って夫婦のための離宮に向かっている。

『一体どんな準備をしてくれているんだろう?』

 ドキドキしながらノックをする手が、軽く緊張気味なのが自分でも可笑しい。
 世界に冠たる眞魔国の王も、妻となった人の行動には逐一大きな反応を示してしまうのだ。

「俺だよ。入っても良いかい?」
「も〜良いよ〜♪」

 隠れん坊の鬼みたいなフレーズでリヒトが軽やかな声を上げると、廊下で待機していたコンラートは不思議そうな顔をして客室に入り、そして…度肝を抜かれていた。

「…っ!?」

 何ということだろう…。リヒトは漆黒の髪にふりふりとしたヘッドドレスをつけ、白と黒で構成された膝丈程度のメイド服で佇んでいる。一般的なメイド服よりも見てくれを重視しているデザインなのか、ふわふわとペチコートでかさ上げされたシルエットは凶悪なまでに可憐だし、レースの靴下とスカートの間から微かに覗く生足が、眩しいくらいに白い。

 そして手にはリボンで飾られた小さな箱を持っていて、そこから甘い香りが漂っていた。

「えっへへぇ〜。今日はね、バレンタインっていうイベントの日なんだ。大好きな人にチョコ食わせて、太らせたところを喰っちゃう日なんだぜ?」
「君に食べられるのなら本望だけど、太った俺でも良いかな?」
「ぽっちゃり系のレオもきっと可愛いよ」

 一体どれだけ食べさせられるのだろうか?軽く怯えてはしまうが、それでも愛くるしい衣装に身を包んだリヒトが可愛すぎて、ふらふらと火に舞い込む蛾のように近寄っていってしまう。

 恋する男って、哀しい生き物だ。

「それで、どうしてそんなに素敵な格好をしているの?」
「父ちゃんに相談したら、《レオはすました顔をしてるけど、嗜好の根っこがコンラッドと同じかどうか確かめてくれ》って言われたんだ」
「…そう」
 
 《父ちゃん》こと、渋谷有利は大変よい子だ。子持ちの男に《子》もないもんだが、ただ…時折どうしても《子》と呼ぶしかないような、無邪気な好奇心を発揮させることがある。今回も、どうやら興味を買ってしまったらしい。

「ほら、ここに座って?」
「こう…で、良いかな?」

 コンラートが促されるままソファに座ると、なんと、リヒトはスカートを捲って《よいしょ》と呟きながら、コンラートの脚を跨ぐように座るではないか!

『み…見え…っ!』

 ちらりと覗いた黒い紐パンと、透明感のある腿の素肌が何とも悩ましい。しかも、リヒト自身はあまり頓着せずに、にこにこ顔で居るのがまた…。何だか、行為の意味も分かっていない子供に、悪戯をしてしてしまいそうな罪悪感がある。
 いや、リヒトはもう人妻として色々と開発されている身なのだから、今更知らないとは言わせないだが。

「はい、あーん」
「あ…あーん……」

 冷や汗を掻きつつも、箱から摘み出されたチョコレートが口元に運ばれてくると、素直に薄く形良い唇を開いてしまう。ところが、入る直前にチョコレートはリヒトの口の中に入ってしまった。

「くれないの?」
「こうして食べさせてみろって、父ちゃんが言ってた」
「…っ!」

 そういうと、リヒトは咥内の温度でとろりと溶けたチョコレートを口移しで味合わせてくれる。こんな風にされて、じっとしていられる男がいるだろうか?

「リヒト…もっと、欲しいな」
「ん…レオ。俺も欲しいよぅ…」

 次第に荒くなっていく息を感じながら、二人は初めてのチョコレートキスに耽溺するのであった。



*  *  *




「…てなことで、リヒトも今頃は頑張ってると思う」
「そりゃあまた…」

 離宮で有利から説明を受けたコンラッドは、半笑いで絶句していた。
 無駄に気合いの入ったリヒトのことだから、何かしでかすだろうなとは思っていたが、まさか生みの親自らがそんな仕込みをしようとは…。

「どーかな?レオ、喜んでくれるかな〜」
「喜ぶのは確かです。嗜好の根っこは一緒ですからね。ただ…慣れてないので、相当驚くでしょうねぇ」
「確かに!」

 ぷっと笑っている有利には全く悪気はない。寧ろ、大事な二人を喜ばせたいという点に於いては、誰よりも強力な援助者であろう。ちょっぴり《慌てふためいてるレオを見てみたい》という気持ちが混入してはいるのだろうけど。

「ま、あちらはあちらでしっぽりやっていることでしょう。こちらも、あなたを味わっても良いですか?」

 リヒトのことがなければ、もうとっくの昔に襲いかかっていたに違いない。何故なら、今年の有利は出血大サービスをしてくれるつもりなのか、かなり久しぶりに艶っぽい格好をしてくれているのだ。メイド服基調ではあるが、透ける素材の白いニーハイをガーターベルトで釣った生足は、かなりのイメクラモードである。その割に下品にならずに済んでいるのは、どれほど貪っても有利が清楚な印象を失わないせいだろう。驚異的な《白さ》の維持力である。

「なんかリヒトに釣られて、年甲斐もなくこんな格好しちゃったけど…引いてない?」
「凄まじい磁力で惹かれてますよ?」

 ぴろりと恥ずかしそうにスカートの裾を摘む動作など、即座に手を取って指をなめ回したくなるくらいに可愛らしい。…と、思いつくその端から実行できる関係なのは、本当に嬉しい限りだ。

 そう、コンラートは妻の前に膝を突くと、思う様ねっとりと指先に舌を這わせていたのである。

「ん…それ、焦れったい…」
「濡れてきてしまいますか?」

 我ながら親父くさいトークを仕掛ければ、有利は淡く白磁の肌を染めると、とろりと艶を滲ませた眼差しで甘く囁きかけてくる。

「………確かめて、見る?」
「勿論!」

 この辺りの切り返しは、流石に昔なら考えられなかった反応だ。以前のように恥ずかしがってテンパってしまう彼も大好きだが、こんな風に蠱惑的な笑みを浮かべる彼も大好物だ。

『そういえば…二つの世界に引き裂かれた後、再会した時もこんな格好をしていたっけ』

 あれは、有利が高校2年生になった年の文化祭でのことだった。有利にとっては半年程度の別れだったが、コンラートにとっては実に5年ぶりの再会である。弾む胸を抱えて直接学校に赴いてみれば、有利はメイド服姿で強盗に捕まるという漫画みたいにデンジェラスな状況に陥っていた。

『助け出した後、腿に少し血が滲んでいて…』

 記憶にある腿へと舌を這わせていけば、綺麗に治癒したそこには傷跡ひとつなくて、ほっと安堵する。これで微かにでも痕が残っていたら、どんな方法を使ってでも復讐を遂げたくなってしまうところだ。

「ぁ…あ……っ」
「チョコレートはいつ頂けるんでしょう?」
「そこ…に」

 震える指で示された場所には、レースのように繊細な縁飾りがついた陶器の皿と、その上に並べられたチョコレートがある。その一つをちょいと摘んで、捲ったスカートの中に差し入れていく。

「ちょ…っ!よ、汚れ…っ!」
「大丈夫ですよ。全部綺麗に舐めてあげますから」
「最初から口に入れろよ!」

 ご尤もではあるが、そういう回りくどさがチョコレートプレイの醍醐味ではないだろうか?

「折角の衣装が汚れないように、しっかりスカートを持ってて下さいね?」

 こういった台詞も、やはり定番として言わずにはおられない。
 頬を染めながらふるふるとスカートを上げていく有利に、コンラッドはにんまりと満足げな笑みを浮かべた。



*  *  * 




 明けて15日、それぞれのカップルはいずれも食堂には来られなかった。が、誰もその点に不審など抱かない。寧ろ、元気に出てきたら《何かあったのか》と心配していたことだろう。

 フォンヴォルテール卿グウェンダル閣下なども、メイドから《レオンハルト卿コンラート閣下は、リヒト様と共に客室で朝食を召されるそうです》との台詞に、半ば安心し、半ば複雑な心境を抱いていた。

 コンラートが伸び伸びと愛する人との時間を愉しめるようになったことは嬉しいのだが、やはり、ちんまりとして愛くるしかったリヒトが、朝起きられないくらいに責め立てられている様が脳裏に浮かぶと、目眩にも似た困惑が湧いてくるのだった。

『全く…結婚もしていないのに、嫁いだ娘の父親のような気分を味わうことになろうとはな』

 そんな感想を何気なくギュンターに伝えたら、彼も同じような顔をしてくすりと苦笑してみせる。ただ、彼が口にした台詞は更にグウェンダルを忸怩たる心地にさせた。

「私など、ユーリ陛下がコンラートのもとに嫁いだ時にも同じ気持ちになりましたからね。リヒトについては、何やら娘を飛び越えて、孫を想うお爺ちゃんの気持ちになってしまいますよ」
「…この年で、爺さんか…………」

 リアルすぎるギュンターの慨嘆に、グウェンダルは深い溜息をついた。



*  *  * 




「やれやれ、あの連中はどうやらお盛んだったみたいだね」
「俺たちだってアツアツだったじゃないですか〜」
「しなを作るなよ。つか…乗るなよ、重い!」

 カーテンを少し開けて部屋の外を伺うと、村田に宛われた客室からはリヒト達の部屋に人の気配があるのが感じ取れる。寝台から身を起こして外を見ていた村田は、背後から伸しかのし掛かってくる裸体の男に不平を鳴らした。

「ゴメンなさ〜い。じゃあ、猊下が乗って下さいますか?」

 《昨日み・た・い・に》…とハスキーな声が耳朶に注がれると、思いっ切り裏拳で鼻面を叩いて遣った。

「痛い〜」
「避ける気もないくせに」

 本当は、村田の緩い裏拳など簡単にかわせると知っているが、彼は決して避けない。ボケとしての正しい作法を身につけたこの男の、こういうところは嫌いではない。

 …というか、思いっ切り素直に言うと、かなり好きだ。

『口が裂けても言えないけどね!』

 実は、昨夜飲ませたカクテルがチョコレート風味のものだったと気付いているだろうか?毎年毎年、何かしらの食事や飲み物にこっそりとチョコレートを混ぜて自己満足に浸っているなんて、流石の彼も知らないだろうか?

『知ってて黙ってる可能性もあるな〜』

 ヨザックは癖のある男だが、村田を無用に追い詰めたりからかったりすることはない。それが嬉しくもあり、もどかしいこともある。もしかして、我慢できずに村田の方から《これ、チョコレートだから》と言い出すのを待ってるんじゃ?なんて疑ってもみる。

「僕は、渋谷達みたいにあからさまなラブラブなんて出来ないからね」
「みんな違ってみんな良い。至言ですね」
「…《俺いま、良いこと言った!》みたいな顔しない!」

 また裏拳をかますと、ちゃんと鼻面で受け止めた上で、ヨザックは手の甲にちゅっと音を立ててキスをする。村田は村田のままで良いんだよ、とでも言いたげに。

『甘やかされてるなぁ…』

 それぞれの恋人達に、それぞれのチョコレートと愛情表現。
 それで丸く甘く行くのなら、それこそ《みんな良い》で問題なしだ。

 村田はヨザックからは見えないように、幸せそうに微笑んだ。
 その表情が窓硝子に映って、ヨザックを喜ばせているとも知らずに…。



おしまい


あとがき


 「獅子の系譜」の方でヨザケンが出せなかったので、こちらで三組のカップルそれぞれのラブラブバレンタインにしてみました。

 糖度は十分足りましたでしょうか?