「ぴかぴかの一年生」
黒うさぎの有利は今年、初等学校の1年生になります。
この学校では昨年から茶うさぎが先生として赴任しており、それを追いかけるように黒うさぎはこの学校に入りました。
茶うさぎと一緒に学校生活を送れることは勿論この上なく嬉しいことですし、村田が一緒なのも心強いです。それに、橙うさぎも今年から給食のお兄さんとして赴任してくるのです。
『楽しいことがたくさんおこるかなぁ…』
入学式の前の日は、わくわくしてなかなか寝付けませんでした。
明けて翌日の入学式。
春の麗らかな日差しの中、黒うさぎは真新しい制服に身を包み、ぴかぴかのランドセルを背負って家を出ました。
まだ履き慣れない運動靴に少し違和感がありますが、それもまた新品ゆえのことと思うとうきうきしてきます。
初等学校には桜や雪柳がふっさりと咲き誇り、青空の下でとてもうつくしい色彩を呈しています。
校門から続く桜並木と平行に先生方や先輩達が並んで新入生を出迎えてくれました。
「ユーリ…!」
にこにこ顔で手を振ってくれるのは茶うさぎです。
走って飛びつきたい気持ちは山々ですが、茶うさぎは先生なのでそういうわけにもいきません。お仕事と家庭生活は立て分けなくてはなりませんからね。
「渋谷、同じクラスみたいだよ」
「本当?良かったー!」
村田に声を掛けられて、黒うさぎは弾むように声を上げました。
そうでもしないと、ふらふら〜っと茶うさぎの方に流れていってしまいそうだったのです。
『いけない、いけない…今日から俺は一年生なんだからな!シャカイ生活ってやつにテキオーしなくちゃなんないんだ』
さて、入学式が始まりました。
最初の内はかちこちに緊張していた仔うさぎ達も、校長先生のお話があんまり長いものですから、あっちでうとうと、こっちでお喋りと、なんだか落ち着かない様子になってきました。
例に漏れず欠伸を噛み殺す黒うさぎの背中を、ちょいちょいっと突く者がいます。
「なに…?」
くるっと振り向きざま…ほっぺたに何か柔らかいものが《ぷちゅ》っと触れてきました。 どうやらそれは、後ろに立っていた同じクラスの男の仔が、黒うさぎのほっぺたにキスをしてきたみたいです。
呆気にとられてきょとんとしていた黒うさぎでしたが、男の仔がにまにましているのを見ていると、漸く自分がからかわれていることに気付きました。
「…なにすんだよっ!」
「いきなり振り向くから、俺のチューが当たっただけだもん。俺、悪くないもーん」
見るからに《悪戯小僧》という風体の男の仔は、なおもにまにましてちっとも謝る気配がありません。
「あやまれっ!」
「やーだよ!引っかかった方が悪いんだよ!」
ぺろりと舌を出して《あっかんべぇ》をしてみせる男の仔に、とうとう黒うさぎの怒りが爆発してしまいました。
「こいつっ!」
「うわっ!」
ぴょんっと飛びつくと、男の仔の方もやり返します。
突然始まった取っ組み合いの喧嘩に、慌てて先生達が仲裁に入りました。
「こらこら!なにやってるの!」
「こいつが悪いんだもんっ!俺はほっぺにちゅーしただけなのに、殴ってきたんだもんっ!」
「だって、こいつが謝らないんだもんっ!」
顔を真っ赤にして組み付いた二羽は、間におばさんうさぎの先生を挟んでも、隙あらば手を出し足を出して相手をねじ伏せようとします。
「マツムラ先生…俺に任せて頂けませんか?」
そこに、茶うさぎが穏やかな表情で割りいってきました。
途端に、黒うさぎの頬には《かあぁ…》っと血の気が登っていきます。
『せ…折角成長したところを見せようと思ってたのにっ!!』
悔しくて悔しくて…涙が出そうです。
「二羽ともおいで?こっちで少しお話をしよう」
男の仔は少し嫌がる素振りを見せましたが、茶うさぎに促されると不承不承という感で後についてきました。
「さあ、まずお互いの言い分を整理してみようか?」
桜の木の下に三羽で座ると、茶うさぎはこう切り出しました。
《こいつが…》《だって…》と、喉元まで出かかった言葉も…茶うさぎの琥珀色の瞳にじい…っと見つめられると、くきゅうと口の中に留まってしまいます。
茶うさぎは静かに…けれど強く、二羽がしたことについて怒っている様子です。
『大事な式で騒いだりしたから、コンラッド…怒ってるんだ』
けれど、黒うさぎは自分からは謝りたくないものですから、ぷくう…とほっぺたを膨らませました。
『だって、こいつは悪戯をしておいて謝らなかったんだもん!』
でも、だからといって殴りつけたのはどうなのでしょう?
茶うさぎは何も言いません。
ただ静かに二羽を見つめて、何かを言い出すのを待っているのでした。
春の暖かな日差しが制服の背中をぽかぽかと温めますが、二羽は酷く居心地の悪い思いをして佇んでいました。
そしてとうとう…黒うさぎが口を開いたのでした。
「式で騒いで…ごめんなさい」
その事で謝るのが、黒うさぎのぎりぎりの選択でした。
「ユーリは、そのことが悪いことだったと思ってるんだね。それでは君はどうだろう?」
「じゃあ俺も、式で騒いでごめんなさい!」
それだけ言ってすっきりしようとしているのでしょうか?男の仔はさらっとそう言いました。
けれど、茶うさぎの方は納得しなかったようです。
「君は、君がしたことを本当に理解しているのかな?」
「え…?」
響きの良い低音が、染み入るように諭します。
「君がユーリにしたことは、男として…兎として間違ったことなんだよ?ユーリは君のことをこれっぽっちも…爪の先に引っかかった糸屑よりも…お弁当箱の隅に残った胡麻の皮の破片よりも好きではないというのに、君はユーリの頬にキスをしただろう?それは、許し難い犯罪なんだよ?」
「え…え?」
茶うさぎの表情があまりに真摯なものですから、男の仔には反論の余地がありません。
しかも、しっとりとした声音で切々と…妙にリアルな設定まで持ち出して、黒うさぎが自分に気のないことを強調されたものですから、本気で泣きそうになってしまいました。
「しかも、君は一言もユーリに謝らなかった…。これはもう…一生、君に対する赦しは与えられないと思った方が良いね。君は未来永劫、ユーリから男の屑とみなされ、蛇蝎の如く嫌われるんだよ?それでもいいのかい?」
「う…え……あ………………」
根拠のあるなしはともかくとして、異様に説得力だけはある茶うさぎの言葉に、とうとう男の仔は泣きだしてしまいました。
「う…うぁ…うぁぁん……っ!やだよぅ…やだよぉぉう!!…は、初めて見たときから、かわいいって思ったんだもんっ!ず…ずっときらわれるの…やだよぅ……っ!!ごめんよぅ…ごめんよぅ……っっ!!」
洟を垂らして泣き喚く男の仔に、黒うさぎはぽかんと口を開きました。
『凄い…コンラッドは凄いっ!!言ってる意味は半分も分かんなかったけど、あんなにハンセーしなかった奴がわんわん泣きながら謝ってるっ!!』
黒うさぎはきらきらと光る双弁で、頼りになる想い兎を見つめました。
……正体はかなり大兎(おとな)げない嫉妬の鬼なわけですが、そこのところは幼い黒うさぎには分からないのでした。
「ユーリ…許してあげられる?」
「うん、じゃあ俺もあやまっとく。殴ってごめんな」
「ゆ…許してくれるぅ…?」
めそめそと泣き続ける男の仔に、黒うさぎはこっくりと頷きました。
茶うさぎはその日、年休をとって午前中で仕事を切り上げました。
年度替わりの忙しい時期ではありますが、この記念すべき日に黒うさぎを一羽でお家に帰すなどもってのほかだと思ったからです。
それに…今日は折角の入学式だというのにケチが付いてしまいましたからね。
お家で盛大にお祝いをすべきだと思うのです。
「ユーリ…っ!」
「コンラッド…っ!!」
先生としての職域を離れ、一羽のうさぎとして振る舞う茶うさぎに、黒うさぎは駆け寄るとぴょーんっとジャンプして抱きつきました。
「入学おめでとう、ユーリ!これでぴかぴかの一年生ですね!」
「うん…っ!俺、早く大きくなるよ…!そんで…今日みたいなことがあっても、今度はカーッときて殴ったりしないようにするよっ!!」
その言葉に、茶うさぎの動きがちょっとだけ止まります。
だって……
『他の奴にキスをされたときは…もっと拳をきかせて殴ってやっても良いと思います』
…なんて、流石に先生として…大兎として、言ってはいけないと思ったからです。
* らび様のリクエスト漫画の続きです。やっぱり大兎げない茶うさぎでした…。 *
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