おやゆび陛下番外編−6
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
※おやゆび陛下が本当におやゆびサイズだった頃のお話。



「かぜかぜぴゅんぴゅん」








 爽やかな風が、身体を吹っ飛ばすような勢いで吹き抜けていきます。
 新緑が生い茂る枝を滅茶苦茶に揺さぶって吹く風は、軍人さんの上着だって、ぶぁん…っ!と裾野を巻き上げていきますので、ちいさなちいさな親指陛下ともなりますと、それはもう本当に飛んでいってしまいそうです。

 ですが、親指陛下はその風が大層お気に入りでした。土埃と緑の匂いが綯い交ぜになった風に、お日様が燦々と降り注ぎますと、きな臭いのに胸がわくわくするような匂いになるのです。

「陛下、そろそろお戻りになりませんか?」
「もうちょっとここにいる〜」

 ウェラー卿コンラートが心配そうに問いかけますが、陛下はまだまだ満足していません。小枝にロデオ宜しく乗っかったまま、ゆっさゆっさと揺れています。そんな陛下を見ながら、《お花が咲いているみたいだ》と思うウェラー卿でしたが、やはり心配なのもほんとうです。だって、強い風で万が一陛下が吹き飛ばされてしまったらどうします?

 こんなに可愛い陛下ですもの。ひょっとしたら緑の葉っぱに乗っかって風に乗り、おとぎの国に旅立ってしまうかも知れません。そしてツバメの背に乗ったりモグラの長者に求婚されたり、鬼を退治したりと大冒険をするかも知れません。そんな大冒険にご一緒出来なかったら残念でならないでしょう?

『大冒険をするのなら、俺としましょうよ』

 そう思うウェラー卿の前に、一際強い風が吹きました。

「わぅっ!!」

 案の定、枝に乗っかっていた陛下の身体がぽぅんと跳ねて、ウェラー卿の頭の上まで飛んでいきます。

「危ないっ!」

 はっしと受け止めて胸に掻き寄せますと、ウェラー卿は問答無用で胸ポケットに陛下の身体を収めます。

 どっきどっきどっき…

 激しく鼓動を伝えてくる胸に、流石の陛下も《もっと乗りたい》とは言い出せませんでした。大好きなウェラー卿を死ぬほど心配させたらしいと気付いたからです。

「ごめんね、コンラッド。今日はもうやめとくよ」
「今日は…ね」

 明日以降しないとまで言わない陛下は、自分というものを分かっています。だって、冒険をしない陛下なんて、陛下ではないでしょう?ウェラー卿のことは大好きですが、自分らしくない陛下は陛下ではありませんから、そこは枉げられないのです。

「分かりました」

 にっこりと微笑むウェラー卿もそこのところは分かっていますから、頭の中には《どうやったら安全に遊んで貰えるだろうか?》というアイデアがぐるぐるしていることでしょうけれども、《もうこんな遊びをしちゃいけません》とは言いません。

 ザァアアア……っ!!

 強い風がまた吹き付けて、《ざわざわ》《どるぅうん》と梢を揺らしていきます。陛下が見上げると、薄く目を眇めたウェラー卿がいます。そのダークブラウンの髪も勢い良く靡いて、普段は前髪に覆われた額が剥き出しになっています。陛下の視線に気付くと、くすりと微笑んだウェラー卿は風の勢いを上手に生かしながら、血盟城に戻っていきます。

『うん、やっぱり風って好きだな』

 颯爽としたウェラー卿の歩き方に見惚れながら、陛下はうふふと笑いました。
 強くて荒々しい風は、人の表面を覆っている何かを吹き飛ばしてしまう効能もあるようです。ウェラー卿の普段とはまた違った風貌を見られるのですから、またこうして吹いて欲しいな、と、陛下は思いました。


 

 おしまい


 * 楓の新緑が瑞々しくて大好きです。ちっちゃい陛下がしがみついてぶんぶんされていたら、はらはらしながらも見つめ続けてしまいそうです。 *