おやゆび陛下番外編−3
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
※おやゆび陛下が本当におやゆびサイズだった頃のお話。
「2828」(←タイトル)
渡る風が肌寒さを増し、朝ともなればキィンと大気が冷え切って、お布団の外に出るのにさえ勇気を必要とするような季節がやってきました。
森の木々は燃えるような紅、ほっこりとした黄、穏やかな茶に染め上げられ、常緑樹の緑もどこか深みを増しています。
「ユーリ、朝ですよ」
「うぅ〜ん…もうちょっと」
まだおねむのおやゆび陛下は、ウェラー卿コンラートが起こしてもまだむずがっています。これが夏ですと、《一緒に朝のお散歩をしましょう》と誘いますとすぐに起き出してくるのですが、今日はよっぽど寒いのかなかなか起きてきません。くるんとハンカチのような毛布にくるまると、漆黒の頭まですぽりと埋まっていきます。
《グウェンに叱られますよ?》と言えばぴょこたんと出てくるかも知れませんが、そんな風に脅すようなやり方は、コンラートの望むところではありませんでした。
では、一体どうしたら良いでしょう?
「ね…ユーリ。俺のシャツのポケットに入りませんか?」
毛布から覗く髪の毛の先が、ぴくんと動きました。
もそそそ…っと伺うように上目遣いのお目々も現れると《きゅと》と小首を傾げます。
「軍服のポケットじゃなくて?」
「ええ、シャツのポケットです」
そう言って軍服の襟元を開けますと、ふんわりと良い匂いがして、暖かな体温が伝わってきます。そこは、毛布の中に負けず劣らずほわりとしているようでした。
「お…起きるっ!」
ぴょんこと飛び出した陛下はひゅばばばばっとパジャマを脱いで魔王服を着こみ、いそいそとコンラートのシャツの中に入り込みました。
「わぁ…暖かいっ!」
「それは良かった」
窒息しないように襟元を少し開けて、時折軍服の中を覗き込みながらお散歩をします。
そんな調子で宰相であるフォンヴォルテール卿グウェンダルのところに行きますと、何ともいえない表情で迎えられました。
* * *
グウェンダル閣下としては、《コンラート…お前、甘やかしすぎではないのか?》とか、《コンラート…お前、顔がだらしなく溶け崩れているぞ》とか、色々と言いたいことがあったのですが、幸せそうにほこほこしている陛下があんまり可愛いものですから、全部喉元で飲み込んでしまいました。
「あー、とっても暖かかった!ありがとうね、コンラッド」
「どういたしまして。お帰りの際も、どうぞ俺の胸を使って下さい」
「やった!じゃあおれもお仕事がんばるね?」
「ええ、頑張って下さい。途中で暖かいお茶を煎れて、お菓子も美味しいのを用意しますからね。昼食も、ユーリの大好きなポットシチューを頼んでいますよ」
「わぁ、楽しみ楽しみ〜っ!」
脳味噌が砂糖菓子になりそうなくらい、てろってろに甘やかな会話です。グウェンダルは頭を抱えましたが、それでもにこにこ顔の陛下や弟を見ていると、咎めるような言葉を口にすることは出来ないのでした。
すると、不意に二人がグウェンダルの方を見やって、きょとんとしたように問いかけてきました。
「どうしたの?グウェン。えらく鼻の下が伸びてるけど…」
* 可愛い二人を見ながら、なんだかんだ言いつつ(思いつつ)2828していた宰相閣下。 *
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