おやゆび陛下番外編−10
〜ちっちゃな陛下のすてきな日常〜
※おやゆび陛下が本当におやゆびサイズだった頃のお話。



「がんばる人に、ありがとう。だいすき」




 眞魔国に強い寒波が押し寄せてきました。
 前の週には少し春の気配を感じさせる暖かさがあったものですから、余計に身に応えます。ぴゅうぴゅうと吹き付ける風は身を切るように冷たくて、いろんな場所で《へっくしょん》《ごほごほ》とくしゃみや咳のオンパレードです。

 ウェラー卿コンラートは胸ポケットにお入れしたちっちゃな魔王陛下に風邪が及ぶことをたいそう心配しておりましたので、接見した者がマスク無しで咳をしようものなら、膾切りにされかねないような眼光で睨み付けておりました。

 それでも風邪というのは、引く時には引くものです。
 
 分かってはいても、魔王陛下が高い熱を出して寝込んでしまった時、ウェラー卿は酷く落ち込みました。



*  *  *




「ユーリ、すり下ろした林檎は如何ですか?」
「ぅん…」

 一生懸命身を起こそうとする魔王陛下の背中に、小鳥から分けて貰った羽毛入り枕を宛いますと、ちいさなティースプーンに入った林檎の汁を宛います。甘酸っぱい果汁が少し唇を濡らしますが、こほこほと咳をすると、噎せてしまいました。酸味が喉を刺激したのでしょうか?

「申し訳ありません、ユーリ…!」
「こん…らっど……わるく…なぃ…」

 こほこほと噎せ続けて涙目になりながらも、魔王陛下は懸命に笑おうとしました。苦しい顔をしていると、忠実なウェラー卿が辛そうだからです。

「いいえ…俺がいけなかったんです。どうして昨日、部屋の温度をもっと上げておかなかったんでしょう?きっと湯冷めしてしまったんです。ああ…もしかしたら、お外で遊んだ後に手洗いとうがいが不十分だったのかも…。俺が十分に気を付けていなかったせいです」
「ちが…」

 魔王陛下は否定しようとしますが、上体を起こしているのが辛くなってきて、ころんと横になってしまいました。

「すみません。こんな風に横で騒ぎ立てたりする方が、よほど疲れさせてしまいますね?」

 そうは思っても、傍を離れるのもやはり心配なのか、ウェラー卿はその場でくるくるくるくる回転するという彼らしくも無い挙動不審な行動に出ました。椅子の間に入り込んでしまったフォンカーベルニコフ卿の掃除機《ルンバババ超絶清掃魔導きれぴか君》のようです。ただ、あの魔導装置は部屋も綺麗になるけど、必要なものまで片づけてしまうので、あまり実用的ではない代物でした。開発者には秘密ですけどね。

「ううん…。こん…らっど…そばに、いて…くれる。それだけで…しあわせ…」

 ちっちゃな手を伸ばしてきますから、すぐに右手の人差し指を伸ばして触れますが、酷く熱いその感触に、ウェラー卿の琥珀色の瞳には《ぶわっ》と涙の膜が掛かりました。

「なか…ないで…?」
「すみません…。余計に心配させてしまうばかりで、俺は…なにもあなたにして差し上げることができない…っ!」
「ふふふぅ…。こんらっど…がんばりすぎ。でも…そうやって、おれのためにがんばるこんらっど…みてる、だけで…うれしい。ちから…でてくる……」
「そんな…」
「ありがとう…だいすき」  

 ウェラー卿のように気が回って、優しい人ほど《何もしてあげられていない》と気に病むのですが、気にしないで欲しいと思う反面、そんなにも気にしてくれることには嬉しいと感じるのです。

 だから自分を責めないで欲しいのと同時に、そんなにまで心配してくれることを嬉しいと思っていることはしっかりと伝えておきたいと思います。

 いま、魔王陛下にできることは微笑むことだけ。
 けれどもそれが、ウェラー卿にとっては一番のお返しだと思うのです。

 いえ、早く元気になることが本当のお礼だとは思いますけどね。幾ら魔王陛下でも、一瞬にして回復はできないのです。

「だいすき…ありがとう」
「俺の方こそ、大好きです!あなたが傍にいて下さることが、俺の一番の幸福です…!」

 そんな二人を横目に見やりながら、フォンヴォルテール卿は黙々とお仕事をこなします。
 彼は彼で、今の自分にできる一番のことをしてあげているのでした。

 なんて素敵な人たちでしょうね?



おしまい



あとがき



 未消化ですが…。胡城様や、一般人のお友達が、お母様の病状のことで一生懸命動いておられるのに、《まだまだ不十分》と思っておられる姿に感動して書いちゃいました。
 頑張ってる人ほど、《もっと頑張らなくちゃ!》と自分を追い込まれますが、そんな風に頑張る姿自体が、介護される側には《申し訳ない》というのと一緒に、やっぱり《ありがとう》って気持ちになると思います。

 狸山、義理の母のおむつが臭いくらいで文句言ってすみません(汗)