おやゆび陛下番外編−1 魔王になりたての魔王陛下ユーリは、ちっちゃなちっちゃな王様です。 おやゆびくらいの大きさですから、みんなは親しみを込めて《おやゆび陛下》と呼びます。 でも、どんなにちっちゃくても眞魔国って国では一番えらい人なんですよ? いえ、おやゆびサイズの生き物を人って呼び方が相応しいのかどうかは分かりませんし、そもそも魔族を人と呼んでいいものかどうかも定かではないのですが、ともかく、とってもえらいのだけは確かです。 ですから、みんなが《へへぇ…!》と傅(かしず)くのは仕方のないことなのです。 でもね?ユーリったら、なかなかそれに慣れないんですよ。 * * * 「これはこれは陛下、ご機嫌麗しゅう…」 大好きなウェラー卿コンラートのぽっけに入って、血盟城の中をお散歩していたときのことです。官僚の一員となったばかりの老貴族がユーリの姿を見つけると、跪いてご挨拶をしようとしました。 でも、この日は生憎のお天気でしたから、お膝をついたりするとズボンの膝が大変なことになってしまいます。 「あ…あっ!お洋服が汚れちゃうよ?」 「陛下に対する敬意を示す為に、衣服の一着や二着どうと言うことがありましょうか」 この老貴族はとても頑固な人です。 それが祟ってちょっと貴族間では《融通が利かない》と敬遠される向きもあったようですが、とても誠実な働きぶりのことをフォンヴォルテール卿グウェンダルが教えてくれましたので、彼を信頼しているユーリが大抜擢したのです。 それを老貴族はとっても恩義に思っているようで、顔を合わせるたびに吃驚するくらい丁重なお辞儀をするのです。 そうしますと、他の連中までが《私はもっと強い敬意を抱いている!》《我こそは忠義髄一の男である!》と自己主張を始めまして、ユーリを困らせておりました。 だって、顔を合わせるたびに這い蹲ってお辞儀をするなんて、ユーリには尋常なこととは思われなかったからです。 でも、殆ど人…特に、この老人が何とかして敬意を示したいその気持ちは分かりますから、頭ごなしに嫌がるのは気の毒です。 ああ…一体どうしたら良いのでしょう? ユーリはお部屋に戻ってきて、グウェンダルに作ってもらった猫足の椅子に腰を据えてからも浮かない顔をしておりました。 「陛下、何か気がかりなことがおありですか?」 「陛下って言わなかったら教えてあげる」 「おやおや…これは一本取られましたね」 ええ、そうですとも。 ユーリはこうして、《くすす》っと笑って貰った方がどんなに嬉しいか分かりません。大真面目な顔をして頭を下げたりしたら、お顔の様子も分からないではありませんか。 「ユーリ…ライゲスト卿の挨拶が日に日に丁重の度を過ごしていくのが気がかりなの?」 「うん、そうなんだ。何か良い方法がないかな?おれはあのおじいちゃんとも、ともだちになりたいんだよ」 「友達ですか…流石にそれは臣下としての鼎を疑われましょうから、堅物のライゲスト卿には御負担になりましょうかと…」 「うぅん…でも、毎回あんな風にされたんじゃあ、おれの方が《ごふたん》だよ」 ぷくんと唇を尖らせて言いますと、賢い臣下のウェラー卿コンラートは少し考えてからこう言いました。 「そうですねぇ…ひとつ、方法があるかも知れません」 「ほんとう?」 身を乗り出してきたユーリに、コンラートはこしょこしょと耳打ちしました。 別に二人きりなのですから声を潜める必要などないのですが、とっておきの話っていうのは、どうしてだかこういう喋り方をしたくなるものです。 * * * ユーリは翌日、国中に《おふれ》を出しました。 そこにはこんなことが書かれていました。 『今日から、おれに対するあいさつはこうしてください』 覚えたての眞魔国語は、ユーリが大きな羽根ペンを一生懸命抱きかかえて書いた直筆文です。みんなは書かれた内容もさることながら、ちょっとよろよろした筆跡に《なんて可愛らしい…》と微笑みました。書いている最中の様子が瞼に浮かぶようだったのです。 そこには更に、やっぱり直筆の絵も描かれていました。 《こういうふうにあいさつしてね》というお願いの文章もついています。 「まあ…」 「なんて可愛らしいのかしら!」 みんな暮らしの中で起こった些細ないざこざや不満などが、この時だけはぽーんと何処かに飛んでいくのを感じました。 そこには、ちっちゃな豆粒ほどのユーリが両手を前に揃えて、にこにこしながら相手の顔を見てお辞儀をしており、やっぱり同じようにしてお辞儀をしているウェラー卿コンラートがおりました。なんとも良い笑顔を浮かべた二人は、にこにこふくふくとした雰囲気を放っております。 《お顔が見るのがだいすきだから、おねがいします》…ですって。 まあ、なんて素敵なお願いでしょう! 街中に配られた《おふれ》は、勿論血盟城の中にも張られています。 それを目にしたライゲスト卿は少々複雑そうな顔をしましたが、魔王陛下からの《お願い》とあっては守らないわけにはいきません。 そして同じ日のうち、まだ心の準備をしていないうちにユーリと顔を合わせた彼は、少々ぎこちない動作ながら、《おふれ》のとおりにお辞儀をしてみました。 すると…ユーリはにこにこ顔をしながらコンラートの軍服を這い上がると、肩章の上に立って同じようにお辞儀をしました。 それはそれは、とっても可愛らしいお辞儀です。 ついつい釣られて、ライゲスト卿も相好を崩して本当の笑顔を浮かべました。 笑顔と笑顔がつながる。 そんな《おふれ》を出した王様なんて、きっとおやゆび陛下が初めてでしょうね! おしまい あとがき 久し振りのおやゆび陛下です。 本筋では結構大きなサイズになってきた陛下、ちょっと長めのお話を書いてシリーズをいったん終わらせようと思いますが、おやゆびサイズ時代の(色んな意味で)小さなネタは今後ともポロポロ書いてみようと思います。 |