「生まれなおした日」
〜2010年ユーリお誕生日企画〜
それは夏の日のことでした。
長旅から戻った蜜柑頭の青年が、気持ちいいくらい日焼けした顔で眞魔国に帰ってきました。そして陛下やグウェンダルから労りの言葉を受けた後、護衛であるコンラートに向き直ると荷物の中から何かを出してきました。
「た〜いちょー!欲しがってた酒、手に入れましたよん」
「おや、気が利くじゃないか」
酒瓶は綺麗にラッピングされており、真っ赤なリボンが柄の部分に括られています。ヨザックからの贈り物にしては珍しい気遣いと言えました。
「きれいにかざってあるね!なんだかトクベツなおくりものみたい」
「ええ、確かこいつ夏の生まれですから、人間の国で言う《誕生日の贈り物》みたいなもんですよ」
「誕生日?」
ちいさな陛下はきょとんと小首を傾げました。
コンラートの愛情をたっぷり受けて随分と育った陛下ですが、まだ小人さんくらいの大きさなので、特注の椅子にクッションを敷いて執務机に寄っかかった姿は何とも愛らしいです。
「魔族は何百回もやりますし、一年くらいじゃあんまり老化しないんで、殆どやりゃあしませんけどね。人間の世界じゃあ結構派手に祝うようですよ?そういえばユーリ陛下は春の生まれでしたったけ?」
「う…ん。グウェンのお花から出てきたときにはそうだったんだけど…。でも、それって誕生日になるのかな?」
「ええ、この世界に陛下が出てこられた日なら、それが誕生日ですとも」
「うーん…」
ヨザックはそう言いますが、ユーリの表情は優れません。
何だか考え込んでしまっているようです。
* * *
「どうかなさったんですか?」
「ん〜?」
ユーリはちいさなベビープールに漬かりながら、《何でもないよ》と微笑みました。
そしてちらりと浴室の鏡を見ますと、ぷい…っとそっぽを向きます。
とてものことコンラートには、《何でもない》ようには見えません。
たっぷりと泡立てたスポンジで身体を洗いながら、さり気なく悩み事を聞き出そうとしました。
「鏡はお嫌ですか?」
「…うん。このごろは、なんかキライ」
もともと美貌の持ち主であるにもかかわらず、自分の顔をうっとりと眺めるような方ではありませんが、それにしたって《キライ》というのは穏当ではありません。
「こんなに愛らしい姿を自分で見るのが、そんなに嫌?俺は大好きなのにな…」
「………ほんと?」
コンラートが優しく囁きかけると、少しだけほっとしたように安堵しますけど、それでも改めて鏡に視線を向けると泣きそうな顔になるのでした。
「やっぱり…キライ」
「どうして?」
「だって…ちいさいもん」
大きさの話を告白すると、《今更なのにね》と呟いて、ユーリは大粒の瞳からぽろりと涙を零しました。
その表情は随分と大人びていて、親指の大きさだった頃の無邪気な様子とはすっかり違っていました。ユーリは気付かないうちに、随分と内面も成長しているのではないでしょうか?
「ちいさいのも、とっても可愛いですよ?」
「かわいいだけじゃ、やなの」
ユーリはますますぽろぽろと涙を零しそうになりましたが、唇をぎゅっと引き結んで堪えました。
「ユーリ、唇を噛んではいけませんよ。傷がついてしまう」
「こんな風に、情けなく泣くのもダメなの…っ!」
頑固にふるふると頚を振るユーリは、コンラートを真っ直ぐに見つめると真摯な眼差しで告げました。
「おれは、早く魔族の大きさに成長したい…。あんたと同じ生き物になって、年月をすごしていきたいんだ…!」
「ユーリ…誕生日の話が引っかかっているのですか?」
だとしたら、ヨザックを締めあげなくてはなりません。
「ううん…ずっと、考えてたんだ。今の大きさになってから半年くらい…おれ、同じ大きさのままだろ?コンラッドの愛情をちゃんと分かってないから…やっぱり、魔族になるには何かが足りない生き物でしかないのかなって…。このまま…コンラッドに、本当の意味で愛してもらえるような生き物にはなれないんじゃないかって…」
「ユーリ…っ!何を言ってるんだっ!?」
思いがけない言葉に、コンラートは血の気を引かせて有利の肩を掴みました。改めて手にすると、やはりそれはとてもとてもちいさな肩です。
コンラートは努めて深く息をすると、我を忘れて乱してしまった言葉遣いも正しました。
「本当の意味で愛せないなんて、どうして思うんですか?」
「だって…こんなに小さかったら、あんたと《ヨルのイトナミ》が出来ないって…メイドさん達が噂してたもんっ!」
なんと言うことでしょう…。
メイド達に悪気はなかったと信じたいのですが、もしかするとコンラートを狙うあまり、嫉妬に駆られた者がいたのかも知れません。
* * *
『陛下はとても愛らしいけれど、あまりにもお小さいもの。ウェラー卿が大真面目に愛を語る姿を見ていると、ちょっと可笑しくて笑ってしまいますのよ』
《滑稽だ》とまでは言いませんでしたがそんな意味を揶揄するように、綺麗なメイドさんはそう言って笑いました。真っ向勝負をもってなるユーリも、わざとではないにせよ植え込みの中から盗み聞きしていた後ろめたさもあり、《何がおかしいんだよ!》と問いただすことは出来ませんでした。
『想いが通じ合ったって!夜の営みで情を交わす事なんて出来ないのに!』
吐き捨てるような言葉を年嵩のメイドは咎めましたが、盗み聞いてしまったユーリの胸にグサリと突き刺さるのを止めることは出来ませんでした。
もしかすると、以前からうっすらとユーリも考えていたのかも知れません。分かっていて、それでも《いつか大きくなるもん》と自分に言い聞かせてきたのです。
《もしかしたら、このまま大きくなれないかも知れない》なんて可能性を、まともに考えたくはなかったのです。
『おれは、ちっちゃい…!』
真っ青になってユーリの肩を掴むコンラートの姿が、滲む視界の中で歪んでしまいます。
綺麗な綺麗なユーリの名付け親…特別な《愛》を感じるこの人と、どうして同じ生き物として生まれて来ることが出来なかったのでしょう?
いいえ、例え生まれが違ったにせよ、どうしてこんなに困らせてしまうくらいに小さな心と身体しか持てないのでしょう?
誰よりも幸せにしたい人なのに、今はユーリよりも泣きたいみたいな顔をさせています。
「ユーリ…俺が君を愛していると、信じることが出来ない?」
「しんじたい…でも、おれはちっぽけで…自分に自信がもてないんだ…っ!」
濡れた身体をすっぽりと包み込まれて、ユーリは堪えきれない涙を流し続けました。ああ…悔しさから流す涙のなんと苦いことでしょう?
「夜の営みができたら、俺を信じられる?」
「コンラッド…」
コンラートは悲壮な表情をしています。
きっと、小さすぎるユーリにそんなことをして、肉体を傷つけてしまうことの方が心配なのです。ユーリ自身の精神が望んだことであっても、ユーリの何処かを傷つける可能性があれば、コンラートはこんなにも傷ついてしまうのです。
『ああ…ああ…っ!おれは…っ!!』
この人を包み込めるくらい大きくなりたいのに…っ!
「ユーリ…」
コンラートの唇がユーリのそれと深く重なり合いますと、ちっちゃな咥内に大人の大きな舌が忍び込んで、唾液を交わすような激しい口吻が行われます。
コンラートは本気です。
ユーリを信じさせる為に、自らに禁じていた行為をしようとしているのです。
《ウェラー卿が大真面目に愛を語る姿を見ていると、ちょっと可笑しくて笑ってしまいますのよ》…ぐるりぐるりと意地悪な言葉が頭の中を回ります。
そうでしょう。
客観的に見て、立派な戦士であるコンラートが幼弱な小人相手に《夜の営み》をしようなんて、とても滑稽なことに違いありません。
申し訳なくてまた苦い涙を流しておりますと、その目元を紅い舌が拭っていきました。
涙で滲んでいた視界が急に開けますと、ユーリはコンラートの表情に目を見張ります。
おや、この人はこういう顔をする人だったでしょうか?
まるで野生の獣のように危険な雰囲気なのに、あまりに艶やかな様子から目が離せません。
「俺を見て?」
に…っとコンラートは笑いました。
優しいお兄さんの笑みではありません。
誠実な臣下の声でもありません。
妖しいほど魅惑的なその声は、ユーリの頭の中にあった意地悪な言葉を砕いてしまいました。
「俺が欲しいのはあなたですよ…ユーリ。どうか、余所者の悪言などこの耳に入れないで?」
「……っ!」
カシリと耳朶を囓られた途端、ユーリの頬がぽんっと染まり、言いようのない衝動がその身を貫きました。
好きだ。
好き…好きスキすき…っ!
愛してる…っ!
誰になんと言われても、どんなに滑稽でも…コンラートに欲しいと言われる自分を信じたい。
そう思った瞬間でした。
ぱぁあ…っ!
ユーリの身体中の細胞が、持ち主の気持ちに呼応するようにして熱く鳴動を始めました。
「あ…ぁ、ぁあ…っ!?」
「ユーリ…っ!?」
身体が熱い。
焼き切れそうなくらい。
でも、肉体の反応をユーリは信じました。
かつて《一緒に育ってね》と、グウェンダルに作ってもらった家具に祈りを捧げた時のように、ユーリは自分の細胞一つ一つに祈りました。
『お願い…そのまま、育って』
『おれは、コンラッドに相応しい身体になりたいんだ…!』
その為ならどんな苦しみにだって耐えられると、今なら信じられます。
だから意識が失われていくその時にも、恐怖はありませんでした。
* * *
恐怖を感じなかったのはユーリだけのようでした。
変化の間じゅう死にそうな顔をしていたのだと、後でヨザックに聞きました。
でも、目が覚めた時にはその辺のことが分かりませんでしたから、まずは自分の姿を確認すると、ユーリはぴょうんと元気よく飛び跳ねました。
「やったーっ!おっきい身体になったぞーっ!!」
大きいとはいってもヴォルフラムと同じくらいですが、あまり贅沢も言えません。
「ユーリ…無事で良かった。本当に…っ!」
気が付くと、ベッドの周囲にはギーゼラを初めとする医療団やグウェンダル、ギュンターなどが集結していましたから、どうやらユーリが倒れたことは大騒ぎになっていたみたいです。
ですが衆目の集中する中、コンラートは珍しく我を忘れてユーリに抱きつくと、存在を確認するように深く口づけてきました。
「ん…んん……っ…」
「は…ん……」
深く深く…ねちっこいくらいにファイヤーでファイティングな口吻が交わされますと、ユーリの意識はとろんととけていきます。
ですが、ちいさく囁くコンラートの声だけは聞こえていました。
『もう、誰にもあなたとの関係を笑わせたりしない…!』
切ないまでの声と共に、ユーリの視界にはあのメイドの姿が映り込みました。
傷ついたように唇を噛んでいた彼女に、どうしてだか怒りは湧きませんでした。ただ、どんな顔をしていれば良いのか分からなくて戸惑っていると、向こうからお辞儀をして踵を返します。用事がこの部屋にまだあるのだとしても、居たたまれなくなったのでしょう。
『謝ったりはしないし、同情もしないぞ』
それは返って彼女に失礼でしょう。
彼女はきっとコンラートを愛していて、思いが叶わなかった。
それは数千年、数万年…いや、種族を越えればもっと長い間続けられてきた世の摂理であるに違いないのですから。
勝者となったのはユーリにしても、胡座をかいたままでいることは出来ません。
『絶対絶対、一生離さないもんねっ!』
これからもずっとコンラートの傍にいられるように、彼に相応しい存在である為に…親指サイズでも小人サイズでもなくなったユーリ陛下は、誓いを新たにするのでした。
おしまい
あとがき
「エロに到達」が最終目標というわけではないのですが、やっぱしうちのコンユにはガチンコ(いえ、がっちりしたチ○コって意味ではないですよ?)勝負の出来る身体作りをして頂きたい…ということで、お伽噺調であるにもかかわらず、やっぱり親指陛下シリーズ最終回もこのような展開になりました。
「どこかでオチをつけないとな」と、書きだした頃から思っておりましたので、最終回に至るまでは段々と愛を覚えて、だんだん成長…と考えてましたので、おやゆび物として終盤が生々しくなってしまって申し訳ありませんでした。
今後はこの話に最終的には繋がるものとして、おやゆびサイズの頃のお話をちまちまと散発していきます。
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