おやゆび陛下シリーズ

手乗り陛下と愉快な眞魔国民−5




 ぴっちぴっち
 ちゃっぷちゃっぷ
 らんらんらん♪

 グウェンダル特製の雨合羽を着こんだちいさなユーリ陛下は、うきうきとした足取りで中庭を歩いております。水たまりを跳ね返したって平気です。膝まである長靴がありますからね。

「ユーリ、あんまり深い水たまりに入っちゃいけませんよ?」
「はーい」

 《よい子》のお返事をしてはいますが、本当に《子どもらしいよい子》は夢中になるうちに注意など忘れてしまうものです。《そつのないよい子》との大きな差異でしょうね。

 やっぱり我らが(元)親指陛下は《子どもらしいよい子》ですから、案の定ぴょいんと跳ねて予想外に深い水たまりに填ってしまいました。

「わーっ!」
「ああ…ユーリっ!」

 危うく流されかけたところをすかさずコンラートが摘んでくれました。でも、猫みたいに両脇を抱えるのは止めて貰いたいところです。

「中のお洋服まで濡れてしまってますね?もうお散歩は止めて、お風呂に入りましょう」
「え〜?もうどうせ濡れちゃったんだし、もっと遊びたいよー…」
「ダメです。風邪でも引いたらどうするんですか?」
「みゅ〜……」

 ぷくっとほっぺを膨らまして上目遣いにコンラートを見上げますと、眩しそうに目を瞬かせながらも、きりりと口元を引き締めました。
 可愛すぎる子どもの養育をしていると、色々と我慢しなければならないことが多いようです。

「ダメったらダメです」
「はぁい…」

 しょんぼりして俯いてしまったユーリ陛下に、コンラートは《ぐ…》っと喉のつかえを感じてしまいます。でも、大事な大事な陛下が風邪を引くなんて耐えられません。

 手を引いて帰ろうとすると、ユーリ陛下は急に《良いことを思いついた》と言う顔をしました。
 でも、こう言う時に子どもが思いつく《良いこと》ってのは、大概の大人がドン引きするような内容です

「そーだ!ぬぎながら走っちゃえ!」
「えっ!?」

 止める間もあればこそ…《わーい!》と楽しそうな声を上げて駆け出したユーリ陛下は、見る間に雨合羽もびしょ濡れの服も脱ぎ捨いで両脇に抱え、雨粒を全身に浴びながら《きゃっきゃっ》と声を上げております。

 危うく衛兵達の見守る中、パンツ一丁になりかけた時…コンラートはガバッと軍服を脱いでユーリ陛下をくるんでしまいました。

「わぁっ!」
「ユーリっ!!はしたないから止めて下さいっ!」
「はしたないってナニ?」

 きょとんと見上げた顔があんまり無防備なものですから、先程の焦りもあってコンラートはいつになく声を荒げてしまいました。


「慎みが無くて、いやらしい事ですっ!!」


 声の調子が怖かったのでしょうか?
 それとも、言われた内容があまりにもショックだったのでしょうか?

 ユーリ陛下はぱちくりと目を見開いたかと思うと、急にくしゅ…っと目元と口角を歪め…おんおんと泣き出してしまいました。
 大粒の瞳から雨に紛れて、たくさんの涙が零れていきます。

「わぁぁあん…わぁああん……ごめんなさい〜っ!」
「あ…あ、すみません…ユーリ。そんなに酷く叱るつもりでは…」
「きら…っ…き、きらいに…な、なんないでぇぇえ〜……っ…」
「嫌いになったりするものですか…っ!」

 《何事か》と目元をきつくする衛兵達から逃れるようにして、コンラートはユーリ陛下を抱えて魔王居室に入っていきました。侍女達が慌てて濡れた衣服を引き取ったり、大判のふかふかタオルを渡してくれたりしましたが、おろおろしているコンラートを見やるとくすりと苦笑しました。

「先程の遣り取りはコンラート閣下が悪いですわ。こんなにお小さい陛下がパンツ一丁になったくらいで《はしたない》なんて…。たくさん謝ってくださいまし?」
「しかし…こんなに可愛いユーリ陛下が公衆の面前で肌を露わにするなんて、問題じゃないか!?」
「年頃になられればそうでしょうけれど、今は《無邪気だこと》としか思いませんわよ?」

 年嵩の侍女は意味深なえみを浮かべると、少し意地悪そうに言いました。

「《無邪気だなぁ》と思えない閣下こそ、少し御自分の精神構造を心配なさった方がよろしくてよ?」
「……っ!」
「ほほ…差し出口をきいたりして、失礼致しました」

 全く畏まっていない様子の侍女は、まだえぐえぐと泣いているユーリ陛下を優しくタオルで拭きながら、こんな事まで言いました。

「ユーリ陛下はとぉ〜〜〜っても、コンラート閣下に愛されておいでですのね。若い侍女達がきっと嫉妬致しますわ」
「ど…して?」

 思いがけない言葉だったようで、ユーリ陛下は《しかられたのに…》としょぼくれています。ですが、侍女は楽しそうにころころと笑いながら囁きかけます。

「ユーリ陛下…あれは、コンラート閣下の《独占欲》というやつですわ」
「メイヤーっ!何を言って…っ」

 コンラートが実に嫌そうな顔をして遮ろうとしますが、ギヌロ…っと目線一つで制止をかけたメイヤーは、構わず言葉を続けます。
 これが年の功というやつでしょうか?

「《どくせんよく》ってなに?」
「コンラート閣下がユーリ陛下を好き過ぎて、裸を他の人に見せたくなかったりすることですわ。御自分だけのユーリ陛下にしたいということですわね」
「えーっ!?」

 ぽんっと頬を赤くしたユーリ陛下は、突然に風邪を引いたというわけではなさそうです。

「ほんと?ほんとに?コンラッド…」

 コンラートはうにうにと口の中で何か悪態をついてしましたが、ふと思いついたように跪くと…訴えかけるように甘く囁きかけました。その艶やかな眼差しは、《夜の帝王》と謳われた頃のやんちゃぶり(?)を忍ばせます。

「お許し下さい…陛下。全ての民の頂点にあらせられる貴方であるのに、一家臣に過ぎぬ俺がこのような独占欲を抱いてしまうなど、これこそ《はしたない》と言われるべき行為ですね…」
「う…ううんっ!そんなことないよ?」
「そうですか?」
「うんうん、だって…」

 ユーリ陛下は《ぽぅ》…っと頬を染めたまま、両手で顔を覆いました。

「だって…おれだって、コンラッドをおれだけのものにしたいもん。おれたち…同じだね?」
「ユーリ…それでは、俺以外の者に裸を見せたりしないと誓って下さいますか?俺も、あなた以外に肌を晒すことはしませんから…」

 どうやらコンラートは、開き直ったようです…。
 この手の人物が一度開き直ると、向かうところ敵なしになってしまいます。
 案の定、ユーリ陛下も大粒の瞳をメロメロにして頷きました。

「うん、ちかうよっ!」

 勢いよく請け負った瞬間…。


 ぽぽぽぽぽんっ!


 ユーリ陛下の身体は勢いよく大きくなりました。
 いよいよ《親指陛下》という呼称が相応しくない規格…一歳児くらいの大きさになってきましたよ?
 おやおや…これは、あと一息で《真の愛》を知ることになるのでしょうか?

「まあまあ…ユーリ陛下もそんなにお好きでらっしゃるのなら、仕方のないことですわねぇ…」

 メイヤーは半笑いになりつつも、楽しさを失わない表情で《よっこいしょ》と腰をあげました。
 血盟城に勤める者は…いいえ、眞魔国中のあらゆる人々がそうであるように、メイヤーもユーリ陛下が幸せならそれで良いのです。
 あどけない陛下に対して、滴るような色気を振りまくコンラート閣下に多少《変態》という印象を受けたとしても…それはそれ、これはこれです。

「それでは、また御用がございましたらお召し下さいませ」
「はぁい。ありがとうね、メイヤー」

 こっくりと頷くユーリ陛下は、ふくふくのタオルにくるまれて幸せそうに微笑みました。


 さぁてさてさて…そろそろ陛下は恋をしても良いような大きさになるのでしょうかね?
 それは風だけが知っております。 
 



 

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