「初めてのお散歩」−2







 わぁああっ!

 飛びかかってきた悪漢達の身体はしかし、《獲物》に触れる前にグイっと首根っこを掴まれて、中空にぽぅんと跳ねとばされてしまう。

「ななな…なんだぁっ!?」

 なんと、その辺で半ば溶けていた泥だらけの雪がぞろろぉっと集まってきて大きな土塊人形に変わると、お祭りの御輿を担ぐように《わっしょい!わっしょい!》と跳ね上げるのである。木偶人形の顔らしき部分が変に笑顔なのも、怖カワイイというか何というか…。見ようによっては、焦げた焼き菓子人形のように見えなくもない。
 しかも土塊人形の方が男達よりも多かったものだから、余った分は思い思いの踊りをえっさかほいさかと踊り、松明を明々と灯して練り歩くのだ。怖いんだか面白いんだかよく分からないその様子は、百鬼夜行かハロウィンの夜かと言った有様である。

 そこに、上様がドドンと大見得のようなポーズを決めた。

「師走の一時を楽しく過ごす民草を、下卑た欲望で脅かす悪漢。その罪や深し!その行状を心から悔いるまで、行き交う人々の目を楽しませるが良いぞっ!!」
「わわわ…や、止めろこの野郎っ!」
「ひえ、つ、冷てぇえっ!!」

 ジタバタと暴れても、巧みな勢いで中空に跳ね上げられ、体勢が戻せない男達十数人が運ばれていくと、辺りは見物客達で一杯になってしまう。

「何だありゃあ?」
「ありゃあ、ゴルダのとこの荒くれ者達じゃねぇか?」
「あはは、普段は威張りくさってるっていうのに、えらい格好じゃねぇか!」

 みんな大笑いしながら指を指して笑うが、ゴルダと呼ばれた男は目を怒らせて人々に脅し掛けた。

「今笑った奴ら、全員顔を覚えたからな!?見てろ…今笑ったことを心底後悔させてやる!」
「ひ…っ!」

 人々はびくりと肩を震わせると、ゴルダの恫喝を受けて笑いを納めてしまう。よほど酷い目に遭わされた者でもいるのか、その言葉には説得力があったようだ。

「そのような戯言を言う口は、この口かーっ!!」
「うぐぅううっ!?」

 笑顔を張り付けた土塊人形が腕を伸ばしてゴルダの口に突っ込もうとすると、彼は目を白黒させて大暴れする。

「うわ…うわっ!や、やめてくれぇえ…っ!」
「今までの悪行を悔い改めるか?」
「改める!改めるから下ろしてくれぇえ…っ!!」

 ぞるぞるぞるぞる
 ぞろろろろ……。

 周りで見ている分には多少の微笑ましさはあっても、土塊人形に捕まっている当事者としてはおぞましいことこの上ないらしい。特に、肌に直接触れてくる泥がぞろぞろと蠢くのが恐ろしいらしく、ゴルダは顔中涙で濡らして絶叫した。



*  *  *

 


 さて、泥だらけのゴルダ達は何とか降されたものの、土塊人形達は相変わらず周囲を取り囲んでいる。ゴルダ達が恐ろしげに腰を抜かしていると、小柄な少年が従者と思しき男に大きなスコップを幾つも持たせてやってきた。

「やあ、君たち。早速悔い改めた証を立てて貰おうか?」
「な、何だテメェ…」
「君が難癖を付けた子の大親友だよ。そして今は、その大親友の楽しい一時を無粋に邪魔してきた君たちに、非常に怒っている」

 朗らかに見せかけていた少年の顔が一瞬…土塊人形などなんぼのもんかいという勢いで、見る者を慄然とさせるような形相に変わった。

「だが、僕の大親友はとても優しい奴だから、君たちに相応な罰を与えたりすると、余計に哀しませてしまうことになる。君たち、心から彼に感謝してくれるかな?」

 ゴルダ達は反射的に、事件の発端となった少年…胸に掛けた焼き菓子プレートからみて、ユーリと言うらしい子どもに眼差しを向けると、こちらはおろおろしながら心配そうな顔を向けていた。彼がいなければ、少年は思ったとおりの《罰》を下していたのかと思うと、それがどんな内容かが分から分、余計に恐怖感が高まってしまう。

「村田、そんなに直接被害があったわけじゃないし、もう良いんじゃないかな?」
「被害があったら、僕は君がどんな風に止めても筆舌に尽くしがたい復讐を遂げているよ?」

 本気だ。
 この少年は至って本気で、しかも実行力を持っているのだと、本能的に感じる。

「それに、この男は初犯なんかじゃない。街の人たちの反応を見たろう?いつもあんな具合に難癖を付けているに違いないさ」
「あ…」

 はっとしたように表情を改めると、ユーリの方も眉根を寄せてゴルダを見た。澄み切ったその瞳に自分の姿が映し出されるのが、今は何だか恥ずかしい気がした。

「本当?」
「は…い……」

 凄みのある少年や、後ろで烈気を迸らせている上様とやらと、青年が怖かったのもある。けれど、《絡みのゴルダ》と呼ばれて街の人々から蛇蝎の如く忌み嫌われている彼が、素直に頷いてしまったのは、ユーリの瞳があまりにも澄んでいたからだ。

「もう二度としないって、誓ってくれる?」

 どうしてそんなに、綺麗な瞳をしているのだろう?可愛らしい顔をしているからこそ、汚してやろうと欲望を滾らせたのだけれど、今こうして言葉を交わし、眼差しを向けられると、それがとてつもなく畏れ多いことだったのではないかという気がしてくる。

「………はい」
「うん、頼むよ?」

 こくん…と、その場しのぎの嘘ではない…少なくとも、今は自分でも不思議なほどそう確信している言葉を口から出した瞬間、大気が《リィン》と震える音を感じた。

『誓願は為された。約定に反したその時が己の最期と思え…!』

 威迫に満ちたその声は、雷鳴の如く天上から殷々と響いてくる。
 声もなくひっくり返ったゴルダは、この約束が決して違(たが)えてはならないものになったことを知ったのだった。

『ま…まさか、今のは…眞王陛下!?』

 どっと背筋に冷たい汗が滴る。

 およそ魔族として生を受けた以上、この国に於いてあれほどの超常的な威厳を放てる存在が他にはいないことを、生命の根幹に刻まれるようにして知っている。
 そしてまた、眞王陛下の守護を受ける美貌の君が誰であるのかも。

 畏れ多くもゴルダは、侵してはならない領域に触れようとしていたことを自覚した。

「ははぁ〜っ!」

 ゴルダはユーリの正体を悟ると恐れ入り、平身低頭して額を地面に擦りつけた。他の連中も一様にそれに倣う様を見て、上様がまたポーズをとる。

「これにて、一件落着!」

 ぴしりと決まったその動作が切っ掛けになったかのように、天空からは沢山の雪が降り出した。きらきらと光る雪の粒は、沢山の灯火を受けて幻想的な輝きを為す。
 まるで、舞台の終演を飾る紙吹雪のようであった。

 

*  *  * 




「上様、俺がぼうっとしてたせいで折角の時間を潰させてゴメンね?」
「何を言う。ユーリが引っかかったおかげで悪漢を退治できたのではないか」
「それもそうか。他の人が引っかかってて、それこそお金を取られたりしたら可哀想だったもんね。あの人、もうしないって言ってくれたし」

 上様とユーリが頷き合っていると、村田も苦笑しながら同意した。

「まあね。取りあえず街の一悪人が、無理矢理にでも正道に戻されたのは確かだね。眞王の奴も念押ししてたし、まあ二度とああいう所行は出来ないんじゃないかな?」
「うむ、それが一番良いことだな」
「随分と恐れを為したのか、一応は無料奉仕にも努めているしね」

 ゴルダ達は村田に手渡されたシャベルを手に、土塊人形達と共に除雪作業をしている。

「ふむ、あれもなかなか楽しそうだな」
「まあその仕事は連中に任せて、上様はもう少し渋谷とのお散歩を楽しめば?」
「そうだな」

 しかし、あふ…っと欠伸をした上様は遊び疲れた子どものようにとろとろとした目をすると、くたりとユーリにもたれ掛かっていった。

「どうもいかん。身体に力が入らない…」
「さっきたくさん魔力を使ったから疲れたのかな?」
「うむ、残念だ…」

 とろりとろとろと落ちかかってくる瞼に抗しようとするが、その輪郭は次第にぼやけていく。

「残念だけど、また何時でも遊べるよ」
「うむ…今日は楽しかったなぁ…」

 ユーリの声に満足そうに頷くと、上様はふわりと朧気な影に変わって、するりとユーリの体内に入り込んでいった。また呼び出されるその時まで、ユーリの中で眠るのだろう。

「おやすみ、上様」

 ユーリの胸の中でまた、《うむ》という声が聞こえたような気がした。

「上様はお休みになられましたか」
「ふふ…遊び疲れた子どもみたいだったねぇ」

 コンラートにユーリが答えると、村田も間に入ってきた。

「居丈高なのに素直。強力な魔力を持つのにその力を行使する事に対して、全く欲を持たない…ホント、不思議な人だよ」
「そうだよね。上様がいてくれるって、本当に奇跡みたいだ!」

 圧倒的な力をもってユーリの人格を乗っ取ることも出来たというのに、寧ろそうなることを恐れて、自我を閉じこめてきた上様。大真面目におどけたような態度に隠されて意識しないこともあるが、上様の無私の念というのは実に、奇跡と呼ぶに相応しい。

「大事な大事な俺の上様、いつまでも元気で俺の中にいてね?」

 呼びかけるユーリの言葉に応えるように、大気はリィン…リィンと美しい共鳴音を響かせて、降り注ぐ雪の結晶を震わせた。その音はユーリ達だけではなく、王都の至る所で感じられた。

「まあ…今夜は要素が美しい共鳴をしていること!」
「なんせ、要素達の祝福を受けておられるユーリ陛下が王都におわしますからねぇ」
「ああ、ありがたやありがたや…」
「わぁ…!雪が月明かりに映えてとってもきれいだねぇ!」

 信心深い老人達は手を摺り合わせ、子ども達は歓声をあげて、ちらちらと雪の舞う空を眺めた。

 美しい眞魔国の冬に、誰も彼もが祝福を感じながら笑顔を浮かべるのだった。



おしまい




あとがき

 引き延ばした上に盛り上がりきらなくてすみません…!
 あまり時代劇とか見ないので、あの手の話がどう収束するのかよく分かっておりません。

 いつものことですが、悪党達に対する報復が甘いのでは…とは思うのですが、厳罰が下ることよりも、《なんて悪いことをしてしまったんだろう》という良心の呵責に苛まされる方が辛いはず…と信じて、今回もこのようなことになっております。

 上様のお話はまた思いつきましたら(特にオチが…)、ぽろりと書いてみますね。