「お兄ちゃんだもん」





   
 



 シブヤ・W・リヒトには弟分がいます。
 ええ、舎弟ではありませんよ?弟分です。

 それはリヒトよりも一年後に生まれた、フォンビーレフェルト卿ヴァリオールです。ヴォルフラムのおじちゃまと、グレタお姉さんの間に生まれた男の子なんです。金色のくりくりとした巻き毛と少し褐色がかった滑らかな肌、鳶色をした艶やかな瞳がとっても綺麗な子で、お人形さんみたいです。

 ところで、どうして《おじちゃんとお姉さん》なのでしょうね。
 不思議に思って聞いてみたら、それは《おとなのつごう》なのだとパパは教えてくれました。

 それはさておき、相手が自分よりもちっちゃくてあどけない場合、5歳くらいの子どもというのはどうしたってお兄ちゃんぶりたくなるものです。

 この日もそうでした。



*  *  * 




「ん〜りっちゃん、ヴァリーたん…良い子にしていたから、グウェンおじちゃまからお前達に贈り物があるぞぉ〜う?」

 この人はフォンヴォルテール卿グウェンダル。
 他に誰もいなくて、子ども達とだけお喋りする時にはとても可愛い口調で呼びかけてくれます。
 普段は少し怖い感じがするのに、不思議ですね。

 この日グウェンダルが持って来てくれたのは、風変わりな服でした。

「これは…なぁに?」
「うむ、これは《はろうぃん》の衣装なのだそうだ」

 なんでも、ハロウィンというのはお父ちゃんが生まれた地球の風習で、死んだ人の魂がその日だけ蘇って来るのだそうです。
 夏におじいちゃんちに行った時には《おぼん》というのがありましたから、その仲間でしょうか?

 《おぼん》は静かな習慣で、お墓参りをしたりなすびに脚をつけたり、おはぎを食べたりして過ごしましたけど、ハロウィンは随分と賑やかなのだそうです。

 ちいさな子どもが仮装して、《とりっく、おあ、とりーと》と言うと、みんながお菓子をくれるのだそうです。お菓子をくれない時には、悪戯をしても良いんですって!なんて素敵なお祝いでしょう。

「さあ…どちらが良い?」 

 グウェンダルおじちゃんがそう言ってリヒトのお部屋に広げてくれたのは、一つは表が深緑で裏地がオレンジ色をした長いスカートと、とんがり帽子にブーツという《魔女》の服で、もう一つは白いシャツにえんじ色のネクタイ、そしてサスペンダーのついたズボンにふさふさとした尻尾が揺れる《狼男》の衣装です。

 《狼男》には勇ましい牙と尖った耳も付いていましたから、リヒトは断然こっちの方がいいやと思いました。
 ですが…それはヴァリオールも同じ気持ちだったようです。

「こえ…、ばりたんのっ!」

 あどけない口調のわりに頑固な気質のヴァリオールは、狼男の衣装をわっしと握って離しません。これでは交渉の余地もなさそうです。

「こらこら、ヴァリーたん…りっちゃんもそれが良いと言っているのだぞ?ちゃんとお話しして決めなさい」
「やーの!こえ、ばりたんのらのーっ!」

 ぶんぶんと金色の巻き毛を振って、ヴァリオールは駄々をこねます。
 それも仕方のないことでしょう。

 リヒトと同じように混血(リヒトの場合は両親共に混血なわけですが)とはいえ、ヴァリオールはまだ四歳なのです。

「グウェンのおじちゃま、ばりたんはちっちゃいもの。すきなのをえらんでもしょうがないよ」
「おお…りっちゃんは立派なお兄ちゃんだな!」

 凛々しくて格好良いグウェンダルにそう言われたものですから、リヒトは嬉しくてしょうがありません。
 うきうきと手早く着替もしました。

「うむ、流石に一歳違うと着替えも早いな。それに、一人で着替えられるなんて素晴らしいぞ?」
「そぉう?」

 実は、いつもはお父ちゃんやパパに手伝って貰っているので、今日は見よう見まねだったのですが…魔女の服はすぽっと頭から被れば良いだけだったりしたので、どうにか着られたのです。

 同じ日に二回もグウェンダルに褒められたリヒトは、もはや得意の絶頂でした!



*  *  * 




「ヴァリーを連れて城の中を回るだって?」
「うん、はろうぃんってそういうものだって、グウェンのおじちゃまがゆってたの」

 ヴァリオールの手を取って、カボチャ型の大きな籠を持ったリヒトは意気揚々とお父ちゃんに告げました。

 お城の中はグウェンダルの意向ですっかりハロウィン仕様に変わっていますから、お菓子を集めるのは夜にやるパーティーの席ですれば良いと言ったのですが…リヒトは子ども達だけでお城を回って、みんなを脅かしたいというのです。

「う〜ん…」
「まあ、良いじゃないですかユーリ…。リヒトも大きくなりましたし、血盟城の中でも動く範囲さえ決めておけば問題ないでしょう?」

 そうなんです。血盟城は警備のしっかりとしたお城ですが、場所によっては危ないところもあるのです。

 シーツなんかのリネン類をぐつぐつと大釜で煮ているお部屋もありますし、見上げるくらいに大きな馬が繋がれている厩や、ミルクをとったりお肉として食べるための家畜小屋もあります。また、沢山の武器を置いた部屋なんてのもありますからね。

 リヒトは前に厨房にお使いに行ってから、少しずつは色んな場所に一人で行けるようになってきたのですけど、こんな風に色んな場所を回るというのは初めてのことなのです。
 行く道がぐるぐるしますから、どうしても帰り道を見失いがちでしょう?

「ね…リヒト、パパと約束できるかい?城内の見取り図に紅い線を入れておいてあげるから、この線から外に出てはいけないよ?」
「うん、おれやくそくできるよっ!」

 パパの言葉に、リヒトは力強く頷きました。



*  *  * 




 さあ、それではいよいよ出発です。

 とってけとってけとヴァリオールを連れて色んな人の所に行き、《とりっく・おあ・とりーと!》と言いますと、既に通達が行き届いているらしく、みんなにこにこ笑顔で小さな飴や焼き菓子をくれるのです。

 中にはお菓子として食べることも出来るけど、棒に息を吹き込むとぴろぴろぴろっと巻いていた紙が伸びるおもちゃとか、カナリアみたいな啼き声を出せる笛型のお菓子もあって、ちいさな二人のおばけさん達は上機嫌に進んでいきます。 

 ですが…お父ちゃんの懸念したとおり、そのうち変なところに紛れ込んでしまいました。

「あれあれ…?ここ…どこだろう?」

 パパのくれた地図を見てみますが、それでも分かりません。
 薄暗い廊下には人影がなく、まだおやつ時だというのに妙に静かです。

 なんだか…物陰で黒いものがゆらゆらと揺れたような気がして、リヒトはびくっと震えました。
 お兄さんのリヒトが怯えたせいでしょうか?ヴァリオールはひっくひっくとべそをかき始めました。

「おにーたん…こあいよ。ばりたん、ままのとこにかえゆ…。かえゆぅ〜」
「うんうん、ちゃんとかえれるからね?はぐれないように、お兄ちゃんのお手々、ちゃんともっとくんだよ?」
「うぅ〜…ぇう…」
「ほら、ないてちゃだめだよ?そうだ…お歌をうたいながら歩こう?」
「うん。ばりたん、せぇらーむーんがいい〜」

 現金なもので、ヴァリオールはお気に入りの歌をリヒトが歌ってくれると、うきうきした様子で歩き出しました。

「ごめんね、すなーおじゃなくってぇ〜♪」

 大賢者様に教えていただいた歌を口にしていると、ちょっと元気が出てきます。

 ですが…明るい場所に向かおうと廊下を歩いていった時です。

 ガッツーンっ!!

 ヴァリオールが元気に振っていたお手々が壁に立てかけてあった箒にぶつかった途端、吃驚するくらい大きな音を立てて倒れたのです。

「わぁあああ……っ!!」

 リヒトは吃驚仰天して飛び上がりましたが、お兄ちゃんとしての意識をなくしたわけではありませんでした。咄嗟にヴァリオールを抱えると、信じられないくらいの力を見せて駆け出しました。

 とったかとったか
 とったかた!

 短い足をちょこまか動かして出鱈目に走ったのですが、逆にそれが良かったようです。

 気が付けば、リヒト達は丁度賑やかにハロウィンの飾り付けをしている大広間にやってきたのです。

「おや、リヒト…」
「れ…レオぉ…っ!」

 大好きなレオンハルト卿コンラートが、美しい黒天鵞絨の衣装を着て立っていました。優美な耳と尻尾がついた長衣がしなやかな体躯を彩って、なんとも素敵な黒豹姿です。目尻には濃い紫を一刷毛さしておりますから、いつもより妖艶な雰囲気です。

「可愛いね…これは魔女かな?ヴァリオールは狼男か」

 リヒトの目元に涙が滲んでいるのに気付いたはずなのに、レオンハルトはにっこりと微笑んでリヒトを抱き上げると、誰にも見られないように目元を拭ってくれます。

「レオこそ…そのお洋服、とってもにあうね?おれ…どきどきしちゃうや」
「いやいや、君のパパとママに比べたら大したことないよ」
「あ…ママって言うと怒られるんだよ?」
「そうか、お父ちゃん…だっけ?ユーリの名前としては不思議な感じだよね」
「…じつは、おれもそう思う…」

 二人は目線を合わせてうふふ…っと笑いました。

「あーん、ばりたんもだっこ〜!」

 両手をあげておねだりするヴァリオールでしたが、この時ばかりは降りたくなくて…リヒトはきゅうっとレオンハルトに抱きついてしまいました。

 レオンハルトは綺麗に微笑むとリヒトを降ろすことなく、傍にいた兵士に目配せしました。

「ヴァリオール…君はそろそろお部屋に戻った方が良い。パパとママがお部屋で待っているよ?」
「ぱぱ…まま……」  

 言われた途端、ヴァリオールは心細くなったのか泣き出しそうな顔になりました。

「このお兄さんが連れて行ってくれるよ」
「うんっ!」

 兵士に抱き上げられると、ヴァリオールは両親の元に運ばれていきました。

「……あのね、レオ…おれ、さっきまではちゃんとお兄ちゃんしてたんだよ?…ほんとうだよ?」
「分かっているよ、リヒト…」

 レオンハルトはリヒトの頭をやさしく撫でつけてくれました。

「あのね…リヒト。お兄ちゃんだって、どうしても譲れないものがある時は、小さい子にも《駄目》って言って良いんだよ?」
「…ほんと?」
「ああ、本当だよ…それに、俺も君と一緒にいたかったからね。ちっとも我が儘じゃないんだよ?」
「…えへへ…っ!」

 リヒトの表情がぱぁっと明るくなります。

 

*  *  * 




 ハロウィンパーティーはとても楽しいものでした。

 壁やテーブルにはお化けやカボチャ、蝙蝠や魔女を模した飾りや料理が並べられ、パーティーの参加者はそれぞれ思い思いの衣装を着ています。

 パパはすらりとした体躯に似合う《オペラ座の怪人》という扮装をしています。顔の片方が隠れる仮面が格好良くて、女性客達はきゃあきゃあ言っております。

 パパのたってのお願いで、お父ちゃんはリヒトと同じ《魔女》の衣装を着ているのですが、こちらはかなり…リヒトとはデザインが異なっていました。

 表地が漆黒で、裏地がきらきらした紫地という配色の問題だけでなく、大きくスリットの入ったタイトスカートからすらりとした脚が覗くと、膝上20pくらいのストッキングがガーターベルトで吊られています。
 そして胸元も大きく開いていますから、透き通るような胸元の肌が見えてとても艶っぽいです。

 パパとしては自分以外の誰にも見せたくない…でも、自慢もしたいという気分で、なかなかお父ちゃんの傍から離れられないようです。

「おとうちゃん、きれ〜いっ!」
「リヒトの方が可愛いぞ〜?」 

 こころなしか口角を引きつらせていましたが、すぐにリヒトを抱き上げてぎゅうっと抱きしめてくれました。

「おお…なんと愛らしい!」

 ハロウィンの方向性をどこかで勘違いしているらしいギュンターは、左前に着た白装束と三角形の頭飾りという出で立ちです(髪も一房銜えています)。ちゃんと手首が下垂手になっているのも、変に似合って怖いです。

 どこを見ても素敵な会場の様子に、リヒトはきゃっきゃと歓声をあげて、楽しい一夜を過ごしたのでした。


おしまい





あとがき

 リヒト関係で4つお題をいただいてたのですが、個別にお話を作りにくかったので二つずつに合体させてみました。

 しかし、ハロウィンネタがこんな所に混じっていたとは不覚〜…。
 一日遅れになってしまったので間抜けですね。