鬼っ子シリーズ26「かけがえのないもの」A
『どうしよう…』
『まっくらだ……』
コンラートの中に渦巻いていた恐怖と痛みとをディスプレイ上に映し出した後…ほっと安堵した途端に、有利の意識はかくりと途切れてしまった。
どれほど時間がたったのか分からないが…暫くして気がついたときには辺りは真っ暗で、どちらに向かえばいいのかも分からないくらいであった。
『コンラッド…村田…ヨザック……』
『どこ?』
泣きたいような心地でうろうろとするが、闇の中からいらえが返ってくることはなかった。
『どうしよう…無茶なことをしたから停電になっちゃって、怒ったみんなが俺を置いていったのかな?』
コンラートはお母さんやお兄さん、弟と仲直りして、美味しいご飯を食べながらお喋りを楽しんだりしているのだろうか?
それは有利自身も願っていたことで、とても嬉しいことなのだけれど…でも、その笑顔の中に自分が居ないことを寂しいと感じてしまうことは、我が儘なことだろうか?
ぇう…
ひっく……
自然にこみ上げてくる泣き吃逆の発作に見舞われつつ、有利はぽてぽてと暗闇の中を歩き続けた。
そうしたら…向こうの方にほんわりとたまご色のひかりが見えた。
『なんだろう?』
なんだかとても暖かそうなひかりだ。
『……リ……ユー……リ……』
名前を呼ばれている?
とたたた…っと、途端に速くなる足取りが、次第に飛ぶような速度に変わっていく。
知っている。
名前を呼んでくれるこの人を、有利は知っている…。
大好きな人なんだ。
とてもとても大好きな……。
『コンラッド…っ!』
光の中にぽぅん…っと飛び込むと…視界が眩いほどのひかりに照らされた……。
* * *
「ん…ぅ……ん?」
「目が醒めたかい?」
「あ…コンラッド…っ!
有利は身を起こそうとするが、ふらりと目眩を感じてベットに逆戻りしてしまう。けれど、その背はやさしく抱き留められ…ベットの枕板に叩きつけられるようなことはなかった。
コンラートの手はそのままさすさすと背筋を撫で、更に自分の腕の中へと抱き寄せていった。
「良かった…ユーリ……本当に、良かった」
「コンラッド…ねぇ、何がどうなったの?俺…余計なコトしてない?コンラッド、怒ってない?」
「怒るなんて…できないよ」
本当は、ぶってでも《あんなこと二度とするな》と叫ぶべきなのかも知れないが、耳をぺたりと寝かせた仔うさぎのようにしょんぼりしている有利に、とてもそんなことは出来ない。
「全部ね、ユーリのおかげでとても素敵なことになったんだよ。ありがとう…ユーリ…なとお礼を言えばいいのか分からないくらいだ!」
「本当?」
有利はふわりと華が綻ぶように微笑むと、《嬉しくてたまらない》というように、ぽんぽんとベットの上で弾んだ。
「うっれしぃ〜!わーい、やったやった!何か、そう聞いたら元気出てきたよっ!」
そう言ってから、有利は漸く自分の姿が本来の大きさ…高校生くらいの少年の姿に戻っていることに気付いた。
身につけているものも、びりびりに破けてしまったドレスの代わりにアライグマ柄のパジャマを着ている。ただ…可愛い柄なのだが…このくらいの年の少年が着る服としてはどうなのだろう?そもそも、この服は一体何処で手に入れたんだ…とか、イロイロと気になるが、それはまあ…今は置いておこう。
「俺…なんで…?それに、何か身体中にエネルギーがぎゅんぎゅん漲ってる感じだ!…あ、そーだ…コンラッド、村田知らない?」
「猊下なら、人形の身体はここにあるけど…ご本人はおられないよ」
「あ…っ!」
コンラートが向けた視線の先にはタオルケットを敷いた籠があり、その中には傷つき…動かなくなったうさぎ人形が大切そうに安置されている。その中に、村田の存在感はなかった。
宴客のフラストレーションを溜めないために、グウェンダルとツェツィーリエはまだ宴の会場に残っているが、終わり次第この部屋に戻ってくること。
ヴォルフラムは宴の間に自分の考えを纏めるとのことだが、彼も約束の時間になればこの部屋にやってくるそうだ。
ヨザックはこの部屋に先程まで居たのだが、有利の意識が戻るのを確認した途端、意味ありげに微笑んで、山猫のような敏捷さを見せてするりと部屋を出て行ってしまったらしい。
「そっかぁ…。全部良くなったんだね?オジさんも、少しは反省してた?」
「うん、きっとね」
意地になって仕事上の妨害をしてくることも考えられるが…何しろ、今日の宴の参加者には出資上の有力者も幾人かおり、彼らは一様にシュトッフェルの行状に嫌悪感を覚えていたようだ。今までのようにあからさまな動きは出来ないに違いない…。
コンラートの人生に、突然溢れてきた望外のひかり…それは全て、この少年のもたらしたものだった。
夢を見ること、希望をもつこと…。
それを教えてくれた有利に、感謝と…それだけでない想いを抱いていることを、何と伝えたらいいのだろうか?
愛している…。
喪うのではないかという恐怖に直面してやっと自覚した想いに、コンラートは頬が染まるのを自覚するのだった。
こんなにも純粋に誰かを好きになったことなどなかったから、正直…どんな顔をして愛を告げればいいのか分からない。
「ユーリ…」
「なに?」
きゅるりんっと上目づかいに見上げてくる瞳の愛くるしさに、コンラートはたまらなくなって再び有利を抱きしめた。
流石に放電し終わったのだろうか…有利の身体から電流が流れることはもう無く、うっすらと筋肉のついたしなやかな四肢が、適度な弾力性により心地よい感触をもたらす。
「コンラッド…どうしたの?」
「ユーリ…俺は……きみの事を、大好きなんだ」
甘く囁く…吐息のような声音に、有利の背筋がふるるっと波打つ。
「俺もっ!俺も大好きだよ!すっげー好きっ!!」
はうはうと子犬のようにしがみついてくる有利は、嬉しさのあまりすりすりと肩口にすり寄ってきた。
「……ええとね?愛してるんだ」
「うんうんっ!俺もね、すっげー愛してるよっ!」
こういう場合…はにかむように伏し目がちになって《俺も…》なんて呟いてくれるとやりやすいのだが、喜びを前面に押し出してぽんぽん飛び跳ねられると…如何にもちいさい子に無体をしようとしているようで気が引けてしまう……。
だが、ここは有利の方が一枚上手であった。
「えっとね…コンラッド……。キス、しても良い?」
「え…?」
告白大会からぴょんっとジャンプするようにして飛び出してきたおねだりに、コンラートの心拍は電流が流れていたときよりも激しく拍動してしまう。
「だめ…?」
うに…と小首を傾げて囁く有利に、《駄目》といえる者など居るはずがないではないか。
「えへへっ!」
そっと触れあった唇は、どんな高圧電流よりも激しく…甘く全身を駆けめぐるのだった…。
ドイツ編終了
あとがき
ちょっと長くなってしまいましたドイツ編、何とか入稿前に終わりました!
恋心的には有利→コンラートという関係だったのが、今回でやっと釣り合いが保てる所までやってきました!
しつこく日本に帰還してからの話も書くつもりですので、呆れずに見守って下さいまし。
コミケ関連のバタバタが終わりましたらもっちりとアップしていきますので暫くお待ち下さい。
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