「白くてほわほわでしあわせなもの」
「んまーいっ!」 鬼っ子ユーリは口の中一杯に広がるほんわりとした甘さに、うっとりと目尻を下げて喜んだ。ヨザックお手製のマシュマロというおやつは大変柔らかくてミルキーで…雲のようにふわふわであった。 苦難を乗り越えて人間界と鬼の世界を行き来するようになった有利は、今日もコンラートのマンションに入り浸っていた。まだ夕刻であるためコンラートは帰宅していないが、同じく入り浸っているヨザックが《ホワイトデー》というイベント用の商品をくれた。 白や淡いパステルカラーのおやつを可愛い籠に詰めた、とても愛らしいデザインである。 初めて見るマシュマロというおやつが特に気に入った有利は、ほにほにと口に運びすぎて《晩飯の前にあんまり喰わすと俺が怒られるからなー》と、ヨザックに取り上げられてしまったほどだ。 ヨザックは有利の頭を抑えながら、角の付け根に巻かれた金色の輪に不思議そうな眼差しを送った。 「しっかし…このリングをつけてるとずっと小さいままってなぁ…鬼ってのは変わった道具を持ってるもんだな」 「やんっ!」 きゅ…っと角を摘まれるとびくりと肩が震え、ちいさな手が角を護るように翳される。 「お、すまんすまん…角は敏感なんだっけ?」 「うん、だからいじったりしないでね?」 ぷくっと頬を膨らませて上目づかいに睨む姿が可愛くて、ついつい頭を撫でる手がしつこくなってしまう。 『…いかんいかん…こりゃ、坊やの家族やら友達が心配するはずだ…』 家族や友達の心配…それは、有利にとっては甚だ不本意な事なのだが…コンラートやヨザックにエッチな事をされるのではないかと思われているらしいのだ。 * * * 有利が頻繁に人間界に行くに際しては、周囲からは色々な《助言》を貰う事となった。 「ゆーちゃん!コンラッドさんって紳士だし、とっても素敵じゃない?ママ、断然応援しちゃうわぁ〜!ね、ゆーちゃん…折角だからママが買った可愛いスカートはいてみない?コンラッドさんもきっと惚れ直すわよ?あと、髪にリボンつけてみない?」 …とまぁ、友好的というより、息子を持つ母としては些か問題のある発言をする美子は置いておいて…。 「ゆーちゃん!あんな無駄に顔のいい男、きっとろくなもんじゃないぞ!あれは絶対ゆーちゃんにエッチな事をするのが狙いだっ!!」 「そうですね、お兄さん。僕もそう思います。渋谷…君、せめて一人前の鬼になって正規の角を得るまでは、この輪をつけてエネルギーを溜めときな?危ないときには一気に放電するんだよ?」 何だか好き放題言う兄と友人に憤然として食ってかかった有利だったが、 「でもなぁ、ゆーちゃん…。俺はコンラッドを良い奴だと思うけど、村田君のくれた輪っかは身につけといた方が良いぞ?人間の世界では、ゆーちゃんは普段よりも疲れやすいからな…こいつをつけとけば体力の温存にはなるだろ?それに、コンラッドがいないところで急に大きさが変わったりすると、周りの目とかあるだろ?服だって大変だし」 穏やかな物言いで父にそう言われると、それもそうかなぁ…と、有利の大きさを子どもサイズに留める輪を装着する事になったのである。 これで、お腹一杯食べて元気なときも子どもサイズで安定している事が出来るし、体調がよいときに輪っかを外せば大きくなる事が出来るのだ。 * * * 『危なくなったら放電ねぇ…ますますラムちゃんづいてんな…。それに、お袋さんは息子に女装させるのが趣味か…何となく親しみを感じるな』 ヨザックが有利の話にくすりと笑っていると、くいくいっとシャツの裾を引っ張られた。 「あのね…ヨザック、お願いがあるんだ」 「お願い?」 「ん…あのね?俺…こないだバレンタインデーにコンラッドにチョコもらったんだ。お裾分けだけど…でも、もらったのはもらったの。だから…俺、ホワイトデーの時にお返ししたいんだ。ヨザック…マシュマロの作り方、教えてくれる?」 「んー…教えても良いが、素人には難しいぞ?手作りってのは乙女の憧れじゃあるが…時々ありがた迷惑なときもあるからな」 「…ごもっとも……」 以前、ユーリは焼き菓子を作るヨザックのお手伝いをしようとして黒こげにしてしまった事があるのだ。その時もコンラートは《美味しいよ》と言って食べてくれたが、明らかに口腔内から響く音は《サクサク》ではなく《ジャリジャリ》だった…。 有利自身も食べてみたが、あれはお菓子と言うよりは大地に近い味と食感であった。 「でも…俺……コンラッドに何かしたいな。コンラッドが喜んでくれるコト…知らない?」 「お前が元気で笑ってるコトなんじゃねぇの?」 大抵の親が子どもの望む基本的な喜びであろうが、有利は納得しなかった。 「うううーー……。そういうのじゃなくて、トクベツに喜んで欲しいの!」 駄々を捏ねるように足を踏み踏みさせる有利は、もどかしげに眉根を寄せる。 こういうところが子どもっぽいのは、大きさのせいなのか元々の性格なのかは判別がつかないところだ。 ただ、そんなところが鬱陶しいというよりも可愛いと感じてしまうあたり…ヨザックの感受性も随分と変わってきたというところだろうか?単に、コンラートスキーの仲間として共感しているという話もあるが。 「トクベツねぇ……」 ヨザックはこりこりと頭を掻くと、コンラートの事を思い浮かべた。 彼が身につけているものはわりと上質な物ばかりだが、それは身を飾るためと言うよりは着心地が良いからとか人に勧められたからとかで、本人にはあまり拘りはない。 貰えば喜ぶだろうが、一週間にも満たない期間で有利に稼ぎ出せる金額ではない。 お菓子を買って渡すという手もあるが、そもそも、お菓子好きなのは有利であってコンラートではない。彼は少し摘む程度で満足してしまうから、買ったお菓子はそのまま有利の物になってしまう。これでは本末転倒だろう。 「難しい事を聞きやがるな…ううーん…あいつ、物欲が激しく乏しいからな…」 「そうなんだよねぇ…でも、何かトクベツに喜んで欲しいなぁ……」 そういえば…と、ヨザックはあることを思い出した。 コンラートが喜ぶという確証はないが、子どもに《あること》をして貰った同僚が、溶け崩れそうな笑顔で報告してくれたことがある。 「なあ…こういうのはどうだ?」 ヨザックの助言に、有利はこっくりと頷いた。 * * * 「よぉ、コンラッド…嬉しそうだな」 「そうかい?」 ホワイトデーを迎えた日…いつも通りマンションを訪ねてきたヨザックは、溶け崩れそうな笑顔を湛えたコンラートに出迎えられた。 「…嬉しそうだな」 「ああ、とっても嬉しい事があったんだ。なぁ…見てってくれよ」 居間に通されると、壁の一番目立つところに燦然と輝いているのは…へたくそなクレヨン画だった。ダイナミックと言えば聞こえは良いが、豪快すぎる描線は紙からはみ出んばかりだ。だが…その絵を見つめていると、何とも言えない暖かな気持ちが沸き上がってくる。 画用紙一杯に描かれていたのは、お日様みたいな笑顔を浮かべた茶色い髪の男と、角を生やした男の子がお揃いの白いセーターを着て、手を繋いでいる絵であった。 「明日額を買おうと思うんだ」 「…そう」 ヨザックは苦笑しながら友人と、ソファに寝そべって幸せそうな顔でうたた寝している鬼っ子を見た。 二人は初めて見る白いセーターを着込んでいた。 「店で目について、今日買ってきたんだけどな…まさか、これを着ている絵を描いてくれるなんてね。とても不思議で…二人で吃驚したんだよ」 「へぇ…」 ヨザックの返事はどうしても短いものになる。 だが、それはあきれ果てているとか言うわけではなく…あまりに幸せそうな友人が、喋りたいだけ喋らせてやりたいがためだった。 「いい絵だろう?」 「うん」 「宝物にしようと思うんだ」 「うん」 ヨザックは妙に嬉しそうに微笑んだ。 そういえば、この男は有利がやってくるまでは、物欲以前に喜怒哀楽の感情表現が乏しい男だったんだよなぁ…と思いながら……。 * ほわほわとコンユも幸せですが、ヨザもなにやら幸せそうな話。そして、鬼っ子はちいさい方が話にしやすいので、大きさをコントロールできるようにしてみました。ところで…胡城様にも言われましたが、この話のコンラッドって完全にお父さん…… *
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