「にくまん」
ふっかふかの肉まんというのは、冬の寒い日ほど心震わせる存在である。
外気が寒ければ寒いほど良い。
点字プレートで足が滑りそうになるのを堪えながら、《ふかっ》と一口目齧り付き、まずは《ふこふこっ》とした皮の部分を愉しむ。ここではまだ欠片程度しか肉片が咥内に入っていないから、味わいとしては皮のほの甘いようなものしか感じられないのだが、これがまた次の一口への期待感をそそる。
おお、噛み口からふわりと浮いてくる湯気まで芳しいではないか。
『ふっくく…今日はラッキーだ。こりゃ蒸かしたてだぞ〜』
誰にともなく自慢したくなって、有利は《にひっ》と口角を上げる。
アンラッキーな日には、折角買った肉まんが庫内保管期限ギリギリで、すっかり蒸れて皮が《ふしょふしょ》になっていることもあるのだが、今日はまさにベストコンディションの蒸かし具合だ。
ちいさな幸せを満喫していた有利は失念していた。
雪溜まりであっても水っぽいエリアであれば、うっかり眞魔国にトリップしてしまうことがあるのだと…。
* * *
ユーリがしょんぼりしている。
それはウェラー卿コンラートにとって何よりも大きな懸念事であった。
「陛下、何かあったんですか?期末テストで追試を喰らったんですか?猊下が意地悪をして試験のヤマを教えてくれなかったんですか?」
「それ、そのまま村田に伝えて良い?」
「申し訳ありません。許して下さいユーリ」
コンラートはあっさり謝った。
ユーリを溺愛すること甚だしい猊下に、ユーリ本人から悪口を伝えられるほど恐ろしいことはない。下手をすると糸車の針を延髄に突き刺されて100年眠らされかねない。
突っ込む元気も無さそうなユーリの為に、自主的に呼称も変えた。
《名付け親のくせに》という鉄板の遣り取りにも、飽きられてきたのではないかとちょっと不安だし。
そろそろ次のネタを仕込んだ方がよいだろうか?(←ネタだったんかい…)
手を変え品を変えユーリの機嫌を伺っていると、その内、恥ずかしそうにポソポソと事情を教えてくれた。
なんでも、《ニクマン》という蒸し菓子の一種を食べようとしていたら、一番美味しい部分を口にする直前にスタツアってしまったらしい。眞王の厭がらせを疑うユーリの推測は、多分正しいような気がする。ここのところ、眞王陛下には《ちいさなことからコツコツと》意地悪するという印象があるし。
《似た菓子を作らせましょうか》と聞いてはみたのだが、暖炉の火がくべられた暖かな室内で食べたのではなんだか違うのだという。
そもそも、こんな小さなことで気持ちが塞いでしまったことそのものが恥ずかしいらしい。
『ふむ』
コンラートは小さく頷くと、どうすればユーリの気持ちが上向くかと頭を捻った。
* * *
いつにも増して執務に疲れたような気がしながら、《ふへ〜…》と机の上で伸びていると、コンラートがにこにこしながらやってきた。
「ユーリ、休憩しましょう」
「んー、良いの?」
グウェンダルは《仕方ないな》と眉根を寄せると、顎で促してくれた。魔王様に対してとってもぞんざいな所作だとは思うが、馴れてしまえば彼なりの親愛を滲ませた動きなのだと分かる。
廊下に出たところでコート、マフラー、手袋、クマ耳帽子も装着した。全て冬仕様のまふまふ毛糸による新作で、見覚えのあるマークに思わず口角が《にやん》と上がってしまう。編みぐるみだと不気味この上ないのに、この手の生活用品だと出来が素晴らしいのは何故なのだろう?
『使うヤツのこと考えながら作るからかな?』
有利の身体にぴったりとフィットして、思いっきり動いたって突っ張らない。グウェンダルの不器用な優しさが、毛糸からふわふわと伝わってくるようだ。
《ふくく》とにやつきながらコンラートの後についていくと、血盟城の中庭には思った以上に積雪があったようだった。埼玉では考えられないくらいの雪はコンラートが履き替えされてくれた膝丈ブーツを越えんばかりで、危うく城内で遭難しそうになってしまう。
しかし、山小屋ならぬ中庭小屋の登場に有利が吃驚仰天してしまう。そこにはヒト一人が入れるくらいの雪の山があり、くりぬかれた内部には炭を入れた火鉢のようなものが置いてあり、良い匂いをたてる蒸籠が置いてある。
「わ…これ、かまくらっ!?」
「チキューではそう言うんですかね?北方のアイヌア族が作る雪家を真似て作ってみました」
「わー!は、入って良いの?」
「そりゃあもう。全てはあなたの為に…」
「かまくらで気分出すなよ!」
文句を言いながらも、耳元で囁かれて耳朶まで真っ赤にしていたのでは効き目など無さそうだ。案の定、余裕たっぷりな顔をしてコンラートは琥珀色の瞳を煌めかせる。綺麗な綺麗な微笑みに、有利はちょっぴり悔しそうな顔になってしまう。
「ふふ。尖らせた唇も可愛らしいですね」
「………普通、《そんな顔しちゃ台無し》とか言うんだぜ?」
「はは。どんな顔でもユーリの表情ならしゃぶるようにして愛でますよ」
それは喜んで良いのか呆れて良いのか。
格好をつけているのか、狙って外しておいて《全くもう》と思わせているのか微妙なところだ。
完璧過ぎる名付け親殿は、唯一の欠点であるウソ寒さを《隙のある男》に見せようと逆利用している節もあるし。
どう突っ込んで良いのか分からずに、ともかくかまくらに入ってみると、予想外に温かい。
「さあ、どうぞ召し上がれ」
「ふぉっ!」
ぱかっと蒸籠の蓋を開ければ、薄々予想していたとおり肉まんらしきものが一つ入っていた。剣を持つためか掌の皮が厚いのを利用して、素手で肉まんを掴んだコンラートは、薄い紙の上に乗せて笑顔で差し出してくれた。よく見れば、辛子らしきものも小皿にちゃんと用意してある。
思わずぱくりと食いつきそうになった有利だったが、にこにこしながら自分を見つめているコンラートを見やると、少しもじもじしてしまう。
我が儘をまるっと聞いてくれた上に、色づけまでして尽くしてくれたコンラートが、ちらちらと舞い散る雪を頭に乗せているのが気になるのだ。人にはまふまふとしたコートだのマフラーだの手厚く巻いているくせに、自分はいつもの軍服しか着ていないし。
「………」
有利はぱくりと肉まんを銜えると囓りはせずにおいて、開いた両手でグイグイと火鉢をかまくら外に出していく。
「あれ?出しちゃうんですか?寒くない?」
「出ひひゃら、はんひゃもふぁいふぇるひゃん(出したら、あんたもはいれるじゃん)」
「おや」
正しく意図を汲み取ったらしいコンラートの袖を引っ張ると、長い四肢を折りたたむようにして狭いかまくらの中に入ってきた。二人で並ぶともうぎゅうぎゅうで、皮の中に詰められた肉まんのあんのようだ。
《むぎゅっ》と押し合わさる身体はすっかり冷え切っていたから、有利の熱を分けるように寄り添っていく。
ほんのりと、空気が暖かくなったような気がした。
「ん」
肉まんのお尻(?)を押しつけるようにして《むぎゅっ》とコンラートの口元に押しつけてやれば、吃驚したように目を見開いて、そして…とろけるみたいに優しい顔をして微笑んだ。
「では、ご相伴に与ります」
まむまむまむ。
コンラートと一緒に食べた肉まんは今まで食べた中で一番美味しかった。
食べ終わった後に何故か《ご馳走様》ではなく、《いただきます》と微笑んで、有利の唇まで食べられてしまったのも含めて、とても美味しい肉まんだった。
おしまい
あとがき
うっかりユーリ誕話以降サイトを放置状態にしていたら、とうという6ヶ月更新が無いサイトに掛けられる呪いを喰らってしまいました。おおう…あんなに邪魔くさい位置に出るとは、恐るべし厭がらせ広告…。
いや、そもそもサイトを放置した自分が一番悪いわけですが。
愛はあれどもネタはない…というか、あるのはあるんですが異様に長くなりそうな上にワンピースとのコラボ話なので、自分一人がはしゃいだようなお話になると嫌だな〜と思って二の足を踏んでおります。コンユの皆様にとっては複雑な心境になりそうですしね。
ああ…なんかこう、グッとくるコンユストーリーは無いものですかね。
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