熱の日の黒うさちゃん

 
 太陽のような笑顔と元気溌剌とした機敏な動き。
 それが黒うさぎの特徴でした。
 けれど、寒い冬の日に初めてひいた大風邪のせいで、黒うさぎはすっかり元気をなくしてしまったのです。
 お昼ご飯までは何ともなかったのに、夕方時分に…
『頭がくらくらする…』
 そう言って壁にもたれかかったかと思うと、ずるずると力をなくして倒れてしまったのです。
 その時、茶うさぎはとても迅速かつ適切な対応をしました。
 黒うさぎの熱を確かめ、口を開かせたり肌の具合を見て発疹が出ていないか確かめたり、お腹の痛みや下痢はないかと色々聞いて確かめもしました。
 けれど、そういったことがきちんと出来るからと言って、茶うさぎが平気だったと考えるのは軽率というものです。
 その証拠に、茶うさぎは頭の良さそうな…怜悧な顔立ちのままで、がつんと勢いよく椅子を倒したり、くみ置きの水を入れた瓶を蹴飛ばして割ったりしていたのです。
 何故って、いくら茶うさぎのようなしっかり者のうさぎでも、大切な大切な黒うさぎがほっぺを真っ赤にして…苦しい息の中で切なげに、
『コンラッド…苦しい……喉が痛いよぅ……』
 そう自分の名前を呼んでくるのですから、瓶の一つや二つ壊してしまっても仕方がないというものです。
 そんなことをしながらも、茶うさぎはなんとか黒うさぎを布団に寝かせ、飲み物をすぐ手の届く位置においてから素早く緑うさぎギーゼラのもとを訪ねました。 ギーゼラは医療の知識を持つ賢いうさぎなのです。
 ギーゼラの見立ててで単発の咽頭炎であることは分かりましたが、問題は酷く高い熱のことでした。
 黒うさぎはもともと身体の丈夫なうさぎですが、さすがにまだ小さい仔うさぎに過ぎません。とんでもなく高い熱が出たときには脳や身体がもたないでしょう。
 そこでギーゼラが渡してくれたのが《座薬》でした。
 尻込みする茶うさぎを励まして(?)、ギーゼラはこう言い残して去っていきました(酷い風邪はこの森でいま大流行しているらしく、ギーゼラは今夜の間に何軒も診て回らなくてはならないのです)。
『良いですか、コンラート。貴方はユーリちゃんを育てると誓ったのでしょう?その為にはただ可愛がるだけでは駄目なのです。時に、可愛いからこそ辛い目に遭わせなくてはならないときがあるのですよ?それに、ユーリちゃんは賢い子です。悔しいですが、貴方を一番に信用してもいます。ユーリちゃんはちゃんと我慢出来るはずです。ですから…貴方は大兎として正しい行いをすべきですよ』
 ギーゼラの笑顔には、有無を言わせぬ迫力がありました。
 医療行為として、《必要に応じて座薬を投与せよ》という指示と共に、
 《調子に乗って淫行に及びよったら即座にその腐れチ○コぶちめがしちゃるわ》という意味合いを感じるのは茶うさぎだけでしょうか?
 風邪も引いていないのに、茶うさぎの背筋には寒気が走ります。
 
 そして夜半過ぎ…とうとう黒うさぎの熱はとんでもない高さにまで達したのです。
 
 はぁ…はぁ…
 
 黒うさぎの様子は見ている茶うさぎの心が壊れてしまいそうなほど痛々しいものでした。
 荒い息を吐く唇は痛々しく乾いて割れ、頬は病的な赤さでほてっています。
 目は何処か虚ろで、生理的な涙が浮かんでは流れていきます。
 全身にかいた大汗でぐっしょりとパジャマは濡れ、気持ち悪さに身じろぐ力ももう殆ど残されていません。
「ユーリ…お薬を身体に挿れましょう……っ」
「飲む…の?」
 食べ物を取ることも出来ず、苦い飲み薬を茶うさぎに励まされながらようよう飲んだ黒うさぎでしたが、茶うさぎが苦しげに眉を顰め、首を振るのに不思議そうな表情を浮かべました。
「じゃあ…どこかに、塗る…の?」
「いいえ…熱を下げるお薬を…お尻の穴に、入れるんです……」
 黒うさぎは吃驚して目を見開きましたが、すぐに力を抜きました。
「じゃあ…パジャマ……脱がなきゃ……」
 黒うさぎはもぞもぞと身じろいで布団から起き出そうとしますが、ふらりとよろめいてまた倒れてしまうのを、茶うさぎがすぐに受け止めました。
「すみません、ユーリ……」
「どうして…謝るの?」 
「俺は座薬というのは初めてで…もしかしたら痛くしてしまうかも知れません、それに…恥ずかしいでしょう?」
 黒うさぎは熱のために潤んだ瞳をふわ…と綻ばせて、健気にも笑みを浮かべていったのです。
「痛くても、平気…コンラッドが、俺のために…してくれることだもん。それに…コンラッドにだったら、何処みられても……平気だよ……」
 最後の方は熱のためだけではない…恥じらいによる紅を頬にさし、黒うさぎはすりり…と茶うさぎの腕に擦りつきました。
 
『ええと……』
 
 茶うさぎは気が遠くなりそうになるのを感じました。
 
『………この、可愛すぎるうさぎを俺は一体どうしたらいいんだろう?』
 
 《看病しろよ!》
 
 そう言ってやりたいところですが、こんなにも可愛いうさぎに可愛いしぐさで可愛いことを言われて自分が平気かと考えれば《無理!》という推論が下されますので、敢えて突っ込まない方向で行きましょう。
「良いですか?ユーリ……」
 黒うさぎのパジャマをズボンだけ脱がし、短パン型の下着も取り去ってしまうと、上気して薄紅色に染まった内腿が驚くほどの熱さで茶うさぎの手を驚かせました。
『どんなに苦しいだろう…っ!代わってやることが出来たら……っ』
 茶うさぎは胸を締め付けられる思いで黒うさぎの腿を開きました。
 パジャマの裾をはらってまろやかな双丘の間にある、小さな蕾に座薬の先端を擦りつけ、少し体温で融かします。少しでも黒うさぎの苦痛を取り除いてやりたくて、茶うさぎは必死でした。
「いいよ…」
「痛かったら、言って下さい……」
「平気……だって、コンラッドがしてくれることだもん……」
 
『だーかーらー……』
 
 高鳴ってしまう自分の鼓動に《阿呆かーっ!》と叫んでやりたい茶うさぎでした。
 
 つ…ぷ……
 
「ん……」
 
 差し込まれる異物感に黒うさぎは小さく喉をひくつかせましたが、口元を手で覆い…目元に涙を浮かべながらも苦痛を示す言葉は決して口にしませんでした。
 言えば茶うさぎが心を痛めることが分かっているからです。
『早く良くなって下さい…早く良くなって下さい……』
 逆流を防ぐために蕾を塞ぐ指先に、黒うさぎの生々しいまでの高熱を感じながら、茶うさぎは祈りました。
 色んな意味で…黒うさぎが熱を出すことに、自分は耐えられないと思ったのです。
 
 
 翌日…すっかり元気を取り戻した黒うさぎとは対照的に、今度は茶うさぎが病床の人となりました。
「ごめんなコンラッド…俺の看病で疲れちゃったのかな?」
「いいえ…普段の鍛錬が足りないせいですよ」
 いいえ…精神的な疲労が大きかったのだと、客観的には推察されます。
「俺、一生懸命看病するからね!」
 黒うさぎが腕まくりをして誓います。
「だから、凄く熱が高くなったら座薬も我慢するんだぜ?俺だってちゃんと我慢出来たんだもんね!」
 黒うさぎは心なしか誇らしげです。
 怖いもの知らずに見える茶うさぎですら恐れおののいた座薬を相手に、怖がったりボロボロと泣いたりしなかったことで、ちょっと大人になった気分なのでしょう。 
「いえ…俺は自分で挿れられますから…」
「何いってんだよ!今度は俺が看病する番なんだから遠慮するなって!!」
「いえ、本当にもう遠慮とかではなくて…………」
 すっかり看病モードに入ってやる気満々な黒うさぎでしたが、驚異的な快復力で熱を下げきってしまった茶うさぎに、ちょっと残念そうな顔をしたということです。